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Side:Schwärze①

 「…ここは……どこだ?」

 転移魔法特有の倦怠感に顔をしかめながら、ヴィリアは辺りを見回した。

ヴィリアの隣には、丹色と紫苑、二柱の悪魔が不快感を隠そうともせずに立っている。

そして、目前には無数の武装した人間。あろうことか、ヴィリアたちに銃口を向けている。

そんな玩具でヴィリア達悪魔に傷をつけられるなどと、本気で思っているのだろうか。

何にせよ、ヴィリアを呼び出したのはこいつらで間違い無いだろう。呼び出しておいてヴィリアに敵意を向けるなど、万死に値する。殺したって問題ないだろう。そう判断して魔法を発動しようとし――それより早く、丹色の悪魔、シャルロッテが動いた。

「うー……お前ら、きらい!要らない!シャルを元に戻せーっ!!」

シャルロッテは、子供だ。精神が幼く未発達で、我慢するということを知らない。はっきり言って頭が足りてない。知らない土地に何の説明もなく連れてこられ、連れてきたらしい相手は全くこちらを敬う気が無い。怒るのも当然だろう。

「シャルを元のところへ戻せ!できないのならさっさと消えろーっ!」

2度目のシャルの言葉――最後の警告に、返ってきたのは銃弾の嵐だった。



目の前に、身体中に穴を開けた人間達が倒れ伏している。呼吸のある者、ない者。傷だらけの者、誰かを庇うように立っている者。憎々しげにこちらを見据えているが、もうヴィリア達を攻撃しようとはしない。

全く、愚かな真似を…と、小さく息を吐き出す。

人間達が放った銃弾は、ヴィリア達にかすり傷ひとつ付けなかった――否、そもそもヴィリア達の元へ到達すらしなかった。

ヴィリアの隣に立つ紫苑の悪魔、ルーリの魔法系統は「鏡」である。鏡、即ち全てを跳ね返すもの。ルーリは自分に向けられた全てのものを、任意で反射し返すことが出来る。

放たれた銃弾はそうして、ルーリの魔法によって全て人間の元へ跳ね返されていったというわけだ。

人間の持つ銃程度では悪魔の身体に一切の傷を与えることが出来ないのだが、不快な存在は早めに消してしまうに限る。自分の放った銃弾で無様に倒れていく人間達。実に、滑稽だ。


だが、そんなことで自分の言葉を無視されたシャルロッテの怒りが収まるわけがない。彼女は、見下される事と馬鹿にされることを何よりも嫌う。自分を無視した相手をこのまま許すはずがない。

現に今も、不機嫌そうに頬を膨らませてこちらを見ている。ルーリばかりが魔法を使って、自分はちっとも暴れられないのが不満なのだろう。待て、と命じられた子犬のように落ち着きがなく、今にも瀕死の人間達に飛びかかりそうだ。あとで怒られるのが嫌だから渋々我慢しているだけで、その我慢もそうな額は持ちそうにない。怒りに任せて好き勝手に暴れ回られるよりも自分で制御した方が幾らかマシだ。そう判断し、シャルロッテに行け、と指示を出す。彼女の顔がぱあっと心底嬉しそうに輝き――直後、一帯に暴風が吹き荒れた。三柱の悪魔達を中心に、台風の渦のように。風は辺りに存在する全てを破壊し、蹂躙した。

シャルロッテは生きる災厄のような存在だ。自分の気に入らないものは消し去り、破壊し。気まぐれに全てを圧倒的な力で消し飛ばしていく。さらに厄介なのは、本人に罪悪感が全く無いことだろう。自分の気に入らないものはいなくなって当然、世界は自分の玩具なのだと本気で思っている。ただただ無邪気に入らないものを潰しているのだ。目的も理想も何も無く、ただただ遊んでいるだけの子供でしかない。

ヴィリアとシャルロッテは親同士が遠い親戚で同じ派閥ということもあり、幼い頃からの顔見知りだった。彼女は昔からこうだ。精神的に全くと言っていいほど成長していない。大きな受難や不幸があれば少しはマシだったのかもしれないが、幸か不幸かシャルロッテを脅かす出来事は今まで一度も無かった。


満面の笑みで周囲を破壊し尽くしていくシャルロッテを後ろから眺めながら、ヴィリアは呆れたように口を開いた。

「おい、そろそろ良いだろう」

シャルロッテは名前を呼ぶことなく雑に声をかけたヴィリアが不満だったのかすぐには魔法を解除しようとしなかったが、隣でルーリが聞こえよがしにため息をつくと渋々攻撃の手を止めた。シャルロッテはルーリに嫌味を言われることを嫌う。

「なにー?シャルはこいつらにもっともーっと分からせなきゃいけないんだよ!」

よほど不満なのか、口を尖らせながらシャルロッテが言う。すでに死んでいる人間に何を分からせると言うのか。シャルロッテのことだ、いつも「分からせ」ている敵派閥の悪魔のように人間の身体も頑丈だとでも思っているのだろう。

「貴女の魔法はただでさえ煩いのですから、加減をしろといつも言っているのですが」

シャルロッテの方を見据え、すっと目を細めてルーリが告げる。不機嫌な彼女の様子にシャルロッテはう……とたじろぎ、でもでも、と言い訳を始めた。

「シャルはこいつらがこんなに弱いだなんて思わなかったんだもん!それに、えっとえっと……と、とにかく、弱いこいつらが悪くて、シャルは悪くないもん!」

見事な責任転嫁である。余程ルーリにあれこれ言われるのが嫌なのだろう。

シャルロッテは身勝手で我が儘で、そのくせ怒られるのが嫌いだ。怒られないために行動を改める、と言う考えは一切持っていないらしい。

しどろもどろなシャルロッテの言い訳を聞き、ルーリはまたもやため息を吐いた。この子供ガキの相手はヴィリアに任せる、とでも言いたげに面倒そうに目を伏せる。

「うー……シャル頑張ったもん!怒られるのはおかしいの!それにそれに、ほら!前にヴィリに訓練で言われた通り、アレだけは置いといたよ!」

尻尾をブンブンと振る子犬のように、褒めて、褒めて、とアピールしてくる。シャルロッテがアレ、と言って指差した先には、先ほどまで倒れていた者達の中で最も良質であろう服を着た一人の人間が横たわっていた。

「ヴィリ、ジョーホーが要る時はひとり置いとけって言った!言ったでしょ!だからシャル、アレだけはちゃんと残しといたよ!偉いでしょ!」

偉いことをしたら褒めて貰いたがるのはシャルロッテの昔からの習性だ。


ああ偉い偉い、とおざなりに頭を撫でつつ、ヴィリアは残された人間の元へ歩み寄った。先程ヴィリア達を撃て、と命じていたまだ若い男だ。彼の顔が恐怖で引き攣っているのが遠くからでも分かる。命乞いをしようとしているのか口をパクパクと開閉させているが、その口からは僅かな声も出ていない。必死に助けを求める様は滑稽を通り越して惨めですらあった。いつもならばとっとと失せろ、とだけ告げて殺すのだが、今回はそうもいかない。シャルロッテが珍しく殺すのを我慢してくれた、貴重な情報源だ。有効活用しなくてはいけない。

「いいか?あたしの要求に応えろ。不快だから余計なことは喋るな」

そう声をかけてやると、彼は慌ててマリオネットのように首をこくこくと動かして返答した。

「あたし達を、元の世界に戻せ。こちらが求めるのはそれだけだ。出来るか?」

男の顔が真っ青になった。必死で考えを巡らせているのだろう、目を泳がせ周りを見回しているが、生憎彼を助けてくれるものはいない。

男は往生際の悪いことにしばらくそうしていたが、ヴィリアが短く舌打ちをすると震え上がり、観念したように口を開いた。


話が冗長で無駄に長ったらしく、あれこれ言葉を足しながら告げられた分かりにくい男の話を要約すると、こういうことだ。

ヴィリア達は、戦争に使われる兵器としてこの世界に召喚された。男は上官からの指示に従い儀式を執り行っていただけで、帰還方法の詳細は一切知らされていない。

つまり、こいつはヴィリア達を魔界に戻す術を持たない。ならば、もはや不要な存在だ。

シャルロッテの方を見遣り、男を顎で指し示す。それだけの仕草で彼女には伝わったらしく、嬉々とした様子で男の方に近づいた。みるみるうちに男の顔から血の気が引いていく。身体はガクガクと震え、目には涙すら浮かんでいる。そんな哀れな男に向けて、シャルはにぱっと天使のような顔で微笑み、彼の肩に手を置いた。


――男の身体が爆裂四散し、肉片と血飛沫が飛び散った。

返り血を浴びたシャルロッテは少しの間不快そうに眉をひそめていたが、その後自身についた汚れたものを風で全て吹き飛ばした。よし、と満足げに微笑み、ルーリに向かって自慢そうな顔を向ける。

「ほら、こうしたらうるさくないでしょーっ!」

どうやら先程煩い、と指摘されたのを根に持っていたらしい。大規模な暴風を巻き起こせば轟音が鳴り響くのは当然だが、ルーリはそれを是としない。ならば、と男の身体の内部に竜巻を発生させ、内側から食い破るようにした破壊したのだろう。そうすれば先程のような爆音は出ずに済む。

「……まあ、さっきより少しマシではありますが」

シャルロッテの方を見ようともせずに、ルーリが冷めた声で告げる。そんな言葉でもシャルロッテは褒め言葉、と認識したらしくふふん、と胸をそらしてみせた。そんな二人の様子に苦笑しつつ口を開く。

「……さて。その上官とやらの元に向かうとするか」

はーい、と鼻歌交じりにシャルロッテが後を着いてくる。その後ろからはルーリが億劫そうな足取りで着いてきている。

二人のことを心から信頼しているか、と聞かれればその答えは否だろう。第一、誰かのことを信じたり信じられたりなどという煩わしいことがヴィリアは嫌いだ。

だが、今、3人の考えは細やかな違いはあれど一致している。根底に、人間への怒りがある。

この様子なら目的を達することはさして難しくないだろう、とヴィリアは薄く微笑んだ。

――ヴィリアを兵器として扱おうなどと考える愚かな人間共には、制裁を加えなければならない

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