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Side:Dystopia①

アイゼンは、魔界が嫌いだ。


完全なる実力主義社会。力による階級、家の貴賤による奴隷制度。どこの派閥にも所属していない且つ、魔法の性質上純粋な力較べで見劣りするアイゼンを味方するものなど誰もいなかった。『落ちこぼれ』『役立たず』『悪魔失格』…。周囲の見下す視線が、嘲笑が、常にアイゼンに付き纏った。


いつしかアイゼンは、周りの誰をも信用出来なくなった。本来であれば、面倒見が良くリーダーシップを執れる性格ではあるのだが、不幸にも環境が良くなかった。周囲との相性が良くなかった。




アイゼンは、魔界が嫌いだ。


他を蹴落とし、見下し、支配することでしか生き残れない、力無い者は軽蔑される…そんな魔界が、嫌いだ。




アイゼンは、悪魔が嫌いだ。


傲慢で、残酷で、劣等者を嘲ることに愉悦を覚える…悪魔という種族が、嫌いだ。




アイゼンは、自分が嫌いだ。


力を持たない自分が、おかしいと思うことに抵抗出来ない自分が、他者からの侮蔑を甘んじて受け止めることしか出来ない自分が…なにより、嫌いだ。




「…こんな、狂った世界…消えてなくなってしまえばいいのに」




独り沈む人形使いの悪魔は、世界を、憎んでいる。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ある日も、アイゼンは学院の一角にある空き教室で独り、ぼんやりと自分の魔法である式神作りに耽っていた。アイゼンの使う魔法は、人形の使役魔法である。意思のない人型のものなら何でも操ることが出来るが、簡単に見つかるものでもない為、普段から使役用の式神を持ち歩いている。ただし、自分で作る式神の強度は人間程度のものしかなく、それがアイゼンが学院における劣等生である所以であった。


「…ハハ、」


ふと思い立って作り上げた式神。なんの力も持たない、使役する為だけの人形…いつものものと違ったのはその見た目であった。


淡く、グラデーションのかかったエメラルドグリーンのハイツインテールにローズクォーツの瞳。幼げな顔立ちと相応に未発達な体躯。


チェリ──学院でも注目を集める、自分とは真逆の優秀な悪魔。幼いながらに飛び級を重ね、数週と待たずに自分のクラスを追い抜いていった、天性の才を持った悪魔。


その姿を象った自作の式神を見て、アイゼンは自嘲気味に笑みを零した。


姿かたちをそっくりに作れたとて、能力まで寄せることは出来ない。強い悪魔の皮を被っただけの擬い物の人形…。ある種の羨望から、そして強い悪魔を使役したいという浅い欲望から作ってみた式神。結果は、自分の情けなさや滑稽さが浮き立つだけであった。


一体何をしているのか。もう今日は帰ろう…と、身支度を始めようとした時だった。


「……っ、!」


勢いよく開かれた教室の扉。現れたのは、あまりにも見慣れた…先程までも姿だけなら目の前にいた、幼い悪魔その本人であった。


「…った、たす、けて…っ」


あまりにも突然の出来事で動くことの出来ないアイゼンに、駆け寄るなり怯えた瞳でチェリが零す。そこでアイゼンは凡そのことを悟った。


自分には縁遠い話ではあるが、魔界には少なくない数の派閥が存在する。他の派閥よりも力をつけることをどの派閥もが望み、仲の悪い派閥の間では抗争も起きることがある。


意外なことにも力あるチェリは、まだ無派閥の悪魔であった。


当然、どの派閥もチェリの才能を、力を恐れ、そして欲した。チェリの持つ正確且つ迅速な解析の力、うちに眠る膨大な魔力は、他の国に対し小さくないアドバンテージ足りうる。学院にいる間も、様々な悪魔がチェリに声をかける姿を目にしている。


大方、また何処かの貴族がチェリを求めて追ってきているのだろう。


どうでもいい世界の話だとは思っていたが、泣き出しそうな目の前の幼い悪魔を見ていると、不思議と怒りが沸いてくる。こんなに小さい子の自由を奪って、派閥を育てることになんの意味があるというのだろう。


正義感、なんてキレイなものではない。ただ、この汚れた世界に、悪魔の一派に、反発してやろうと、それだけだった。


先刻仕上げた、チェリにそっくりの式神。それに、アイゼンが魔力を…生命を吹き込む。一瞬淡く光り、間もなく人形らしさも違和感もなく式神は動き出した。


「──行って。追っ手を引き付けて、ここから離れて」


簡素な命令に従い、式神は教室を飛び出していく。暫くして遠くから、追っ手らしい貴族の声が聞こえ、そしてまた遠ざかっていった。


「…とりあえずは大丈夫…だと思うよ。適当に撒いたら自然に解除されてアレも消えるし…」


一連の様子を呆気に取られたように見ていたチェリに、アイゼンはおずおずと話しかけた。何しろ話すのも初めてである。一方的に自分が情報として知っていただけで、チェリがアイゼンを認知していたとは思えない。


「…えっと…チェリ?でいいかな?」


極力愛想良く笑顔を貼り付け、話しかけてみる。


「あ、私はアイゼン。ごめんね、一方的に知ってるだけなのは失礼だよね」


人形のように動かなくなってしまったチェリに、アイゼンは気まずさを晴らすように話しかけ続けた。


「それにしてもいけ好かないヤツらだよね。人を道具みたいにしか考えていない…チェリの道はチェリが選ぶべきだよ」


自然と口に出た、『道具』がないと魔法すらままならない自分に対する皮肉に思わず笑みに自嘲が滲む。


「…ほら、もう大丈夫だから。見つからないうちに、お帰り?」


優しくあやす様に声をかける。根の面倒見の良さが出て、こういうことは苦手ではなかった。


「……、……あい、ぜん、」


「んー?」


ピトリ、と。チェリの指が、アイゼンの腕に触れた。瞬間、アイゼンは自身の中を強い魔力が巡ったのを感じ取った。


「…え、と、チェリ?」


「………人形、つかい…作る式神は人間程度、だけど……意思のない、もの…あやつる…」


たったの一瞬で、自身の持つ魔法を読み取られた。流石の解析力だ、飛び級優等生は伊達ではない。


「…流石だね。やっぱり凄いな、チェリは」


「……さっきの、式神は…、わたし……?」


「…あ〜…」


しまった、と思った。普通に考えて、自分の姿をした人形をみて、それを使役されているのを見て、良い気分になる方が稀だろう。


「あー…、ほら、やっぱりチェリは強いからさ。姿だけでも…って、作ってみてたんだけど…やっぱりいい気はしないよね、ごめんね?」


「……式神じゃ、なくても…チェリ、アイゼンの、ものに…なる、よ?」


「……ん?」


「アイゼンは、チェリを助けて、くれた…アイゼンは、チェリを、ちゃんと見てくれた」




アイゼンは、萌黄の悪魔の、初めての笑顔を見た。




「チェリは…アイゼンの、所有物に、なりたい」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「あら、アイゼン?誰かと一緒なんて珍しいわね…って、その子…なんでアイゼンが?」


「あぁ、ハピリ。これには事情があって…」


すっかり離れなくなってしまったチェリを仕方なく引き連れ、校門の外で会ったのはアイゼンが学校で話せる数少ない存在であるハピリだった。彼女もチェリのことは知っているようで、アイゼンと一緒にいる様子に怪訝そうな顔を浮かべた。




ハピリは破壊力や応用性にも富んだ炎の魔法の使い手で、負けず嫌いで好戦的。アイゼンとはやはり真逆のタイプで、正直合わないとすら思っていた。


しかし以前、アイゼンがクラスで悪口を言われていた時に耐えきれないように激怒し、悪口を言っていた悪魔を吹き飛ばす事件が起きた。


『あたし、大勢で集まって悪口言って笑ってるような奴が1番嫌いなの!』


『あんたもあんたよ!悔しいって思わないの?!黙って下向いてないでやり返すくらいの気持ちでいなさいよ!』


ハッキリとした物言い、物怖じしない態度。悪魔らしく傲慢な…しかし、不思議と清々しい印象を覚えた。


『勘違いしないで、あんたを守りたいとかそんなのじゃない。ただアイツらが気に入らないだけよ』


そうは言いながら、その後もハピリはなんだかんだと言いながら一緒に話すようになり、アイゼンにとって学院における唯一の友人と言える相手だった。




「…ふーん。それであんたに懐いちゃったわけ。」


「懐いたというか…うーん…まぁそんな感じ。」


事の顛末を話すとハピリは納得したように頷いた。


「でも、あんたもやるようになったわね?貴族を魔法で撒いたんでしょ?」


ハピリは自分の事のように誇らしげに笑ってくれた。強気で素直じゃないところもあるが、仲間思いな彼女らしい。


「……アイゼン……その子、は……?」


「あぁ、私の友達。ハピリだよ。」


「アイゼンの、ともだち…?」


「うん。チェリも仲良くしてあげて?」


「…ん、ハピリは、こわく、ない…」


あたしは友達になるなんて言ってないけど、と、顔を逸らすハピリはどこか満更でも無い様子だった。




対等に話せる友人。自分を慕ってくれる存在。アイゼンの環境は、入学当初から明らかに変化した。相変わらず、世界に不満は絶えなく、憎いとは思っていた。しかし、日常の中に、確かに小さな幸せを見つけ始めていた。




彼女らが理不尽に異世界に召喚されたのは、そんな折だった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ふうん、どうやら私たちは、召喚されたらしいね」


見慣れない場所。見慣れない世界。それらを見渡しながら、アイゼンは小さくため息をついた。


不安そうに上目遣いでこちらを見上げるチェリを安心させるように頭を撫で、どうしたものか、と思案する。目に映るのは、冷たい灰色をした壁のみ。家具の類は何もなく、ドアや窓も見当たらない。どうやらアイゼンたちは、この空間に閉じ込められているらしい。


「何よ、それ……無理やり連れてこられたってわけ?」


すぐ近くで不機嫌な声が響く。ハピリだ。かなり苛立っているらしく、自慢の長い紅髪を左手にくるくると巻きつけている。我慢の限界が近い証拠だ。


彼女の不機嫌がピークに達する前に、ここから出る方法を考えなければならない。ハピリの魔法に巻き込まれて死ぬのは御免だ。


「結界、になってる……壁……邪魔、だね……」


じっと壁を見つめていたチェリが言葉を発した。少しの間に、周囲の解析を終えていたらしい。いつもならすごいね、と言って褒めてやるところなのだが……残念なことに、そんな余裕は無かった。


――即ち。ハピリがチェリの解析結果を聞いて直ぐに魔法を行使したのである。


「ちょ、ちょっとハピリ……!?」


制止の声も間に合わない。




部屋中に爆発音が響き渡り――辺り一面が紅で包まれた。

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