Side:SplendiD①
ピピピピピピーーーー
目覚ましの音で目が覚める。眠い目を擦りながら、ローメリーはベッド脇の小さな出窓を開けた。勢いよく入ってきた風は出窓に飾っていたクチナシの花を揺らす。微かに甘い花の匂いをつれた暖かい風は、二度寝を誘うのには丁度良い。が、そろそろ家を訪ねてくるであろう友人の朝食を作るため、身支度を整えキッチンへと向かった。
◇◇◇
「うまぁー!いやぁ流石ローメリーの朝ごはん!ほっぺた落ちる〜」そう言いながら、先ほどローメリーが作った朝食をブロンド髪の少女、ウィンゲートは忙しなく頬張っている。いつも通り家に来るなり脇目も振らずに朝食を平らげるウィンゲートにローメリーは内心苦笑しつつも、満足げに食べる姿に内心喜んでいた。
ウィンゲートとローメリーは所謂幼馴染みという関係だ。お互い両親が仕事で家を開けることが多いため、小さい頃からいつもローメリーの隣にはウィンゲートが、ウィンゲートの隣にはローメリが居た。寂しい時は2人で遊んだし、楽しいことがあれば夜通し2人で話した。それが一人っ子であるローメリーにとっては嬉しいことだった。
まあ、家でも学校でも四六時中一緒にいるのだから、幼馴染みというよりは家族に近い気もするが。
ー学校?
ーっ学校!!!
勢いよく立ち上がり壁掛けの時計に目をやると、とうに出発時刻を過ぎていた。
「ちょっと!!だらだらしてる場合じゃないよ!そろそろ学校行かなきゃ!」
慌てるローメリーはとは裏腹に、大丈夫だよーと呑気に返してくるウィンゲートを引っ張り家を出る。全く。なんで彼女はこんなに呑気なのだろうか。まあ、それで何とかなってしまっていることが1番謎なのだが。
「よーし、じゃあ飛ぶからしっかり掴まってよー?」そういってウィンゲートはドア横に立て掛けてあった"ほうき"に跨った。ローメリーも、すかさず後ろに乗る。便利なもので、魔界には魔導具と呼ばれるアイテムがある。魔導具には一般的な便利グッズのようなものから、戦闘魔法が使えない悪魔のための護身用具まで幅広くあり、ウィンゲートが持っているこの"ほうき"もその一つで、操れば自由に空が飛べるのだ。使いこなすのはそれ相応に難しい筈なのだが、ウィンゲートには才があったようで(初っ端から木に突っ込んだローメリーとは違い)買った当初から乗りこなし、道具屋の店主を唸らせていたんだっけか。今じゃ2人乗りも余裕な様で、毎朝ローメリーを乗せて通学しているのだ。
「んじゃ、出発するよ!」
ウィンゲートの合図とともに軽くふわっと浮き、視界が美しい青に染まる。赤煉瓦造りの建物が並ぶこの地域は息を飲むほど綺麗だ。遠くに見える門を1つ超えて仕舞えば、殺し合いが絶えない暗黒の地域とは誰も思わないくらいに。
◇◇◇
学校に着くと、既に講義準備に取り組んでいたようでぎろりと教官に睨まれる。
ーしまった。今日は実戦だったか…
すみません、と謝りながらそそくさと席につく。配布資料にざっと目を通し、今日の講義を理解する。この教官の講義は口説明が少ないため、じっくり資料を見れないのは痛いが仕方ない。ぶすっとしながらウィンゲートを見つめるが、にへらと笑って返してくる。まったく、自分のせいだと気付いているのだろうか。
そうこうしているうちに、教官が閉ざしていた口を開く。
「やっと全員集まった事だし、移動しようか。」
教官が指を鳴らすと同時に、辺りが木々に覆われた森に移り変わる。彼の魔法によるものだろう。自分の想像した空間を作りだせるなんて、便利な魔法だなーなんてぼんやりと思う。
「今日はこの森で実践を行ってもらう。」
「森の中には数十体のエネミーを用意した。倒した数が多い者から点数をつけよう。手を組んでも構わん、それでは各自取り掛かるように。」
教官が立ち去ると同時に、皆後れまいと次々にグループを組んで深森に飛び込んで行く。単位が足りなければ落第する世界では皆必死なのだろう。
今回のエネミーは魔法によって命を吹き込まれたロボットだ。同時に何十体も動かすには多大な魔力を使うため、数十体と言いつつもあまり多くはないのだろう。自分も急がねば、そう思いウィンゲートを探す。
「ローメリー!こっち!」
抜け道見つけたー!と言いながらウィンゲートが手招いている。一見ただの倒木にしか見えないが、よく見ると木々の隙間が通れるようになっており、足跡が続いているのが分かった。
「よくこんなの見つけたね…」
「まぁねー!みんな道なりに沿って行っちゃったけど、誰もあっちが正解なんて言ってなかったからさー」
なんて事ない口振りで言うが、これ程小さな痕跡なら並大抵の観察力じゃ見つけられないだろう。ウィンゲートは昔から勘が良いところがある。今回もその賜物だろう。狭く薄暗い森へ続くその道を、ローメリーの魔法で照らしながら進んだ。
◇◇◇
どれくらい歩いただろうか。草木をかき分け進んでも、全くエネミーが見つからないどころか人の気配すらしない。生い茂る木々が増えるたび、心に不安が募ってゆく。
「ねえ、本当にこの道で」
ーしっ
言葉を遮られる。ウィンゲートが指を指した方向にゆっくり目線を向けると、10メートルほど上の木々にエネミーがいるのが見えた。幸い、こちらにはまだ気付いていないようだった。
「ねえローメリー、あいつにバレないように木に上りたいんだけど、足場作れない?私の魔法発動範囲まで近付ければ良いんだけど、」
冷静な様子でウィンゲートが告げる。遠隔戦に向かないローメリーよりは、ウィンゲートが隙を突いて攻撃する方が良いだろう。足場を作るしか手助けできないのが悔しいが、自分にできることを精一杯やろう。できるだけエネミーの死角を通れるように、魔法を発動し足場を作る。ローメリーに続きウィンゲートも近くの木に登る。まだ、エネミーは気付いていないようだ。
「それじゃ、行くよ!!」
ウィンゲートの魔法が発動し周りの木々が焦げ、たちまち煙に覆われる。やっただろうか。風に煙が流される。
ーしかし、倒れるどころか傷一つ付いていなかった。
大丈夫だ落ち着け、動揺を必死に隠し相手を観察する。外側が鎧のようなもので囲われているからだろうか。内部の核、エネミーの動力源に届かなければ動きを止めるのは無理だろう。2人に気付いたエネミーが、距離を詰めてくる。咄嗟にローメリーは離れた位置に足場を作り、ウィンゲートの手を引いて飛び移る。
「ごめん、殺りきれなかった!!どうする?一旦引く!??」
ーどうしよう、ウィンゲートが焦ってる…
ー私まで焦っちゃダメだ!しっかりしなきゃ!
深く一息つき、相手をしっかり見つめる。打撃だけしか効かない敵なら教官は選ばないはず…何か、何かあるはず…
ーそうだ、確か、人間が動けるのは関節があるからなんだ。もし全身が鎧で覆われているなら動けないはず!!
もう一度エネミーを見ると、確かに節々に繋ぎ目があるのが分かる。
「ウィンゲート!!落ち着いて聞いて欲しい!多分核を破壊しなきゃいけないんだけど、、私がなんとか核まで届けるからさ、信じて魔法!使って欲しい!!」
ウィンゲートが頷くのが見える。そうだ、いつだって一緒にいたんだ。タイミングなら上手く合わせてくれるはず。だからそれまで、私がつなぐ!!
長い槍のような、鋭利な武器をイメージし具現化する。間合いを詰め過ぎなければ安全に、落ち着いて狙えるだろう。もう一度、先程の木に飛び移る。こっちに気付いて手を大振りするエネミー目掛けて、ローメリーは一突きした。上手く隙間に刺さったが、反撃しようともがくエネミーに振り解かれそうになる。
でも…いける!!
さらに深く、押し込んで、ウィンゲートに合図をだす。
「お願い!!ウィンゲートっ!!!」
「ちょ!!!!ローメリーッッ!?!?」
ーへっ??
武器ごと突き放した弾みで足がもつれバランスを崩す。まずい、と思った頃には体はとっくに宙に浮いてーいや、落ちて落ちて落ちて
「っっっっ
きゅっと目を瞑る。
しかし、いつまで経っても衝撃が訪れないことを疑問に思い目を開けると、自分が誰かに抱きかかえられていることに気付いた。見覚えのあるようなないような、思い出そうと思考をぐるぐると回していると、そっと地面に下ろされる。はっとしてお礼を告げる。
「あっ、ありがとう!!!」
「勘違いしないで。別に…、貴方のためにやったわけじゃない」
そう一言告げると、紺髪の悪魔は跳躍し、木を伝って去ってしまった。
「ローメリー!!大丈夫!?」
慌てた様子でウィンゲートが降りてくる。
「私は大丈夫!ウィンゲートの方は大丈夫だった?」
バッチリ!と告げるウィンゲートを見て安心する。先程までのテンパった様子も今ではなかったような感じだ。ウィンゲートの手を借りて立ち上がる途中、先程の彼女が落としていったナイフに気づく。助けてもらったお礼もろくに言えずまま去ってしまったから名前もわからないが、講評で集まるときには居るだろう。恩返しには到底及ばないが、お礼も兼ねて返そうとナイフをポケットに入れた。
◇◇◇
その後の講評で、ローメリーは先ほど助けてくれた悪魔が主席のアンドレアだということを知った。成績上位者に呼ばれてもどこかつまらなさそうな、退屈そうな顔をしているアンドレアをローメリーは不思議に思った。
「あのっ…アンドレアさん!」
講義が終わり、そそくさと帰るアンドレアを呼び止める。あのこれ、とナイフを取り出しアンドレアの手に握らせる。
「さっきはその、助けてくれてありがとう!」
なにも言わないアンドレアを見つめる。
しかしアンドレアはただの一度も振り返らずに、ただ一言「…大層恵まれた魔法ね。使う人が貴方じゃなければ。」そう告げて去ってしまった。
◇◇◇
家に着く頃にはもう日も沈んでいた。ウィンゲートも今日はローメリーを家まで送って帰っていった。
なんだか今日は、いろんなことがあったと思う。初めて遅刻したり、危うく死にかけたり。助けてくれた人に、自分の無力さに気付かされたり。
軽く夕食を終え、ベッドに入ってもなかなか眠ることはできなかった。
世界を平和にしたい。殺し合いをなくしたい。ずっとそれが、私の夢だった。だけど世界を平和にするには戦わなければいけなくて、上に立つには話し合いだけじゃ解決できないことがいくつもあって。
でも実際の私は自分の魔法も使いこなせるほど強くなくて。今日だって、自分だけじゃどうにもならないことの方が多かった。
誰も争わない、そんな、平和な世界を作りたい。
私にできるんだろうか。
思考を止めて外を見る。
クチナシの花は散り落ちていた。