森の支配者
ジェネラルはそれからよく呑んだ。
壺が空になると小屋へ戻り、新しい壺を持ってくる。
それをまた注ぎ、俺達は呑み続けた。
呑み疲れて首を上にあげると、星が綺麗に並ぶ。
認められたのかはわからないが、なんだか気持ちは良い。
「森に来てもう40年は経つがこんなに気持ちの良い夜は久しぶりだ。」
「私もです。……なんだか、初めて自分にも居場所が出来たような。ずっとここに住んでるのにお
かしな話ですよね。」
「そうでもないさ。……、じゃあ昼間の話をしようか。」
ぼうっと焚き火が燃え上がる。
火影でジェネラルの老いた顔は威厳がでた。
「俺はジェネラルなんて立派なもんじゃねえ。元は盗賊の、ただの罪人なんだ。」
「そうだったんですか。」
あまり驚きはなかった。
あれだけ手際の良い狩りや、街道も森の住人にも警戒心を働かせるジェネラルの動きはとても素人のそれではなかった。それに、森に入った以上、何かあってここに来ているのはわかっているつもりだ。
「あんまり驚かねえみてえだな。」
「まぁ、過去の話ですし。それに今のあなたしか知りませんから。」
「…変わってるな。お前は。」
はははと笑いながら、酒を注ぐ。
元ギルド職員と元盗賊。出会う場所が違えばこんな事もなかっただろう。
つまみが欲しいとジェネラルは小屋から燻製肉を持ってきた。
猪の肉らしい。厚切りに切られたベーコンを枝に刺して炙る。
そのままでも食えるらしいが、炙ったほうが断然旨いと言う。
肉を頬張りながら酒を呑み焚き火にあたる。
ラバーにもこういう体験させたいな。
そういえば、何でラバーは駄目だと言ったのだろうか。盗賊という事を知られたくなかったのだろうか。
ボーっと焚き火を見ながらそんな事を考えていた。
ジェネラルは齧った残りの半分を火に戻し、手についた油を伸ばした。
「寒いな…」
じっと見つめるその目はどこか寂しく、そして鋭い。
隙がなく、まさに盗賊だった。
少し間が空いて、ジェネラルは咳をすると痰を吐いた。
盗賊の話で終わったと思っていた俺は、酒で気分がよくなり完全に気を抜いていた。
だが、まるで覚悟が出来るまで待つようにジェネラルは無言で見つめてくる。
気を持ち直すように、下を向き手を何度か叩いて状況を飲み込んだ。
顔をあげると、小さく頷き話を始めた。
「盗賊と言ったが、内情は酷いもんでな。盗むだけに飽き足らず、村や街を襲い欲を満たす為なら
何でもやってたんだ。そりゃあ、人も殺した。何百、何千と。女子供も殺したし、嬲った。まるで子供みたいに思いついた事は全部やった。善悪の判断がつかない殺人鬼なんだ。」
「…。」
俺は黙って聞いた。
「ある日、古くから俺に仕えていた仲間の一人が言ったんだ。もうやめましょう、と。俺は怒りが抑えられず、そいつを生きたまま解体して、そいつの家族に分からねえように食わせたんだ。美味しい美味しいって子どもたちはおかわりまでして。ただ、母親は気づいてたんだろうな。一口食べてから泣き始めて、次の日の朝、家の外で首を吊ってた。」
暫く沈黙が続いた。暗くてよく見えないが俯き、顔を歪めて泣いていた。
「無理しないで下さい。」
そう言うと、首を横に振り右腕で顔を拭った。
「吊った母親を子供に見せると子供たちは大声で泣き始めた。それを見て俺たちはゲラゲラと笑って、楽にしてやるよと首を切り落として体が地面に落ちたんだ。…恥ずかしながら、その体に群がった子供共を蹴り飛ばして死体を弄んだ。裏切り者を許さなかった俺達の流儀だったし、本当に気が狂ってたんだと思う。」
「…。」
「それから同じ様に略奪と鬼畜を繰り返し、いつか大盗賊と呼ばれるようになった。」
「まさか。」
ハッとし、ジェネラルの顔を見た。
「そう、お前も知ってるだろ。大盗賊ブリガン。俺のことさ。」