第229夜 黒死の毒蜘蛛
正に睨み合う楓と政宗の戦場に、灯馬達は駆けつけていた。ブロンド頭の“雨宮灯馬”はその場を見据える“玖硫葉霧”に迷う事なく駆け寄っていた。
「葉霧!どーなってんだ?楓がいきなりお菊とフンバ連れってって……」
彼は横に立ちそう言ったのだが、ハッとした。葉霧の横顔が途轍もなく強張っていたからだ。更に自身を見る事なく目の前で睨み合う鬼同士を見据えていたから。
「……戦ってる……が、魂の戦い。お互いに譲れない想いをぶつけ合ってる。さすがに俺は介入出来ない。」
え?と、灯馬はその言葉に驚き再度、、、楓と政宗に目を向けた。2人はお互いの刀を握り締め睨み合い硬直状態だ。けれども、その緊迫感は灯馬にも感じた。
「や?大丈夫なのかよ?」
だからこその1言だったのだが、それに応えたのは意外にも鎮音だった。
「大丈夫だ、楓は。アイツは普段はへらっとしてバカ丸出しだが強い。力もそうだがメンタルが底知れぬ程に強い、何しろ瞬時にあの政宗と言うあやかしが抱えてる闇を見抜き、それを消化させようとしてる。」
は?と、灯馬が聞き返すとフンバが言った。
「土地神ってのは言葉の通りにその土地に棲み着いてるんで、色んな想いも受け止める“拠所”でもあるんスよ。その土地で起きた不幸な事、、、その時に無念懐きつつ亡くなった者達の念も、土地神が受け止めて浄化させるんス。」
う………ん??と、灯馬は首を傾げ難しい顔をした。が、フンバは続けた。
「アイツはその念を間違った方に使ってる。その負の感情、念を力に変えてるんスよ。つまり、他者の無念を自分の力にしてる、でも“負の念、邪念”ってのはそんな簡単なモンじゃなくて、逆に利用されるんス。政宗はもう因われていて心を闇に巣食われてる。だから理性は効かない、さっき退魔師は……とか言ってましたが、アレもアイツの心を巣食う何者かの念から吐いた言葉。政宗はもう自我を保てる状態に居ないんス。アイツの本質は恐らく“戦闘狂”で、本来なら戦う事を好む鬼そのものだった筈、でも今の政宗は別者になってるんス。」
んん??と、、、益々と灯馬は顰めっ面をした。そして彼は言う。
「葉霧、意味解る??」
と。
すると、応えたのはお菊だった。
「たぶんだけど……楓はそれに気付いたから取り敢えず、自分が相手して見極めようとしてるんだと思う。最終的に葉霧に頼るしかなくても、その負担を減らす為に。」
「えっ!?」
葉霧は驚いた様にお菊に顔を向けた。黒髪おかっぱの幼女は楓と政宗が動き出し、刀と刀をぶつけ合うのを見ながら言った。
「これはあたしの勝手な意見だから信じないで。でも……、楓は何時も葉霧の事を考えて動いてるから。そう思っただけ。」
「……………。」
葉霧は政宗と戦う楓を強く見据えていた。
そしてーー、この状況に苛立ちを感じ始めていた者は居た。
紫鳳である。
ずっと、楓と政宗の戦いを眺めていたが、ちっ。と、その美しい顔を歪めつつ舌打ちしたのだ。
(何をやってる!政宗!鬼娘を捕らえろと言ってるのに!致し方ない、、、俺が動くしかないか。)
そう思うなり、、、ラベンダーの髪をした巨体は宙に浮く。ふわり。と。
地に居る葉霧を見据えてその右手を空に向かって掲げた。葉霧は灯馬と話をしており、気付いていない様子だった。それを銀色の眼で見ながら政宗は右手に力を溜めた。
(玖硫一族……いや?螢火の皇子の血族!お前達を殺さないと何も始まらない!)
黒い円球を右手に溜めながら紫鳳は言う。
「死ね!玖硫一族!!」
紫鳳は右手を振り降ろした。
カッ!!
それは地面に放たれる。
紫鳳の右手から放たれた黒い円球は、地面に直撃し地を揺らすと直ぐに分散し、小さな砲弾となり乱射される。
「!!」
楓は火花散らす様に放たれる砲弾が向かって来るのを見て目を見開き、瞬時に左手に蒼い鬼火を溜めた。
乱発され黒い砲弾は物凄い速度で飛来していた。
楓は蒼い鬼火纏う左手を地面を殴り付ける様に振り降ろした。
「“蒼緋炎舞”っ!!」
怒鳴りながら放ったその蒼い鬼火は地を四方八方に這いながら、蒼い炎の道筋を辿る。地を這う蒼い鬼火はアチコチから火炎柱を放ち、飛来して来た黒い砲弾へと燃え上がり纏い焼き尽くす。
ちっ。
紫鳳はそれを見て舌打ちすると更に右手に黒い円球を放つ。
「“黒死の毒蜘蛛”❨タランチュラ❩!」
その声と共に放たれた黒い円球は、地に直撃した。
地割れ、地揺れを起こす。
「わっ!」
楓は蒼い鬼火で砲弾を消し去ったが直ぐに訪れたその大きな地揺れに足を掬われ身体がよろけた。
「なんだ?」
葉霧もその揺れと震動、ピシッと亀裂入る地面を眺め、何とか体制を保ちつつ、紫鳳の放った力に眼を凝らす。
ドォォォンッ…。
大きな音を立てながらその巨大な黒い蜘蛛は地に現れたーー。
「は??なん?アレ!?」
灯馬は薄気味悪い大きな蜘蛛を前に目を見開いた。
見るからに大きな蜘蛛だが、全身黒光りしており大きな蜘蛛特有の長い足を地に着けその場に登場。
更に気味悪くその口からは牙の様なモノまで覗かせ、半開きの口からは涎が垂れており地に垂れて流れると、ジュッ。と、まるで酸の様に溶かす。
更にぎょろりとした眼は不気味に黒光りしていた。全身……存在自体が漆黒の大蜘蛛に灯馬だけでなく、フンバ、お菊も怯み咄嗟に葉霧の元に駆け寄っていた。フンバに至っては、葉霧の肩に乗っかる始末である。
「うひぇぇっ!?葉霧殿!あんな大蜘蛛、久しく見てないっ!ヤバい!恐っ!おっかねぇっ!!」
フンバは葉霧の肩に乗ったまま血の気引いていた。お菊も、葉霧の後ろに隠れていた。
「葉霧……、アイツは“黒死の毒蜘蛛”❨タランチュラ❩だ。昔、退魔師に退治されたって聞いた。なのに、何で出て来た??」
お菊は驚きと恐怖心交えた顔でそう言った。
が、鎮音が言う。
「……紫鳳は“魂”を操れる……、私は人間の。と言ったが……あやかしの魂もかもしれん。」
直ぐに葉霧は言う。
「いや……お菊が言う様に退魔師に退治されてるなら魂も消滅しているだろう?」
いや……。と、鎮音は苦い顔をする。
「完全ではなかったのかもしれん……、その場に居ないから何とも言えぬが、、、あやかしの魂を消すと言うのは言葉にしてみれば簡単な事だが相当な力が居る。我等、玖硫一族とて完全消滅ばかりをして来た訳ではない、退魔師は何も我等玖硫一族の専売特許ではなく他にも居た。その者達の所為とは言わぬ、我等とて同じ。一族、他の退魔師達が混在していた時代に居たあやかしを取り逃した者達も数多く存在している。だからこうして魂が遺る者が居ても何ら可怪しな事ではないのだ。現に、政宗、紫鳳がその象徴。となれば……紫鳳が魂を操れる者だとしたら、そうしたあやかしの魂を操れても何ら不可思議な事ではない。」
「…………!」
葉霧と灯馬はそれを聞いて目を見開いていた。灯馬が言う。
「てことは?死んだあやかしを蘇らせるってことだよな?その……退魔師でも殺せなかった奴等を。」
すると、鎮音は少し目を伏せながら、ああ。と、言った。葉霧は問う。
「“銀狼”とはそんな力があるのか?」
「解らん。と、、、答えるしかないな。銀狼一族は謎多き1種として捉えられている、只、元々ポテンシャルが優れていて相手にしたくない存在であったのは間違いない。故に……他の退魔師を頼らず玖硫一族の私に退治依頼が来たのだ。」
あー。と、葉霧は頷いた。彼は紫鳳の放った黒い巨大な蜘蛛を見据えた。
「その特異な種族だからこの“ジュラシック系モンスター”を呼べたと?」
鎮音は苦笑いした。
「そうなるな、、、が、あのタランチュラは強い。それを操れる紫鳳も底知れぬ。」
が、、、楓が怒鳴る声が聞こえたのだった。
「は?てめぇ!こんなん連れて来るとか卑怯だろ!!」
楓は黒い巨大蜘蛛の前に立ったまま怒鳴っていたのだ。紫鳳は、それを空中に浮きながら眺め笑む。
「何が?さっさと死んで欲しいから連れて来ただけだ、お前ら見てるとイラつくんで。」
ギロリと銀色の眼は冷たく光る。
「……紫鳳……、お前のペット?こんなんいつ飼ったの?」
政宗はきょとん。とした顔をして紫鳳を見上げて言った。紫鳳は、イラついた表情で彼を見て言った。
「阿呆、コイツはお前にくれてやる。手綱構えて奴等を殺せ。」
「あ?そーゆう感じ?よっしゃ。」
政宗は笑いながら言うと、たんっ。と、地を蹴り上げ黒い蜘蛛の背に飛び乗った。跨がる訳ではなく立ち乗り状態の仁王立ち。大鎌の刀を右手に携えて、蜘蛛の背中から地上に居る楓達を眺めた。
「いい眺めだ、正に天守閣。さぁ、鬼娘、退魔師、第2ラウンド開始。行け!タランチュラ!」
政宗は黒い蜘蛛に乗ったままそう怒鳴ったのだった。




