第226夜 淀みの地での誓い
『算段はある。』
そう言ったぬいぐるみの様な容姿と体長をした全身茶の毛に覆われたモグラのあやかし“浮雲番”は、手編み腹巻からでんでん太鼓を取出し握り締めていた。
そしてそれを振り音を奏でる。
でんでん……でんでん、
白い小石の様な紐付バチは渦巻の絵柄描かれたでんでん太鼓を叩き音を鳴らした。
「…………?」
そこに居る面子……、地の主であり“雨水秋人”の守護主❨ヌシ❩である九雀を筆頭にし凝視。誰もが何が起きるのかと、、、固唾をのむ。
フンバの持つでんでん太鼓はモグラのサイズにマッチしておりとても小さいが、それでもその音はこの淀みの地に大きな音を立てて鳴っていた。更にでんでん太鼓は紫色の靄の様な光に包まれ始めた。大地に転がる炎岩石から噴射する紅炎の燃える音と、地熱で焼かれる焼石で歩く足を焼かれ呻く声と悲鳴しか聞こえないこの地に新たな音は鳴り響く。
でんでん……、でんでん。
単調に響くーー。
更にその太鼓の音が鳴り始め少し経つと……連なり歩いていた白い着物姿の死霊たちの足は止まる。ぴたっ。と。
更に瞬時に方向転換しフンバとお菊に向かって足を進めたのだ。道を外れればそこは炎岩石に囲まれた大地。焼ける地に足を進め一斉に向かって歩いて来る。とは言え、虚ろな表情で彷徨う魂達でありその歩行はゆっくりである。地熱で燃ゆる岩だらけの道無き道を一歩、一歩と歩いているのだ。が、ボロっと足は焼かれ身体を一瞬で紅い炎に包まれ焼かれる者達が続出する。
「なんなの………?」
悍しいと言った顔をするのは夕羅である。ショコラ系色のロング髪をポニーテールにした愛くるしい顔立ちをした少女だが、そのダークブラウンの瞳は揺らめいていた。死霊たちが呻き声をあげながら燃えてゆくのを眺めながら。
それでも突き進もうとするその異様な姿に夕羅は呟く。
「まるでゾンビ……。」
躊躇する事も無く炎に焼かれる者達を視る事もなく只、お菊とフンバの元に向かおうとしているその姿にゾッとしたのだ。
フンバはでんでん太鼓を鳴らしながら言う。
「本来ならお菊は、ああゆう彷徨う魂達を体内に取込、寄生させた後で他の生きる人間を喰らい体内に巣食った魂達の怨念を解放し鎮めて成仏させるんス。けど、ちょいと瘴気に当たったモンでお菊は“覚醒”したでヤンス。アッシなんかよりも強者なんで、このお菊様は。」
フンバは決して自虐的に言った訳ではなく、とても素直にそう言ったのだ。が、灯馬は苦笑い浮かべた。
「お前……なんか立ち位置変わってね?」
「や?そもそもアッシは、お菊のお溢れ頂戴役なんで。お菊が捕えた人間を喰って生きて来たモンで。」
フンバが言うとその場で只1人……憤りの表情を浮かべていた美少女が怒鳴った。
「ふざけないで!何?あの犯罪者の魂達はお菊ちゃんに巣食おうとしてんの?それは彼女に縋れば助かると知ってるから?そんなの許せないっ!」
水月であった……。
マロンクリーム色の長い髪はふるゆわと巻いており、その髪型同様に気質もゆわり、ふわっとしてる娘である。傍に寄れば甘い香りするのだが、今はその甘い香りすらも消し去ってしまう程に、超怒髪天で憤っていた。美少女と言われる程に一切の歪みない整ったドールフェイスも歪んでしまい、整えられた眉が吊り上がり大きな目は細まり憎悪を色濃く発していた。
えぇっ……??と、、、いきなりの噴火に灯馬達は目を見開いた。が、秋人が酷く冷静な声で言った。
「おい、灯馬。お前の嫁ブチ切れてっけど?」
あ〜……ね?と、灯馬は軽くブロンドの頭を掻いた。
「しゃあねぇのよ…………、水月ってさー、楓、お菊、フンバ大好きなんで。アイツ……学園帰りに❨俺に黙って単独で。しかも狙ってんのか葉霧居ねぇ時に。❩、アイツらの好きなどら焼き手土産によー行ってんだよ、そんだけアイツらのこと好きなの。俺よりも。だから俺は今は何も言えねー。」
それを聞き、なる。と、秋人は軽く頷いた。
だが、そんなクールフェイスは直ぐに崩壊する。何故なら、水月の“暴走”が始まったからだ。
彼女は地に仁王立ちしたまま怒鳴った。
「水竜っ!消してしまえっ!!こんな奴等、救う価値もないっ!!」
は??と、、、秋人は目を見開いた。
が、、、その声に呼応する様に水月の背後から水飛沫上げ、流水の竜巻は沸き上がる。
ドォォンっ……。
水など微塵も無い地面から大きく長い滝の逆流の如く、水流は天にまで昇る様に噴水し、その中に蒼く光る水竜は姿を現した。この地に呼ばれておらず1度は姿を消していた水竜の復活であった。
昇る水流の中で巻上がりながらその大きな姿を現したのだ。
「…………っ!」
誰もがその光景に圧倒されていた。水飛沫上げながら現れた水竜は全身を蒼く煌めく流水で覆われておりエメラルドグリーンに煌めいた身体をした大蛇だ。が、その勇ましい顔は狐に良く似ている。
ゆらゆらと胴体揺らしながら両頬から伸びる長い髭までもエメラルドグリーンであり、それを靡かせる。両翼も無く手足も無く長い胴体とくるん。と、丸まった魚の尾をした者である。
現れると同時にアクアマリンの如く煌めく両眼はこの地を見据えた。大きな水竜は6㍍を軽く超えている。
ふぅん。と、水竜は水月の背後から少しだけ身体を屈めた。165㌢の水月の頭にその細長い顎を近付けながら言う。
「急に消えたから何処行ったのかと思ったけど……僕を呼べるんだね?てことは?此処はまだ“幻世”じゃない?手前かな?」
ゆらゆらと長い大蛇の様な胴体を揺らしながら水竜は言う、口調はとても優しげだがその声は低音で響きドス効いている。
ん?と、水月はそんな彼を視る事もなく向かって来る死霊達を見据えて言った。
「“淀みの地”って言ってたわ、幻世の入口だと。」
ああそう。と、水竜は言いながら少し離れた所に居る楓、そして葉霧の姿を眺めた。なるほど。と、彼は小さく頷いた。
(鬼娘、退魔師はあのあやかし達と対面してるのか……。ん?)
と、、、その葉霧は白い光に包まれ空中に浮いている。その下には、楓が居てさらに鎮音の姿もあった。水竜は眼を細めた。
(ああ……玖硫の現当主も居るのか。で?僕は何で呼ばれたんだ?水月はとても怒ってるみたいだけど……。)
水竜はちょっと怪訝な表情しながら水月に言った。
「水月、僕に何をどうして欲しいの?鬼娘をサポートしろってこと?それとも……退魔師を護れってこと?あのトンネルの時みたいに、鬼娘はヤられてないよね?敵は誰なの?」
水竜は現段階で視える世界……それから軽く判断し聞いた。が、水月は、は??と、怒りの眼を彼に向け言った。
「違う!お菊ちゃんを護るの!クソ犯罪者の魂達にお菊ちゃんが利用されるのは許せないから!」
怒鳴り散らした水月に水竜は、ああ。と、でんでん太鼓を鳴らすフンバ、そして何やらとても顰めっ面の童子……、お菊を眺めた。
ふむ。と、水竜は軽く頷いた、そして、同じ“土地神”である地のヌシ九雀に眼を向けた。彼は今は小人サイズで秋人の肩に乗ってる坊さんだが実際は巨体だ。ヌシ達の中では1番大きく体長は7㍍を越す坊さんだ。が、今は30㌢ぐらいしかない。
「あ。ずっと聞きたかったんだけど……九雀さんさ、何でそんなミニサイズなの?」
水竜はどうしても聞きたかったのか惚けた顔でそう言った。すると、焦土の肌色したスキンヘッドの坊主は言う。
「コレが限界。お主と違い、我等……お前の姉水天竜、嵐蔵は護らねばならぬ土地がある。そこを離れると効力が消え瞬時に暴走する。つまりこの島国を滅ぼす事になる。それは島国だけではなく、世界にも影響を及ぼすだろう、、、世界には我等同様に土地神が居る、が、それ等と我等は出遭う事もなく協力体制にもない、我等は飽くまでもこの島国を守護する者達。謂わば……己の存在する世界は己で守護せよ。と言う暗黙のルールがある、なのでワシは緊急事態と見た、だから今出来るだけの力で小奴らを守護している。護らねばならぬ地にご迷惑を掛けない範囲でな。」
坊さんが言うと水竜は、ふむ。と、頷いた。
「そか。僕は“ヌシ見習い”だからね、、、姉さん❨水天竜❩があの地に棲息して守ってくれるから自由に動ける……。」
そう言ってから水竜は思う。
(つまり……九雀さんが土地を守護する力を割いて自身が自由に使える力はこの程度。言い方悪いけどそれだけこの島国は“汚染”されてる。守護主達が力を分散出来ない程に。)
ふむ。と、、、水竜は九雀から眼を離し浮いて居る玖硫葉霧を見据えた。
(色んな意味で鬼娘がこの地に現れたのは都合が良い……、そのお陰で最強退魔師の後継者が目醒めたのも。もしこれがあの“螢火の皇子”が描いていた未来ならゾッとするな。)
水竜はそう思い水月に言った。
「水月、僕は君を護りたい、その為に居る、でもね、目の前に居る“神童”、可愛いモグラくんを護る必要はないんだ。」
「え!?」
水月は驚いて振り返った……。水竜はゆらゆらと長い大蛇の胴体を揺らしながら言う。
「勘違いしないで欲しい、優先順位だよ。あの死霊達を使って何やらやろうとしてたんだろうけど、それよりも退魔師と鬼娘……、先ずはソッチ。」
水月に言ってから水竜はフンバ、お菊を見て言った。
「君達も。何か得体知れない感じで覚醒して、力強くなったから何か出来ると思ったのかもしれない、でも考えてみて?先ずはあの2人を倒すこと。そして、死霊を使った所でそれは無理。解るかな?彼等はこの地に漂う悪しき魂、見なよ?さっきからこの地に燃える大地に焼かれて冥府に堕ちてゆく……。」
水竜の言葉に、フンバ、お菊、そして水月達は顔を向けた。コチラに向かって歩む死霊達が次々と大地に転がる炎岩石から噴出する紅い炎に焼かれて塵と煙になるのが見えた。
!!
ずっと連なって歩いていた白い着物を着た死霊たちはもう半数程になっていた。それ程に大地に転がる炎岩石から炎を貰い焼かれていくのだ。
水竜はそんな光景を見て言った。
「あの者達では弱者過ぎて“闇喰い”なんかになれない、この地は謂わば“試練の地”。悪しき者達の邪心の強さを測る為の地なんだよ、その器が無い死霊達はこうして幻世の手前で焼かれ消えて逝く。彼等に待つのはきちんとした審判と制裁だ。そう、冥府での。」
……………。
水月達は目を見開くだけだった。が、水竜を見据えて九雀は言う。
「ならば退魔師は要らぬではないか。この地に悪しき者達を送り込めば勝手に自滅する。」
「それは極論。退魔師の仕事は冥府に送る事ではなく、完全に生命断絶すること。二度と現世に還って来ない様に消滅させること。冥府には稀に使われる“転生の考慮”って温情がある、坊さんなのに知らないの?」
水竜が言うと……ふふっ。と、九雀は笑う。
「さすがは水天竜の弟か。悪いな、ちょいと試してみた。」
ムカッ。と、水竜の顳かみに青筋浮き立つ。
「今は許すけど二度とすんなよ?大津波でお前を飲み込み溺死させてやるからな?クソ地蔵が!」
はははっ。怖い、怖い。と、九雀は笑って躱した。
秋人は苦笑い浮かべる。
(冗談がブラック超えて天変地異だし。)
すると、灯馬が言う。
「つまり?その冥府に逝っても犯罪者の魂は輪廻転生する可能性があるってハナシ?」
そう。と、水竜は灯馬に顔を向けた。
「だから退魔師が居る、彼等一族はそれを許さない。二度と現世に転生させない為にも滅するんだ。魂を。だから彼等は重宝されて来た、悪しき者達を二度と生還させない力を持ってるから。鬼娘は確かに強いけど魂までは滅ぼせない、それは他のあやかしも同じ。だから“あやかし”は生きてる。誰もが退魔師に殺された訳じゃないから。だけど、退魔師はあやかしの“死柱”……つまり魂が視える、で、鬼娘は指示される通りにその魂を穿く、正に名コンビだった訳。魂は誰にでも壊せる、けどそれは所謂“誰もが死守する弱点”、つまり隠してるんだ、だから僕達にも視えないし、あやかし達にも視えない、だけど玖硫葉霧には視える。だから言われた通りに鬼娘はそれを破壊し、退魔師と共にこの世界から悪しき者達を退治して来た。解ったかな?」
あ。と、夕羅はスッキリした顔をした。
「なんか……解った、今ので。や?この状況で。遅過ぎるかもだけど……フンバやお菊ちゃんの事もあって、やっと理解出来た。退魔師って言う“特有な存在”のこと。」
夕羅は強い眼を水月たちに向けてハッキリした声で言った。
「退魔師って言う特殊な存在、そんで葉霧が何で生命削ってまでそれを全うしてんのか、そして……楓が鬼なのに葉霧を護ろうとしてる理由とか。なんか只の色恋沙汰じゃなくてもっと重くて、時代を超えて……2人は出逢って……お互いにその生命尽きるまで戦う事を既に誓い合ってるってこと。それが今……解った。」
………………。
夕羅の言葉に息を飲む、、、誰もが。
そして水月は言う。
「なら1つよ、私達は楓ちゃんと葉霧くんを護るの。何処に行こうとも必ず憑いて行って護る、、、約束して?みんな。この地で。」
………………。
水月の言葉に誰もが頷いた。
そして灯馬が言う。
「だな、アイツらを護るし俺らも戦う。」
秋人は強く頷いた。
「アイツらは大事な奴等だ。失いたくねー。」
うん。と、夕羅も頷いた。
そして4人は円陣組むみたいに集まり、お互いの顔を眺めた。そして何も言わぬのに右手を差出し、その手の上に手を重ねてゆく。
4人の手が重なると先陣切り水月が言った。
「いい?私達は楓ちゃんと葉霧くんを護るの!何があっても!この生命が消えても!」
「「「しゃーっ!!」」」
その手を重ねながら彼等は叫んだ………。
水竜はそれを眺め苦笑いしていた。
(何なんだ?コイツら…………。でも……。)
水竜は暗い目をした。
(恐らく……それは今迄のハナシで、玖硫葉霧はもしかしたら……退魔師の力を覚醒させてるのかもしれない……それはつまり、鬼娘の力を借りなくても自身で滅する事が出来ると言うこと。彼は出来なかった、力及ばずで。これ迄は。でも、退魔師としての力を取り戻せば……あやかしの鬼娘に頼る必要はなくなる。自己完結出来てしまうから。棄てられるかもしれない……いや、捨てろと言うかもしれない現当主玖硫鎮音が。そうなったら、鬼娘は…………。)
どうなるのか。と、、、水竜は目を伏せた。やるぞコラァ!と、、、息巻いてる少年達の前で。




