第225夜 淀みの地でのあやかしと人間たち
“淀みの地”はあやかし達の棲む世界“幻世”に続く通り道であり入口である。そこに楓達は飛ばされた。
連れて来たのは“紫鳳”と言うあやかしである。
天には空が広がるがその色はボヤケたワインレッド。それは黒い靄が掛かっているからだ、まるで薄雲の様に天を覆っている。その所為でハッキリとした色彩ではなく淀んでいる。とても爽快感を感じる空の色ではなく、見てるだけで気分が落込み沈んでいく……。その下……地は幻世へと続く通り道があり、その周りは大きな赤茶色の岩石がゴロゴロと転がる荒れ果てた地であった。赤茶色の岩石は庭石程の大きさであり、時折アチコチから紅い炎が噴火の如く燃え盛る。地面から噴き出した炎が赤茶色の岩石に燃え移り炎岩となり小爆発までも起こす。ボンッと破裂音が鳴り岩が木っ端微塵に砕け散る。そしてその“被害”を被るのは一本道を虚ろな顔をして歩く亡者……死霊達だ。白い着物姿で地熱で覆われた石だらけの道を直進しているのだが、その爆発で岩は石になり物理的攻撃をする。石と言ってもその1つ1つは野球ボールぐらいの形状であり、飛来しては彼等の身体を破壊する。
うわっ!
ヒィィっ!!
死霊達の悲鳴が沸く……。紅い炎を纏った野球ボールの大きさの石は、強烈な飛び玉だ。豪速球……❨140㌔から150㌔近い速球であり重い。❩それが死霊達の身体や、頭、更に背中などありとあらゆる部位に直撃し受けた側は、そこからボロっと脆く崩れてゆく。そして……そんな岩石を逃れた者達も地熱で焼かれた石畳の一本道を裸足で歩いている。当然の如く足裏から焼かれボロ……ボロッと、両の足は焦がされ崩れてゆく……。足から燃え全身を紅い炎で焼かれ焦がされてゆくのだ。
「うわぁぁ……死にたくなぃぃっ〜〜っ………。」
最初こそは通る悲鳴だったが炎に全身が包まれ焼かれるとその声は力無くまるで呻き声の様に響いた。
「逝きたくなぃぃ〜〜〜っ」
炎に全身を包まれ焼かれる死霊達の悲鳴がずっと木霊の様にこの地に響いていた。そして……木っ端微塵に破壊された岩石達は無限修復される、何処からともなく生えそこに存在し同じ様に繰り返す。死霊達の行手を遮るかの様に燃え炎岩の破片を飛ばし彼等を物理的に攻撃するのだ。正に破壊のループである。
「…………っ!」
夕羅はその悲鳴と光景に身体が硬直し身震いした。此処に来る前の現世は常夏真っ盛り。猛暑続く夏日に満ちた世界であり、彼女は半袖Tシャツ姿だ。だがその身体はいきなり南極に来たかの様に震えていた。
「な……なんなの?ココ!地獄!?」
彼女は青褪めた顔でそう叫んでいた……、恐怖心から来る悲鳴に近い声音で。
それに応えたのはこのメンツの中で一番幼い姿をした“神童お菊”だった。
「違うよ夕羅姉ちゃん、さっきアイツ……紫鳳が言ってたでしょ?この道はあやかしの棲む世界“幻世”への通り道……。」
おかっぱ黒髪、紅い布地に白い紅葉柄が施された着物姿であり、膝丈しかなく素足の先は草鞋の草履だ。人間で言う5〜6歳程度の容姿をしたあやかしだ。が、彼女は当然、此処に居る葉霧達高校2年生よりも遥かに長い時を生きている。その生存期間は定かではない、何故なら彼女は現世を彷徨きポッと出て来る“気紛れあやかし”であり、自身の延命の為に人間を喰う種族では無く、人間達の“悲哀の念”が寄り集まり産み出されたあやかしであり、怨念と積念……、主に親から捨てられた子達の寂しさから産まれてしまったあやかしである。そして人を喰らう理由は怨念を消火する為である、彼女が喰うと彼女を産み出した哀しき魂達は鎮魂され成仏するのだ。そしてそれは繰り返される……この現世に産み親に殺されてしまう子供達が居る間は。
「あ……うん、言ってた。でもこの現場、まじ地獄としか思えないんですけど??」
夕羅が言うと隣に立つ秋人が溜息混じりに言う。
「夕羅お前、地獄見たことあんのかよ?」
「ある訳ないでしょーが!そんなモンっ!」
彼のツッコミに夕羅は目ン玉大きく見開きながら怒鳴った。秋人は、阿呆か。と、呆れた顔をした。
「ねぇ?待って。この人達は“闇喰い”になるのよね?それならどうして消滅してくの?」
同じ様に死霊達を眺めていた水月が言うと、隣に立つこの中でとても目立つナチュラルブロンド髪の灯馬が応えた。彼は異国の血が混じる人であり、非常に稀少なグレーの瞳をしている。その瞳は光に当たるとブルーが混じり妖しく煌めく。何故か今は光も無いのにそのグレーはブルー混じりが濃く反映されていた。
「あー、だよな?コイツらは確か……“悪しき彷徨う魂”言うてたよな?その紫鳳ってのが。」
「………うん、悪しき魂ってどう言うことかな?お菊ちゃん解る?」
水月は特に彼の瞳の色彩の変化を気にも留めず平然と、おかっぱ頭のお菊に目線を向けた。
お菊は水月を見上げて言う。さらりと。
「解るよ、“罪人”つまり“犯罪者”。」
え!?と……、人間達は驚き目を見開く一同に。だが、子供の姿をしたあやかしは淡々と無表情で言った。
「それも“大罪”、ああ解り易く言うと“殺人”。と、それに関与する罪状かな、良く言われる大罪には幼児虐待、幼児育児放棄からの死体遺棄、あ〜これは弱者に対して行った場合は全部適応される、後は、、、人に対する性的暴行目的の監禁、軟禁、拘束からの殺人、死体遺棄、あとは……詐欺”とかかな?大禍だけども。他にもあるよ?大罪は。つまり輪廻転生すら許されぬ罪人達ってこと。」
……………っ。
絶句……だった。彼等は。言葉が出なかったのである。が、夕羅だけはその目線を幻世に向かい歩く死霊達に向けた。今も彼等はきちんと2列に並び歩行している。中には片脚を焼かれ喪い引きづりながら歩く者もいる。
「…………。」
彼女のブラウン混じる猫目はちょっと細まり、その死霊達を見る眼は変わっていた。先程までは憐れむ感情が入り混じっていたのだが今はそんな欠片も無く軽蔑視……、それだけではなく憎悪の眼差しを向けていたのだ。
へぇ?と、、、彼女は低い声で呟く。夕羅はお菊にその憎しみを混じえた眼を向けた。更に冷たく言い放つ。
「そうなんだ、それなら仕方ないかもね?地獄の様な豪炎に焼かれて身を滅ぼされ“闇の魂”とは言え、“生還”を許されないのも。」
「「……………っ!」」
その言葉を聞いて驚きの表情を浮かべたのは、お菊でありそしてその脇でずっと話を聞き不安そうな顔で押し黙っていたもう1人のあやかし、“モグラの浮雲番”だった。
彼等は夕羅の冷たい眼に怯んだ顔をしたのだ。が、お菊は直ぐに動揺を振り払ったかの様に笑わない和人形の様な無表情になった。
「それは罪人だと知ったからだよね?夕羅姉ちゃんの思考はちょっと怖い。」
「え??」
今度、驚くのは夕羅であった。彼女は目をまん丸とさせお菊を見て聞き返した。お菊は無表情で言う。
「立ち位置変われば見方も変わる、つまり……裏切るかもしれないってこと。あたしやフンバ……あやかし。楓と葉霧を。」
「は??何でそーなんの!?」
夕羅は直様であった。怒りを向ける様に声を荒げて言ったのだ。だが、無表情のお菊はそんな彼女を見て言った。
「そんなの貴女の今迄のリアクションで解るよ、貴女は確かに何も知らない状態で彼等死霊を見て憐れんでたし、どっちか言うと許せない状況だと思ってた。違う?」
うっ。と、、、容姿は5〜6歳の妖女からの言葉に夕羅は言葉に詰まっていた。
(あ……当ってる……。)
図星を指され彼女は冷汗滲んだ。が、そこに待ったをかけたのは水月だった。
「ちょっと待ってお菊ちゃん、夕羅を責めるのは可怪しいわ、だって仕方ないでしょう?私達は申し訳ないけどあやかしの事も幻世の事もまだ何も知らないの、だから後付されたら方向転換するわ。人間だけど人間として見聞して判断してるつもりよ?許せないモノはあやかしも人間も変わらないんじゃないかな?違う?」
水月が言うと無表情のお菊は、ふふっ。と、笑った。それは口元だけを少し上げた薄ら笑みだった。
黒い瞳で水月、夕羅、そして灯馬、秋人を眺めた。
「だったら聞くけど、楓が多くの人間を喰い殺した大罪者だとしても貴女達は今の状態を保てるの?いや?楓が人間を喰い殺す現場を見ても今と変わらない感情で傍にいれる?」
……………!
一同は……ハッとして黙った。お菊は薄ら笑みを浮かべながら言う。
「見てないから今は知らないと言える、じゃあ知った時どうするの?突き離すの?あたしが、フンバが楓が狂った様に人間を喰い殺し、貴女達の大好きなチキンの骨の様に人間の骨をしゃぶるのを見てもまだ貴女達は傍に居られる?」
……………っ。
苦境に立たされてる様な気分だった、4人は。雨宮灯馬、桐生水月、雨水秋人、神梛夕羅……は、葉霧の大切な友人であり仲間である。が、、、此処に来て何故かとても現実を突き付けられてる気になったのだ。
「………………。」
そして一緒に運ばれてしまった“地の主”九雀は、黒髪をした雨水秋人の肩にちょこんと乗っている。黒い法衣を着た坊さんである。焦土に似た肌にスキンヘッド、眉は申し訳程度に生えてるが何故か金色。更にヌシなので深紅の眼である。本来なら巨体で4〜5㍍越える身体だが今は小人サイズである。30㌢程度しかなく、秋人の肩にちょこんと体良く乗っかっているのだ。が、その右手には金色の錫杖が握られている。そして、物言わぬ岩の如くこの状況を見据えていたのだが、うむ。と、彼はようやく声を発した。
「小っこいの、相分かった。そなたはつまり心配なのだな?コイツらが裏切者になるのが。そしてこの先を見据えて言っておるのだな?このまま幻世にゆけば恐らく……鬼娘は覚醒するじゃろうな。それは空気と環境がそうさせる。幻世と言う世界の空気は、“瘴気”と言い生きた空気。心を巣食う生命体、つまり何も知らぬ無抵抗な身体はそやつらの糧、エサになる。だが、鬼娘は封印されていたと言え……鬼一族の長だった者。」
一気に捲し立てる様に物申した朴念仁の様な九雀に誰もが耳を傾けていた。それはお菊もだった。彼女は黒い瞳で九雀を見据えていた。不服そうな顔だが言葉は発さない。
九雀はそんなお菊を見て更に言う。容姿は縮こまってるが威圧感はあり、更にその低い声もとても良く通る。誰にもハッキリと聞こえていた。
「鬼娘がその空気と言う名の瘴気に包まれれば、活性化する。そう、あやかしの世界だ。空気も強者には養分となる。それは呼吸と共に身体を癒やし力を高めてくれる自然増幅剤。即ち……強者にとっては必要不可欠なエネルギー。」
「…………。」
お菊は黙って聞いていた。九雀を見据えながら。
「それと……これはワシの勝手な見解だが……、退魔師にも同様に作用すると思うがな。退魔師はその名の通り“退魔の力を持つ”。幻世に蔓延る闇の空気……瘴気は退魔師にとってその力を高める栄養剤。反射的に防衛本能が働き自身の力を高める……、だから紫鳳は言うたのじゃよ。この場で退魔師の玖硫葉霧を殺したい。」
!!
「え?待ってなにそれ!?」
夕羅が直ぐに言うと九雀は、はぁぁ。と、呆れた様に溜息ついた。
「お主ら話を聞いておらぬのか?さっき紫鳳が政宗に鬼娘を捕えろと申しておったであろう?」
えっ!?と、夕羅は眼を見開く。が、九雀は他の者達の顔を見て、はぁぁ。と、再度溜息ついた。
「秋人……お前も聞こえてなかったのか?」
そう、灯馬達は驚いた顔をしていたのだ。だから九雀は秋人に聞いた。
「悪い。なんかあの白いゾンビしか目に入ってなかったわ。」
秋人はそう応えた。彼はこの地に辿り着きずっと死霊達を見ており、思考を巡らせていたのだ。だから、紫鳳の言葉など耳に届いていなかったのである。
ああ、そうか。と、九雀は項垂れたが彼は顔を上げお菊とフンバを見て言った。
「さて、お主らには届いたのであろう?“鬼娘を捕えろ”が。で?お主らはどうする?何か策はあるのか?」
「…………。」
フンバとお菊は顔を見合わせるでもなく、、、只、そう聞いて来た九雀を見据えていた。2人揃って。
ふむ。と、少しの沈黙を待ち九雀は腕を組んだ。
「無いのか、ならばワシの案を聞き入れて貰おう。」
「ある。」
は??と、、、九雀は法衣から覗く太い両腕を解した。お菊のハッキリと断言した声に眼を見開き腕を離したのだ。小さき身体でもその筋肉質な腕は変わらぬであった。
「あるって言った。」
再度、お菊は言った、しっかりと九雀を見据えて。
ほぉ?と、九雀は目を細めた。そして、脇に居る小さなあやかし……ぬいぐるみ程度の体長したモグラを見据えた。が、九雀は右眉を吊り上げた。
(“お助け隊”??ナメてんのか?このモグラ。)
それは、フンバのおでこに巻かれた白い鉢巻に刺繍された文言である。が、そのモグラは蒼い法被を着ており、腹には紅い腹巻きまでしている。優梨がお腹冷えるから。と、手編みした毛糸の腹巻きだ。九雀は、頭を抱えた。
(ナメ腐ってんな!このモグラ!!)
因みにモグラの法被の背中には“勇気”と、縦にデカデカ太字刺繍されている。それを見たら……この地のヌシは激怒したかもしれない。
が、そのモグラは紅い手編みの腹巻きに突き刺していたでんでん太鼓を抜いた。勢いよくしゅばっ。と。
「地のヌシ殿!アッシ達には算段がある!アッシとお菊は一蓮托生!そして楓殿、葉霧殿はアッシらの“家族”!その人らを守る為なら……。」
モグラのフンバはでんでん太鼓を右手で掴み振り始める。でんでん……、でんでん……と、糸に吊るされたバチが太鼓を叩く。
「…………いや……ふざけてるのか?」
と、九雀は問うがフンバはお人形サイズのでんでん太鼓を振りながら言った。
「ふざけてなどない!コレで救う!アッシらの力を見くびるなっ!」
モグラは真剣な顔で叫んだーー。
「……………!」
九雀は何が起きるのか?と、、、その目を見開いていたのだった。




