第209夜 橘玲衣
その者はぼんやりと照らす非常灯を辿りに梯子を降りていた。予想とは反して明るく鉄製の梯子に掛けるスニーカーまでハッキリ見えるぐらい光は届いていた。けれども長く……一向に下に着かず、はぁ。と、足を止め天を仰ぐ。
目に入るのは自身で閉めてしまった黒い丸蓋だ。マンホールである。地上高くにあるのだがハッキリとそのマンホールの裏蓋は視界に留まる。
(はぁ……めっちゃ降りた……、なのにまだ着かんってどんだけ長い下水道よっ!)
彼女がひたすら降りていたのは下水道の梯子であり、梯子に手を掛けながら見下ろせば地上には水路が見える。
(でも……コレって使われてない下水道だよね?干乾びてるし……、何でそんなとこに“あの集団”は入ってった?)
眼下に見える水路は土と砂利、そして少しの水が溜まっていた。コンクリートの壁に嵌め込まれた配管からはチョロチョロと水が申し訳程度に垂れ流れている。とても稼働してるとは思えぬ状況だ。
はぁ。と、、、ようやく足を地に着け安堵の息をつきながら首から提げてる一眼レフカメラを手にした。
(ココに居るんだよね?“玖硫葉霧”と鬼娘が。)
ぎゅっ。と、カメラを握り締め乾いた水路を脇に歩き始める。
下水道は明るくオレンジ色の灯りが照らしている、確かに使用されていないのか水路は進めど渇いており、土と砂利が埋まってる。コンクリートの壁に嵌め込まれた配管もチョロチョロと雨水垂れ流す程度であった。なのに懐中電灯すら必要無い程に明るいのだ。
(電灯が点いてる…。使われてないっぽいのに何で?)
天井、壁には電灯が設置してありそれは明らかに非常灯では無かった。梯子の側面に設置されていた非常灯とは異なりしっかりとした照明だったのだ。それらが煌々と下水道を照らしている。
女………“橘 玲衣”は1人、警戒しながらそこを歩く。
(“ルシエルタワー”……あれは絶対に可怪しい。黒い影に包まれてタワーに入れなくなった……。)
「に、しても湿気ヤバっ。」
長身でほっそりしたモデル体型。顔立ちも整い美しいが今は眉間にシワが寄り険しい。彼女は徐にブラウン色のゆるふわパーマ掛けたセミロングの髪を纏め始めた。夏と言う事もあり白い半袖シャツから覗く細腕、右手首にはヘアゴムが掛けられている。それで緩くポニーテールに髪を結んだ。
(黒い影が消えたルシエルタワーから出て来た人達は“黒い鬼と蒼い髪した鬼娘が戦っていた”と言ってた……、しかも刀みたいなのを使って。そこに玖硫葉霧も居たと。)
玲衣は湿気に対しての身支度整えると歩きだした。
(ルシエルタワーから出て来た“玖硫葉霧”……それに“鬼娘”。変な“男達”の集団と玖硫葉霧の仲間と思える少年達がいきなり下水道に消えた。)
玲衣は続く下水道を見据えた。オレンジ色の光に灯され未だその先が見えない。でも彼女の澄んだ強い眼は道先を見据えていた。
(それを追って来たけど……、もう彼等は居ないしココに連れて来た“男達”の姿も無い。つまり?やっぱり居る…“妖”は。そして今回の件は何かヤバいんじゃないかと思う。)
下水道を歩きながら玲衣は、ふぅ。と息を吐く。
(ずっと追い掛けて来たんだ。絶対に真実を晒す、あやかしは絶対に居る。それに鬼娘。鬼娘の存在を曝せば誰もが信じるしかない。あの角と刀で殺してる姿さえ撮れれば。)
ぎゅっ。と、彼女は一眼レフカメラを握り締めた。
橘玲衣はあの騒動の中“皇海街”に居て、問題のルシエルタワーから出て来た楓達を目撃した。そして、“如月”たちネズミ男と彼女達がこの下水道に消えたのもしかと見ていたのである。
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橘玲衣が走り抜ける下水道のその少し先では鬼娘楓、玖硫葉霧、そしてその仲間達が突如現れた大男と対面していた。白い着物に右手には大きな鎌の刃をした大刀を握り締めている。白い着物は真っ赤な曼殊沙華“ヒガンバナ”が柄に刺繍されておりそれらはまるで血の華の様に不気味だった。壁をブチ破り現れた大男にイチ早く反応したのは“雨水秋人”であった。竜巻の如く身体を金色の旋風が覆ったのだ。更に旋風の中で地から浮き上がるのは金色の土槍達であった。彼の身体を護る様に土槍達は浮き上り纏っている、まるで“保護”するかの様に。
「秋人!?」
風圧を感じ振り返ったのは葉霧だった。けれども秋人の右手が金色に光る。ポウッとそれは右手を包む様に淡く光照らすものだった。その右手の光からまるでマジックの様に現れたのは“棍”だった。彼と同等程度……180㌢はあるだろう。それは突然現れたのだ。秋人はその棍を握り締めた。
「へぇ?良いモンくれんじゃねーか。」
黒髪クールフェイスの多い秋人だが、金色に光る“棍”を眺めて笑ったのだ。
「は?どゆこと??」
鬼娘楓は目をまん丸とさせてそう聞いた。猫目はいつにも増してくりっくりである。が、金色の旋風に覆われる秋人の右肩にそれは、ぽんっ。と、現れ彼の肩に乗っかったのだ。
「ふ〜む……遂に“幻世”から来おったか………、秋人、アヤツは“鬼”。じゃが生粋ではない、つまり“鬼共の無念の魂”が寄り集まり作り出した“妖”じゃ。」
焦土に近い肌色をした坊さんである。朱色の錫杖を握り黒い法衣姿で妖精程度の尺で秋人の右肩にちょこんと立っていた。
「え?まさか“九雀”のおっさん??」
楓はそのお坊さんを眺めて目を丸くした。九雀とは“地の主”であり雨水秋人に力を授けた妖である。“主”特徴の真紅の眼が楓を見据える。
「如何にも。ワシは“嵐蔵”や“水天竜”、“風牙”とは違い自由に動けぬ。お前の良く知る“妖狐釈離”と同じでな。」
九雀がそう言った時だった。
「な……なんなのこれっ!?」
それは下水道の穴の中に響いた。誰もがはっ!として振り返ると一眼レフを握りしめた橘玲衣が居たのだ。彼女はカメラ掴む両手震わせながら下水道のこの現場を見つめた。
(ネズミっ!?え?ネズミがカピパラみたいにデカいけど?)
下水道の奥に溜まり身動き出来ずにいるネズミ達、それは彼女が知るネズミとは程遠く巨大だったのだ。
「え?何?なんかの撮影??」
けれども彼女はさっ。と、一眼レフのカメラを構え紅い眼をしたネズミ達を撮影した。パシャリ、パシャリとフラッシュの光でネズミ達は目を晦まし壁際に身を寄せた。
玲衣はそれすらもカメラレンズで捉えパシャリ。と、シャッター押す。
「妖!やっぱり居た!」
彼女がそう叫ぶと楓が怒鳴る。
「は?お前何者だっ!?」
…………。
玲衣は曼殊沙華着物姿の大男にカメラレンズを向けた。そして、そのシャッターを押した。パシャリ。と、フラッシュが彼を照らした。うっ。と、眩しそうに顔を歪めた。
玲衣は一眼レフカメラを降ろす。
「やっぱり居た………。」
彼女は曼殊沙華着物姿の大男を睨みつけた。そして直ぐに楓を見て言った。
「会いたかったのよ、貴女に。鬼娘。」
楓はその真っ直ぐな強い眼を見て目を瞠る。
「オレに?」
玲衣はカメラを再度掴み楓に向けた。
「ええ、貴女は証拠。」
パシャリ。と、玲衣は楓を撮影した。フラッシュの眩しさにうっ。と、楓は少し眩しそうにしたが玲衣は一眼レフカメラを握り締めた。
「貴女しか居ない。父の死の真相を証明出来る存在は。」
橘玲衣は驚く楓、そして葉霧を見てカメラを提げた。そして2人を強く見据えていた。




