第189夜 深紅の勾玉
楓は穂高沙羅を抱きかかえ、葉霧とそして新庄拓夜の元へ向かった。
腰元まで靡く蒼い髪を揺らしながら。
「か………楓ちゃんなのか?」
少し明るめのブラウンの髪を公務員なので、清潔感溢れる短髪にしてる青年は、目の前に現れた楓を驚き隠せぬ様子で見ていた。
だからか、気絶してる沙羅を目の前に突き出されても、手が出なかった。
「は?? なに言ってんだ??」
楓はそう応えた。
大人びたその容姿、普段の楓よりも鬼と化してしまってる。何しろ話すその口元からもう、牙が突き出ているのだ。それは、吸血鬼の様に見えた。
「楓……、何か変わったことはないか? 身体が熱いとか、頭が痛いとか。」
変貌した楓に葉霧はそう聞いた。
「は?? ワケわかんねーな? なんもねーよ、てか、さっさと沙羅持ってくんねー? アイツをぶっ倒せねーだろーが。」
葉霧の言葉に楓は些か、不機嫌そうな顔をした。
(自覚がないのか? 明らかに……、前の楓とは違うのに。)
葉霧には顔立ちは変わらないが、その大人びた身体つき。それは明らかに変貌したと見えている。わかり易く言えば推定、Bカップの胸元がDか少し上のEカップだからだ。
最早、そこの違いが余りにも強烈すぎて、葉霧にしても拓夜にしても目が胸にしかいかない。
身長も変化はある。155から170程度、少し上まで。なのに、彼等は胸元のそのはちきれんばかりの感じにしか目がいかなかった。
ハッキリ言うと今までの楓に、女としての色気は無かった。それが突然、わかり易く魅惑的になったのだ。驚くだろう。美女でナイスバディ。しかもスリットの着物から覗く素足が堪らない。健全な青少年と青年には魅力的である。
「おい、いい加減にしろよ、なに見てんだよ。」
と、余りにも自身の事を見られている。その視線に楓はそう言った。
ずいっと気絶してる沙羅を拓夜の前に、再度突き出した。相変わらず人を軽々と抱きかかえる。沙羅も170を超えるスレンダーな娘だ。だが、まるで成人より軽い赤子を突きだすかの様に、拓夜に渡そうとしていたのだ。
「あ……ごめん。」
拓夜は慌てて自身の“恋人”を受け取った。抱えたのだ。柔道と空手で鍛えた両腕で。
刑事なので護身術として、空手は勤務開始と同時にやっていた。
「楓……何ともないのか?」
葉霧はそう聞いた。
すると、楓は胸元にぶら下がる“深蒼の勾玉”。それを掴んだ。
「悪い。こっからは……“葉霧の力”が必要だ。」
そう言うと、楓は葉霧たちから背を向けた。
勾玉を掴み、目の前にいる東雲を睨みつけた。
「“満月”……、憤怒。それがオレの力の源だ。けど、それを抑える為に“守護の姫”……蒼月の姫は、コレをくれた。」
楓は胸元の勾玉をぎゅっと握った。
それはまるで、蒼く煌めく月の様であった。
葉霧はふと……、自身のグレーのロングジャケット。そのポケットで煌めくのを知った。
ハッとして、ポケットに手を突っ込んだ。
“深紅の勾玉”が、紅く煌めく。
葉霧はそれを掴み、見据えた。
「“螢火の皇子”の勾玉が、光ってる。」
楓はその声にちらっと背後の葉霧を見た。
「前に言ったろ? オレを殺せんのは“退魔師”なんだ。もう……、葉霧しかいねーんだ。」
「え?」
葉霧は勾玉を掌に乗せたまま目を見開く。楓は、蒼く光る勾玉から手を放した。
「この世界にオレを殺せるやつは、葉霧しかいねー!」
楓はそう叫ぶと、持ってる夜叉丸を構えた。
蒼き炎は刀を纏う。
更に彼女の身体も炎が纏う。
それを見て笑うのは、東雲だ。
「来いよ。見せてみろよ“生粋の鬼”。」
東雲は、修羅刀を構えた。
黒い炎が刀を覆う。
だが、彼のその眼は消して怯んでもなく、揺らいでもいない。
愉しんでる様な表情も変わらない。
「鬼一族……“長”。修羅姫“。お前の力を見せてみろよ。」
東雲のその声に飛び出したのは楓だった。
(鬼一族の長……、修羅姫? 本当なのか? 楓……。)
葉霧は蒼き炎を纏い東雲に向かう彼女を見て、目を見開く。
鬼なのはわかっている。“封印”され、自身の自宅の桜の木。そこに彼女はいた。
それを解放してしまったのは、葉霧だ。更に、自身は“力無し”の退魔師末裔。
それでも、彼女と関わり“退魔師の力は覚醒した。
一緒に生活して……、彼女の天真爛漫さ、優しさ、何より種族を超えて、他種族への優しさ、自身に対する健気さ。
彼にとって惹かれる要素ばかりだった。何よりも、いつも葉霧を護る為に敵に突っ込む。これでも、男だ。女は護る者と教わってきた。それでも、彼女は怯まない。どんなに相手が未知の強靭な奴でも。
葉霧に迷う心は無かった。
(“螢火の皇子”、、、俺が貴方の後継者と言うなら、力をくれ。俺は……、楓を護りたい!)
葉霧がそう願った時だった。
楓と東雲が対峙するその間に、カッと白き光が矢の様に天から突き刺さったのだ。
「「!!」」
地面を陥没させる程のその白き矢。
楓と東雲は、何事かと動きを止めた。
だが、葉霧の前には浮かぶ。
漆黒の長い髪を揺らした、薄紫色の装束を着た美しい男が。
白き光に包まれ葉霧の前に降り立った。
「え? まさか……“螢火の皇子”か?」
葉霧がそう言った時だ。
「え? 皇子??」
楓が振り返ったのだ。更に東雲も目を丸くした。
「ようやく……“決められた”様だ。そなたに渡す者がある。我らの願いを。」
白い光に包まれた平安の貴族、彼等が纏う装束。それを纏いし美しい男は、葉霧の前に手を差し出した。
その両手を。
薄紫の袖から覗く両手が持つのは“長き剣”。金や深紅の宝石などが、散りばめられた鞘に纏いし剣であった。
そして、葉霧は目を瞠る。
彼の横に雪の様に白い毛に覆われた狐がいた。それは、螢火の皇子の身体など覆ってしまうほど大きな白狐。
「……“雪丸”……。」
葉霧は、前に楓から聞いている。螢火の皇子の傍にいた“あやかし”の事を。更に彼も皇子と共に亡くなってる事を。
「受け取りなさい。後継者。楓を頼む。そして、この世界を。“破邪の刀”はお主の力になる。」
葉霧は差し出された剣を受け取った。
「聞きたいことがある! 待ってくれ!」
と、葉霧はそう言ったが、微笑む皇子と雪丸は白い光に包まれ消えてしまった。
葉霧の手元に残ったのは、美しい装飾が施された長剣。
“破邪の刀”であった。




