幕切 家路にて〜家族の語り〜
ーー誰もが顔を暗くさせていた。
楓も葉霧も……そして、お菊も浮雲番も。
キラキラと煌めく銀色の馬車の中で、その表情は暗く沈む。
いつもならこの重苦しい空気を、食い破るのは楓だ。
彼女は、そうゆうところに“敏感で気を遣う”。
それは、けして嫌味ではなく“笑顔にさせる魔術”みたいなものだ。
周りを和ませ明るくさせる“気質”だ。
だが、そんな楓が率先して暗い。
頭をずっと抱えていた。
だから、お菊もフンバもその姿をとても心配そうに見つめていた。
すっかり夜になってしまい、星空と月ーー。
それから眼下に広がる“街の景色”を、眺める事もしなかった。
月明かりに照らされ葉霧だけは、その窓の外を見つめていた。
“親しい人”であった者。
それが“敵”になるのは、はじめてだ。
楓にとっては”かなり親密な間柄“だ。
葉霧の中では“複雑”ではあるが、そうゆう事でもない。
目の前で人間が“凶暴化”していたのだ。
来栖宗助……の言っている“憤怒”の感情。
葉霧にはそれが良くわかった。
だから、敢えて言葉を放つ。
「楓。わかってると思うけど、俺は“東雲”を許すつもりはない。必ず……“殺す”」
楓は目を見開く。
葉霧の強い声を聞き、頭を抑えていたその手を離した。
顔をあげる。
月明かりに浮かぶ綺麗な横顔。
だが、それは恐ろしいほど凍てついていた。
「葉霧……まさか……変な誤解……」
「違う」
楓の言葉を遮った。
葉霧は楓に顔を向けた。
その眼は真剣だった。
「そんな“生易しい感情”じゃない。」
楓は顔を俯かせた。
酷く……叱られた気分になったのか、その表情は暗く翳った。
「わかってるよ……。オレだってそうだ。許せねーよ。」
そう言った。
葉霧の眼は依然として、冷たく鋭い。
楓の事ですら突き刺しそうだ。
「それならいい。くだらない感情は捨てろ。そうじゃなきゃ勝てない。」
低い声が、きらびやかな馬車に響く。
「葉霧。言い過ぎ。楓が可哀相」
ふと、お菊が口を開いたのだ。
「え?」
葉霧は驚いてお菊に目を向けた。
泣きそうーーであった。お菊のその顔は。
その横ではフンバまでとても悲しそうであった。
「楓殿は……“一人で何とかするつもり”だったんす。だから、アッシにさえも……黙ってたんです。いつも何処かにふらふらと、出かけて“東雲の行方”を、探してたんすよ?」
と、フンバは葉霧にそう言ったのだ。
だが、葉霧の眼とその表情は益々、凍りついたのだ。
「それが“くだらない感情”だ。」
と、そう言い捨てたのだ。
楓だけではない。
フンバもお菊も驚いた顔をしたのだ。
葉霧の鋭く強い眼は、楓に向けられる。
「勝手な事をするな。と何度言えばわかる? もしも何かあって“悲しむ人間”がいる事を、何でわからない? 俺やお菊。フンバ。鎮音さん。優梨さん。兄貴。」
葉霧の声は強くハッキリと楓に向けられた。
「“家族”だ。楓がいなくなったら悲しむだけではすまない。どうしてわからないんだ。“気を遣う場所を間違ってる”」
楓は葉霧の言葉に、目を丸くしていた。
その顔をあげて真っ直ぐとみつめていたのだ。
だが、揺らぐ。
その蒼い眼は。
「鬼だから……」
「聞き飽きた。それなら聞くが、お菊やフンバはどうなんだ? 楓にとっては“あやかし”だから、家族じゃないのか? 大切じゃないのか?」
と、葉霧はそう言い放つ。
楓の言葉など聞く耳持たない。
遮る。
「違う……」
「それならわかるだろう? “いい加減にしろ”」
葉霧はそう強く言い切った。
楓は言葉を失った。
フンバはぴょん。と、ソファーから飛び降りると、楓に駆け寄った。
その膝の上に飛び乗る。
そこで正座した。
蒼い半纏。背中の魚が月明かりに照らされる。
「楓殿。アッシやお菊を家族にしてくれたのは、楓殿と葉霧様っす。感謝してるんす。彷徨うアッシらを、受け入れてくれて、大切にしてくれて。」
フンバはその眼をうるうるとさせていた。
紫色の眼が揺らぐ。
「フンバ……」
楓は小さなモグラを見つめた。
「戦う時は一緒っす!! 逃げる時も一緒っす!! それが家族っす!! いつまでも一緒にいたいんです。だから“一人になろう”としねーでくだせぇ!!」
フンバはそう強く言ったのだ。
身体から声が発せられているかの様に、大きかった。
その小柄な身体から振り絞った様であった。
「お菊も。治療は任せて。祈仙から薬いっぱい貰った。」
と、ソファーの上で微笑むお菊は、ピースサインをした。
その顔はいつもよりも何倍も笑顔であった。
「お菊……」
楓は目を潤ませていた。
「楓。家族なんだ。もう。俺達は。ちゃんと“誓約”もしただろう? それとも忘れたか?」
葉霧の声は優しく響く。
楓は首を横に振った。
「忘れてねー。わかってる。ごめん。」
楓は膝の上のフンバを抱くと、目を閉じた。
そこから涙がぼろぼろと零れおちた。
フンバはそんな楓を優しく見つめ、小さな手で頭を撫でた。
「大丈夫っす。みんなで戦うっす。護りたいのはみんな一緒っす。」
楓はその声に、フンバの身体を抱きしめた。
頭近くで抱かれているフンバは、ずっとあやす様に楓の頭を撫でていた。
お菊と葉霧は顔を見合わせると、柔らかく微笑む。
人間とあやかしと鬼。
それでも確かに……“家族”であった。
それは揺るがない真実だ。




