第四十七話「残影」
少し肌寒さを覚え始める、九月下旬の夕暮れ。
黄昏色の空の下、通い慣れたいちょう並木の道中。見知らぬ輩に話しかけられ警戒心をむき出しにしている私。
輩という若めな表現をしたが――およそ、三十代後半くらいだろうか。
「わ、悪い悪い。いきなり話しかけられたら、誰だって警戒するよな」
私の様子を見て反省したのか、素直に謝罪を述べる男性。
しかし、私はスマホのロック画面下部にある緊急通報をタップして見せつける。いつでも通報できることを無言でアピールするのだった。
「そ、それだけは勘弁してくれって! 本当に危害を加えるつもりはないんだ、ほんの出来心っていうか! な?」
「やれやれ……罪を犯す人間は、皆そう言うんですよ」
「駄目だ! この子、まるで警戒心を解こうとしない!」
「当たり前じゃないですか。見るからに不良っぽい人の言葉を信用なんて……」
言いながら、ふと沢崎さんのことが脳内によぎる。
「……まあ、少しだけ話を聞きましょう」
見た目で判断するのは良くない……か。
仕方ない。ここは沢崎さんに免じて通報だけは勘弁してあげよう。
「よくわからないけど、通報されなくて良かった……」
心底安心したようにため息を付きながら、ベンチに座り直す男性。
「本当に他意はなかったんだ。ただ、他人からの見え方を気にしていたというか」
「だとしたら、未成年の少女に話しかけるのは悪手ですよ。昨今物騒な世の中ですから、それこそ通報されてもおかしくないです」
「そうか……うん、今後は気をつけるよ」
割と本気で落ち込んでいる様子を見て、少し申し訳ない気持ちが湧く。
「あ、追い打ちをかけるようで申し訳ないのですが、見た目もだいぶ輩っぽいです」
「ぐっ……」
「えっと……その、頑張ってください。陰ながら応援しています」
一体何を? と聞き返されたら答えられないけれど、私はとりあえず応援の言葉だけ残してその場を去ることにした。
きっと沢崎さんだったらもっと気の利いたセリフを吐いただろう。しかし、残念ながら私にそんなスキルはない。ここは、通りすがった人間が私であったことを恨んでくれ。
******
やがてミニドリップに到着し、私はそのまま夜の開店に向けて準備を始める。
今日の出来事を色々と回想しながら、私は慣れた手つきで冷蔵庫を開ける。アイスコーヒーのストックはほとんど無かった。
「……一応、作っておきますか」
無いと、あの残念なOLがうるさいもんな……なんて、心の中でぼやきながら。
我ながら、すっかり慣れてしまった。コーヒーの淹れ方や、店の下準備まで。
――店を出て、相変わらず狭い階段を一段ずつ降りる。入口前に猫があしらわれた店のマットを敷いて、ふと空を見上げた。
すっかり日が暮れ、ほとんど暗くなった空を見ながら……私は小さく微笑む。
不意に涼風が吹き抜け、ポニーテールがふわりと舞う。
凝り固まった身体をほぐすように、私は腰に手を当ててぐっと背筋を伸ばした。
「んんっ……! ふぅ。もう少し、頑張りますか」
気を引き締め直して、私は店へと戻る。
面倒だけど頑張ろう、そろそろ訪れるであろう残念なOLを迎えるために。




