第四十五話「握手」
私と沢崎さんが合流し、あらためて作業の分担をする。
沢崎家チームがキッチン、私はレジ、白井さんは受け渡し、不良少女たちには変わらず列の整理をお願いすることに。
マジックペンで書かれた、レジ下の『握手権は別途千円』という看板。商魂たくましいとはこのことである。
「お買い上げありがとうございまっす! 唐揚げ弁当っす!」
傍目でレジ対応をする白井さんを見つめる私。確かに、元気いっぱいの笑顔とたまに覗かせる八重歯、ふわりと揺れる金髪のサイドテール、同性の私から見ても白井さんは非常に可愛らしい存在である。
「あ、握手っすか!? え、えっと……いつもありがとうっす……!」
照れながら、たどたどしくも握手に応える白井さん。危ない危ない、思わず私も待機列に並ぶところだった。
向日葵のような笑顔に多くの成人男性が癒やされていく中、一人見知った女性が列を無視して店内に入ってくる。
肩まで伸びた茶髪に、カールがかった毛先、おでこを広く出した前髪。おそらくブランド物であろう服にまみれた彼女は、明らかに店内で浮いていた。
「あら、こんなところで何をしているの?」
周囲を物色しながら黒服の男性と共に現れた彼女は、以前教室で取り巻きと共に絡んできた柏木さんだ。
確か、かなりのお嬢様だった気がするが、一体何の用だろうか。
「……仕事です」
淡々と、彼女の質問に答える。さっきまで白井さんに癒やされていたのに、気づけばすっかり憂鬱な気分だ。
「ふーん。で、今日はあの野蛮な不良はいないの?」
私に対してさほど興味を示さず、沢崎さんについて尋ねる柏木さん。
「沢崎さんなら、キッチンで弁当を作っていますが」
「あ、あの不良が? あの、沢崎真夜が……?」
何に驚くことがあったのだろう、柏木さんが妙に驚いた様子を見せる。
「なら、今あるお弁当、全部もらえる?」
「いや、駄目ですけど……」
良いわけないだろうと視線で訴えながら、先ほど作成したレジ下の段ボール製看板を指差し、冷静に回答する。
小さく『一人一個まで』と記載している看板。まさかこんな形で役に立つとは。
「な、なら一つでいいわ」
「すみませんが、購入の場合は最後尾より並んでいただく必要があります」
長蛇の列をあらためて指差し、私はマニュアル通りに答える。お嬢様だろうと、割り込みで購入することは許さない。
「こ……この私に、並べと?」
すかさず指を鳴らす柏木さん。隣の黒服が胸ポケットから札束を用意する。
「これで良い? 駄目なら言い値で店ごと買うわ」
「駄目です。これもルールなので、ご容赦ください」
適当にそれっぽいことを言って軽く頭を下げる。恐らくからかい半分で買うなんて言い出したのだろうし、これで諦めて帰ってくれるだろうと私は考えていた。
******
一時間後。慣れない順番待ちで疲れ切った柏木さんが目の前に現れた。
まさか、本当に並び続けるとは。
「ご協力ありがとうございました。唐揚げ弁当で良かったですか?」
「え、ええ……構わないわ。それと」
看板を指差しながら、どこか言いにくそうな様子の柏木さん。
「この握手って、相手を選べるの?」
「皆さん白井さん目的だったんで考えてませんでしたけど、ご要望があれば……」
「なら、沢崎真夜を呼んでもらえる?」
彼女の強い希望を受け、私はとりあえずキッチンから沢崎さんを呼びつける。
「……で、何で俺が柏餅と握手しなくちゃいけないんだ? そもそも何でこいつがいるんだよ」
開幕早々、柏木さんを見て文句がこぼれる沢崎さん。それもそのはず、私たちはあまり彼女に対して良い思い出がない。
「お店がサービスの一環として握手を行っているのでしょう? なら責任を持って従業員のあんたも文句を言わずに対応しなさいよ」
右手を沢崎さんへ差し出し、握手を待つ柏木さん。
「いやいや、だからって何で俺が……」
「沢崎さん、あの人地味に一時間ちゃんと並んでるんですよ。ルールに従っている以上、残念ながら拒否は難しいかと」
「……仕方ねえな。わかったよ」
渋々柏木さんの手を取り、沢崎さんが握手を交わす。
「何のつもりかは知らねえけど、買ってくれたことには感謝する」
「……っ!」
私の目がおかしいのか、それとも本当にそうだったのか、握手を交わした瞬間の柏木さんが喜びに打ち震えているように見えた。そんなことあるわけないのに。
「ふ、ふーん……結構悪くないわね。あの悪名高き不良に感謝されるのも」
「ああそうかい、なら良かったよ」
そう言って、さっと手を離す沢崎さんと名残惜しそうな柏木さん。
「ちなみに、これってまた並ぶのは有効?」
「え? まあ、構いませんけど……」
言質を取れたからか、付き人にお弁当を渡して再度並び始める柏木さん。
沢崎さんをからかいたいのだろうか、だとしてもまた並ぶなんてだいぶ暇人である。
「春姉、あの人は何がやりたかったんすかね……?」
「さあ……案外、沢崎さんが好きなだけかもしれませんね」
自分でありもしないことを言いながら、引き続き仕事に戻る。
売上に貢献してくれるのなら、別段咎めることもないだろう。
本当に最後尾に並び始めた柏木さんを見つめながら、私はそんなことを思っていた。




