第十八話「強者」
片付けを一通り終えたものの、未だ帰ってこない武藤さん。
大体どこにいったか予想が出来ていた私は、思わずため息をつく。
……どうせ、男漁りだろう。
時間を鑑みるに、さては変な輩にでも絡まれたのだろうか?
天野と言い合いをしている沢崎さんの肩をたたき、事情を説明する。
とりあえず私は、用心棒という名の沢崎さんを連れ、武藤さんを捜し始めることに。
「はぁ……全く。褒めたらこれですよ」
「でも、愛姉がそんなナンパなんて、想像つかないな」
相変わらず頭にサングラスを乗せながら、沢崎さんが言う。
「沢崎さん、騙されてますよ。武藤さんは元々そういう人です」
おそらく、皆に良い顔をしたいのだろう。そういえば、最近そういった話は途端になりを潜めていた。
お店に私しかいない時は、よく合コンの愚痴を聞かされていたっけ……。
「俺の知ってる愛姉さんは、もっと孤高の人っていうか」
「職場では確かに孤高ですけど、基本あの人は恋に飢えています」
孤高というか、孤立というか、孤独というか……。
あんまり言うと、武藤さんに告げ口された時が怖いので止めておこう。
「さて……そんな武藤さんは……」
数分歩いたところで、何やら人だかりを見つける。
白いワイドブリム、情熱的な赤い水着、遠めでも分かるスタイルの良さ。
「相変わらず、目立つ人ですね」
状況を見るに、三人の男性に絡まれているようだ。
武藤さんはこちらに背を向けている状態で、まだ気づかれていない。
ひ弱そうな細身の男、金髪でこんがり焼けたチャラそうな男、そしてがっちりとした無骨そうな男の三人組だ。
「なんだなんだ、金髪が愛姉さんに言い寄っているぞ」
だいたい二十メートルほど離れているのもあって、会話内容はほとんど聞こえない。
「……そうですね、もう少し様子を見ますか」
何か怪しい気配を感じたら、すぐに沢崎さんに突撃してもらおう。
……なんて、思っていたのも束の間。
金髪の男性が、武藤さんの肩を掴む。
嫌そうに離れようとする武藤さん、変わらず身体の距離が近い金髪男。
それを見て、私は――
「沢崎さん!」
気づけば、考えるより早く叫んでいた。
「っしゃ! 任せろ!」
颯爽と駆け出し、全力疾走で武藤さんの元へと向かう。
すぐさま距離を詰め、そして勢いよく飛び上がり――
「っらぁああ!!」
沢崎さんの怒号、それによって振り向いた金髪男の腹へ――沢崎さんの飛び蹴りが直撃する。
「うぐぉっ!!」
彼方へ吹っ飛ぶ金髪男。華麗に着地し、すぐさま細身の男性に殴りかかる。
しかし、ガタイのいい男性が右腕を掴み、それを制止する。
「え、真夜ちゃん……?」
突然の沢崎さんの登場に、驚く武藤さん。
「な、なんだ君は」
「っせえ! 愛姉さんに手を出すヤツは、俺が殺す!」
右腕を振り上げると同時に、左足でガタイのいい男性の金的を蹴り上げる。
不意を突かれたのか、見事に食らいうずくまってしまう。
手を振りほどいてそのまま細身の男性を砂浜に倒し、腕挫十字固に移行する。
「女だからって甘く見たのが、お前らの敗因だ!」
「ぎ、ギブギブ!! タンマタンマ!!」
「ま、まって真夜ちゃん! ストップストップ!」
容赦なく腕を捻りあげる沢崎さんを、武藤さんが止める。
「沢崎さん、もう大丈夫ですよ」
私と武藤さんの制止を聞いて、渋々技を解除して立ち上がり、身体に付いた砂を払う沢崎さん。
「ふん、命拾いしたな」
「……命拾いしたな、キリッ! じゃないよ! やりすぎだってば!」
「これは仕方ありません、武藤さんの危機でしたから」
沢崎さんに対する抗議へ、フォローを入れる。
「全然危機じゃないよ! 止めなかったってことは、はるちゃんがけしかけたね?」
「おい、そこのガタイがいいヤツ。お前、さっきの食らってないだろ」
そんな時、沢崎さんが突然そんなことを言い始める。
「……いやはや、バレていたとは。お恥ずかしい」
うやうやしく立ち上がりながら、砂を払うガタイのいい男性。
「え? 何、このバトル漫画みたいな展開」
「どうやら誤解をされてしまったようですから。友人には悪いですが、この方が手っ取り早いかと思いまして」
「……ふん。その余裕な感じ、気に食わねえな」
どこか冷静に物を言う男性に、沢崎さんが不満を漏らす。
「女性に手をあげる趣味はございませんので」
「……この二人はさておいて、いったい何があったんですか?」
「はぁ……めちゃくちゃにしてから聞くんじゃないよ、もう」
深いため息をつきながら、そう呆れるように呟く武藤さん。
「あのね、この人たちは別に話してただけ。確かに金髪の人がぐいぐい来て、困りはしたけどさ」
「それは本当に、申し訳ありません……」
武藤さんの言葉に、ガタイのいい男性が深々と謝る。
「何度か止めたんですが、いかんせん、人の話を聞かない二人でして……」
「いえいえ、私も暇してたし、お話しするのは良かったんですけど……ちょっと強引過ぎたなっていうか」
「……いやいや! ちょっと待ってください。暇してたって何ですか?」
危うく流しそうになった武藤さんの言葉を、私はしっかり指摘する。
「確か、お手洗いに行くと言っていなくなりましたよね?」
「え? えーっと、それは……」
途端に言い淀み、目線を逸らす武藤さん。
「……わざと、話しかけられに行きましたね?」
「そ、そんなことないよぉ?」
あからさまな動揺を見せ、語尾がおかしくなる武藤さんに対し、私は思わずため息を漏らす。
「……はぁ」
「すみません、うちの姉が」
ガタイのいい男性の方を向き、改めて謝罪する。
関係性を説明するのも面倒なので、とりあえず姉妹ということにしておく。
似てないので、それで通せるかは分からないが。
「えっ」
そんな私の行動に、素っ頓狂な声と、心底驚いた様子を見せる武藤さん。
「い、いえ! 今回のは私たちに非がありますから……」
私の反応に対し、男性が申し訳なさそうに頭を下げる。
「せ、せめてものお詫びといいますか、良かったらこれ……!」
そう言って彼が差し出してきたのは、ビニール袋に詰められた市販の花火。
「安物ですみませんが、皆さんで遊んでください。妹さんも、お姉さんとこれで楽しんでいただければ」
「え、良いのか?」
断ろうとするより早く、沢崎さんが花火に食いついた。
「なーんだ、良いヤツじゃんお前! 筋肉もあるし、強いし、もしかしてこれがいわゆる、イイ男ってやつか?」
「……沢崎さん。多分ですが、それは少しズレているような気がします」
彼女の場合、完全に花火に釣られたからだろう。
「確かに、すごい筋肉……! 何か、スポーツとかされてるんですか?」
声のトーンがいつもより高い武藤さん。なるほど、これが男と話すときの様子か。
「あ、いや、実は空手を少々……」
「なるほどー、空手か」
男性の言葉に、うんうんと頷く沢崎さん。
「え、すごーい! 黒帯とかですか?」
普段と違うキャピキャピした武藤さんの振る舞いに、寒気が走る私。
「いえいえ、まだ私は四段でして」
「ふーん……」
その言葉を聞いて、何故か沢崎さんが満足げな様子。
「じゃ、しょうがねえな。この花火はもらってやる」
「どういうことですか」
話の繋がりがまるで理解できず、思わずツッコミを入れる私。
全然話に脈略がないというか、関係ないような。
「ま、まあでも……ありがとうございます」
何とも微妙な空気になってしまったので、とりあえず差し出された花火を受け取る。
「いえいえ、この度は本当にすみませんでした。それでは、失礼します」
そう言って、倒れてる二人の男性を軽々と抱え上げ、去っていく。
「す、すごい……人って、あんなに軽々と持ち上がるものなんですね」
あまりにも容易く肩に乗せ、大変な様子すらなく歩いていく姿を、私は呆然と見つめる。
「ああ、せめて連絡先をー……!」
名残惜しそうに背中を見つめる武藤さんを、蔑んだ目で睨む。
「……武藤さん」
「あ、いや! えーっと、あはは……」
「帰りますよ。もう」
はぁ、と深くため息をつく私。
「……はーい」
あからさまにしょんぼりする武藤さんの手を握って、私は歩きだす。
色々と面倒なことがあったものの、とりあえず沢崎さんが花火をもらって嬉しそうだから、今回の件はそれで良しとしよう……。




