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まぁ、あっちはあっちでやって貰うとして。俺は使っていないスプーンで醗酵調味料を掬うと、勇者に手渡した。
「ちょ、ちょっと、止めなさいってば!」
オリヴィアの静止など、あってないようなものだった。
勇者は気にせずぱくりと口にすると「うう……味噌……」とうっとりとしたのだ。どっかにトリップするような何かは混ざっていなかったはずだが、大丈夫か? 人間には早い食べ物だった、とか?
「チート勇者に転生したけど、こんなところで日本食に出会えるなんて」
「チー……ニホン?」
何を言ってるんだ? いや、そもそも大丈夫なのか?
「ランドルフ、大丈夫なの ! ? そんな怪しい物、ペッてしなさい! ペッって!」
ペッてするほどのものじゃ、って言いたいところだけど、本当に害がないのかが怪しいから、即座に否定も出来ない。
「怪しくなどない。どれ、魔王様。ボクにも少し食わせろ」
「はうっ……そういえば、ボクっ娘でもあったっけ……。ううん、萌えの塊」
つかつかとレイラが近寄れば、勇者はうっとりとした顔を彼女へと向けた。やっぱり言っている意味がわからないので、人類には早すぎる食べ物だったのかもしれない。
レイラは気味の悪いものでも見るような目で勇者を一瞥してから、キッチンから新しいスプーンを持ってきて、醗酵調味料の樽に突っ込んだ。
一々洗って綺麗にしたスプーンを使う理由。それは、食べ物はすぐに白とか緑とか赤とか黒とかの変な色のものがついてしまうからだ。
食べに食べた結果、この豆の醗酵調味料に関しては、ふわふわしていない白と、風味は格段に悪くなるが黒い奴なら問題ない事は分かった。それ以外は折角作ったものが食べられなくなってしまう。
どういうわけだか、口をつけた後のものを突っ込むと、あまり時を暮らさないうちにおじゃんになってしまうのだ。
折角だから美味しく食べたい。その為には、多少面倒でも、俺はこの方針を変えるつもりはなかった。
「ふむ、悪くないな。何かつけるものは無かったか。もう少し食べたい」
「えーっとな、パンならある」
「パンですって!?」
俺がレイラに答えていると、オリヴィアが目を見開いた。
「どうしてそんなに貴重なものを、ポンと出せるのよ!」
「パンをポン……」
「ランドルフ! 貴方を笑わせる為にこんな事を言ったわけではないのよ!」
パンをポン。勇者のように肩を震わせるほどではないが、語感が楽しいと言えば、楽しいかもしれない。
「何でって、そりゃあ丁寧に焼き上げているから」
「どうやって!」
「麦をな。こう、パーンって作って、収穫して、粉にしてから、ちょっと手を加えて。魔王城にもあっただろ? 白い粉」
オリヴィアが狼狽している。何を驚く事があっただろうか。魔王城の敷地の中には、小麦畑もあっただろうに。
「でも、小麦は瘴気で……」
「だから、瘴気の影響が少ない様に作ってるんだろ。それをやっていたのが、魔王城だったんだよ」
この話、ここに来てからたまに来るこいつらに、何回も言った筈なんだけどな。さては、魔王の言葉だからって聞いてなかったな!
「俺達だって瘴気のふんだんに混ぜ込まれた食べ物を食べて平気な訳じゃない。人間よりも頑丈だから、ほんのちょこっと耐性があるだけだ」
でも、まぁ、お腹が空いていたら、集中して話を聞けないかもしれないからな。もう一回このまま喋っておこう。
「だから、試作に試作を重ねて、食べられる物を作ってるんだよ。そこの、豆の発酵調味料だって、その一つだ」
俺は、豆の発酵調味料の樽を指差した。勇者は、まだ「パン」だの「ポン」だのと言っている。ツボに入ったらしい。
「俺には魔王パワーがある。だから植物の成長を少しだけ早めて、人間よりも多く収穫出来る能力があるのは認める」
だからこそ、魔王城はあれほど栄えていたのだ。
「だけど、理由も味も知らないで、急に責めるようになんでなんで言われたら、俺はお前の事を……もの凄くお腹が空いてるけど警戒心の強い奴、って思っちゃうだろ」
「間違っていないではないか」
「間違ってるわよ!」
大声での否定。図星だろうか。
「ちょっとランドルフ! いつまで笑っているのよ!」
「いやー、ごめんごめん」
勇者の態度はどこまでも軽い。
「パンとコーヒー、お願い出来るかな」
「ここは食堂ではないのよ!」
うん、まぁ、食堂ではない。食堂なら、魔王城にある筈だ。
悪魔の多くはあの城の食堂でご飯を食べていたのだから、そりゃあ立派な食堂がついている。同様に、厨房も立派だった。
皆で力を合わせて、美味しい物を作る為に、完璧に近い厨房を作り上げたのだから。
あの頃も楽しかったなー。今も楽しいけど。
「よし、今出すな。オリヴィアも食べてみろって」
「貴様が口にして、美味しい美味しいと涙を流す様を是非とも見たいな」
とりあえずは、空腹娘の腹を満たしてやらねばなるまい。
レイラは憎まれ口を叩きながらも、準備を始めた俺の手伝いをしてくれる。
湯を沸かし、粉を漉す用に加工した布をカップにセットし、コウヒイの素が入った入れ物からそこへ掬い入れる。この後、お湯が湧いたらこの上から注ぐのだが、これはレイラに任せよう。
俺は作り置きのパンを取り出すと、切り込みを入れて先程の発酵調味料を塗り、ついでに保冷庫からオークの脂ののった部分で作った燻製肉を出してスライス。そして熱い鉄板で焼き始めた。
発酵調味料は、勇者は今正常に戻っているから、人間でも問題は無かったという考えから、使う事にしたのだ。安全大事。
俺がお肉を焼いてスモーキーな香りを漂わせている横で、レイラがコウヒイを淹れている。
このコウヒイも、とってもいい匂いがする。お湯に味をつける程度のものだが、前に勇者が来た時に比較的安全に水分を摂取出来るという理由から一応出してみると、「こ、これはコウヒイ!」とえらくはしゃいでいたのが記憶に新しい。
その後、我が家であれはコウヒイという名をつけた。勇者の言葉は難しいが、けれどもなんとなくしっくりくる呼び名をしてくるので、思わず定着させてしまうのだ。
鉄板の上で、燻製肉がじゅわじゅわと踊る。そろそろ頃合いだ。
俺がパンにはさんでいると、「コウヒイが出来たぞ」と、レイラがフフンと胸を張る。俺が礼を言いながら頭を撫でれば、彼女は気分良さそうに目を細めた。