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魔王様とスローライフ  作者: 二ノ宮明季
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「じゃーん! モラエルカードだ!」


 昼の熱さにも負けず、レイラは元気にカードを掲げた。

 毎朝の日課である野菜の世話をし、ついに実った豆を収穫。これを湯がいて、ドナベして、塩を振った物をちょっと遅い昼食にしたのがさっき。

 昨日のマンティコアの襲撃からギリギリ生き残った豆は、お互いの産毛を「じょりじょり」「じょりじょり」と小声で言いながら擦り合わせると言う食べ頃感を出し、これをドナベすると非常に美味しかった。

 太陽を浴びてすくすくと育った豆は、ミソやショーユとは全く違う味わい。緑と太陽の味のする豆がドナベされ、ふんわりとしたドライアドの薫香を纏わせた時の美味しさと言ったら!

 俺もレイラも夢中で食べ尽くし、また収穫した時には勇者にもおすそ分けをしようという話で盛り上がった。


 そしてモラエルカードを掲げたのは、昼食の片づけが終わった後。

 俺達は昨日帰ってから、失くさないようにポケットに入れたモラエルカードを洗濯バサミで止めていたのだが、レイラときたら珍しくはしゃぎ、こうして洗濯バサミを放り投げて掲げている。


「魔王様、夕方の植物の世話の時間まで、少しだけ人間の街に行きたい!」


 エプロンの布を買うつもりなのだろう。ついでに何か良いものがあれば、それも手に入れてきたい。

 塩、とか。今はまだあるけど、また釜でグラグラ煮て作るのも大変だし、価格次第では欲しいところ。


「じゃ、行くかー」

「やったー!」


 レイラはモラエルカード片手にはしゃいでジャンプ。俺は落とさないように、しっかりとポケットの内側に入れたモラエルカードを洗濯バサミで留めたまま出発した。

 二人で、街へと歩いていく。

 レイラなんて、本当は飛べば早い。だが、いらぬ圧力を掛けるわけにもいかず、俺達自身も歩くのがそれほど億劫でもないので、散歩感覚で街へと向かった。

 季節の移ろいをはっきりと身に宿す植物や、かつての家である元魔王城。それから元々は魔物を飼っていたが、今は花壇になっている辺りを抜けて、どんどん街に近づく。

 残念なのは、花壇になっている場所の一部が踏み荒らされていた事。昨日のマンティコアが攻めてきた一件でやられてしまったのだろう。

 花壇整備、手伝おうかな。勇者って好きな花があったりするのだろうか。折角なら好みの花でも植えて愛でて貰いたい。


 そんな風にのんびりと歩いて行けば、やがて街についた。

 物凄い活気、という訳ではないが、勇者が頑張ったおかげか、人々の顔色は想像していたよりもいい。露店のような物もちらほらと見受けられる程度には、外での活動に支障がなさそうだ。


「魔王様、先に布を見よう!」

「そうだな」


 俺達は雑踏に紛れるように、一歩足を踏み入れた。

 ――瞬間、俺達から人がザっと引いていく。露店の店員さんだけが、逃げる事も出来ずに固まっていた。

 まぁ、俺、強いもんな。人間達からしたら脅威だわな。


「えーっと……皆のもの、楽にしてくれ」


 引いた人も皆、固まったままだ。言葉のチョイス、間違えたかな。


「魔王様、これは仕方がない」

「うん、わかってる」


 ちょっと悲しいけど。魔物を育てていたし、瘴気の原因だとも思われているからな。

 人間達全員に理解しろと言ったって、お腹が空いて攻撃的になっている相手とは上手く話せないかもしれない。

 彼らは皆、勇者よりも栄養状態が悪いのだ。俺が思っていたよりは顔色が良かったけど! 細いからお腹が空いているはず!


「気分を切り替えて、買い物がしやすくなったとポジティブに捉えよう!」

「……そうだな!」


 お腹が空いている相手に、余計なストレスを与えてはいけない。俺はレイラと共に、店を覗きながら布屋さんを探す。

 エプロンだけじゃなくて、服を作る布も欲しいなー。レイラにもっと綺麗な服を着せてやりたい。


 俺達が歩けば、その分先の道を人間が作る。両脇に壁のようになりながら割れるのだが、如何せん、俺達は壁のように割れた壁側――店に用事がある。そちらに向かえばまた人がザザっと引くのだが……あまり長い時間だと、やっぱりストレスだよな。

 ストレスはお肉の味にも雑味が出るし、やっぱり身体にとっては毒なんだと思う。

 ちょこちょこ覗いて、ささっと布屋さんに入れば、店員さんが明らかに引き攣った顔をしていた。


「えーっとな、エプロンとか服とか作りたいんだよ」

「は、はい」


 とりあえず早めに買い物を済ませようと、要望を口にする。


「この、今着てる感じの物が作れるくらいの長さと、同色の糸。あと、ついでだから針と……えーっと、でかい紙が欲しいんだ!」

「それから魔王様が着ている物が作れる程度の布も頼む」

「は、はい!」


 店員さん、声が裏返った。ごめんな、ストレスを与えて。


「あ、あの、色や、が、がががが柄も多数取り揃えて! おりっ、ます!」

「ごめんな、怖がらせて。俺達何もしないから。お金は勇者に頼ってるけど」


 店員さんは、震えながらもコクコク頷き、何種類かの布を用意して俺達に見せた。


「お、レイラ。これ、花柄だぞ」

「あぁ、可愛いな。魔王様にも似合いそうだ。エプロンはこれにしようか」


 ん? あ、そっか。エプロンはおそろいにするんだったな。


「あのな、この布、俺とレイラが身に着けられるエプロンを作れるくらい、欲しいんだ」

「は、はい!」


 店員さんは量って切ると、大きい紙と一緒に袋に入れてくれた。

 やっぱり布屋さんに売ってたんだな、大きい紙。これが無いと、型紙が作れないからなー。

 俺達は怯える店員さんとなんとか意思疎通を図ろうとしながら、希望を伝える。店員さんは震えながらも、実に優秀な鋏捌きで布を切り、ボタンを勧め、ついでにレースやリボンも勧めてくる。

 怖がってる割に、商魂たくましい。人間って弱いけど強いな!

 そうこうしていると、店の外から悲鳴が聞こえた気がした。


「ちょっと見てくる! レイラはここに――」

「居るとでも思うか?」

「思わない」


 外が気になって仕方がない俺とレイラは、店員さんに「またすぐ来るから!」と言い残して外に出た。



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