表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様とスローライフ  作者: 二ノ宮明季
14/30

14


 お腹の空く匂いがする。

 甘辛いお肉の匂いと、ドライアドの薫香。この二つが混じり合い、絶妙に空腹感を刺激する。


「そろそろ取りだそう」


 俺が立ち上がれば、皆ぞろぞろと立ち上がり、ドナベしているところへと向かう。

 そして扉を開けると――もうもうと吐き出される真っ白な煙。やがて大気と混じり合い、煙が色を薄くすれば、中には綺麗な色をしたコカトリスのお肉があった。

 これを取りだすと、もの凄くいい匂いがする。

 そもそも、見た目もドナベする前とドナベした後とでは違う。艶と照りがプラスされ、更に香ばしい色を付けているのだ。


「これで完成だ!」


 俺が宣言すると、勇者の喉がゴクリとなった。そうだな、お腹が空くよな。

 俺はこれをテーブルに置くと、家の中からパンも持って来てテーブルに置いた。


「よし、食べるぞ」

「美味しそうだな!」


 レイラがわくわく、キラキラとした瞳で、鶏と内臓と蛇を見ている。


「これが、コカトリスか」

「全く信じられないわ。美味しそう」


 食事として目の前に出されると、人間から見た時の畏怖のようなものを感じなくなるのだろう。勇者もオリヴィアも、期待に満ちた目を向けた。


「いただきます!」


 皆で食事開始の挨拶をし、思い思いに手を伸ばす。

 俺はまず、蛇から。うん、ドナベした事で蛇特有の獣臭さが少し緩和されて、食べやすい。


「これが、蛇か」


 偶然にも、勇者も同じものからいったらしい。


「お、美味しい!」


 美味しいか! 口に合ったようでよかった!


「サクラやヒッコリーとも違う、癖の強すぎない爽やかで甘い薫香が鼻から抜け、想像したような蛇の獣臭さは殆ど無い。下味に使った醤油と、何らかの甘み。これがしっかりとした味を演出している」


 勇者はうっとりと目を閉じ、大演説を始めた。


「更に炭火で焼いた事による香ばしさが加わり、あるいはウナギのかば焼きにも匹敵するような、そんな旨味がしっかりと感じられる。あぁ、もっと早く食べればよかった……蛇……」


 いたく気に入ったらしい。

 そして、ドライアドの葉で作ったお茶をキューっと飲むと「このほうじ茶のようなお茶がまた合う」と、吐息交じりに呟いた。

 勇者の言っている事は相変わらず理解出来ないが、とりあえず喜んで貰えているようで俺も嬉しい。


「魔王様、内臓も美味しいぞ。臓物も丁寧に調理すればごちそうだな」

「ランドルフ、鶏の方も甘くて香ばしくって美味しいわ。本当に鶏みたい」


 女性陣も喜んで食べてくれていたらしい。

 レイラは美味しそうに内臓をもぐもぐしている。最初に内臓からいくとは、通だな。この場合の通が何を指すのかは定かではないが。


「それじゃあ、次は鶏の方を」


 勇者は大振りの鶏肉を手に取ると、齧りついた。


「あぁぁぁぁぁ」


 そして、物凄く幸せそうな声を上げる。


「これはまさしくローストチキンの燻製。ここに転生してから口にする事の無かった、甘辛い醤油味がしみ込んだ鶏肉。皮目は香ばしく焼かれ、それだけでも美味しくないはずはない。そこに追ってくる燻製の香りが鼻孔を擽り、料理そのものの質を底上げしている」


 ロースト、なんだって? 美味しいと思っているのは確かだが、また大げさな大演説が始まった。


「しかも噛んだときに口の中にあふれる肉汁。鶏によくあるぱさぱさ感はまるでなく、人間の方で食べられている廃鶏のような肉の硬さも無い。これが揚げ物になったとすれば、間違いなく美味しい唐揚げになっているだろう」


 アゲモノ? なんだか美味しそうな気配がするな。


「けれども、この炭火で焼いた香ばしさは何物にも代えられない。どんな高級な食材であろうとも、今はもう、コカトリスのローストチキンに叶うような物だとは到底思えない」


 勇者はここまで言うと、パンを手に取り、食べかけのコカトリスのお肉を挟んだ。


「更にこれをパンで挟むと、パンの柔らかさがチキンの汁を吸い、最早サンドイッチの領域すら超える」


 あー、パンと一緒だと美味しいんだな。俺もやろう。

 そう思ったのは俺だけではなかったようで、レイラとオリヴィアもそっとパンに手を伸ばした。そしてお肉を挟んで、一口。

 うん、やっぱり美味しい。ショーユとドライアドの蜜の甘さをパンが吸って、美味しい部分が無駄なく口に入る感じがする。

 ウッドクンでドナベした事によりついた香りも、パンとよく合っていた。

 俺がうんうんと頷きながら食べると、レイラも「勇者のクセにやるな!」と褒めていた。パンにはさむと美味しいなー。お腹もいっぱいになりやすいし。


「確かに、美味しいわ」

「オリヴィア、蛇の方も美味しかったよ」

「……え、ええ」


 オリヴィアは蛇に抵抗があるらしい。だが、パンと共に鶏を食べ終えると、恐る恐るといった様子で蛇に手を伸ばした。

 ちょっと躊躇していたが、やがて目を瞑ってエイッと口に入れて咀嚼する。


「美味、しい……」


 おお、ちゃんと食べて、ちゃんと美味しいって思ったぞ!

 警戒心の強い人間でも美味しく食べられたのは、凄く良い事だ。人間の食生活の幅が広がる。


「よし、最後にモツだ」

「何を持つんだ?」

「モツを持つんだ」


 この勇者、何を言ってるんだ?

 俺の訝しげな視線などなんのその。勇者は内臓に手を伸ばすと、躊躇いなく口に入れた。


「こ、ここはハツか! タレの焼き鶏を燻製したようなこれは……うん、悪くない。懐かしいな。焼き鳥のハツ、好きだったんだよなぁ」


 ハツ? 勇者が食べているのは心臓だと思うが。

 あぁ、また名前を付けたのかな。


「焼き鳥はある意味最初から燻しているようなものだからな。煙の香が強くても全然気にならない。いや、気にならない、なんてレベルじゃないな。美味しすぎる」


 とりあえず口に合ったようでよかった。内臓は好みが分かれる部位だから心配したが、ちゃんと美味しく食べてくれている。

 俺も内臓好きだけどなー。レイラに至っては大好物だし。


「あー、ビールが飲みたい」

「ビィル?」


 飲みたいって事は、飲み物か。


「えっと、麦とホップで作るお酒?」

「ホップ?」


 麦は分かるけど、ホップって何だ?


「えっと、あれって何なんだろう? なんか緑で、ぶわーっとしてて……苦い、のか?」


 緑でぶわー? 植物なんか、大体緑でぶわーっとしてるよな。


「ごめん、俺は市販されている物しか知らないから、詳しくは知らないんだ」

「あぁ、人間の方では売ってるのか。じゃあ、またこれを作ってやるから、そのビィルとかいうやつを持ってくると良いぞ」

「……売ってない」


 市販って言ったり、売ってないって言ったり。ややこしいなー。


「昔は売ってたのか?」

「僕の心の故郷で」


 勇者の例え話はよくわからないなぁ。


「お願い! なんか、緑のぶわーっとしたものを見付けたら、お酒にして貰えないかな!」

「それはいいけど、緑のぶわー、だけじゃ分からないぞ」

「……緑で、苦くて、こう、小さい……いや、中くらいの緑の実がなってる、蔓状の何か?」


 ざっくりしてるなー。


「でも、見かけたら何か試してみるよ。味は?」

「苦くて、炭酸で、すっきり!」

「タンサン?」


 タンサンとは何ぞ?


「しゅわしゅわー」

「あぁ、しゅわしゅわー!」


 それならわかる。果実酒を作る過程でしゅわしゅわする事もあるのだ。きっとあれの事だな。


「それじゃあ、頼んだぞ!」

「まず植物を見付けるところからだから、気長にな」

「あぁ、勿論!」


 あんなに嬉しそうな顔をされたら、断れるわけがない。

 俺は勇者の願いを聞くと約束し、そのまま食事会は続いた。


   ***


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ