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「魔王様、ウッドクンを出してきておいたぞ」
「おー、ありがとう」
あ、蛇だけじゃなくて鶏もひっくり返そう。焦げ目からは食欲をそそる良い匂いが立ち上る。
「あのな、これ、ショーユなんだって」
「……アミが?」
「えっとなー、黒いシャバシャバの」
「美味しい調味料か!」
「そう、それ」
話が早くて助かる。
「また勇者が名前を付けたのか?」
あ、しまった。話しを変えよう。えーと、えーと。
「名前って言えば、モラエルカードって本当に貰えるのか?」
「モラエルカード?」
何故か勇者が首を傾げる。
「お前が約束したんだろ。モラエルカード」
「スットコドッコイカードだったか?」
「あぁ、即興クレカの事か」
ソッキョウクレカ?
「いやいや、これはレイラのモラエルカードかスットコドッコイカードの案を採用してくれ。いつもお前の名前を採用してるだろ?」
「……モラエルカードね」
偉いぞ、勇者。ちゃんと希望を叶えてくれる!
「それ、帰ってから早速案をつめてきたし、街の人には告知してきたよ。カードは作成中」
「おお! ありがとう!」
「ふん、礼を言ってやろう。ありがとう」
「ツ、ツンデレ!」
ツンデレって何だ、ツンデレって。ありがとうの返事はそれじゃあダメだろう。
ここは俺がしっかり教えてあげないと。
「あのな、勇者。ありがとうの返事はどういたしまして、だぞ」
「ごめんごめん。レイラちゃんのありがとうの破壊力が半端無くて、デレ期が来たのかと思ってさ」
「デレキ?」
相変わらず勇者は結構意味不明の言葉を口にする。デレキってなんだろう。
少なくとも来るもので、レイラと関係があるもの? この場で勇者の元に行きそうなのは、煙くらいだが。
「あぁ、レイラのありがとうが可愛いから喜んだら、煙を思いっきり吸い込んで咽そうになったんだな」
状況から考えて、これ以外は有り得まい。
「いやー、意外といいセンいってるのが凄い」
「ちょっと、ランドルフ。ランドルフにはあたしがいるでしょ? どうしてその子を見つめているのよ」
「一番は君だよ」
「もうっ、都合のいい事を言って……」
いちゃいちゃしてるなー。
あ、そろそろお肉が良い感じだな。俺はお肉をひっくり返し、ついでに火の通った蛇は網から外し、代わりに内臓を焼き始める。
「言っておくが、ボクは貴様に心揺さぶれたりしない。ボクが好きなのは魔王様だけだ」
「おー、ありがとうな」
レイラ、永久に就職するって言ってくれたもんな。
「魔王様、心配はいらないからな。ボクはこんな勇者なんてこれっぽっちも好きじゃないし、そもそもボクが好きなのは魔王様だけだから!」
レイラは俺から離れて行ったり、お嫁に行ったりしないんだな。ちょっと安心する。
こういうのって、やっぱり口にした方がいいよなー。嬉しいし。
「塩対応は塩対応で中々」
これ、ショーユ味なんだけどな。塩の方がよかったのかな。
「ちょっと、あたしが一番なんじゃないの?」
「勿論! 君は正妻だからね! もうまごう事なくヒロイン。失われた国の姫で気が強いけど弱さと優しさを兼ね備え、二人っきりの時はとっても可愛く甘える。こんなに完璧な女の子が他にどこにいるっていうんだよ!」
「ちょ、ちょっと、恥ずかしいから!」
勇者にとっては理想の女性そのものらしい。仲が良いのは良い事だよな。
「でも、ありがとう。……ランドルフって、直ぐに女の子を見るし……モテるし……。だから、ちょっと不安になるっていうか」
あー、一夫多妻だから、女の子の悩みとしてはその辺は大きいかもな。
「そういえば、貴様は何故そんなにモテるんだ? どう考えたって、魔王様の方が良いだろう」
「いやいや、勇者は顔がいいし、良い奴だろ」
「これだからサイラスも可愛いんだよな」
なんだろう、今、ちょっとぞっとした。一体何に反応したんだか。
「駄目だ駄目だ! 魔王様はボクのものなんだから!」
物ではないけど、まぁいいか。あ、お肉ももういいな。
俺はお肉を網から下ろすと、「そこまでー!」と声を掛けた。
勇者周辺の色恋はいいけど、先にドナベしないと。
「子孫繁栄は素晴らしいけど、ドナベ開始!」
「魔王様、ボクは魔王様以外の奴なんて眼中にない。こんな奴と子孫繁栄なんて絶対にありえない!」
「ごめんごめん」
だよなー。レイラは勇者との子孫繁栄は関係なかったもんな。一緒にして悪かった。
「ここは言葉だけではないお詫びを要求する!」
「例えば?」
お詫びって言われても、直ぐには出てこないしなぁ。
俺がぼんやりと考えていると、レイラは俺の前に頭を差し出した。
「撫でろ」
「ん、え、お?」
撫でるの? 撫でるのって、お詫び?
「サイラスが撫でないなら僕が」
「貴様に撫でさせるくらいなら、今ここで貴様の腕を二本とももいでやる」
「さっきのデレはどこに!」
勇者ってたまにデレって言うけど、どこに行くつもりなんだろうな。今日は家に入ってないから、出る場所も無いだろうに。
「ほら、魔王様。早く」
「はいはい」
俺はレイラの頭を撫でる。
角に当たるとひんやりとするが、頭部自体は暖かい。人肌程度の温もり。
彼女は撫でられて余程心地が良かったのか、目を細めている。
「良かろう!」
やがて目をカッと開くと、突然お許しいただけた。
「続きは勇者達が帰ってからにしよう」
「あ、続行だった」
完全なるお許しではなかったらしい。けれど、まぁいいか。
俺だって別にレイラを撫でるのが嫌な訳ではない。ちょっと今は、直ぐにドナベしたいなー、とは思ってたけど。
「ドナベしてもいいか?」
「良かろう!」
レイラの許可が得られたところで、先程まで火を通していたお肉と蛇を持って、四角柱になっているタイプのドナベの元へと移動した。
「さっき見せたのとはタイプが違うけど、これでドナベするぞ」
「これ、土鍋じゃなくて燻製器」
「ん? ドナベだろ?」
「あ、はい。土鍋ですね」
勇者は時々自分で言った事を忘れるのだろうか。




