にぎやかし
書きたかった条件TSものです
都外某所の寂れたカラオケ屋にふざけにふざけた美声が響く。
「あーい!うぉんちゅ!」
アーティストが自慢のロン毛を振り乱す。それを完コピしたオレの持ちネタの曲が終わった。
まばらな拍手だが、やり切った感に浸りながら乱れた髪をゴムで纏める。
部屋の中には、男二人に女が四人。
不届きにも興味なさげにイケメンに話しかける女が一人。
まあ、そのイケメンの柊海人が幼なじみで、オレはついでに誘われただけだ。
彼女からしたら、賑やかし程度の存在にしか思われていないのだろう。
「次は相原さんだからどうぞ~」
「ありがとー」
次の曲が始まる前に、学園三指に入ると噂の美少女“相原真琴”嬢にマイクを渡す。人当たりも良く人気も目に見えて高いお嬢さんタイプと言う奴だ。
何度か同席させて貰っているが、曲もおとなしめなバラードが多い。
L型の長椅子に海人を囲うように四人がギュウギュウに座り、オレは真横に画面がくる所謂角席。
カーストは完全に構築されている。
因みに、カウンターに繋がる電話は入り口近くにあり件の女の子の隣。
海人の隣に一人挟んで相原真琴嬢。
「次、椎名さん入れたヤツだよね?」
「海人くんアリガトー」
件の女は、海人を経由して相原嬢からマイクを受け取る。
真ん中の彼女は、柳田恵子は曲選び中だ。茶髪ショートのネコ目。流行りのアイドル曲が多いが普通に歌いきる。
相原嬢は下手ではないが、無理して歌ってる感が否めない。
件の女子は、ツインテールだが普通の身長。きつそうな目をしたその美少女の名前は、椎名クララ(実名)。
普通に上手い。どこかのレッスンプロの教えでも受けてるのではないかと疑えるくらいに上手い。
そのまま歌いきり、恵子嬢の番。
時計が三時半を示すと、カウンターに繋がる電話が鳴り、椎名が応対する。
延長するかどうか海人の意見を聞いているが、ほぼ延長なのは間違いない。
「オレはこれで帰りまーす」
「「「おつかれさまー」」」
やんやん?
女子全員からだ。
「俺も一緒に帰ろうか」
「来るな。オレが恨まれる。御代は此方に、いざさらば」
五百円だけ置いて部屋を出る。ケチとか言うな。学生割合だしルーム代は一時間かりて一人頭こんなもんだ。
後は四人のご随意に?
店の外に出ると、梅雨らしいベタつく空気にさらされる。見事なまでの曇天だ。
暗くなるのはいつもより相当早いだろう。
「まあ、暗くなるまでの余裕はあるから書店でも寄ってくか…」
6月の、このくらいの時間なら、普通人なら日没を気にしないのだが。オレ、渥美 奏には、理由あって門限がある。
オレの容姿は、母親似で顔は良いのだがイケメンと言うには背の足りない(160)ロン毛のチャラ男。
因みに海人は175だ羨ましくも、同世代の女子からは大人っぽくみえるらしい。
本当に羨ましい。
まあ、チャラ男風情が何逝ってんだと笑うかも知れないが、
基本的に、外出は夕方まで。
守らないとお小遣いをカットされてしまうのだが、自衛手段でもあるので今のところ減らされた覚えはない。
まぁ、夕方を過ぎれば近所のコンビニ位は許可されるし、家族と買い物や食事に出掛けたりなどはしている。
まぁ、時間的な縛りはないが夕方までに一度帰宅して着替えまでするのが門限だ。
どちらにしても、最近は、ジャージ姿が一番楽だと気付いた。
△
エレベーターのない四階建てマンションの最上階(なぜか家賃が安い)。
下より一間だけ多い4DKの一室。
訳合ってウザイと批判だらけの、ロン毛アングル(後ろ姿)でお送りします。
日も落ちて、仕事で居ない母の代わりにジャージ姿で飯作り。
野菜炒めとか油はね必至のメニューばかりだが、そこは黙ってノンエプロン。
慣れとも言う。
キンコーン
玄関のチャイムが鳴らされ、時計を見ると七時半。
この時間だと、お隣さんからの回覧板あたりだろうか。
「美幸ー。手が放せないから見てきて?」
「く、今いい所なのに!」
同じくリビングにいた妹の美幸が悔しそうに玄関に向かう。
テレビの中で、美味いものランキングのトップ3の始まる所だった。
「カナ兄。海人さんが来てた」「は?こんな時間にか、用事は何だって?」
「覗き穴から見ただけだからわかんなーい」
―見てきただけと申すか。
戻ってきた美幸はそのままテレビに釘付けになる。
なんと言う塩対応。学校じゃ結構な美少女13才で通してるんだから、そこは玄関で待たせるくらいの対応までしてくれ。
再びのチャイムはならない。玄関で人の気配したと思ったら、すぐまた戻る気配とか待たされる側は嫌だろうな。
オレなら外で動揺するわ。
用件だけでも美幸が聞いてくれればよかったんだが、仕方ない。
火を止め、若干急ぎで玄関に向かう。
「スマン、待たせた」
本当にな。
「ご飯食べてた?」
「いや、作ってる最中だったから、手が話せなくて美幸に頼んだんだけどな」
「…なるほど。さっきのは美幸ちゃんか」
ぐっと拳を握る海人の姿に、お兄ちゃん涙が出そうです。
「妹がスマン。とりあえずこんな時間に何の用した?」
「いやいいよっ。美幸ちゃんにはまた会ったとき話をするし。その前に、肌が透けてるからなんか羽織ってきてくれると助かる」
お前妹に報復スル気か。
「妹にはオレから話とくよ。格好はいちいち気にするなよ」
多少汗でシャツが透けようとオレは男。
多少ビーチクが透けようとなんの問題もない。
「いやいやいや、今現在女の子だから気にしてよっ!?」
「残念ながら、見た目はそうでも中身はな…」
「他人ごとにしてないで」
「はいはい。なんか羽織ればいいんだろ」
まぁ、そんな訳で日没後はロン毛のチャラ男男子から、肩まである黒髪の美少女になる訳だ。
本家筋は古い巫女の血筋だと主張していて、昔からたまにあるらしいが、昭和の代から家業はバラバラ。
明治大正あたりまで、陰陽師とか霊能者とかみたいな事をやって、政治家の知り合いとかいたらしいんだが、昭和の戦中に食糧難到来。
あっさり廃業し農業に転向したのだと言うから世知辛い。
とりあえず、なぜか玄関に放置されてた妹のピンクのパーカーを羽織る。
あまり美幸が着ていた覚えはないが…多分そうだと思う。
「美幸ちゃんのかな…」
ズボラな妹ですいません。
「これでいいだろ」
「ああ、うん。よく似合うよ」
そんな評価は要らん。とにかく用件を要求する。
「ああ、日曜日に皆で映画館に出掛けようっ話になったからカナデも誘おうかと思って」
「絶対それ、映画観るだけじゃ終わらんパターンだろ」
「映画はシブヤで昼食べたら、ちょっと買い物して帰ってくるって話てたからさ」
「アホ。オレにそんな余裕ある訳ないだろ」
この街の近辺に映画館はない。同じ時間をかけて映画を見に行くなら、どうせならシブヤに行きたいと言う女の子がいる。同感だが、あちら側で女の買い物に付き合って街をぶらつこうもんなら帰り道で余裕で日が暮れる。途中で一人帰るにしても虚しいし、電車に揺られる予算もない。
「しばらく、皆でカラオケは来月まで控えるらしいから…」
「お前らは、思いつきだけで生きてんのか?」
「ははは、そうかもね」
みんな遊びが財布に直撃してんだな。
そりゃそうか、学生だもの。
「とりあえず、オレは不参加で頼むわ」
「わかった。みんなに伝えとくよ」
あんま意味ないと言うか、彼女たちからしたら、邪魔なチャラ男がいなくて願ったり叶ったりだろうな?
後は誰がどのタイミングで出し抜くかだな。
まあ、みんなで楽しんでくるがいい。
海人が階段を下り始めてからドアを閉める。
学校のブレザーじゃなくて、ブランドシャツにジーンズの私服だったな。
イケメンだから基本的に何来ても違和感がない。
下手すりゃオタ扱いのオレとは大違いだ。
つまり、一度家に帰って着替えまでしてから、わざわざ四階まで歩いて来たのかよ。
アイツもオレもスマホ未所持の未開人で、海人の家も歩いて数分の距離だから来たのだろうが…。
てか、あの内容なら家電確認で済ませろよ。
一言二言で終わる内容を、なんで野菜生焼けで話しにゃならんのだ。
「カナ兄おつ」
「お前はおつじゃないよ。番組変わってるし…」
この時間はどこも天気予報か、二十分くらい掛かって?
「ランキング一位はラーメン屋だった。手土産なしとは海人さんもまだまだだね」
「あってもお前には渡さん。パーカーは出しっぱなしだの、塩対応だの失礼にもほどがあるわ」
「海人さん私に何か言ってた?」
「今度会いたいとかなんとか言ってたぞ。海人だってあんま待たせたら怒るんだからな」
「よし、ご褒美ゲット」
イケメンに怒られるのがご褒美とか、ウチの妹はマゾなんだろうか…。
友情なんてこんなもの。(奏)女の子に囲まれて爆発するがいいさ。