冒険者は馬鹿ばっかり
「我の名は、サーモス・エジソーンである。汝にはこれをくれてやる。」
真っ暗闇の中に突然、光輝く羊皮紙が出てきた。
「羊皮紙に書いてある文字を読み挙げよ。」
羊皮紙がまぶしすぎてなんて書いてあるのかわからない。
「汝は文字も読めないのか。17年間何をしてきたんだ。」
暗闇の奥でがっくしと肩をすくめているのを感じる。
「しょうがないな。我に続けて唱えよ。コード・インストール・ファブリケイト」
「コード・インストール・ファブリケイト」
「これで汝はスキル≪ファブリケイト≫を習得した。用は済んだ。下界に送るぞ。」
猫。雨。トラック。........轢かれたんだ。
「思い出したようじゃのう。汝は死んだんじゃ。では、さらばだ。」
真っ暗闇で何も見えなかった視界が、一気に白色に染まり、身体に浮遊感を感じる。
そして一瞬の間があり、重力による降下が始まった。
何が起こっているのかわからない。ただ唯一、空から急降下しているのが、視界に映る青い空、肌の風を切る感覚からわかる。なんか、死んだって言われたなぁ。あれは神様だったのかな。そうするとあれは天国だったのか。天国ってなんにもないとこだったなぁ。ここでもう一度死んだら、あそこに出戻りだなぁ。...などなど、とりとめのないことが頭に浮かんでくる。
ガサガサっドスン!
生い茂った草木が上手くクッションになって、なんとか一命をとりとめたようだ。現実世界だったら死ぬはずだけど、主人公補正やファンタージ補正といったかんじか?とりあえず起き上がって周囲の探索をしよう。
うーん、これはいきなりキツイな。落下した場所から茂みをかきわけ、ちょっと進んだところにヤツがいた。熊のようなモンスターだ。外見は熊に似ているが、めちゃくちゃデカい。体長8mはあるんじゃないだろうか。ファンタジーらしく頭には一本の角が生えている。主な攻撃手段は前足のひどく長い鋭利な爪だろうか。爪からは血がひたひたとこぼれ落ちている。幸いなことにヤツはまだ俺の存在に気づいてない。逃げればいいのだが。俺は目が離せないでいる。一人の少女が剣1本で熊のようなモンスターと戦っているのだ。背後で倒れている女の子をかばって。
あのモンスターを倒せるに越したことはないが、残念ながら術をもっていない。ここはあの少女を信じて、モンスターと戦ってもらっている間に、女の子を救い出し、隙をみて少女にはにげてもらうしかないな。
俺は自分の無力さに唇をかみしめながら、行動を開始する。今だ!
少女の攻撃がモンスターの角にあたり、ひるんだ。あれが急所らしい。俺は勢いよく茂みから飛び込み、女の子を抱きかかえて近くの茂みに隠れた。
「大丈夫?ケガはしてない?」
女の子に問いかけるが、返事はない。気絶しているようだ。
あとはあの少女が逃げ出せれば、オッケーだな。女の子を寝かして少女の様子をみる。少女と目線があった。少女はニコリと笑いかけ、ありがと、とつぶやいた。そして戦闘にもどった。少女は逃げようとしない。俺たちが無事ここから立ち去れるまで耐えようとしているのだ。少女の手足はガクガクと震え、額は攻撃をくらったのであろう、ぱっくりと裂け、血がドクドクと流れている。少女の太刀筋がだんだん鈍くなってきている。ここで俺が逃げたら少女は間違いなく死ぬだろう。どうにかして助けたい!なにか方法はないのか!こういうときゲームでは、強力なスキルで事態を打開できるんだが...スキルか...俺にもなんだかわからないが、スキルを持ってた!ファブリケイト。正直、使えるかどうか...使えるものであってくれ!
「ファブリケイト!」
唱えた瞬間、脳内に表が現れる。上から二つ以外はすべて?で隠されている。なになに、一番上は『所持金が99999999Gになる』、その次は『直進移動速度が100倍になる』か...やれるか。
俺は、移動速度100倍を選びあの熊のバケモノに突っ込む。
ズドーン!
一撃必殺だな。あのデカブツの腹が人型に空いている。威力は強力だが、もう使うのやめよ。体中がイタイし、なんかクラクラする。右腕に違和感があるな。これって右腕か?位置的に右腕だよな。こういうのダメなんだよなぁ。モザイク欲しい。あー、もうダメだ...ぶっ倒れる。
バタリ
「冒険者ってバカばっかり。もう帰りたい、かえりたーいーー」
俺の上に乗っかて、騒いでいるこの幼女何者だ?
「起きた?まだ終わってないから動かないで!!」
四肢がベルトで、ベットに固定されている。白衣を着ている幼女が大粒の汗を額に浮かべながら一生懸命、俺の右腕をいじっている。何してんだ?おそるおそる右腕をみる。
「うへーーーーーーーーー」
「うるさい!動くなっていってるのよ!」
なんか右腕の中身ってこうなってるんだ。思い出しただけでも気持ち悪くなってきた。うへー
「ここがあれとつながってて、あれはこことつながっているんだぁ♪なるほどなるほど、こんなかんじでいいかなぁ?うーん、1個余ったなぁ...ポイっと、よし!あとは回復呪文だけかな♪やっとかえれるーー♪」
魔法陣が目の前に現れる。
「キュア」
気持ちイイ。まるで温泉につかっているようだ。体にたまっていた疲労感が消え、活力がみなぎる。
「これ何本だー?」
ちっこい指が目の前に2本出される。
「2本」
「そう2本!グサっ♪」
躊躇なく両目突き刺しやがった。
「このヤロー、何しやがる!!」
「何しやがるって?こっちのセリフなのよ。何したらこんな大ケガするのよ!もう何時間なのよ?ふぅ、もう手がつりそうなのよ。駆け出しの冒険者が無理するな!なのよ。」
めちゃくちゃ怒ってる。この幼女。地団太で床が突き抜けそうだ。
「悪かったよ。助けてくれてありがとうな。」
ナデナデ しまった。つい頭を撫でてしまった。
「まあ今回は許してやるとするか、なのよ。」
嬉しさの表現なのか?頭のアホ毛がピョンピョン跳ねている。
「俺のほかに二人運ばれなかったか?」
「あぁその二人なら無事なのよ。隣の部屋で寝かしているのよ。剣持っている女の子はなかなかやるのよ。立っているのもやっとこさなのに、背中に幼女をかつぎ肩に男。私なら死にかけの男を途中で捨てるのよ。感謝しとくのよ。」
良かった。無事か。ん?なんだ?その手は。
「何きょとんとしているのよ。お金なのよ。3人分まとめて、うーんと、金貨5000枚にしとくのよ。」
5000枚?相場が全くわからん。お金か...
「ファブリケイト 『所持金が99999999Gになる』」
イオの手から金貨が溢れる。ヤバイ。止まらない。
「こんなにいらないの!はやくこの摩訶不思議を止めるの!」
止まれ!止まれ!止まれ!....ダメだ、まったく止まらない。これは金貨99999999枚でるまで止まんないな。参った。
「ユニークスキルなの?イオ以外にユニークスキルもつ人、初めて会ったの!」
「イオって?」
「あっそっか名前まだ言ってなかったの。私はイオ、ここでヒーラーをやっているの。よろしくなの。」
この子がイオっていうのか。現実世界ではめったに見ない青髪のショート。顔にはまだあどけなさが残り、無邪気そうな感じがする。本当にこの子が治療したのか?
「よろしく。俺の名前はシオン、駆け出しの冒険者だ。」
この世界にきたばっかりだということは伏せておこう。初対面でいきなりいうとオカシナ人だと思われてしまう。ある程度、関係性を築いてからだな。
「駆け出しの冒険者がユニークスキルを持ってるって珍しいの。ユニークスキルは一般的なスキルを極め、ある条件を満たすと発現し会得することが多いの。ある条件は人によって違うらしいの。イオの持っているユニークスキル『アナトミー』は、回復呪文のキュアを連続して唱えつづけ人体の構造について自分なりに研究して、ある日頭の中にパッとスキル名が出てきたの。シオンはどうだったの?」
スキルの発現は神様が関与するし隠しておくのが得策だと思うけど、スキルの内容はどうするかなぁ。命の恩人だし、恩人には嘘つきたくないなぁ。
「俺のスキルは『ファブリケイト』、スキルは正直、全部は理解できてない。今わかっているのは、このスキルで、金貨をめちゃくちゃ出せることと移動速度がめちゃくちゃ速くなることの2つだけだ。」
「うらやましいなのよ。あの金貨の呪文2回出せれば、この〈始まりの町〉で一番高い家買って金ピカにコーティングして金ピカの像を家のまわりに立ててもおつりがくるのよ。」
すごいチカチカするだろうな。太陽が照っている日とか最悪さ増すな。家の前とかまぶしくて交通事故多発地帯になりそう。それで患者増えてぶちギレてる将来が目に浮かぶ。そんな目しても、もう一回金貨出さないぞ。
「始まりの町?」
「知らないでこの町にきたの?始まりの町、東西南北に一つずつ、全部合わせて4つある町のことなのよ。冒険者はそれらのはじまりの町の内、1つを選んで大陸の中央にあるダンジョンに向かうことがセオリーになっているのよ。」
コンコン、ガチャッ!
「イオ様!村の近くに、ホーンベアが出たらしくケガ人が多数います。手足がもげた者もおりキュアでは救うことができません。どうかお力を。」
「ホーンベアがなんでこんなところにいるのよ...生息エリアは第3の町以降なのに。ケガ人はどこにいるのよ?」
「町の広場です。」
「わかったのよ。シオンも手伝って欲しいの。そこにある薬品を片っ端から持ってきて欲しいの。」
「わかった。」
「先行っとくのよ。広場は、ここからまっすぐ大通りを進んだところにあるのよ。」
イオは慌ただしく出ていった。
広場につくと凄惨な光景が広がっていた。腕を失った人、足を失った人、片目をつぶされた人、腹を裂かれた人、重傷が4人、その他軽傷が26人。広場はケガ人のうめき声、治癒にあたっている人の怒号が飛び交いカオスな状況になっている。
「こっちなのよ!」
腹の裂かれた冒険者のもとに呼ばれる。
「青色の液体、飲ませるのよ!」
口元に運び指示通り飲ませると、表情が和らいだ。
「もうちょっと頑張るのよ!気をしっかり持つのよ!」
イオが額に大粒の汗を浮かべながら迷いなくズタズタになった血管、筋肉を縫合していく。『アナトミー』って外科的スキルなのか。
「キュア」
内臓まで見えていた傷口がどんどん塞がっていく。
「上手くいったのよ。次いくのよ!」
次々と、イオは治療していく。俺はイオのテキパキとした手技に見惚れながらも指示された通りに薬品を用意していく。取れた足を持ってきた人はくっついたが、手を持ってきてなかった人は完全に元通りとはいかなかった。
「あとは軽傷の人の治療だけなのよ。」
イオはフラフラとしながらも力強い眼差しでケガ人のもとに向かっていく。
突如、警鐘が鳴り響く。
「モンスターの群れが襲ってくるぞ!逃げろ!」
住民たちが一目散に血相をかいて、我先にと逃げる。
「今こそ冒険者の腕の見せ所だ!ここで逃げ出す腰抜けは冒険者なんてやめちまえ!」
「俺の獲物横取りしようとすんじゃねぇ、引っ込んでろ!」
「これで英雄かぁ。」
「雑魚どもはすっこんでろ!」
血の気の多い冒険者達が、次々に飛び出していく。
各地で一時、戦闘の音が激しくなるが、徐々に音が小さくなる...音が静まった。
ヴォーーーーーーー
咆哮が聞こえると共に、大量の大きな影が迫りくるのを感じる。
数が多すぎる。情けないが勝つことは難しいか。撤退するしかない。
「皆!逃げるぞ!動ける奴はケガ人を背負ってできるだけここから離れろ!大規模魔法を放つ!残っている奴は諸共、消し炭にする!」
「馬鹿な考えは..........」
みぞうちを強く殴ると本当に気絶するんだな。
「こいつを頼んだ!ふっはっははは、力がみなぎるぜ!もう放っちゃおうかな?」
「目つきがヤバイ。こいつ、本気だぞ!頼む。もう少し待ってくれ!」
血相を欠いた冒険者がケガ人を抱えて逃げていく。
ここで助かった奴らが戦うとか言い出したら、せっかくのイオの努力が無駄になる。一か八かだが、俺の演技力が光ったようだ。あとはどれだけ時間を稼げるか。やれるだけやってみるか。