第38話 息はできない 体は熱い…辛すぎる…
「…蒼は?」
昼休みが終わり、今は三年生の競技が始まっている。自称イケメンの田川は腕を組んで苛立ちを隠せない様子だった。
「でもさっき…紅華ちゃんが来たよね…まさか紅華ちゃんが今までずっと戦ってたなんて…」
「俺も驚いた…けど、何かこう引っ掛かるなんだよな」
「引っ掛かる?」
「蒼と紅華の関係だよ、じぃさんの手伝いって言ってたけど、うちのクラスのやつがこの間後をつけたゎだ」
「それはストーカーにならない?」
二人の赤い鉢巻きが暖まった風で揺れる。
「蒼たちは別に米屋のところなんかよらなかった。おかしいと思わないか?そもそも蒼がいないときには紅華が来るなんて」
「でもそれは家の…」
「俺だって紅華が戦ってることを知らなければ考えもしなかったよ。だけど彼女が使っている力ならそれも可能なんじゃないかって」
「それ…」
問いかけられ、返答しようとした田川は刹那、息を飲んだ。
「……」
「こ…う…か?」
二人の間にいきなり体から血を流し苦しそうに息をしている紅華だった。
「…」
それでも紅華は唇に震える細い指を当てて軽く微笑んで見せた。
ここで騒ぐな、ということだろう。
「とりあえず、ここから離れよう…」
辺りをキョロキョロと見やり、確認すると田川は紅華を抱えた。
「あ、安藤。ちょっと熱中症出たから運んでくる」
「ん?あぁ、いいよ」
紅華の姿が視界になるようにクラスメイトの安藤に頼んだ。
「ここなら大丈夫だと思う」
田川は医務室のベッドに力なくこちらを見つめている紅華をそっと運んだ。
「大丈夫か?」
田川の問いかけに紅華は答えなかった。いや、正しくは答えられなかったの方が正しいだろう。
肉体の内側から鋭利な物で貫かれているような痛みが走り、頭は鈍器で殴られているように痛い。そして火に入れられているかのような熱さが体を苦しめていた。
「なにがあったのかは知らないけどかなりやばい状況なんじゃないか?」
「かなり…やばい…げほっげほっ!」
何かを口にすると血液が逆流を始め呼吸ができなくなる。身振り素振りで意志を伝えたくても全身が鉛のように重く動かないのだ。
「医務の先生呼んできてやろうか?」
田川がその場から立ち去ろうとしたときその腕にふわりと軽い重みを感じた。
「…」
「紅華…」
それほどの重症で何を隠し通したいのだろう。自分が魔法を使えてそれを化け物退治に使っていたということだろうか。
「わかった、先生は呼ばない。だけど沙与は呼ばせてもらうぞ?俺はお前についてよく知らないからな」
紅華はほっと息を吐き、ゆっくり小さく頷いた。
田川はそれを見届けると、踵を返して医務室を後にした。
「…」
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。
「…」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
「…」
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
決して逃れることのできない苦痛がボクの体を蝕んでいた。
「…」
こんなに苦しいのは初めてだ。ならいっそのこと、この苦しみを感じている意識を手放せば楽になるのかもしれない。
そう心の中では思っていてもそうしてはいけない、という思いもどこかにあった。今意識を放せば二度とこの世の空を拝むことが出来なくなるかもしれない。
「紅華!?」
医務室の扉を壊す勢いで開けた沙与とそれについてきた美久。ベッドの方からはなにやら呻き声が聞こえる。
「紅華!」
田川を置いてベッドに駆け寄る二人。
しかし、この二人と後から入ってきた田川は絶句することとなる。
「し…死ぬかと…思った」
ベッドの上で毛布にくるまって頭を抱えている少女。しかし紅華のチャームポイントでもある真っ赤な髪の毛はそこになく、別にはげているという訳でもなく、綺麗でふんわりとした青く長い髪の毛があったのだ。
「!!」
それを見て何を思ったか自称イケメンな田川は無理矢理毛布を剥ぎ取った。するとどうだろう。制服の上からでもわかるように今まで以上に豊かになった胸、海のように青いその髪の毛とは補色の血のような色をしたその瞳。
たまに見え隠れする異様に長い犬歯。
そして…
「羽根か…?」
制服の肩甲骨の辺りを突き破って出ている黒の蝙蝠のような羽根。
「あ…ごめん…なんか心配かけちゃって…げほっげほっ」
まだ多少咳き込むがだいぶ楽になった。どこでも医療班のカイナがいるわけでもないのに今までの苦しみが嘘のようである。
それより…なんで田川が人のくるまってる毛布を剥ぎ取って三人でボクの体を見つめてるの?怖いよ?
「…ん?」
ふと体を動かした時に視界の端になにやら見慣れないものが移った。
青い…髪の毛だ。
「!?」
慌てて自分の肩にかかっている髪の毛を見やる。するとどうだろう、蒼の状態の髪の毛の色と全く同じじゃないか!
「なんじゃこりゃぁぁ!」
おまけに背中には小さな翼まで生えている。どうした!どうしたボクの目!
「これって、マジの羽根か?」
デリカシーも何も知らない自称イケメンの田川は翼を鷲掴みにする。
「…っ!あはははははっ!ちょっと!くすぐったぃ!」
「田川!女子の体をさわってんじゃないわよ!通報するわよ!」
美久は何故か慣れた手つきでスマートフォンの110をプッシュし田川に見せつける。
「だって羽根だぞ?」
「羽根だって体の一部じゃない!」
「もうそのことはいいから…、で紅華。なにがあったの?」
言い争いを始めた二人に沙与が割り込みそれを中止させる。
「なにがって?」
「ぼろぼろになって帰ってきたらしいじゃない。なにがあったらそんな風になるのよ!なんか人間じゃなくなってるし!」
「なにがって言われてもねぇ…」
とりあえず一通りの事を説明する。椎名に襲われ死にかけとある人から魔力を貰い戦い、倒したら最後に何か注射されて転移魔法使ってここに来たということ…。
「じゃあその姿になった原因は知らないのね?」
「まあ、一つ思い当たる節があるのは椎名に刺された注射かな?あれに『姿かエ~ル』でも入ってたら…」
「まあそんなところでしょうね」
何故椎名がボクをこんな姿にしたのかはわからない。そしてこの姿が何を表しているのかも。
その時、知らなかった。これがボクを過去へと結ぶ鍵になることを。




