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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死神は真夏の夜に舞い降りてボクを狩る

作者: ゆゆさん

 もしも叶う事ならば……もう一度、君に会いたい。


 寝苦しい夏の夜、あまりの暑さに深夜に目が覚めてしまった。

 エアコンを入れ直してもすぐには寝付けず、ついスイッチを入れたテレビではネットゲームを題材にしたアニメが再放送されていた。

 画面の向こう側の、いずれ別の道を行く仲間達と共にボス討伐を目指し、笑い、泣くキャラ達に、かつてネットゲームをプレイした頃を重ねて感傷に浸る。

 懐かしい思い出を噛み締めながら、ボクはいつのまにか再びまどろみの中に沈んでいた。




 昔、ネトゲで一緒にプレイしていたフレ。

 住んでいるのが北海道と本州。仲が良かったチームで全国規模のオフ会があった事は何度かあったけど、結局、顔を合わせる事は無かった。

 ずっと組んでいたから、お互いに次に何をするのかは手に取るように分かったし、キーを叩く指もパッドを押す操作も、マウスの動きも、まるで隣で一緒にプレイしているような、そんな気がした。

 あるゲームではボクがメイン盾、次のゲームではキミを支えてエンドコンテンツに挑んだりした事もある。なかなか先に進めなくて悔しくて、お互いに録画した動画を見ながら眠い目を擦りつつ反省会した事もあったっけ。

 欲しいレアや素材が出る場所を朝まで周回した事は何度もあった。

 レースで、ゴルフで、ロボット同士の戦いで、一進一退の攻防を繰り広げたり。


 あの3年間は、すごく楽しかった。

 けれど、所詮はゲーム中の上辺だけの付き合い。

 PCが不調でイン出来ない日が続いたり、仕事が忙しくなったり、大人になってお互いプライベートな時間が増えたりで、段々疎遠になっていった。

 spamが酷くなったり、乗っ取られたのか停止したりで交換していたフリーメールが使えなくなって、電話番号が変わったのに伝えなくて、結局それまでの関係。


 ネトゲが題材のアニメを見たり小説を読んだりしている時、ふと君の事を思い出す事はあったけど、それだけだ。

 それでも、大切な思い出だった。君もそう思ってくれていると嬉しいな。




 気付いたら、懐かしい光景が目の前に広がっていた。

 ここは君とボクが初めて出会った場所。

 そこに居たのは、いつかのボク。

 白いドレスに羽根の杖、白くて短い髪に青い瞳。まるで君の様に小さく微笑む。

 ひと目で、君だと判った。

 そしてボクは君になる。

 黒いドレスに大きな死神の鎌、黒く長い髪。ボクの青い瞳に映る君の姿は、照れくさそうにはにかんでいる。

 お互いキャラを入れ換えて、再びこのロビーで再開を果たす。

 きっとこれはただの夢や妄想。

 だから、入れ替わっていた意味なんて考えもしなかったし、ボクは嬉しい再開を何も考えずに受け入れた。


 世界中からアクセスがある遊びだからって日本語(ローマ字)に拘ったボクと、ファンタジーっぽい名前を付けた君。

 英語とローマ字の、花から貰った名前のキャラが二人。

 クラスも背の高さも同じで色違いの服装。冗談で双子のロールプレイをして遊んだ事もあったっけ。

 キミと初めて出合った場所に、降り立っていた。


 そこは巨大な移民宇宙船の中に作られた街って設定の場所。

 透明なドームに覆われた大都市の片隅、硬質なプラスチックみたいな素材に覆われたフロア。

 魔法の照明と、見た事も無い星空の下、ゲームだった筈の世界はまるで現実のようにリアルに存在している。


「久しぶり」

「うん、久しぶりだね。何年ぶりだろう?」

「またここの景色が見られるとは思わなかった」

「サービス終了の瞬間の動画を見た時以来かも」

「何しよっか?」

「サッカーでもしてみる?」

「んー、潜ろっか」

「うい」


 ボクと君は、並んで転送ゲートへと歩いて行く。

 宇宙船のドームからは馴染みのある、けど初めて訪れる青く輝く星が見える。

 あそこが目的地。

 今から外国のSF映画に出てくるような超科学によって、ボク達はあの星の地表へと転送される。


 ゲームの時はレーダーとターゲットの名前さえ見えてれば平気だから、ずっとお喋りしながら潜れてたけど、本物ってどんな感じなんだろう。

 君の横顔も真剣そのものだ。


「コンボとか、絶対タイミング忘れてるよなあ」

「カンストしてるんだから、何とかなるんじゃない?」


 ボクのキャラの顔をした君が笑う、ボクは君の作ったキャラで微笑み返す。


「さて、どこまで行けますかね」

「十周くらいはしたいよね。出やすいレアなら出してみたい」


 ゲートの上に立つと、二人の体が光に包まれる。いよいよ降下だ。



 母船から探索目標の惑星の地表へ転送される。

 まばゆい光と僅かな浮遊感に包まれたと思ったら、次の瞬間には目の前に緑豊かな森が広がっていた。


「うわぁ……凄い」

「私の家の近所もわりとこんな感じ」

「こんな大自然なのっ!?」

「キツネやリスも居るよ」

「この戦いが終わったら行ってたいな、なーんて」

「うんうん、けどその前にここを片付けちゃおう」


 お喋りも程々に切り上げ、ボク達はお互い頷き合うと、さっそく戦いの準備を始める。

 小鳥たちの囀りをかき消すかのように、唸りを上げる魔法の音。互いの鼓動を確かめ合う様に、最短のタイミングで別々のバフを重ねる。ボク達を中心に青と赤の強烈な光が水平に広がり、小川のせせらぎを染め上げる。

 空気を焼く転送ビームの匂いが、柔らかな日差しの下でそよぐ風に乗って漂う草花の香りを侵食する。

 漆黒のドレスの右手に握られるのは死神の鎌、純白のドレスは振れば羽根の舞い散る杖を掲げる。

 さあ、狩りの時間だ。

 この星の住人たちにとって、最も不幸な一日が幕を開ける。


 ボクは黒い影となって駆け出し、リズミカルに死神の鎌を振るう。

 凶暴化した巨大な猿の様なバケモノの群れは、湾曲した刃を一閃しただけで次々と肉塊になっていく。

 かつてこのゲームのマスコットキャラクターだった愛らしい姿をした鳥達は、羽根の杖の先から放たれた巨大な火球で焼き尽くされる。


「上手に焼けましたー♪」

「食べないってば」


 ボク達は白と黒の二つの死の影となり、森の木々の合間を駆け抜けながら通り道にある全ての生命を瞬く間に刈り取って行く。

 多少は知能のありそうな大きな亀のバケモノが、刃がその命を刈り取るより先に後ろに飛び退いてみたけれど、虚空からの雷鳴によりその命を散らされる。

 魔法の射程外から急襲を仕掛けようとした空飛ぶトカゲは、その進路上に設置された吹雪によって凍りつき、鎌の石突で粉砕される。

 波の様に押し寄せる毛むくじゃらの肉食獣の群れは、二つの影から絶え間なく放たれる魔法の爆風によって跡形も無く粉砕される。


「あんまり連射すると、眩しいし耳がきーんてなる」

「あはっ、こんなに凄い爆発だったんだねー」


「鳥さんお持ち帰りしたーい」

「うちは猫がいるから無理だなあ」

「ゼゼちゃんだっけ? まだ元気?」

「ううん、別の子」

「そっかあ」


 軽口を交わす二つの悪夢は、蹂躙を繰り返しながら森の奥へと駆けていく。

 目指すのは森の最深部、木々の向こうに顔を覗かせる巨大なドーム状の建造物。あの建物の地下が次の探索目標だ。


「じゃっじゃじゃーじゃっじゃーん、ごたーいめーん」

「でかっ!」


 違うゲームのメロディをハミングしながらドームの中へと駆け込むと、そこには巨大なドラゴンが体の芯まで揺らす重低音の咆哮を放ちながら、白と黒の悪夢を出迎える。


「うわぁ、現物ってやっぱり大きいねえ」

「ちょっと鑑賞してみる?」

「いっぱい回りたいから、さくっと終わらせようよ」

(オッケー)


 ボクが先に間合いを詰め、ドラゴンの右手へと回り込みながら大振りな鎌から一点突破の武器を探して候補の中から中華鍋とお玉を取り出す。

 武器を探している時に、ステータスの数値がありえないくらいの高さで綺麗にならんだ武器が見えたけど、無かった事にしてドラゴンの脚へと迫る。

 ドラゴンはボクの方へ顔を向け、凄まじい熱気と共に喉の奥から炎を吐き出そうと構える。そこへキミからの砲弾の洗礼を受けて巨体を仰け反らせる。

 キミが抱えた大砲から放たれる隙の無い凄まじいまでの砲弾の嵐に、ドラゴンは怯んだままだ。

 ドラゴンの脚へと駆け寄り、超科学で強化された頑丈な鍋を叩き付け、お玉を振るい、蹴り付けて一旦間合いをとる。

 骨にヒビくらいは入れた感触はあったけど、キミの砲撃の方が脅威と見たのかドラゴンは炎を吐きながら狂った様に突進する。

 予想通りの動きに、キミは慌てる事無くドラゴンの進路から逃れて行く。ボクは扇状の武器に持ち替えて追撃。右へ、左へ、大きく振る度に光の刃がドラゴンの翼を切り裂いていく。

 キミは両手に銃を持ち、銃口から次々と光の弾丸を放って脚を潰す。


 動きも止めたし、最後の仕上げだ。

 駆け寄り、振り向いたドラゴンの頭へと至近距離から扇の刃の束をぶつける。

 キミも容赦無く光の弾丸をドラゴンの体へと叩き込んでいく。

 異星の超科学が生み出した殺戮機械を手に、巨大な生き物を蹂躙して行く。


「つーぶーさーれーるーぅ」


 息絶えたドラゴンがボクの方へと倒れてくる。キミは苦笑しながら癒しの光を放つ。

 潰されてちょっと痛かったけど、こんな程度じゃまず死ぬ事はない。

 ドラゴンの死体へと振り返る。こいつは時々武器を落した筈だけど、今回はドロップは無いみたいだ。


「ハズレかあ、じゃあ次っと」


 ボク達は次のステージの地下坑道へと向かった。


 その後も、ボク達はこの星の住人達の死を次々と積み重ねていく。

 地下最深層に眠るゲームだった頃のラスボスすらも例外では無く、何度も何度も屠った。

 時間が経つのも忘れ、ボク達は両手の指じゃ数え切れないほどこの星への蹂躙を重ねた。




 ヘトヘトになったボク達は、母船に戻ると不要なアイテムを買い取りしてくれるお店の前に、床が見えなくなる程の大量の戦利品を並べてご満悦だった。


「けっこう拾えたね」

「あんまりレアは出なかったけどね」

「これ、前から欲しかったからボクは満足かな」


 ボクは肉球を模した頭よりも大きなグローブを抱えてご機嫌に答えた。


「じゃあ、それは君のでいいよ。私は……これかな」


 キミは瞳と同じ色のブレスレットを左手首に着ける。

 白の中に一つ、青いアクセントが映える。


「可愛い」

「君もね」


 ボク達は残された時間を惜しむかのように、微笑みを交わす。

 不意に、君が同じ高さの視線を近づけて来る。

 ボクはその瞳に吸い込まれそうな感覚に襲われる。




「ねえ、私の顔、見てみたくない?」

「え?」


 君が浮かべた笑みの妖艶さに、酔いしれたみたいにくらくらする。


「キャラが入れ替わってるんだからさ、今落ちたらリアルでも入れ替わってるかもー?」

「え、っと……そうだね、せっかくだからちょっと見てみたいかもな」

「うん」


 心臓が高鳴る。

 すごく邪まな気持ちが沸き起こる。

 ボクは君の提案に唾を飲み込みなが頷き返す。

 けど、無防備にその提案に乗った事をボクは後悔する事になった。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 気が付いたら、生暖かい滑りの中に沈んでいた。

 鉄の様な匂いの充満する薄暗い室内には、毛むくじゃらの巨大な生き物が鋭い爪を持つ前足であの子のものだった体を玩具の様に弄んでいる。

 両足はとっくに無くなっていた。

 腕もありえない曲がり方をしていて、動かそうとしてもありえないくらいの激痛が襲うだけだ。


 ――何、これ


 獰猛な顔の左右に付いた不自然な程につぶらな瞳に映る君の姿は、美人だっただろう面影を留めていない。

 鈍い音を立てて、骨が咀嚼される。

 水音を立てて、肉と内臓が鋭い爪に玩具にされる。

 悲鳴を上げようにも喉の奥から血がごぼごぼと溢れるだけで、助けを求める事は出来ない。


 ――嫌っ! 痛い、痛い、いたい……しぬ


 さっきまで過ごしていたゲームの世界でならこんな熊くらい余裕で瞬殺だけど、現実ではそんな事はありえない、野生の前に為す術も無く狩られるのはボク達の方。

 意識が遠のく中、枕元に黒いドレスに大きな死神のカマを担いだ、あの子のキャラが立っているのが見えた。



 ――それが私、もうすぐ死んじゃうみたいなんだよね。


 ――ホント、君が入れ替わってくれて助かったよ。これでこの現実(クソゲ)から引退だね。


 ――それじゃ、乙。



 死神が口角を吊り上げて手を振っているのが、ボクの見た最後の光景だった。


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