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電影都市《ファントムシティ》のモンストルオ  作者: 灰村ディック
CASE2:熱烈歓迎電影都市(後編)
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ep4:二匹の化け物

 太一は呆然としながら、自分に何が起こったのかをよく考えていた。


 先程聞こえた「ぐしゃ」という音は何だったのか。

 よくよく思い出せば「ぐしゃ」よりも「ぐちゃん」といった風ではなかっただろうか。

 それが自分の鼻先で発生した音であることに気付くのに数秒かかり、それが鼻の骨を砕かれた音だと理解するのにはさらに数秒かかった。

 それから自分の体が数メートル吹っ飛び、壁に大激突したことに気付くのにはたっぷり数十秒かかった。

 目の前でジリジリと誤作動した瞳孔ブラウザが、アラームやリマインダーを展開している。


「ったく、めんどくせぇガキだな。ヒーロー気どりかよ」

「おい永田、さっさと女を連れてけ。こっちの男は俺がナイフで掻っ捌いて持ってくぜ」


 太一はぐにゃぐにゃと歪む視界の中で、ゆっくりと大きな単眼レンズがこちらに向かってくるのを見ていた。

 その手には鋭いナイフが握られている。今度はあれで痛い思いをさせられるのだろうか。

 頭の中ではガンガンと鐘が響くように激痛が走っている。


 ここで死ぬのか。


 太一はぼんやりとそう思っていた。

 体にも頭にも力が入らない。

 色々走馬燈が駆け巡るかと思ったが、太一の脳裏には昨晩見たリルカの生体パーツおっぱいがゆらゆらと浮かんできた。

 こんな時に――情けないような、切ないような、呆れるような、自分で自分を笑いたい気持ちだった。

 もうこのままここで大人しくしていよう、そう太一が思った矢先だった。


「おい」

 

 急に 、これまでこの場になかった声が響いた。


「調子に乗るなよオッサン。その汚い手をアタシから放せ」


 声の主は、なんと宇佐美だった。

 太一ははじめ、頭を強く打ったせいで聞こえる幻聴かと思ったが、確実に宇佐美が発した言葉だった。

 しかし永田の機械アームに首をガッチリ掴まれているにも関わらず、その声は先程のか細い鳴き声では無かった。

 かといって、最初に聞いたようなハキハキした真面目そうな声でも無かった。


「は?…… おい、今お前なんて言った?」

「ん?聞こえなかったか?貧弱な手前の細腕よりも先に、その出来悪い耳を取り替えてもらうべきだったな。この、趣味の悪い派手な腕を放せ、って言ったんだよオッサン。今度は聞こえたか?それとも、言葉を理解する脳ミソこそ一番要交換部品だったか?だったらいい店を紹介するヨ。中古だけど格安で出来のいい人工知能が置いてあるんだ。うちの機械犬メカドッグもそこでAI買ったからさ」


 宇佐美は自分の首を掴んでいる機械アームをぺちぺちと叩きながら永田に言った。

 明らかに、馬鹿にしている。

 永田の額の血管がピクピクと波打つのが、太一にも見えた。


「てめぇ…… なんだあ、急に…… 自分の立場が理解出来てねェみたいだなあ…… 調子のンなよ小娘が!ぶっ殺してやるっ!!」


 怒りに身を任せた永田によって、タンポポの花を折るかのように宇佐美の首はへし折られる――その場にいた全員がそう思ったが、銀の腕は静まり返り、何の動きも見せなかった。

 それどころか宇佐美を掴んでいた手はゆっくりと開き、そのまま力なくダラリと垂れ下がったではないか。


「あぁっ!?ど、どうしたんだこれ!!くそっ!なんだこれ!?バッテリー切れだと!?なんで…… こんな時に!?」


 突然の事態に焦り、狼狽する永田だったが、どれだけ悪態付いても自慢の腕はウンともスンとも言わず、僅かに体の揺れに合わせてユラユラと小さく動くだけだった。

 銀の拘束から開放された宇佐美は、スタスタと吹き飛ばされた太一にまで近づいてくると、スーツのポケットから小さなハンカチを取り出した。


「大丈夫かアンタ?ホレ、鼻血出てるし、拭いた方がいいよ」

「え?あ、あの、すいません…… ありがとうございます」

「素人の癖に無茶すんね。てっきりなんか腕に覚えでもあるのかと思ったら、ふつーに吹っ飛ばされてるしよ。もしかしてアンタってバカ?」

「えっと…… いや、さっきはその、無我夢中で……」

「アハッ、無我夢中、ね。アタシそういうの、キライじゃあないよ」


 ニカッと宇佐美は歯を出して笑った。

 これまでの印象はガラリと変わり、何だがワイルドでたくましい姿に見える。


「あ、あの…… 貴方は一体…………?」

「え?あぁ、アタシはさ……」

「あっ!!危ないっ!!」


 そう言いかけた宇佐美の背後から、鋭いナイフが風を切って迫ってきた。村川だ。

 宇佐美は太一の声で気づいたのか、それとも既に気配でも察していたのか、素早く振り返ると、手にしたボールペンで見事にナイフを受け止めた。

 どこにでもあるような普通の筆記用具に自慢の刃物が食い止められ、村川の大きな一つ目レンズが、驚愕したかのようにギラギラと輝いた。


「オメェ、ただの女じゃ無いな…… 永田に何をした……!?」

「別にー。ただ、肩が随分こってたみたいだから、ちょいとマッサージして上げたら、ぐっすり眠っちまったみたいだけどね」

「コイツ……!!」

「オイ村川!!その女なんか妙だぞ!!もしかしたら『ハイマン』かも知れん

 !!」

「何っ!?」


 ただの鉄の塊と化した両腕をぶら下げながら、永田は村川に向かって叫んだ。

 村川は思わず、声の方を振り向いたが、その一瞬を宇佐美は逃さなかった。


「余所見するなんてヨユーだなオッサン!!」


 宇佐美はナイフをいなすと、村川の巨大な単眼を、そのまま素手で鷲掴みにした。

 ぐわし、とレンズを掴まれた村川は予想外の攻撃に再び驚愕した。


「な、なんだぁっ!?てめぇ…… どういうつもりだコラァ!!そんなモンで目くらましか何かのつもりか――あっ!クソッ!なんだこれ!!?あぁ!?」

「アンタもしばらくおネンネしてな」

「ど、どうした村川っ!!?」

「目…… 目がっ!!目が見えねぇ……!!クソッ!!カメラがやられた!!バッテリーが落ちてる!!!クソこのアマっ!!何しやがったんだ!!!」


 ふらふらと歩きながらナイフを振り回す村川だったが、当然そんな状態で相手を傷つけられるわけがなかった。

 恐るべき用心棒として出てきたサイボーグ二名は、今や自慢の腕も目も役に立たず、ただ狼狽しているのみだった。


機械部位マシンパーツ持ちならこういう時の対処法くらい考えとけよな。ま、チンピラ程度に言ってもシャーナシだろうけど」

「お、お前…… 何者だ……?」


 これまで呆然と宇佐美と男たちのやりとりを見ていた白木田が、震える声をようやく絞り出した。

 その顔からは流石に張り付いたような笑顔は消えていた。


「社長、丁寧な新人研修どうもありがとう。おかげでこの島のことがよーく分かったよ。確かにココは自分の身は自分で守る、それが鉄則な無法地帯だ。ただなオッサン、人間さらってバラして生体パーツにして売り捌こうってんなら、それはこの島でも立派な犯罪だぜ?この時期多いんだよねぇ。島外からやってくる『新人』が多いからさ」


 宇佐美は社長へつかつかと歩み寄りながら語り始める。

 それと同時に綺麗にまとめた髪をほどき、黒縁メガネを投げ捨てた。


「さて、白木田正美。アンタの身柄、拘束させてもらうぜ」

「だ、だから何なんだアンタはっ!?なにもんなんだっ!!!??」

「おっと、忘れてた。アタシは――警視庁直轄海京都特別捜査局、特別捜査隊所属『天風寺舞テンプウウジ マイ』だ!とりあえずこの顔と、このマーク、覚えとけよ?」


 そう言った宇佐美の――いや天風寺舞の髪は黒から、いつのまにかエメラルド色に変わっていた。

 そして右手には懐から取り出した黒いカードが一枚。『P.S.I』の三文字と、何故か魚のマークが描かれている。鋭い剣を鼻先に携えた魚は、恐らくソードフィッシュである。


「ぴ…… PSI捜査隊……! 噂には聞いていたが…… クソッ!アンタが電影都市の『怪物』か……!!」

「犯罪者からバケモノ呼ばわりされる筋合いはねーよ。つべこべ言ってないで大人しくしろよな。どうせあの二人はしばらくは動けねーよ」

「ふ、ふざけるな!いくらPSIだからって、一人でのこのこやってきやがって…… おい!岩井!!こいつを捕まえろ!!」


 これまで黙って側に立っていた黒スーツに、社長は命令を飛ばした。


「申し訳ありません白木田社長。それは出来かねます」

「なななな、なにぃ!!?」


 予想外の返答に白木田は酷く狼狽した。

 黒スーツの岩井は無表情のままだ。


「き、貴様…… どういうつもりだ!!私の命令に背くのか!!?」

「ハイ。残念ですが、私は貴方の命令を聞くようにはプログラムされていないからです」

「プログラム…… 一体なにを言って……」

「大変申し訳ありませんが、本当の岩井氏には別の場所で待機していただいております。私に命令する権限がありますのはPSI所属の天風寺隊長もしくは局長のみとなっております」


 淡々とした声に全くの無表情。先程まで会社説明をしていた岩井とはとても思えない豹変ぷりだった。


「株式会社オールホワイト代表取締役社長白木田正美氏。天風寺隊長の言う通り、大人しく降伏してください」

「ききき貴様…… まさかっ!!!わ、私に近寄るなっ!!この、怪物めっ!!!」


 白木田は懐に手をやったかと思うと、己の顔のように黒光りする拳銃を取り出し、躊躇いなく岩井に向かって銃弾を放った。

 しかし、弾丸は風穴を開けることなく、キィンという乾いた金属音を鳴り響かせながら、岩井のスーツと皮膚を削っていっただけだった。

 削られた個所から覗くのは、青く輝く鋼鉄身体メタルボディだった。


「そのような銃弾では申し訳ありませんが、私を傷つけることは不可能です。『フルマラソンを走るマンチカン』といったところです」

「おいジェイク、相変わらずお前の例えは全く意味が分からないぞ」

「申し訳ありません隊長。学習致します」

「だから何なんだお前らはっ!!?」


 勝手に掛け合いを続ける二人に白木田は叫んだ。


「申し遅れました。私は、警視庁直轄海京都特別捜査局、特別捜査隊管理下の特殊警備用ロボット識別ナンバーJ545-K427。個体名は『ジェイク』と呼ばれています。以後お見知りおきを」


 深々と、自らをジェイクと名乗ったロボットはお辞儀をした。


「そして私が隊長の天風寺舞だっ!覚えておけよ!」

「隊長。隊長は先程名乗られました。二回目です」

「あ、そうだった。スマン、ジェイク。それより撃たれたとこ平気か?」

「無問題です隊長。衣服と、偽装用生体フィルムが破れただけで済みました」


 そう言うとジェイクは、バリバリとスーツごと皮膚を自ら剥がしていった。

 コンドームのように薄い膜を破って露わになった機械の身体は、室内のLED光を受け、青と白の二色に輝き、白木田を見つめる二つの目は、鮮やかなグリーンに煌めいていた。


「か…… かっこいい……」


 思わず太一は呟いていた。

 白木田は、真っ黒な顔でありながら、顔面蒼白といった体で立ち尽くしている。


「さて…… 長々自己紹介してもシャーナシだからよ。白木田!観念して大人しくしろよ!」

「隊長の言う通りです。『真夏の鍋焼きうどん屋』のように大人しくして下さい」


 太一はようやくはっきりしてきた頭と目で、突然現れた二人の姿を見つめるしかなかった。


 これから、何が起きようとしているのか――そこまで考えることは、彼には出来なかった。


Continue to theNEXTepisode……

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