ep3:輝かしき入社式
「わ、私達を、これから…… ど、どうするつもりですか……?」
宇佐美は、相変わらず黒光りする笑顔を崩さない、白木田社長に向かって質問した。
しかし、その声は先程までの力強さや真っ直ぐさはなく、明らかに恐怖で上ずり、か細く、泣くような声だった。
「ハハハハハハ誤解してもらっちゃ困るよ君たち。私は君たちに我社で働いて貰うために来てもらったんだからネ。そこに偽りはないよ」
「あ、あのお、僕やっぱり今回は、なんか、僕の働き方とはあ、あ、合わなさそうなんでえ、や、辞めときますう……」
そんな社長の話に流石に何かおかしい雰囲気をようやく感じたのか、亀山がのっそりと動き出した。
ヘラヘラとした笑いを浮かべながら椅子から立ち上がった彼の腕を、銀のアームがひねり上げた。
「いいいいいい痛いっ!痛い痛い痛い痛い痛いいいいっーーー!!!やややややめてよっ!!!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
「ハハハハ、まぁまぁ亀山君。そう焦ることないじゃないか。新人研修くらい受けといたって損はないさ。これからの社会経験にきっと役に立つよ」
社長はニコニコと彼に語りかけたが、半泣きになりながら、ぶるぶると震えている亀山にそれが届いていたかは、甚だ疑問である。
「おっと、先に君たちの先輩社員を紹介しとこうかね。そっちの銀の電磁アームがかっこいいのは永田君だ。特注製の腕は大の大人の大腿骨も割り箸のように折れるんだヨ」
永田と呼ばれた男は掴んでいた亀山の腕を無造作に手放し、突き飛ばすように再びパイプ椅子に着席させた。
そして、太一と宇佐美を見ながらゆっくりと、輝く腕を振り回したのだった。
「それからそっちのカメラヘッドが村川君だ。彼のカメラはほぼ360度見渡せる優れものでね。君達が少しでも動けば、彼には直ぐ分かるんだよ。あ、それから、彼はナイフが得意でね。いつも持ち歩いてるそうだ」
村川はギュルギュルとカメラのレンズを回転させながら、手に持ったナイフをべろり、と舐めまわした。
太一は全く生きた心地がしなかった。
それは宇佐美も亀山も同じようで、皆血の気の引いた顔で震えている。
特に亀山は先程掴まれた腕が本当に痛かったようで、しきりに腕を擦りながらブツブツと何かを呟いている。
こんなことになるなんて…… この島を、電影都市を舐めていた。
今更後悔しても仕方ないが、どうしてあの海上バスでサイフをスられた時に、こんなヤバイ土地は引き返そう、と思い直さなかったのか。太一は自分を責めた。
「えーとだね、まず、勘違いして欲しくないのは、私達は何も違法行為を行う犯罪集団ではないということです」
白木田はそんな新社会人三人の反応などお構い無しに話を続ける。
「君達は、我々がいたいけな女性達にいやらしい仕事を強制的にさせてる……とお思いでしょうが、そのご心配はいりません!何故なら、我が社で派遣している女性たちに『人間』も『機械人』もいないからです!!」
白木田社長は張り付いたような笑顔をさらに綻ばせながら、大声で叫んだ。
それを聞き、太一は震える手でパラパラと写真が並んだカタログをめくった。
色とりどりの女性がどのページにもずらりと並んでいる。どの人も写真では人間か機械かなんて判断出来ないが、これが全てロボットとはにわかには信じ難かった。
だが、とあるページで手が止まった。
ピンクのツインテールに虹色LED、花のような笑顔とダブルピースで写っている女性を、太一は忘れてはいなかった。
忘れるはずもなかった。
「あ、あの……し、白木田社長……」
「お、さっそく質問かねえーと――誰だっけ岩井?」
「立花太一です社長」
「おぉ!立花クン!何かね積極性のある若者が私は好きだぞ?」
太一は思わず手を上げて発言していた。
後ろには相変わらず強面のサイボーグが控えていたし、社長の不気味な笑顔も、岩井の微動だにしない仏頂面も怖かったが、それでも思わず手を上げてしまった。
「ろ、ロボットなら……こんなことしても……いいんですか?」
「ん?なんだって?」
白木田は笑顔のままであったが、片眉がぴくりと動いた。
「あ、あの……ですから、ろ、ロボットなら……このようなことをしても……いいんでしょうか……?」
「んーーーー?言ってる意味がよく分からないんだが立花クン?」
「あの……ロボットなら……犯罪じゃないってのは、その……分かりますけど……だからって、こんなこと、こんな……許されることでは……ないんじゃないでしょうか?か、彼女たちの……気持ちは……どうなるんですか……?」
太一は恐る恐る、社長達に向かって話した。
そんなに恐々震えながら言うなら、言わなきゃいいじゃないか、自分でもそう思っていた。
だが、何故か話さずにはいられなかったのだ。
「ふふ……ふふふふふ……ハッハハハハハハハハハハハハハーーーーーッ!!!」
白木田は大声で笑いだした。
その巨大な声に、宇佐美や亀山もビクリと痙攣するかのように反応した。
太一は手を上げたまま固まっていた。
「何を言うかと思えば……ハハハハ……いやぁ君みたいなタイプは珍しいよ本当に……ロボットの、モノの、気持ちを、か、考えるって……フハハハハハハ……ハハハハハハハハッ!」
白木田は爆笑を続けている。何がそんなに面白かったのか、太一や同期達には分からなかったが、白木田にはとにかく今の太一の言葉がツボに入ったようだった。
「いやぁオモシロイ子もいたもんだねぇ、なぁ岩井?」
「ハイ少々、いや大分変ってますね」
「だろ?だってモノに、気持ちとか……ブッ…ハハハハハハ!じゃ、じゃあ立花クンはオナホールにまで愛情もって優しくしろってのかい?アハハハハハハそれこそ変態だ!!」
不気味な爆笑を続ける白木田に対して、太一は絶句しもう何も言うまいと思った。
思ったはずだったのに、また勝手に口を開いていた。
「ぼ、僕には……彼女たちがモノには……お、思えません。べ、別に全員に会ったわけじゃないです、けど、その……僕らと変わらない姿をした彼女達を、その、モノ……だとは、お、お……思えません」
社長の爆笑が止み、辺りが静まり帰った。
白木田は相変わらずニコニコ笑顔ではあるが、先ほどまでの本気で笑っていた顔ではない、ぴったりと顔面に張り付いたような、ニコニコマスク顔だった。
「んーーーと、じゃあなにかね?立花クンは、やはり、我々とは一緒に働けない、と言いたいわけかな?ん?」
いつの間にか、太一の真後ろに永田と村川二人のサイボーグが寄ってきた。
ガチャガチャギシギシと、機械音が耳元で鳴り響いている。
太一は体の芯から何もかもが凍り付くような気持だった。
もうこれ以上、肝を冷やす必要はないだろう、もう十分だ、そう思っていた。
「は、ハイ……できません」
言ってしまった。
最期に残っていた心臓の鼓動までもが、凍り付いて止まってしまった気になった。
「そうか……立花クンは我々とは働けないか………」
社長の声が不気味に、低く、静かに響く。
しかし、次の瞬間にはまた先ほどまでの明るい声になっていた。
「だが、まぁ、気が進まないなら仕方ないネ。嫌がる人を無理やり仕事をさせるのは我々の本意ではないからネ。そうだろ岩井?」
「そうですね社長。おっしゃる通りです。立花クンに店舗管理等仕事をまかせるのはやめておきましょう」
「へ?」
太一はあまりに予想外の肩透かしな言葉に驚いた。
てっきり断ったら殺されるか、無理やりにでもやらされるのだと思っていたが……
「だから――」
社長が再び口を開いた。
「だから、立花クンには隣の宇佐美クンと一緒に、特別な形で我が社に『入社』してもらうこととしよう」
また、社長はにっこりとほほ笑んだ。
先程までと変わらない陽気で明るそうに見える笑顔だ。
「と、特別な形……?」
「わ、私も……ですか?」
その言葉にこれまで黙っていた宇佐美も食いついた。
「そうだよ。先程も言ったように、我が社の『商品』は皆ロボットだが、普通のロボットじゃあ、やはり中々お客様は満足してくれないからね。実は、ほぼ全ての『商品』に生体パーツを組み込んで、より人間らしく、よりリアルに、を追求しているんだよ」
自慢げに白木田は解説する。
太一は昨日出会ったリルカのことを思い出していた。
確かに生体パーツ多めなことを、彼女は自慢していたように思う。
「だがねぇ……」
白木田は大きくため息をついた。大げさに肩をすくめ、芝居がかった口調だ。
「生体パーツってのは、これがまたものすごーーーーく高価でねぇ。しかも取り扱いには、いろいろめんどくさい書類審査もあって――まぁとにかく面倒なのだよ」
白木田が頭を抱えた芝居をする。
「そこで!我が社は、この生体パーツ調達を内製化し――『自社生産』することにしたんだよ」
「自社……生産……」
太一は思わず口を開いてしまった。
「そうだよ、つまり――君達みたいな島外から来た子たちを『材料』にして、生体パーツを自分たちで『作る』んだよ。いいアイディアだろ?これなら高い製品代を節約できるうえに、面倒な書類審査もパス!!素晴らしいアイディアだと思わないかね君タチ??んーーー?」
社長は満面の笑みを浮かべる。
まるで経済番組で紹介される経営者のように、誇らしげで自信満々といった体だ。
「この電影都市は本当に素晴らしい場所でね……いい『食材』を持っていくと、ちゃんと上手く『料理』してくれる業者が、地下にはゴロゴロいるのだよ。そういう連中と業務提携すれば――業績はUP!コストはDOWN!ま素晴らしいことだ!!」
白木田は完全に自分の世界に入り込んでうっとりと自分の演説に聞き入っている。
太一と宇佐美は、自分達のこれからの運命が予感されつつあり、どんどんと動悸が早くなるのを感じていた。
「そういう連中にも、気に入る食材ってのがあってね……特に、やっぱり若い女性の体はヒジョーに、いい『料理』になるんだよ」
白木田の笑顔が一層輝いた。
「ひっ………!」
宇佐美は小さく悲鳴を上げたが、それ以上言葉を発することは出来なかった。
その細い首をがっつりと銀の腕に掴まれ、引き上げられるように席から立ち上がらされていたからだ。
「君たちがここに来る前にボディチェックをさせてもらったね?そこでちゃんと確認しといたが、君らはモバイルインプラント以外は全て身体に機械パーツ無し!純正の生体パーツ百パーセントだ!素晴らしい『素材』だよ!」
「じゃあ、あの……私は、最初から……こういう……為に……?」
涙を浮かべた宇佐美は掠れた声で社長に聞こうとしたが、喉を締め付ける電磁アームがギリギリと握力を上げた為、それ以上言葉を発することは出来なかった。
「さぁて、彼女には一足先に『入社式』をしてもらおうかな。なに、すぐに終わるから心配しなくても大丈夫だよ。次は立花クン、キミの番だからね?」
ニタリと白木田は笑った。
宇佐美はしばらくはジタバタと手足を動かしていたが、次第に諦めたかのように、ぐったりと動かなくなった。
そのままずるずると出口にまで引きずられるように歩かされていった。
なんなんだ。なんでこうなったんだ。どうしてだ。
どうして。
どうして、自分も、宇佐美さんも、ロボット達も、こんな目に会わなきゃいけないんだ。
太一は思った。
それとほぼ同時か、それより早いくらいに、体が動き出していた。
「う、うわぁぁあああああああああああああああ!」
太一は上ずった声を上げながら、永田に突進していた。
猪突猛進、とはまさにこのことで、前も見ず、生身のまま手ぶらのまま、とにかく全力疾走で突っ込んでいた。
宇佐美を助けたい、という気持ちが無かったわけではない。当然永田を倒したい、という気持ちもゼロでは無かった。
だが今彼を無謀な戦いへ走らせているのは、決して正義感とか勇気だとか、そんな感情ではなかった。
ただ、この状況にいてもたってもいられなくなって、とにかく走り出したい気持ちになったのだ。
そして、どうせ突っ込むなら悪いやつに突っ込んでやる、と思った。
ただそれだけ、そんな程度の気持ちだった。
ぐしゃっ
という鈍い音が鳴るのを太一はゼロ距離で聞いた。
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