プロローグ 理不尽な“おわり”
初投稿となります。
拙作でありますが、これからよろしくお願いします。
“ 理不尽”が嫌いだ。
僕、九条 冬夜がそう思ったのは4歳のときにだった。
その日、母さんと妹が美容院に髪を切りに行くと言って出掛けた。だから、僕と父さんは暇だったので屋敷周辺にある公園へ遊びに向かう為、歩道を手を繋いで歩いていたんだ。その公園は母さんと妹が行った美容院の途中にあるから遊んでいる間に終わって戻ってきたら気がつくだろう、そしたら夕飯は外で食べようか。などと父さんと話す。
遠い記憶の父さんはとても優しくて、とてもとても大きかった。そんな父さんの大きくてあたたかい手を繋いで一緒に並んで歩いていたんだ。
公園のすぐ前にある横断歩道。ここを渡れば公園につく。
僕は早く父さんと遊びたくて、そわそわと父さんの手をにぎにぎとしている。そんな僕をみて微笑む父さんの顔。
信号が青になった。途端に僕は父さんの手を引き駆ける。
「父さん!早く!!」
子供だった僕は早く父さんと遊びたいという欲求にしか目が向いていなくて、気づけなかった。
「冬夜っ!!!!」
「え・・・・・・」
目の前一杯に迫ってくるトラック。僕には避けようがなかった。そのときの僕は4歳で、子供の思考回路では何が何だか訳がわからなかったんだ。
鳴り響く鋭いクラクションの音。
ただ一つはわかったのは次の瞬間、僕は物凄い力で引っ張られていたということ。世界がスローモーションになる。駆けて行った逆方向に流れる景色。すれ違っていく父さんの顔は僕を見て安心そうに笑い、
『間に合ってよかった。』
僕にはそう聞こえた。
引っ張られた勢いのまま僕は歩道に投げ出された。擦った痛みも忘れて、僕は慌てて振り返る。
ドンッ
重く殴打したような鈍い音、そしてそのままの勢いでトラックは電信柱に向かって行き、衝突して止まった様だ。でも、そんな事はどうでもよかった。僕は振り返って見た先の“モノ”しか見ていなかったのだから。トラックにまともにぶつかり、赤い何かをドクドクと出していた。顔の部分は当たった場所が悪かったのか原型を留めず、何が何だかわからない。
僕は呆然としていた。
何もできなかった。
何も理解ができなかった。
周囲から悲鳴が上がる。怒声とともに救急車を呼べ。だとか、110番だ。という声が聞こえていた気がする。おとなの人が駆け寄ってきて、心配そうに僕を見て軽く揺さぶりながら話しかけていた気もするが、そんなの関係なかった。僕はずっと、ずっと父さんを見ていた。
やがて、救急車やパトカーがやってきてそれとほぼ同時に母さんと妹が来た。母さんが僕を見つけると妹と一緒にすぐに駆け寄って、
「冬夜!大丈夫だった?!」
僕の状態を見て心配した様子だった。妹もそんな様子の僕にしがみついて離そうとしない。
「お父さん・・・・・・暁彦さんは?」
問いかけた母さんに僕は何も答えられず、ただ指をさしていた。僕の視線と指の先を見て、母さんはすでに警察や救急隊員の人達に囲まれた、父さんを見た。
「暁彦さんっ!!」
母さんは駆け寄って行く。子供の僕は父さんにしがみついた母さんを見て、ようやくわかったのだった。父さんがトラックから僕を庇ったのが。父さんが——死んだということに。
いつの間にか涙が出ていた。何が何だかわからないままに父さんは死んだ。僕があのときちゃんと周りを見ていたなら、と今更どうにもならないことをずっとずっと考えて。僕は慟哭していた。そんな僕を見て、妹の沙夜香は僕に抱きついたまま静かに泣いていた。
父さんを目の前で亡くしたこの日から僕は大切な人を亡くす、“理不尽”を恐れるようになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕は高校の帰り道の商店街を友人達三人と並んで歩いていた。
一人は幼稚園から幼馴染の白井 桃華。しっとりとした濡れ羽色の様に黒い髪に、黒くはっきりとした目。日本人らしい顔で誰が見ても可愛いと言う少女である。
そして中学時代からの親友の染石 綾乃。こちらも誰が見ても可愛いと言うだろう少女であるが、桃華が可愛らしいというなら、綾乃は綺麗と言った方が適切だろう。さらさらとした亜麻色の髪、同様の色で丸く愛嬌のある目。桃華は少々スレンダーな体型だが、比較して綾乃はそれなりに出るところは出ているプロポーションだ。
最後に綾乃と同じく親友である神崎 真也。髪は茶髪で短く、目はやや吊り上っているが目つきが悪い訳ではなく、好青年という雰囲気で、性格もしっかり好青年である。顔つきも男らしく、イケメンの部類に入る。
本来であれば、双子の妹の沙夜香も一緒に帰る予定だったのだが学級委員の仕事で先生に呼び出しされていた。
「沙夜香さん、物凄くざんねんがっていましね。」
「うん。なんだかあんな顔されちゃうと、一緒に帰る私達が申し訳なくなってくるもんね。」
綾乃と桃華は沙夜香が別れる最後の最後まで僕にごねている光景を思い出しのか、苦笑いを浮かべている。
「冬夜、委員の仕事が終わるまで沙夜香を待っていてもよかったんじゃないか?」
「いや、今日は商店街で買い物してる母さんの荷物持ちもしないといけないから。沙夜香だってわかってるよ。・・・・・・まぁ、埋め合わせとしてケーキでも買ってかないと駄目かなぁ。」
真也に問われ、僕も苦笑いを浮かべ、母さんの買い物の後にでもケーキを買おうと心に決めた。未だに兄離れが出来ずにいて、周りからブラコンとまで言われている沙夜香は不満が溜まりすぎると家で何をしでかすかわからないので、興味をを甘いものに向けさせるしかない。
そんなやり取りをしている間に母さんを見つけた。母さんも気づいた様で、
「あ〜冬夜、おかえり。みんなもおかえりなさい。」
とにこにこしながら、僕達に手を振って呼んでくる。
幼馴染の桃華は勿論、母の事もよく知っていてとても懐いている。そんな桃華は僕よりも先に駆け寄って、
「こんにちは!お義母さん、私も買い物手伝います!」
「あら、ありがとう〜助かるわぁ!」
「“お母さん”って、桃華のではないだろ・・・・・・」
「ははは・・・・・・明らかに違う発音だったな。」
母さんと桃華のやり取りに疑問を浮かべると、乾いた笑いを真也が浮かべる。
「桃華だけずるいわ・・・・・・幼馴染というアドバンテージを使って」
「え?なんか言ったか、綾乃。」
「いいえ!何も言ってないですよ冬夜くん!」
「はぁ、こっちもこっちで重症だな。」
ぶつぶつと呟く綾乃の様子に首を傾げていると、僕の横で溜息を漏らす真也。
これが僕らのいつもの日常。だがこの時、そんな日常は静かに——でも確かに運命の輪が狂い始めていた。
桃華が母さんに駆け寄った直後、二人の先が騒がしくなっていた。
「なんだ?なんか、前の方がざわついてるが。」
「通り魔だっ!女を狙ってる!!女は早く逃げろ!!!」
真也が疑問を口にした瞬間、前から男の怒号が響く。
「母さん!桃華!早くこっちに!!」
僕はいつもは出さない様な大声を上げ二人を叫んでいた。二人とも驚いていたが、すぐに頷いてこっちに向かって走ろうとしたとき、いつの間にか桃華の後ろにその男はいた。
「女、おんな・・・・・・オンナァッ!!!」
「きゃっ!?」
「桃華ぁっ!!」
僕はまた大声を上げ駆け寄ろうとしたが、完全な不意打ちに男の方が近くにいて当然速い。通り魔の男が持っているナイフが桃華に刺さろうとする————が、
「うっ・・・・・・」
「え・・・・・・・・・・・・」
そこには母さんがいた。桃華の一番近くにいた母さんが庇っていた。崩れこむ母さん。
母さんは確かに僕の方を見て、
「に、逃げ・・・て・・・・・・」
「母さんっ!!!」
「ヒヒッ・・・女はいつも俺の事を見下して・・・・・・全員ぶっ殺してやる・・・」
(こいつ、狂ってる!)
通り魔の男は母さんからナイフを抜いて、再び桃華に向き直ってナイフを振りかぶっている。
「真也!!警察と救急に連絡を!!!」
「え!お、おいっ!!」
僕は答えを待たず、真也の声と綾乃の悲鳴を後ろに置いていき、全力で疾駆する。今、頭から爪先の至る所まで血の様に熱いなにかが巡っているのを感じた。いつもより冴え渡る視界。通り魔の動きが止まって見える。元々それなりに高い運動能力を有していたとは思うが、更にそれを上回る様な速さで通り魔の前へと躍り出ていた。
「させるかぁっ!!!」
「!?」
僕は通り魔と桃華の間に身体を滑り込ませ、通り魔がナイフを持っている両手をしっかりと掴み止めた。そのまま揉み合いになり、通り魔が見せた一瞬の隙を逃さずナイフを奪って、
ズグッ
手にものを刺す感触。そして温かい何かが吹き出し、僕の手を濡らしていく。
「あ・・・・・・」
僕は通り魔の男の胸を刺していた。手は血に濡れ、同様に赤に彩られたナイフが握られている。 激昂していたとはいえ、自分の意思で殺してしまった。その事実に無意識の内に数歩後退りしていた。
「こ、これは・・・僕は・・・・・・」
「と、冬夜・・・・・・」
近くにいた桃華が僕に近寄ろうとしたそのとき、サイレンの音が近づき、その音源であるパトカーから二人の男が出て来る。そして二人の内若い警察官の方が狼狽した様子でこちらに銃を向ける。
次に聞こえたのは無機質な乾いた炸裂音。胸に伝わる衝撃で更に僕は後退りした。じんわりと伝わってくる痛み。それは時間が経つごとに大きくなっていく。撃たれたことに気づいたときには僕はその場で前のめりに倒れていた。
「冬夜っ!」
抱き起こされる僕。目の前には顔を青ざめさせた桃華。目から流れる涙が僕の顔に伝っていく。遠くから真也と綾乃の叫びや悲鳴と共に駆け寄ってくる音。発砲した警察官とは別の渋い怒鳴り声。誰が発砲許可を出した。などと聞こえる。なんだか、何もかもが他人事の様に遠くに聞こえる。
4歳のとき交通事故で父さんを亡くした。あのときはトラックの運転手が心臓発作を起こし、操作不能で起きた事故だった。理不尽だ。
16歳、通り魔に母さん、九条 神奈子は殺された。なんの脈絡もなく。・・・・・・理不尽だ。
僕は両親を目の前で亡くし、冤罪で殺されてしまった自身の人生を——理不尽な運命を呪った。
やっぱり僕は“理不尽”が嫌いだ。
そう呟いて、僕は意識を手放したのだった。
一人称っぽく書いたつもり(上手く書けているかわからない)です。
読んでくださってありがとうございます!
誤字・脱字、ご指摘、感想をお待ちしています。
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