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第9話 奪われた奴隷の少女

今回、鬱……と言うか、グロテスクな表現?的なものがあります。

少しだけ心構えをしてから、読んで頂けると幸いです。

 僕とガレオス、マリアの三人は日が落ち辺りに闇が満ち始める黄昏の中、古代森林を疾駆していた。

 ガレオスは獣人族故平気そうだが、僕やマリアは只でさえ森林の中で視界が取れないのに、これ以上の暗闇で木々を縫い、悲鳴が聞こえた場所まで辿り着くには時間が掛かってしまうかもしれない。

 そう考え、僕は初級光魔法ルーメンで頭上に灯りを創り出す為、魔力を集中させ始めたが直ぐに霧散させた。何故ならその時既にマリアによって周囲は照らされていたからだ。


「ありがとう、マリア。流石に僕が考えつくような事はS級冒険者が思いつかない訳がないよね。」


「ふふ、大した事じゃありませんよ。しかし、暗い中でこんなに目立つ灯りは出さない方がいいかもしれませんが、今回ばかりは其方の方が都合が良いですしね。」


「先程の咆哮の主が此方に注意を向ければ万々歳だしな!……だが、そう上手くはいかないみたいだな。」


 ガレオスが吐き捨てる様に言うと、少しひらけた場所に出た。

 其処には夥しい血の中、既に事切れた護衛だったのだろう冒険者らしき装備の死体や肉塊が転がり、その護衛対象だった横転した大きな荷馬車の近くで先の悲鳴の元であっただろう男の死体に覆い被さって不快な水音の様な咀嚼音を立てている熊がいた。

 いや、あの異常な大きさに四本腕は、熊の様な只の獣なんかではない。


「あれは確か……A級魔物(モンスター)四腕大熊クワトロブラソベアーでしたか?」


「幾ら古代森林だって言っても、まだこんな浅い所にコイツがいるなんて変だな……しかもこの様子じゃ、全滅か?」


「うぅん。ガレオス、マリア、あの馬車の中に一人生存者がいるよ。」


「ルル、分かるのか?俺は鉄臭すぎて鼻がきかねぇってのに。」


「なんとなく、だけど。でも、早くしないと馬車の中で怪我をしたのか、物凄く生命いのちの気配が微弱に感じるんだ……それと、マリア。もう他の人は助からないの?」


 僕がマリアに問うと、彼女は静かに首を横に振った。……そうか、間に合わなかったか。

 でも、だからこそあの馬車の中で今もどんどん弱々しくなっていく助けられる生命いのちを全力で守らなければ。


 そこで漸く、貪る様に食事に夢中になっていた四腕大熊が僕達に気が付き振り返る。

 振り返りその場に二本足で立つ大熊の体長はおおよそ6メトルはあり、餌が増えたとでも思ったのか此方を確認すると舌舐めずりをしていたのだが、途端にその熊顔を歪める。熊の癖に器用な事をする奴だ。


「ガハハハハ!!今頃、俺様達との実力差が分かった様だな、遅すぎて片腹痛いわっ、魔物畜生が!!!!」


「ガレオス、ルルの前でそんな汚い言葉は使わないで下さい!教育上よろしくないです。」


 そのガレオスの咆哮と共に放たれた威圧は大熊に多大な恐怖を与えた様だ。……でも、マリア、その一言でそれまでの緊張感が台無しだよ。

 だが、そんな事情を知る訳がない大熊はその恐怖を追い払う様に一際大きな咆哮を上げると、前に出ていたガレオスに突進を繰り出した。そして、ガレオスも「その意気や良し!」と大声を上げ、大熊渾身の突進を真正面から受け止め、じりじりと押し返している。


「あぁ、絶対にガレオス、生存者を救出するって事を忘れてるよ……」


「ですが、今の内に馬車に近づけます。あの魔物モンスターはガレオスに任せて行きましょう。」


 ガレオスが一人とは言え、あの程度の魔物モンスターに負けるとは到底思えないのでマリアの言う通りに僕は生存者の保護に向かう事にした。


 馬車は中々に頑丈な作りになっていた様で、横転した衝撃で壊れたり、崩れたりはしていなかった。もし、崩れなどしたら中の生存者はひとたまりもなかっただろう。

 馬車の後ろの搬入口から中の様子を探る。中は商品であろう食物や香辛料をぶち撒けた袋等があちらこちらで散らばっていた。だけど簡単に見回してみた所、人の姿は見えない。


「あれ?確かに気配はするんだけど……ん、あれは……」


 果物が入っていただろう木箱の奥に何か蠢くものを見えた気がしたので、僕は馬車の中に入る。

 木箱を掻き分けて、僕は床に蠢くそれを発見した。

 人一人分ほどの麻袋、それは今も微かに上下に動いていた。それは人間が浅く呼吸をしている様にみえーー


「っ……大丈夫!?待ってて、今助けるから!!」


 余りの衝撃で一瞬固まってしまった。だが、直ぐに硬直から抜け出して、麻袋の口を固く縛っている縄を手持ちの剥ぎ取り用ナイフで切り裂く。

 中から出てきたのは七、八歳程の少女だった。粗末な襤褸布様な服を着て、白く柔いその肌に所々に傷があり痛ましい姿をしていた。

 しかしそれでも尚、その可憐な美貌は衰えてはなかった。今は土気色に近いが肌は先程も思った通り新雪の如く白く、まだ幼くまんまるな顔に、今は閉じられているが大きいであろう瞳を縁取るのは長く綺麗な睫毛。そして、一番目に付くのは、長く手入れがされていないのかボサボサな白髪と同じ色の大きな犬耳に豊かな尻尾ーーそう、この幼気な少女は獣人族であった。


「でも、なんで幼い女の子をこんな酷い目に……」


 呟いた僕はある事に気付く。視線の先にあるのは少女の首筋。そこにあるのは禍々しい紋様の焼印らしきもの。僕はそれを知識として知っていた。


「奴隷紋……」


 それはアーク達との修行と並行して、行なっていたアークとマリアによる授業でこの世界の歴史について学んでいる時に習ったものだった。


 ーー奴隷制。今では既に廃止され、禁止された忌むべき制度。

 それの始まりは人族の前王、ゲリオス・ファム・ファタールだった。愚王と呼ばれるゲリオスは暴虐と言う言葉は彼の為にある、とまで言われた治世でよく知られる。その中でも、特に愚かな行為として史実に残るのは侵略戦争である。


 彼は極度の選民主義であり、『人族は神に選ばれし、完全なる人類である。獣の様な姿の獣人族、何時迄も姿形が変わらぬ呪われたエルフ族、酒を飲み鉱山を掘る事しか能がないドワーフ族、危険極まりない龍種の血が混ざった龍人族、穢らわしい悪しき魔物に近しい魔人族。これら不完全な賎民は人族が支配し、使い潰す為の奴隷である。』と宣言し、全種族へ侵略戦争を行なった。

 その言葉通り、彼は他種族の領土へと侵略行為を繰り返し略奪し、彼が国の魔術師に無理矢理研究させていた、魔力照合で主人と登録された者の命令に背いた場合、魔力を強制的に吸い取り魔力欠乏症に陥りさせ激痛の末に殺すと言う魔術式ーー奴隷紋を身体の何処かに焼き付け奴隷としていったのだ。


 この様な暴虐と言える行為に賛同したのは一部で以前から私欲を満たす事しか考えていなかった愚かな貴族であり、当然の様に他の貴族や国民等、立場関係なく大多数の人間がゲリオスに不満をぶつけた。その中には当時19歳だった第一王子ファーゼン、当時17歳の第二王子カイゼンも異を唱えていた。王妃は既にカイゼンを産んだ後に病に臥せ亡くなっていたが、歴史研究家はこの時に存命していたならば、確実に王妃も反対していただろうと批評している。

 つまり、それ程までにゲリオスは国王であるにも関わらず、国で孤立していたのだ。が、彼の暴走は止まらず、あろう事かその国王と言う権力を使い同胞である筈の人族までも、逆らう者は例外無く奴隷紋を焼き付けていったのだ。


 その愚かな行為に遂に動いたのが現王で賢王と呼ばれるに至ったファーゼンである。

 彼は父であるゲリオスに気づかれない様に秘密裏に国内の反ゲリオス派の有力貴族を束ね、民衆にも声を掛け戦える者を集めレジスタンスを結成し、更には戦争中である筈の他種族の国へ自国の内情、そして叛逆の意思を伝え、協力を求めた。

 これらの試みは当然、苦難の道であった。だが、ファーゼンはその類稀なる才能で智力は勿論、人を惹きつけるカリスマ性、そして武力もS級冒険者にも劣らない。その力で次々と偉業を成し遂げていき、父親ーー愚王ゲリオスを討ち取り、賢王の他に英雄王とも呼ばれた。


 こうして、ファタール国の暗黒期は終わり、ファーゼン王の治世となると奴隷制は廃止され、奴隷となっていた者を解放し、“呪い”に類される奴隷紋も教会の上位聖職者に一人一人解呪させ、多額の賠償金を其々の国に支払った。

 その行動と手腕に、各国の王は一先ず怒りを収め戦争は終結になる。そしてその後の数十年のファーゼン王の治世により、まだまだ禍根が残る者はいるが現在の概ね良好な国際関係に至っているのであった。

 しかし、未だに暗黒期に出来てしまった裏社会は活動しており、ファーゼン王を含め各国の王は手を焼いている。その活動の一つが孤児や少数民族等を狙った奴隷売買である。ーー


 僕はこの少女がその奴隷である事実に先程の比にならない衝撃を受け、知らず知らずの内に彼女を抱いている手が震えていた。

 その尋常じゃない雰囲気を感じ取ったのか、外で見張りをしてくれていたマリアが此方の様子を見てくる。


「ルル、どうしたの?生存者はいた……」


 マリアの息を呑む音が聞こえる。マリアが来た事で僕は再び硬直から復活した。


「マリア!マリアの神聖魔術で奴隷紋は消せないの?この子、もう大分消耗しちゃってる、早くしないと!!」


 僕が見てから、いや、恐らくそれより前からこの子の魔力が急激に消耗しているのだ。既に中級浄化魔法アンチカースで解呪を試みても、失敗してしまう。

 何故?奴隷紋は命令違反をした場合に魔力の強制奪取が発動するのではないの!?

 そんな僕の疑問を悟ったのか、マリアが彼女の状態を述べてくれる。


「きっと、あの商人ーー主人が魔物モンスターに食べられて、奴隷が主人から半径五十メトル離れたら魔力奪取が始まる様に組まれてる術式が暴走して強制奪取が起動している……でも、これで!リデラカーティオ!!」


 マリアが帝級浄化魔法リデラカーティオを発動させると、手から白く輝く魔法陣が展開され、少女の身体が白く発光しだす。そして、首筋にある禍々しい奴隷紋がその輝きに呑まれるとガラスが割れる様な透き通った音が鳴り響く。輝きが収まると少女の首筋にあった奴隷紋は跡形も無く消え、元の白い肌が見える。


「はぁ、よかったぁ……」


 少女の魔力はもう漏れ出ることはない様だ。その事に僕は心底安堵し、思わず脱力する。

 その間にマリアは彼女の至る所に残るのは無数の傷に治癒魔法を掛けていく。

 僕も何か出来ることはないかと思い、一つ思いつく。彼女の枯渇した魔力を補填する。つまり、魔力譲渡だ。

 僕はまだ彼女を抱いたままだなので、触れている箇所から自身の魔力を流していく。すると、マリアの治癒魔法の効果もあるが、目に見えて彼女の顔色は良くなっていく。


「ふぅ、一先ずこれで平気な筈です。ですが、流石に治癒魔法でも衰弱による体力の消耗までは何とも出来ないので、暫く安静が必要ですが。まぁ、ルルも魔力譲渡をしてくれたので直ぐに目を覚ますでしょう。」


「おーい、こっちは終わったぞ!生存者はいたのか?」


 粗方の処置を終えた所で大熊を担いだガレオスが顔を出した。

 マリアがガレオスに事情を話している間、僕は獣人族の女の子の長い白髪を梳いてあげていた。


「……んにゅ…………」


 すると、二人の話し声で気が付いたのか、微かに声を震わせる。


「大丈夫?何処かに痛い所か、苦しい所はない?」


 出来る限り優しい声音で僕は話し掛ける。しかし、彼女は先程の穏やかな寝顔から打って変わって酷く怯えた表情になる。


「ひぅ……だ、だれ?……わたし、いいこにしてたよ?わるいことしてないよ?だ、だから殴らないで……」


「え、え?大丈夫だよ、殴らないよ。お兄ちゃんも殴らないし、ここにいるみんな誰も君の事を殴らないから、安心して。」


「おにぃちゃん?みんな?……みえないの、わたしみえないの。ここはどこなの、ごしゅじんさまはいないの?」


「見えない?……まさか。」


 僕はある可能性を考え、彼女の閉じられている瞼に手を添える。


「眼が……眼球がない?」


「うん……ごしゅじんさまがわたしをさらったときにおめめを……ひっく、わたしのおとうさんとおかあさんもころされちゃったの……ふぇぇ、みんな、みんな……うえぇぇぇん!」


 泣き出してしまった少女の余りに悲痛な告白に僕は頭が真っ白になった。次いで僕の中に湧き出たのはドス黒く、濁った暗い感情。

 だが、その思いを捩じ伏せて、目の前の少女を優しくかき抱き、その白髪を撫でる。


「大丈夫……僕がいる。僕が君の眼を何とかしてみせる、僕が君の家族になる、僕が必ず君を守る。ルシエル・フォンダリアの名にかけて。」


 僕は決めた。彼女の家族になり、彼女に生きる術を教え、彼女の側で守り続ける。六年前にアーク達にしてもらった様に、今度は僕がこの子ーーハクを守るんだ。


「うぅ、うわあぁぁぁぁん!!」


 腕の中で今も泣き続けている少女が落ち着くまで、僕はずっと優しく頭を撫で続けた。

更新に間が空いてしまい、申し訳ありませんでした……

でも、次話の第10話は明日6月7日20時に更新する予定ですのでお楽しみに(๑°ㅁ°๑)‼✧


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