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波乱の予感

第8部分 職場は今日も平和でした(過去形) が6500字余りと異常に長かったので分割しましたw

まだ昼の休みを挟んでから始まった午後の業務は始まったばかり。


目の前には人々と馬車や、荷車の群れがひしめいている。


収穫期が一段落したこともあり、この時期は農作物の持ち込みや、農村の懐がわずかに暖かくなるこの時期を見計らって出入りする行商人も多い。


(もっとペースを上げないと・・・定時に帰れないぞこりゃ・・・。)


ユーリアの一番の関心事はそこであった。 収穫後の時期に入って王都の人の往来はいつもより寧ろ多い。業務が押し気味であるのが最近のユーリアの悩みの種だった。


(今日こそ早く上がって、マクダーナルの店にでも行きたいなぁ・・・。)


そう行きつけの店のことを考えながら、笑顔で次の入都希望者を呼ぶ、


「おまたせしました~!次の方どうぞ~!」


「はい!ただいま参ります!」


続いて招き寄せた二人は行商人風の風体で、「ニコリ!」という擬音が聞こえてきそうなぐらい見事な営業スマイルを貼り付けている。


一人は御者台に乗り馬車を操りながら、もう一人はその前を揉み手せんばかりの様子でユーリアのもとへ進んでくる。


そして彼の前まで来るとあくまでも低姿勢に、リアル揉み手をスタートしている。


「手前どもは、当方のリタ王国より参りました商人でございます。


かねがね噂に聞く偉大な王都アルドラにて商いをさせていただきたいと思いまして参りました。


しかし審査官様はなかなか若くて美男子でいらっしゃる、流石に王都の審査官ともなると違いますな!」


お世辞とも入城の動機ともつかいない言葉を並べ始める、正直ユーリアの苦手なタイプである。


ユーリアは、せめてもの愛想笑いのつもりで口角をほんの少し上げた表情を見せると話を早々に打ち切りにかかる。


このテの相手はペースに乗せられると長い。


「はい、わかりましたよー。ありがとうございまーす。では、身分証明版を出してくださいねー。」


「そもそも~、あ、えっ?!ええ。こちらです。」


商人は、自分のペースをぶった切られて若干戸惑いながらも懐から二枚の掌ほどの大きさの証明版を取り出した。


先ほどと同じように証明版に魔力を通すと、彼は確認するように一つ一つ読み上げてゆく。


「えーと、バルタスさん34歳と、レギナさん36歳。 貴方がバルタスさんで向こうで馬車を操っておられるのがレギナさんですね。リタ王国商人ギルド所属っと。目的は先ほどおっしゃっていた気がしますが行商ですか?」


『観光ですか?ビジネスですか?』とでも尋ねるように、事務的な様子で淡々と問う。


「ええ。リタ王国は上質な毛織物で有名ですからね!」


ペースを乱された動揺からとっくに再起動を果たしたバルタスは相変わらず過剰な商人スマイルで答える。正直暑苦しい。


「・・・、なるほど、わかりました。証明版の記録に問題は無いようですね。


これは皆さんにお伺いしているのですが、武器や攻撃魔法書などの禁制品、違法奴隷、金や、塩などの王国専売品は積んでいませんね?」


チラッと眠そうな瞳でバルタスの顔を覗き込むユーリア。


「勿論ですとも!そのような物騒な品々などあるわけがございません。


何でしたら荷物をお改めになりますか?(ニカッ!)」


「・・・えぇ、他国から越境してくる積み荷は等しく改めさせてもらうことになっていますので。すみませんね。


これも職務ですから。テルト、フルー、行くぞ。」


(あつくるしいおっさんだ・・・。どうも商人相手はいまだに慣れないよなぁ。)


そう思いつつ、後ろを振り返り声を掛ける。


後ろには先ほどのターバン姿の男とローブ姿、合わせて二人の補佐官が控えていた。


「・・・了解した。」


ローブ姿のほうは補佐官には珍しい魔法使いのようだった。


魔法使い自体が珍しいのだから、下級官吏扱いの言わば『派遣社員』のような補佐官職に甘んじている者はそういるものではない。


150ガドほどの小柄で華奢な身体に魔術師にありがちな濃緑色のローブを纏い、頭からローブのフードを目深にかぶっていてその表情は窺い知れなかった。


目立つほどではないが、魔術師を主張するには十分な、そこそこ値の張りそうな紅玉の宝珠を誂えた杖を持つ一人は言葉少なに素直に従っている。


声の高さからまだ年若い女性のようだ。


「えー、毛織物の行商人だろ?大丈夫なんじゃないのー?」


先ほどのトーク帽姿の男は銀髪に人懐こそうな顔立ち。


どこかに気を取られていたようだが、声をかけられると我に返ったのかめんどくさそうにブーブー言っている。


細身だが180ガドを超える大柄な体躯を所々を金属のプレートで補った飴色の革鎧に包んだ傭兵風の装束に身を包んでいる。


「フルーさんよ。毎回言ってて、今日も言わせてもらうけども。


一応俺は上司なんだけどさ。まぁ、万一のこともあるし頼むよ。


それに積み荷が何だろうがお前の口にも懐にも一切入らんからな?」


フルーは面白くなさそうにボヤく。


「そうだな、あーあ、つまらんつまらん。もう昼飯の時間も終わったから楽しみもないしなー。では審査官殿、仰せの通りに!」


ウインクしながらおどけて見せるがそれさえもどこか憎めなく映る・・・得な男である。


「お前は、食うことと体を動かすことに青春の全てを捧げる体育会系男子か!脳筋ヤローめ・・・。それとその呼び方はやめろよ。・・・ゾクッとする。」


ワザとらしく頭を垂れるフルーに、これまたワザとらしく両腕を組んで顔をしかめて見せるユーリアたち二人。


その後ろから二人の掛け合いに突っ込むでもなく寡黙についていくテルト。


3人は馬車の荷物を改めるため、レギナが御者台で待つ馬車へと歩み寄る。


「1等審査官のユーリアです。レギナさん、荷物を改めさせていただきます。」


「・・・。はい、お役目ご苦労様です。」


ユーリアは御者のレギナに手を挙げて挨拶を交わすと、馬車の後ろ側に回り込む。


御者のレギナさんの表情が若干堅かったのは気のせいだろうか?


こちらのほうを見ているかと思えば目が合った途端、目をそらされた。


それでもやはりこちらのほうが気になるようで、レギナの横を会釈して通り過ぎていく背中に彼の視線を感じた。


確かに、審査官の中には一々荷を改めることを煩わしがる審査官も多い。


証明版に不審な点がなければそのまま通過させてしまうことも珍しくないのだ。


逆になんのかんのと難癖をつけて賄賂を要求するような者も地方の街では少数ではあるが居るらしいので、嫌われるのも無理もないのかもしれない。


(・・・まぁ、好かれるような職業ではないだろうな。別に好かれなくても構わないんだけど。)


ユーリアはそう自分で勝手に納得しつつ、ごく平凡な造りの荷馬車に幌の中を覗く。


中には糸のまま持ち込まれた物、手織りの絨毯、リタの伝統的な文様が織られた生地など様々な品々が丁寧に梱包されて所狭しと積まれている。


目端の利くものが見れば感嘆のため息をつくような品も少なくない。


(まぁ、交易で儲けになるものなんだから基本は高級品なんだよなぁ。)


勿論ユーリアも職業柄、選別眼も養われているので生地の光沢や、糸の太さ、色や柄で市場価値は何となく分かるが、興味は全く刺激されない。


ユーリアは試しに一つの木箱を開け中を改めるが特に怪しい点は見当たらない。


「え~と、積み荷も問題なさそうですね。」


独り言のつもりで言ったつもりだが、


「勿論でございます。わたくしどもは信用第一のまっとうな商人ですから。」


いつの間に近づいていたのか、バルタスは相変わらずの笑顔でそう答えた。


これ以上やりとりを続けても得るものはなさそうだ。


「では証明版に入城許可の印を刻みますので-」


(商人の笑顔は全く信用が置けないけどね。)


内心で思いながらもそう言って、許可の魔法印を刻みかけたユーリアにフルーの声が唐突に割って入ってきた。


「いや? 審査官殿。ちょっと待ってくれ。どうも匂うなぁ、これは。」


まるでボール投げのボールをチラつかされたシベリアンハスキーのように、嬉しそうなフルー。


「え~っ、そのパターンか?!参ったなぁ、久々当たっちゃったか。うーん、仕方ない。あぁ、今日は早く帰りたかったのになぁ・・・。」


「いいじゃん!いいじゃん!いつも定時に帰ってるだろ!」


「えぇ~・・・。」


ユーリアは心底面倒くさそうである。まるで大型犬の体力ゆえに無限にボール投げをやらされる飼い主のように・・・。


「なっ!?匂うですと?!一体どういうことですかな?」


ワクワクの止まらないフルーと、げんなりした表情のユーリアと対照的に、バルタスの笑顔は強張り、揉み手はピタリと止まっていた。


お読みくださりありがとうございます。

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