爵位ゲットだぜ!泣 (Ⅱ)
「ハァッ、ハァッ・・・。おおっ! ユーリア君今すぐ私と一緒に来てくれ!」
「嫌です」
いつもの執務室からかけてきたのだろうか、息のあがっているピグリルさんの呼びかけに、ユーリアは思わず表情を消した顔で反射的にぴしゃりと答える。
「えっ?」
「お、おい?・・・ユーリア?」
(しまったっ!!厄介ごとの匂いしかしないシチュエーションについ本音が。)
そう、これは間違いなく厄介ごとだ。
そもそも審査官副官長であるピグリルさん直々にというのが穏やかではない。
副官長とはいっても、官長がナスネル家の当主、クライバー・ナスネルでありそれは多分に前世の会社でいう『名誉顧問』的な実務の権限を持たないポジションである以上、ピグリル氏が実質上の王都審査官という組織のトップである。
そのトップが馬車を使うほどの距離ではないとはいえ、パシリのように自らユーリアの元を尋ねてくるとはどう考えてもおかしい。
余程急いでいたのか、余人にはむやみに明かせない事情があるのか、おそらく後者だろうとユーリアは考えていた。
ピグリルさんがここにたどり着くまで脳内でそのようなシミュレーションが行われた結果、明らかな拒否のニュアンスをにじませた言葉がつい口からこぼれてしまったというわけである。
「「「・・・。」」」
しばし気まずい沈黙が当辺りに漂うが、ユーリアはその沈黙を無理やりこじ開けるようにぎこちなくピグリルさんに自分から言葉を投げかける。
「あっ!えーと。すいません、ちょっと間違えました。忘れてください。」
「あ、あぁ・・・。まちがえた?のか。 ・・・間違えた・・・なら仕方ない、のか?」
「えぇ。間違えました。今のはナシで!」
力強く断言するユーリアの勢いに気圧されたのか、それともこのままでは話が進まないと判断したのかピグリルは話を続ける。
「そ、そうか・・・。いや、そんなことを言っている場合ではないのだ。 すぐ王都審査官の詰め所まで来てもらえるか?」
「い・・・あ、はい、わかりました。では行きましょう。 フルーは取り敢えず今自分たちの列に並んでいる入都希望者だけでも審査をしてくれ、審査版は渡しておく。・・・ピグリル様、構いませんね?」
街門の向こう側へ視線を移すと、ユーリアたちの列に並んでいた入都希望者の列が長くなり始めている。
この世界で王都の中級官吏に面と向かって不満を漏らすものなどいないが表情には戸惑いと困惑が見て取れた。
ユーリアの視線の先の人々にピグリルさんも気がついたのか、その言葉に頷いて答える。
「あぁ、緊急の場合補佐官が職務を代行することは許可されている。ではフルー補佐官、頼んだぞ。今並んでいる入都希望者の審査が終わったら、いったんこの窓口は閉鎖して構わない。 補充の審査官は私のほうで手当てしておくから、フルー君も審査が終わり次第詰め所で私たちと合流してくれ。」
言うが早いか押し付けるように審査版を渡し身を翻す二人に、フルーは慌てて声をかける。
「えっ!? そんなの最初の研修のときくらいしか・・・。」
「大丈夫! 履歴の審査で怪しいところが無ければ、後はその審査版がやってくれるから、いつも見てたとおりだよ! お前の鼻で密輸品や違法奴隷の類のチェックだけ忘れずにな!」
「頼むぞフルー補佐官!ではな!」
二人は言い残すと踵を返し、慌しく王都審査官の詰め所へと向かっていった。
「あーあ、行っちゃったよ・・・。 マジで大丈夫か俺? 自信ないなー。」
「ゴホンッ!」
二人の後姿を見送りつつ、情けない表情でいうフルーの背後にわざとらしい咳払いが聞こえる。
振り返ると、補佐官だけになったせいか、審査官が消えたことで入都審査がストップと勘違いした人々があからさまに不満げな表情でフルーをジト目で見つめている。
「あぁっ!わかったよ! ちゃんと審査すっから! その前に列を止めるから、ちょっと待ってくれ、な?! あぁくそーっ! こんなことならもう少しまじめに研修受けとくんだった。」
『いまさら何を言う!』
と関係者の総ツッコミが入りそうな台詞をこぼしつつ、フルーはあたふたと審査官代行の準備を始めるために奔走を始めたのであった。
****************
「おい君! ユーリア審査官は所用により本日審査業務を切りあげねばならん。 至急手空きの審査官を街門へ手配してくれ。」
「?! 副官長殿?! は、はっ!ただいま!」
詰所の扉を開けるなり、速足まま立ち止まらず指示を出すピグリル副官長の鋭い声に机で羊皮紙を広げて事務仕事をしていたらしい下級官吏が弾かれたように直立し、小走りで駆けだしていく。
(なんかいつも雲の上の人ばっかりとの時に限って一緒になるからアレだけど、ピグリルさんもなんだかんだ言って十分お偉いさんなんだよなぁ。貴族だし。まぁ、三男だけど?)
上司のあとに続きながら横目でその光景を見ながらユーリアは改めてその偉さを再認識する。
普段は雲上人の前でガッチガチなため、なかなか実感する機会がないわけだが。
それもある意味で『由緒ある下級貴族』の宿命なのかもしれない。
二人は詰所の二階に上がる二階へ上がると、両開きの扉の前でピグリルが立ち止まる。
二階など詰所に立ち寄る際にもあまり来た事はないが、確かここは来客などを通す応接室だ。
だが上司のピグリルは自らの詰め所の応接室であるにもかかわらず、緊張の面持ちで、扉をノックすると硬質な声音を投げかける。
「審査官長ピグリル、ユーリア審査官を連れてまいりましたぁっ!」
「おぉ、ご苦労。 入ってくれ。」
扉の向こうからは鷹揚に入室を快諾する声が返ってくる。 人の上に立つことに慣れた者独特の貫録が声からも滲み出てくるような響きだ。
「失礼しますっ!・・・さっ、ユーリア君、入ってくれ。」
「はっ。・・・ユーリア審査官はいりますっ!」
それを受けてピグリルさんが扉に手をかける。
ユーリアもピグリルをまねて入室の際に声をあげる。
そしてピグリルに続いて中に入ると自身は初めて足を踏み入れた質素だが小奇麗な応接室に二人の人影があった。
一人は炎竜騎士団の制服を身に着けた騎士風の偉丈夫が両手を広げ、ユーリア達を迎えるような仕草で立ち上がっていた。年は50ほどなのだろうが生気に溢れた表情が年齢以上の若さを感じさせる。
頭髪はくすんだ赤毛で、肌は赤銅色に焼けている。
だが大きな顔の作りと、その日に焼けた精悍な顔立ちとは裏腹に、髭は綺麗に整えられ、粗野な雰囲気は全く感じられず、寧ろ気品を感じさせる雰囲気を醸し出していた。
もう一人は『THE 魔法使い』とでもいうべき老人。しわくちゃの顔がその長い年月を求道に費やしてきたことを伺わせた。 鼻の下からつながり、長くみぞおちの辺りまで伸びた髭、テルトの杖とは比べ物にならないような大粒の仰々しい杖と、いかにも高級そうな魔法の力が込められていると思しきローブ。
こちらは立ち上がることなく、椅子に腰かけたまま品定めでもするかのようにこちらへ視線を寄越している・・・と思うがほとんどのパーツが皺に埋もれていてはっきりとその表情は読み取れない。
年齢は80歳は超えていると思うのだが、『200年生きている』と言われても納得してしまいそうな風貌ではある。
そしてユーリアは直接の面識はないが、この二人の特徴にはっきりと見覚えがあった。
「失礼ですが、もしかして・・・魔術学院の学長のとラムード様とボッフェン家の当主ローム様、でしょうか?」
(んぁあああっ! 超VIPっ! 何で!? なんか俺わ悪いことしましたかっ!?)
ユーリアは内心で激しく動揺しながらも、いつの間にか会得した『精神的動揺下でも表面上はごく友好的な微笑を浮かべる』という特技を用いて引きつりそうになる表情を必死にこらえていた。
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