絵師テルトのサイン会(後編)
動揺がもろに顔に出ているテルトの表情を見やり、半眼のままため息をついてアールガーは続ける、
「いや、まぁ予想はしてましたよ?先生が前からマグヌスさんの工房に出入りしているお話は伺っていましたし、何かおもちゃを作っているんだろうなと。そして今回のリジュンでの一件、そりゃあわかりますって。」
「い、いや、おもちゃなどでは・・・。」
反論しかけるテルトを遮ってアールガーは完全に半眼になった目で残念なモノでも見る表情でテルトを見つめると再び一言だけ告げる。
「3割です。」
「えっ?」
その意味がにわかには理解できずきょとんとした表情を浮かべるテルトに向かって相変わらず半眼のままだが、アールガーは一句一句言葉を区切るように先ほどよりも力を込めた。
「売り上げが!3割減なんですよ!先生が!二か月も!新作を!持ってこないから!・・・わかりましたか?」
「ううっ・・・。ごめんなさい・・・。」
「まぁ、過ぎたことは仕方ありません。 ここ半月ほどはマクス殿下の御指示でリジュンへいらっしゃっていたようでしたし、汲むべき事情はあると認めましょう。」
そう首を振りながら、声のトーンを一つ柔らかくして言うアールガーの声をきいてテルトは喜色を浮かべてうつむけていた顔を上げる。
しかし、そこに待っていたのはテルトが顔を上げるであろうことをまるで予知していたかのように視線を固定し、石の彫像のような冷たい表情でこちらを見つめるアールガーさんの目立った。
「ひっ?! あ、アールガーさん?」
「こうなったら、新作の売り込みに一役買ってもらいますよ、先生。 そうですねぇ、豪華版な限定版を作ってサイン会などどうでしょう? 特別感を出すために20色刷りにして、シリアルナンバーを付けてプレミア感を出します。少し強気の値段設定にしても売れること間違いなしですよ! なにせ刷り上がるころには人気絵師の3か月ぶりの新作になるわけですからね?!」
「うぅ・・・。あ~でも、私はあまりそう言うのは苦手と言うか・・・。」
「ほう? じゃあこの二か月の顧問料と、工房の収益の分配金を返していただけるんですか?」
「うっ! そ、そそれは・・・。」
「下絵も出さず、工房に顔を見せないのに顧問料や分配金は貰っていくんですねー。そーですかそーですか。へぇ~、ほぉ~う。良いご身分ですなぁ~。」
「がふっ・・・。」
息の詰まるような音を残し、沈黙するテルト、非常に気まずい表情である。
テルトは作品の提供の見返りとして工房にほとんど顔を見せないにもかかわらず、顧問料の名目で報酬を受け取り、更にマクスから収益の一部を分配金として受け取る権利を保障されていた。
なので本来なら、顧問料はともかく、分配金をうんぬんする資格はアールガーには無いのだが、テルトに対して『根は善人だが困った人』という正確な分析をしているアールガーは名分がなくともテルトの良心が咎めるだろうことを読んでの発言である。
アールガー恐るべし。
そして最後のダメ押しの一言を彼は囁く、
「戦車ってお金かかるんでしょう?」
「うぐっ・・・。」
その通りであった。
マクス殿下からの支援もあり、マグヌスさんも良心価格で請け負ってはくれているが、それでもすべてがとにかく金がかかる。
生産ラインで大量に生産される前世の戦車と違いすべてが職人芸で作られるこの世界の戦車はボルト一本、履帯一片にしても製造コストが高すぎるのだ。
前回のリジュン遠征の最中でもいくらか消耗した部品はあるし、一度マグヌスさんに魔道エンジンのオーバーホールをしてもらう事も必要だろう。
何よりあのアダマンタイト製の徹甲弾の出費はやむを得ないこととはいえ痛かった。
そう考えると、戦車を永続的に維持しようとするとなれば、魔道戦車開発で一気に目減りした資産ではいささか心もとなく、分配金の増収はテルトも望むところであった。
「・・・わかった。協力しよう・・・。」
「いやぁ、それはよかった! 先生ならきっとそう言ってくれると信じてましたよ。 あっ、お菓子でもどうですか? 先生お好きでしょ、おいしいですよ?」
「・・・。」
こうしてテルトはめでたく(?)人生初めてのサイン会に臨むことになったのであった。
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そんな回想に浸る時間はテルトにはない。
彼女の前には依然限定ウキヨエの購入者が長蛇の列を為して並んでいる。
その数ざっと百人以上。
しかしこれはごく一部である。
他の商店の営業に差し障ると苦情を持ち込まれかねないので、アールガーは先着順に購入者に大まかな時間を書いた紙を渡し、自分の紙に書かれた予定時間近くの鐘が鳴ったらもう一度『ホクサイ』前の会場に集まるよう計らっていたのだ。
まるで前世のイベント会社の手法でも見てきたかのような運営ぶりである。
テルトが黙々と時間あたりに課されたノルマを捌くべく、一言二言言葉を交わし、次々とサインを書いて、係員としてアールガーに雇われた非番の衛士達が未練がましそうな客たちを引き剥がして回転率を維持していく。
「僕も先生の作品にあこがれて『イラスト』を書き始めたんです!師匠と呼ばせてください!」
「えっ・・・それはちょっと・・・。」
「今は駄目でもいつか師匠と呼ばせて頂ける日の来ることを目標に頑張って『いらすと』の腕を磨きますっ!」
「そ、そうだね、期待しているよ。」
「ありがとぉございますっ! がんばりますっ!」
「ハイ、時間でーす。次の方~。」
「白金の虎の勇姿がめちゃくちゃカッコいいです!ティーガー最高です! まさにあの魔導戦車こそ陸の王者!私は深く感銘を受けましたっ!」
「おぉ!わかってくれるか!?あの素晴らしさが!」
「ええ! 勿論です! 凱旋パレードの時、塗装が微妙に変わってましたよね!」
「おぉ、おおっ! 気づいてくれたか少年! 砲塔の白いラインは撃破マークでだな・・・」
「ハイ、時間でーす。」
「くっ!少年名前は?!」
「ヴィットです!」
「おおっ!なんか凄く戦車エースっぽくていいぞ!また会おう!」
「次の方―。」
「おぉ・・・おぉ。 似姿だけじゃのうて、本物の生きエルフ様に会えるとは。ありがたやありがたや・・・。」
「・・・。あ、あのー、ご老人?失礼ですが拝まなくていいので、絵にサインさせてもらっても?」
「もういつ死んでも構わねぇ。 天国のバァさんにも会えそうじゃ・・・。」
「もしもし? 気を確かに? おい係員! ご老人の口から霊魂的な物が出そうだ!気付けの薬を、はやくっ! 」
この世界で初めての戦車好き。しかも戦車エースのような名前の少年との出会いによる一瞬の興奮もどこへやら。
テルトを生き神様扱いして勝手に昇天しかけるご老人を筆頭に、次々と押し寄せる様々な層の『ファン』に向けてぎこちない笑顔を見せ、テルトは腕の感覚がなくなっても日が暮れるまでひたすらサインを続けるのであった。
結果的に銀貨五枚と言う強気な値段設定ながら、限定版のウキヨエは飛ぶように売れ、アールガーの思惑通り、テルの新作ウキヨエは『ホクサイ』のここ数か月の売り上げ減を補って余りあるほどの収益を工房にもたらした。
そしてこの―成功体験(言うまでもなくアールガーにとっての)ののち、アールガーはこの先サイン会の開催をチラつかせることによってテルトから下絵の安定供給を引き出すことに成功する。
アールガーのこうした経営努力(?)により、、『ホクサイ』の経営は一層安定し、結果としてテルトの『一個人の道楽として戦車を維持する』という120%趣味の世界を、資金面から支えていくことになるのだった。
お読みくださりありがとうございますm(__)m




