絵師テルトのサイン会(前編)
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「先生!ファンなんです!サインしてくださいっ!」
テルトの座る椅子の前に設けられたカンウター越しに、身なりのよさそうな男が鼻息も荒く、今購入したばかりの『ウキヨエ』を差し出してくる。
身なりは良い、良いのだが、その散歩に行きたそうなフレンチブルのような鼻息とビジュアルがそれを台無しにしていた。
ここはマクスが出資し、テルトが名目上の最高責任者であるウキヨエ工房『ホクサイ』の店の前。
ツェルトバーンによって設置された天幕が張られ、その下に椅子と机がセッティングされ、テルトがむず痒げに鎮座していた。
「あ、う、ありがとう・・・。」
(ち、近い・・・。不必要に近いぞ・・・。)
カウンター越しであるが、少しでも物理的な距離を縮めようとでもいうかのように前のめりにテルトのほうへ身を乗り出してくる。
「先生の絵師っぽくないその可憐で、かわいらしい見た目のギャップにドキドキしちゃいます! あ! 『ボーメル殿へ』でお願いしますっ!」
「あっ、ハイ。」
そう淡白に答えつつ、テルトは出来るだけ上半身を後ろに逸らして距離を取りつつ、余白にサラサラとサインを書き入れると男手だけを伸ばしてサッと差し出す。
「おおっ! ありがとうございますぅううう!! あ、あのっ!」
サインの書き入れられた浮世絵を受け取った男は感極まったようにテルトにも届きそうな勢いで前のめりになり、何か言おうと口を開きかけたが、両側から屈強な男二人に肩をつかまれ、ほぼ強制的に左手の方へ誘導される。
「ハイ、時間でーす。そろそろはなれてくださいね~。」
「なっ?! ちょっ! 待ってくれ、もう少しだけっ! せんせぇ~! この気持ちは恋なんでしょうかぁ~!」
「はいはい! いい加減にしてくださいよ~。」
もはや両脇を抱えられて引き摺られていると言っても良い体勢で遠ざかってゆく男の叫びにテルトは心の中で無感動に答えていた。
(『萌え』だと思うぞ・・・。なぜ私がその『萌え』対象なのかは君の扁桃体に聞いてみないとわからんが。)
前世の知識を持ったテルトによってこの世界に生み出された『ウキヨエ』はガリア王国を中心に爆発的に広まりつつある。
今までは一方的に王国からの『ウキヨエ』輸入に頼っていた帝国でも最近はオリジナルの『ウキヨエ』作品が多数刷られているようだった。
現在の宮廷画家とその地位を争ったほどの画家が擁する工房が『ウキヨエ』に本腰を入れたのがきっかけとなり今は多くの絵師が活躍しつつあるようだ。
そのおかげで、今まで特権階級の中だけの占有物であったころはあまり絵画の題材とされることのなかった人物も題材になり始めている。
各国の美男美女、役者や歌手などである。
『銀柳亭のジゼルちゃん』などそのハシリだといえた。
美人画の雛形として題材にされた彼女のなは今や王国内部のみならず、周辺各国でも美女として有名になりつつあり、帝国の貴族などからも身受けの話が来るほどだと言う。
本人はまだ身を固めるつもりはないらしく、幾つもの身受け話が巷を賑わせてはあえなく玉砕し、それが更に話題を呼んで店は毎晩国内外からの客でかつてないほどに繁盛しているという。
実はもうひとつの典型例は美少女、人気絵師、王国屈指の魔法の使い手、魔道戦車の開発者という『トッピング全部のせ』状態の『オーバースペック補佐官』、話題に事欠かないテルト自身にほかならないのだが、彼女はそれを頑なに否定していた。
そんなわけで、この世界にもすでにアイドルのような存在が誕生しつつあり、それに伴ってこの世界でも『萌え』なる言葉が誕生する日も遠くないとテルトは考えていた。
そんな異世界の歌って踊れない分野でのアイドル候補の筆頭であるテルトが今何をしているかというとズバリ『サイン会』であった。
もちろん今回の催しはテルトがアイドルになることを承知したわけではなく、一月前に発生したリジュンにおける『地域紛争』でのティーガー重戦車と冥府の番人との戦いを題材としたテルト自身の手による新作ウキヨエの先行販売に合わせた初回特典、ファンサービスの一環としてだ。
初回限定生産は通常の作品が殆ど10色刷りのモノが多い中でなんと倍の20色刷り、そして刷られたものの全てにシリアルナンバーが入っているという蒐集家の物欲を刺激する憎い仕様となっている。
そこにとどめの一手として、ウキヨエ工房『ホクサイ』の実質的な経営を任されているアールガーが仕掛けたのがこのサイン会なのだ。
最初この話をアールガーに持ちかけられたとき、テルトは丁重に、且つ全力で断ろうとしたのだが、アールガーの方が一枚上手だった。
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テルトがティーガーの雄姿を広めたいという無邪気な動機から、何食わぬ顔で『ホクサイ』に顔を出しティーガー対巨人の構図のリジュンでの攻防戦を描いた下絵を出す。
そしてアールガーに出くわさぬよう、きょろきょろと辺りを警戒しながら工房をあとにしようとしたその時、後ろからガッチリと肩を掴まれて工房長代理のかれに捕まったのだった。
そして普段は取引相手の商人などが通される『応接室』に問答無用で連行される。
ここはテルトにとっては下絵提出が遅れるとカンヅメにされて、下絵を描かされたりする『説教部屋』に相当する部屋であった。
工房の下働きの青年がお茶と美味しそうなドーナツのような砂糖菓子を運んで二人の前に置くと、ちらとだけ興味深そうな視線を残して静かに退出する。
「・・・。」
「テルトさん!」
「ひゃいっ! な、なんでしょうアールガーさん?」
そのタイミングを見計らって砂糖菓子に手を伸ばしかけたテルトを牽制するようにアールガーが声をあげる。
砂糖菓子に伸ばしかけていたテルトの手は到達する前に反射的にひっこめられた。
テルトは恐る恐るアールガーの顔を窺う。
その声にも表情にも怒りはあまり感じられないが、テルトに対する苦悩と呆れが混在した感情が滲んでいた。
「テルトさん・・・約束しましたよね? 月数枚は必ず下絵を提供してくれるって。・・・ここ二月というもの、全然作品を頂戴してないんですけど?」
まるで親が悪い事をした子供を諭すときのような声音。
アールガーの方が実年齢でも年上のうえ、どう見ても人間基準では幼女よりの少女にしか見えないテルトのせいで、応接室の雰囲気も加わって小学校の担任と生徒という構図にも見える光景だ。
「うっ・・・。 そ、それはその、色々と事情があってその・・・。」
「ほう? なんですかその事情と言うのは?」
「そっ、それはその実はだな!」
アールガーがテルトの拙い弁解に乗ってくるようなそぶりを見せたのでテルトは畳みかけるように言葉を重ねようと口を開きかけたその時、断定するような口調でアールガーがただ一言言った。
「・・・戦車ですね。」
「!? な、なぜそれをっ?!」
「ハァ・・・、図星ですか。そーですか、戦車ですか、・・・やっぱり。」
(しまった嵌められたっ!)
気づいた時にはすでに遅い、テルトは初歩的な誘導尋問に見事に引っかかってしまっていた。
「「・・・」」
『説教部屋』に一瞬何とも言えない沈黙が訪れた。
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