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職場は今日も平和でした(過去形)

さて、いよいよ審査官の日常、のはずですが中々ユーリアの望むような平穏な日々ばかり、とはいかないようです。

三賢竜王国ガリア。この周辺では一番の歴史を誇り、魔法技術も高いレベルに昇華された国。

その首都アルドラは王都の名に相応しく、石積みの城壁で三方を覆われ、後背は峻険たるアドア山脈に守られている。


王城は三つの尖塔を象徴とする巨大なものである。


創建当時は白亜を基調としたそれは数百年の年を経て乳白色へとその姿を変化させていた。


初めて訪れる者はそこに王国の歴史を感じ、大陸随一の強大な王国の力を再認識する。


この物語はその王国の権威の象徴たる王城から・・・ではない。


その王城と城下町をぐるりと囲む城壁。


その人の背丈の3倍はあろうかという巨大な威容を誇る城壁に据えられた門。


両開きのその門、向かって左側には竜の元に跪く初代の国王が描かれている。


そして右側には国を統一した際に功のあったという3賢として槍、弓、剣を持った騎士がそれぞれ描かれている。


その巨大な門の下、数列に分かれた先に、審査官達が一定の間隔に分かれて入都を希望する住民をせっせと捌いていた。


そう、ここがユーリアの『職場』と言う名の『戦場』である。


「はい、では次の方どうぞ~。」


前世のお役所のようなどこか締まらない気の抜けた声と中途半端にゆるーく掲げた手で、城門審査官たるユーリアは次の入城希望者を招き寄せる。


ユーリアは十八歳になったばかり。ここ王都の審査官になってから一年が過ぎようとしていた。


中肉中背で顔は見ようによっては美男子と言えなくもない、いつも(職務中は)眠そうな二重の瞼に隠れがちな黒い瞳。


人目を引くとすれば顔の美醜ではなく、その黒い瞳と、赤毛や栗色の髪色が多いこの王国にあって、青みがかった黒の頭髪によってだろう。


墨黒スミクロというやつだ。


服装は藍色と薄い水色に黄色い糸で竜の意匠が施された官給品のサーコートなので勿論没個性の代物。


竜が王冠を抱くようなガリア王国の紋章の入ったそれを身に付け、長靴ちょうかを履き、ショートソードを吊っている。


ショートソードは父ジュトスが餞別代りに、と贈ってくれたもので、ミスリルと共に鍛えられたなかなかの業物だ。


拵えは地味なのでどれも大した代物には見えないのが目立つのを嫌うユーリアらしくはある。


ユーリア王都審査官の見た目はようするにパッとしない、量産型中級官吏である。


一応前世はここよりかなり文明の進んだ、剣と魔法のない世界で暮らしていた転生者である。


ついついそれを自分ですら忘れそうになるほどに地味だが・・・。


城門審査官に任官して1年ほどユーリアにとってこの職場はすっかり慣れ親しんだものになりつつある。


早朝の開門前から入城を待ちわびるアリの行列のような人々も見慣れた光景。


この王都の城門の人の出入りを一手に引き受け、王都の安全の一翼を担う名誉ある職務。


それがユーリアの所属する城門審査官だ。


・・・といえば聞こえはいいのだが、要するに毎朝引きも切らず押し寄せる人々を、日の落ちる刻限まで、クリーンで善良な人々は王都へつつがなく入城させる簡単・・・なようで難しいお仕事。


グレーの怪しい輩は場合によってはお引取り頂く、ブラックの物騒な犯罪者は場合によっては衛士の皆さんと協力して清潔なブタ箱へご招待する。


そう、完全なルーティンワーク、お役所仕事である。


「ご苦労様でごぜえます。審査官さま。」


田舎臭さ丸出しで言いながら汗をぬぐっていた手を止め、ぎこちなく頭を下げる男。


無理に敬語を使おうとしているがどうも上手くいっていない。


簡単な幌をかけただけのおんぼろな荷馬車を曳かせた駄馬の轡を取りながらやってくる中年のその朴訥そうな顔は村人A、そんな言葉がしっくりくる。


荷台には様々な種類の野菜や穀物、薬草の類が所狭しと積まれている。


おそらく近隣の村から商品になりそうな品を集めて来たのだろう。


珍しいことではない、村で融通しあって馬車と人を手当し農産物や内職品などを王都へ売りに来るのだ。


商人に言い値で売るよりは、というところだろうか。


ついでに村人から言付かった用事を済ませて帰ることもできるので一石二鳥と言うわけだ。


「はい、では証明版を出してください。」


ユーリアは微笑を浮かべながら緊張気味の男を促す。


「へぇ、いや、はい。こちら、だ、です。」


男は王都の威容にあてられたのか、緊張した様子で懐から掌ほどの大きさの金属板を取り出す。


10ガド四方、厚さは1ガド(1ガド=1センチ)といったところだろうか?


ユーリアはそれを片手で受け取るともう片方の手に携えた複雑な魔法陣の彫られた金属板に載せると金色の文字が証明版に浮かび上がりはじめた。


『身分証明版』


それは前世でいうところのパスポートのようなものである。証明版には姓名(騎士か、貴族、若しくは金で買った商人くらいしか姓は持っていないが)、生年、出身地、性別、身分が記載されている。


魔力を込めた特殊な道具でなければ書き換えはできない。


その道具も王国の官吏以外が使うことは禁じられている。


これだけでも国内の関所を通ったり、何かの時に身分を保証するには十分であるが、魔法の技術レベルの高いこの国ではさらにもう一つ仕掛けがあった。


専用の言わば鍵となる魔法陣で魔力を流すと持ち主の似姿が浮かび上がる。


更に関所を通っていればどこの関所を通過してきたか、お尋ね者や、追放者のリストの中にいないかどうかが調べられる便利なものなのだ。


似姿を確認し、その他の項目にもサッと目を通していく。


村人A・・・ではなく名はトマス。妻の名はアルム、子供は4人。ごく近いアラース村からの移動なので通過した関所はドバン川の一か所のみ。


犯罪歴なども無いようだ。まぁ、そんな事をしでかす人相にはとても見えないが。


証明版を眺めるユーリアの視線をおずおずと覗き見ているトマスの緊張を和らげようと努めて笑顔で優しく問いかける。


「トマスさん今回は荷馬車の積み荷の売却と言う事でよろしいですか?」


「へぇ、それと帰りの荷物に農機具や、農作物の種、衣服や、祭りの酒なども少々買って帰りてぇと思っとります。」


「そうですか、今はちょうど刈り取りの終わった時期ですし、刈り取りのあとは収穫祭ですものね。」


トマスは緊張しながらも、何度も練習していたのだろうかわりあいスムーズに受け答えをしてみせた。その内容にも声にも特に不審な点は感じられない。


必要なら臨検、というか荷物の検査も認められているが、毎日押し寄せる人々と荷馬車の群れの全てを調べていてはきりがない。


さて、どうするか、自分で無駄に迷う代わりにユーリアはチラリと後ろを見やった。


後ろでトーク帽を被った男はユーリアと目が合うと、一瞬目を閉じて顎をかすかに上げ、大きく息を吸い込み、なにやら鼻を動かしている。。


数瞬のあと、眉を上げ、すぐにフルフルと首を横に振ってユーリアに目くばせを返した。


それを認めてユーリアは何かに納得したようで、証明版をもう一度手持ちの金属板に乗せると白く、淡く発光し始めた。


処理の終わった証明版をトマスへ返す。


「ありがとうございます、トマスさん。王都への入場を許可します。


市場への売却の場合認められる滞在期限は3日間となります。


三日が過ぎると証明版の光が消え、許可は無効となりますから、処罰や罰金の対象になります。それまでに用事を済ませて出城してくださいね。」


笑顔のユーリアの態度はトマスにとっては意外だったようで、キョトンとした彼は口が滑ってしまった。


「あ、ありがとうごぜぇます。審査官様は全然偉そうになさらねぇの。うちの村の役人とはえれぇ違・・・いや、すまねぇです、いまのは、そのぉ・・・。」


ついつい笑顔でユーリアをほめるつもりで、余計なことを言ってしまったトマスは心配そうにユーリアを見返したが、ユーリアは変わらず笑顔のままだった。


「気にしなくてもいいですよ、私はう~ん、まぁ性分みたいなものなので。ではトマスさん、よい滞在を。」


確かに、次男坊三男坊という端に連なるばかり者とはいえ、騎士身分、貴族身分の者も多いのが審査官という職業だ。


居丈高な口調や乱暴な態度の審査官はこの王都でも少なくない。


しかしユーリアは染みついた性分としてどうもそういった振る舞いには馴染めずにいた。


まさか前世は「お・も・て・な・し」の国に住んでいたとも言えず、そう適当に誤魔化して、ユーリアは彼を見送るのだった。



お読みいただきありがとうございます。

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