帝国軍本隊(後編)
それは一瞬だった、冥府の番人が奇怪な形状の魔導兵器の砲口から撃ちだされた『何か』によってあっさりと胸に巨大な風穴を開けられるという冗談のような事態。
「ありえん、ありえない。・・・こんなことがあるはずがない・・・。」
コデールはキャリバー以上に自らが心血を注いで高弟たちとともに造り上げた魔道具によって召喚された巨人が瞬殺されたことによるショックを隠せないようだった。
元々白すぎる肌は血の気を失い、青白さを増してまるで本物の『死霊系造物』のようだった。
二人は我知らず今目の前で起こった信じられない光景を受け入れよう、咀嚼しようとするために反芻する。
あの魔導兵器がリジュンから巨人を引き剥がそうとしている意図はすぐに分かった。
巨人とリジュンの防壁は既に白兵戦の距離にまで近づいており、爆裂系の武器で戦うのであれば味方に被害を出さないためにも十分な距離を取らせることが必要だったからだ。
しかしそこから先、水晶を通して二人が見せつけられた光景は出鱈目だった。
幻術でも展開されていると思いたかったが、そう思いたくなるような光景こそがそれが現実であることを雄弁に語っていた。
まず、ウブンの騎馬兵たちとの戦闘で放たれた矢を撃退した風の防壁。
あれはまだ理解できる、かなり強力な威力ではあるが風系統の魔法による矢除けの魔法の一種だろう。
炎の防壁も飛翔した矢が一瞬で燃え上り炭化するなどやはり威力が異常だが、炎系の魔法を用いた防御魔法の一種だろうと言う事で説明はつく。
あの魔導兵器が魔法の力を増幅させる機能を持っているか、精霊による補助が行われていると考えれば不可能ではない。
そして、ウブンの騎兵たちを潰走させた魔導兵器から発射されたもの。
「!? あれは自治領の。」
キャリバーはそれがゲラントでユーリア達調査官が獣人達の鎮圧のために用いた対人用の無力化兵器である事はすぐわかった。
既に帝国でも実用化する水準までには至っていないが実験段階にあり、その効果と効能は彼自身の目で確認済みだったからだ。
「ゲラントの時よりも威力を上げているようだな。」
思わず呟いたキャリバーの手に汗がにじむ。
帝国の現状で水晶の視界を一瞬塗りつぶし、あれだけの騎兵を無力化できるような無力化兵器など実用化までにどれだけの時間がかかるか見当もつかない。
種と仕掛けがわかっても、技術的な溝はそう簡単には埋まりそうになかった。
そこまでは何とか常識で理解できたキャリバーとコデールだったが、その先の光景に目を疑った。
魔導兵器の砲口が巨人を指向したと思った瞬間、その口から火焔が吹き上がり、爆裂系呪文のような一撃で冥府の番人の外殻を破壊した。
ただの一撃で、リジュンの守備兵の攻撃を一切受け付けなかった不気味な白い外殻をである。
「なっ!? なにぃ! 一撃だと?! 過去の文献によればその外殻は鋼で出来たプレートアーマーより硬いのだぞ?!」
コデールが上ずった声を上げる。
「尋常ではない破壊力だな・・・。」
冥府の番人は過去にも何度かこの世に召喚されたという記録が残っており、コデールはその記憶を辿っているらしかった。
(しかし・・・、その外殻をもたやすく打ち破ると言う事は、単なる爆裂系の呪文なのではなく、通常の投石器などと同じように何らかの実体を持った兵器であるということか・・・。)
考え込むキャリバーの表情が険しくなるのを励ますように、いや、自分自身を鼓舞するようにコデールが力強く言う。
「ですが、閣下ご安心ください。伝承によると冥府の番人の真の姿は漆黒の鎧にこそあるのです!」
そうコデールのいうそばから再び魔導兵器から火焔が吐き出され、狙いすませたように先ほどと同じ胸部に着弾する。
投石器などとは違う、誘導系の魔法のような正確な着弾に二人は息を呑む。
「かぁっ!?・・・お? おおおおっ! 素晴らしい、素晴らしいぞ、死の巨人よ!」 その漆黒の外殻はミスリルの剣をも弾き、上級魔法でさえ無効化するという! お前こそ死の巨人にふさわしいぞ!」
だが無傷、爆炎の流れ去った場所には露出した屍肉ではなく、コデールのいう通り漆黒の外殻が新たに生まれ、無傷で攻撃を防いでいた。
自らの期待した通り、見事に魔導兵器の謎の攻撃に抗してみせた巨人に誇らしげな表情をコデールは浮かべていた。
「その漆黒の外殻はミスリルの剣をも弾き、上級魔法でさえ無効化するという! お前こそ死の巨人にふさわしいぞ! いけ、反撃だ! 愚かな王国の人間に思い知らせてやれぇ!」
まさに歓喜と復讐心に満ちた叫び。
だが、コデールのその声は彼にとって不幸なことに再び音程を狂わせることになる。
黒い外殻で己を鎧った冥府の番人の放った遠距離攻撃による反撃が、いとも容易く魔導兵器の装甲に虚しく跳ね返されたのだ。
「なぁああっ! そんな、あり得んことだ、暗黒属性と物理的な斬撃の属性の属性を持つあの攻撃は単なる物理的な強度では対抗できないはずだ! まさか・・・あの魔導具全体がミスリルで出来ているとでもいうのか!? しかし物理的な強度も考えると合金製・・・。いや、だがあり得ないぞ! あれだけの大きさをすべてミスリルで作るなど、途方もない金が・・・。」
激しく火花が散り、装甲をわずかに削ったようにも見えるが、水晶を通してみる限り何か有意な損害を与えたとは言えないようだ。
巨人の力は全て彼が望んだとおり、いやそれ以上のはずだ。
なのにすべてが彼の期待通りに運ばない、そう考えたときコデールの中に認めたくない考えが頭をもたげる、『目の前の魔導兵器は巨人を凌ぐ力を持つのではないか?』と。
コデールはその考えを必死に否定する。
「そんなはずはない! そんなことがあってたまるかぁ! あの巨人には上位精霊でもなければ抗し得ぬはず! 奴らの魔道具がいかに強力とは言え、所詮は人の業、彼方の兵器とてもはや通用せん!
その叫びの途中で水晶の中で火焔が閃き、巨人に巨大な破孔が穿たれた。
「近接戦に持ち込めばっ!ほっ?!」
言いかけていた言葉が途中まで紡がれ、間抜けな声で止まる。
彼が見たのは水晶の中で魔導兵器の砲口が瞬き、火焔とともに光の矢のように打ち出された『何か』が冥府の番人の胸部に当たり屍肉の赤黒い霧をまき散らしながら外殻ごと胸部の半ばを抉り取り、後方へと突き抜けていく光景だった。
全てが一瞬のあっけない出来事であり、コデールの脳の中でその急激すぎる変化を事実として受け入れる処理が遅滞し、痴人のような声が漏れる。
「へっ?! あっ、あっ、あな、あな、あなが・・・。」
そう言葉にならない言葉を紡ぐうちに水晶の向こうでは巨人の手がノロノロと自分の胸にあてがわれ、巨人自身も今更ながら自分の存在の終焉を受け入れたようにゆっくりと大地へ沈んでいた。
「「・・・」」
沈黙する事しかできない二人の前で起こったそれは、その全てが、一瞬の出来事だった。
巨人を謎の攻撃による僅か一弾で葬り去った魔道兵器はと言うと、暫く油断なくその砲口を巨人に向けていた。
だが、その死を確認すると、中から奇妙な意匠だが動きやすそうな服を着た少女と思しき小柄な人影が躍り出て冥府の番人の攻撃が当たったと思しき場所を指さして喚き散らし、次いで頬ずりしている異様な様が見て取れた。
残念ながら何を言っているかは水晶越しには分からないが、どうやら魔導兵器に傷を付けられたことを憤慨しているらしいことは水晶越しにも伝わってきた。
(こ、こちらは、『死霊造物』の技術の限りを尽くした魔道具による召喚をあっさりと破られたのだぞ! そんな小傷ごときでっ!)
コデールは憤るが、そんな彼の前で更に開いた口がふさがらない光景が起こった。
魔導兵器に縋りつくように頬ずりしていた少女がやおら憎しみを込めた顔を上げ、手をかざすと巨大な青白い火球がその手から射出され、一瞬にして巨人の骸を燃やしつくしたのである。
「かはっ!? 浄化の炎だと!? 上位火属性と、聖属性を操れるものだけが、ものだけがっ・・・あぁ・・・。」
そこで視界は途切れ、水晶は輝きを失う。
しかし、水晶が何も映さなくなっても、コデールはすっかり毒気を抜かれ、呆然と座り込んでいた。
全てが、一瞬の悪夢のように感じられた出来事だった・・・。
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どれだけ思い返してもすぐにはキャリバーにも事の全ては受け入れられない。
しかし、はっきりとしていることもある。
それはリジュンの攻略は明確な失敗に終わり、ウブンの兵たちも生き残りを抱えて退却した以上、自分たちがここにこれ以上とどまっていることに何の意味もないと言う事だ。
指揮官であるという自負ゆえか冷静な思考が戻ってきたのはキャリバーのほうが早かった。
改めて周りを見渡せば『群狼』の者達をはじめコデールの絶叫を聞きつけた側近が不安げな、あるいは不審げな表情で二人を見守っていた。
その視線に気づかないほど自分が衝撃を受けていたと知って、キャリバーは自嘲の笑みを浮かべると、頭を軽く振り、側近たちが動揺しないよう、努めて冷静に言う。
「巨人は倒された、今回の遠征にこれ以上の意味は無い。 全軍に退却を伝達しろ。 無いとは思うが敵の追撃がかかる場合も考えられる。 速やかに秩序をって撤収するぞ!」
その言葉を聞いて、衝撃を受けると同時に、各々権能に従ってあわただしく動き始める側近達を見送ると、キャリバーは茫然としたままのコデールの肩に手を置き静かに告げた。
「コデール、私は『群狼』の情報網を用いて『アレ』の正体を、あの魔導兵器の正体を探らせる。君の魔術的な知見も必要となるだろう。魔道具工房の責任者たちとも意見を交換し、私に協力してくれ。」
その言葉が耳に届いたコデールはゆっくりと上目遣いにキャリバーを見上げると、半開きの口のまま頷くのだった。
こうして侵攻の足掛かりとなるはずだった冥府の番人を文字通り『粉砕』された帝国軍。
その主力部隊はキャリバーの指揮のもと、王国軍の勢力に補足されることなく粛然と退却する。
帝国軍の傷はごく浅かったものの、帰国後キャリバーは病身の王の代わりに、作戦の立案総指揮の責任者として敗戦の責任を取らされ一時公務から外されることになる。
元々貧乏貴族の出で、そう言った名誉や形式に拘泥しないキャリバーは、その幸運ともいえる空白の時間を利用して、王国に突如として現れた魔導兵器についての情報を収集することに全力を注ぐことになる。
こうして帝国の侵攻作戦は、各国や各勢力に様々な変化をもたらしつつ、表面上はウブンの騎馬軍団による一地域の局地的な紛争と言う形で幕を閉じることになったのであった・・・。
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