帝国軍本隊(前編)
ウブンの兵たちによる襲撃を受けた無人の村にキャリバー率いる帝国軍本隊が駐留していた。
騎兵を先頭に槍兵、重装歩兵、死霊系魔術士を中心とした魔法兵が続き、そのあとには魔法兵よりも射距離の長い弓兵という行軍時の隊列通りに展開している。
その数およそ8,000、リジュン攻略の成否如何によって即応できるよう、旅装を整え待機させていた。
今は昼食の頃合いだが、そんな事情もあり、兵士たちは携帯口糧で黙々と食事を済ませていた。
今回の帝国軍主力に、進軍の機動力を著しく制限する攻城兵器の類は随伴してはいない。
先兵としてのウブンに一定以上のアンデッドと引き換えに冥府の番人を召喚する魔道具『贄の焔』与えている以上、合流して進軍すれば並みの攻城兵器の威力など霞んでしまう強力な力を秘めた存在だ。
仮にその巨人すら撃破される事態に陥った場合、もはやそれ以上侵攻の意味は無くなる。
死霊系魔術師の粋を集めて作成した魔道具が持つ意味は大きい、今まで行軍の足枷となっていた鈍重な攻城兵器が自らの意思をもって他の兵科と行動を共に出来るのだから。
しかも攻城兵器が対人戦力としてはほとんど意味をなさないのに対して、冥府の番人の個体としての戦力は対人兵器としても十分すぎる威力を発揮するだろう。
そして、もう一つ、今回の遠征軍でキャリバーが導入した画期的な存在がある。
「自分でやっておいてこういうのも気が引けるのだが、背後から冥界の住人たちの行進が続くのは見ていて良い気分ではないな。」
つぶやくキャリバーの視線の先にあったもの、一般兵科の隊列から遠ざけられるようにして離れた場所に陣取っているそれは、死霊たちを使役した輜重隊だ。
隊列の周囲に、死霊騎士を長とする死霊戦士に周囲を警護された御者役の骸骨が手綱を握る、死霊馬が列をなして佇んでいる。
「手持ち無沙汰と言うわけでもあるまいが・・・。」
キャリバーの視線の先に佇む彼らは食事の必要もなく、一様に呆けたように虚空へ虚ろな眼窩を向けている様は死霊系造物を見慣れたキャリバーにとっては人間の兵士たちの光景と見比べたとき若干の面白みすら感じさせた。
正直戦力として見たとき骸骨は大した役には立たない。
最下級の死霊系造物である骸骨は戦闘力において訓練を受けていない農夫の類よりも劣り、簡単な命令を解することが出来るのみで自律的な思考も判断力も備えてはいない。
造物としては一段高等な冷たい屍肉に覆われた死霊馬にしてもその身体的な能力は疲れを知らない分生きた馬よりも優秀と言ってもよかったが、戦力としては似たようなものだ。
人馬一体とならなければ難しい馬術を駆使する騎兵などへの転用は出来ず、人間が乗りこなすことは難しい。
だが純粋な戦力としては員数外でも、死霊術を操る術者が条件付けさえしてやればどうだろうか?
先頭を進む馬車に追随するように命令し、一定の間隔を保ち、前が進めば進み、停まれば停まるという簡単な指示だけを下す。
あとはその先頭の馬車さえ人間がコントロールしてやれば、輜重隊は立派に機能する。
通常、兵力1万と言っても、その内訳には相当数の輜重兵が含まれる。
動員する兵力が増えれば増えるほど、それに随伴する輜重部隊の規模は大掛かりなものとなり、その輜重部隊もまた物資を食いつぶしながら進軍する。
そのような理由から通常は補給の負担は加速度的にその国の国庫にも重く圧し掛かるものなのだ。
対してこちらは8000と言えどその中に本来輜重兵が担うべき物資を運搬する死霊系造物達の数は含まれていない。
その実質的な戦力は一万規模の軍団に相当すると考えて良かった。
死霊系造物によって構成された輜重部隊は、肉体的な疲労がないばかりか、水や食料、衣服すらも必要としない(自軍の所属であるという識別用に簡単な貫頭衣のようなものは着せていたが)。 当然給金も必要なく、物資を横領する心配もない。
死霊馬も秣を必要としないとあっては、文句のつけようのない、まさに理想的な輜重部隊なのだ。
もちろん弱点がないわけではない。
低級アンデットの彼らには臨機応変の対処は殆ど期待できず、敵の直接攻撃を受けた場合、死霊騎士達による防衛線力を突破されてしまえばなすすべもなく崩壊する脆さはある。
だが人間によって構成された輜重隊とて所詮程度問題であり、戦闘を専らとする兵に襲われては大した抵抗は出来ないだろう。
だがそのようなことは想定済みの事であり、合理的な思考に慣れたキャリバーにはメリットのほうが大きいと考えられる以上、大した問題だとは思えなかった。
だがあくまでもキャリバーは複雑な表情を浮かべて、呟く。
「問題があるとすれば人間側の方だな・・・。」
その呟きに滲んだ苦みの通り、キャリバーは指揮官として死霊系造物の輜重隊に寄せられる非難の声に対する扱いに苦慮していた。
そう、『今回の』遠征で導入したと言う事は今まで帝国でもこれは前例のなかった試みなのだ。
帝国は確かに自らの魔法技術の後進性を補う為に死霊系魔術を積極的に取り入れた。
だがそれはあくまでもガリアの多くの魔術師が得意とする火、水、風、土の4元素の魔術や、エルフたちが得意とする精霊魔法、更には神聖魔法に対抗するための『戦術』としての役割を求めたに過ぎない。
従来まで通例であれば低級の死霊系造物はあくまで前衛の壁としての役割を担うことが多く、いわば消耗品の類としての運用方法しか存在しなかったのである。
キャリバーが試みたような死霊系造物を輜重兵の代替として組み入れる兵制改革のような『戦略』の次元において死霊系魔術を取り入れようと企図したのはキャリバーが初めてだ。
誰もがこの理想的な運用に手を染めなかったのには理由がある。
その最たるものはやはり死霊系造物に対する嫌悪と恐怖の感情だろう。
人間の殆ど本能的な部分に根差した死の臭いを漂わせた本来はこの世に在らざる冥府の住人に対する忌避の感情。
キャリバーでさえ彼らの異様な軍勢を見るとぼやいてしまうのだから、『常識的』な感覚の持ち主であればそれは言うまでもない事だった。
これが自ら率いた遠征軍ではなく、余人の遠征軍の参謀として死霊系造物の輜重兵の導入など唱えたとすればどうだろうか。
一顧だにされないどころか、人によっては参謀であるキャリバーを参謀職から罷免しかねないだろう。
キャリバーも、一般の兵のみならず、普段は自分に盲従に近い仕え方をしている『群狼』の面々までもが湾曲に反対を唱えるのを宥めるのにいい加減苦労した。
言葉を尽くし、輜重兵の動員に充てるはずだった費用と、物資の一部を兵士たちに再分配するという具体的な『報酬』について説明してやっと実現にこぎつけたのである。
それでも最初は、
「化物によって運ばれた食料など食う気がしない。」
という者が少なからずいたと聞いている。
行軍が進むにつれて、死霊系造物による輜重部隊が死霊系魔術師の命令に盲従し黙々と従っていることを目の当たりにして。
それに背に腹は代えられず、そんな声も次第に小さくなっていったようだが。
いずれにせよ『群狼』の長たるキャリバーのような『変人』がそうそう居るはずもなく、帝国の兵制に正式に取り入れられることになるのはまだまだ先になることだけは確かだった。
そんな容易には克服し難い人と言う生き物の性に思いを巡らせながら一般の兵士たちに倣って、黙々と携帯食料で昼を済ませていた彼に、傍らから声をかけてきたものがいる。
脱色されたような白い肌、薄い微かに黄色がかった金髪、そしてペールブルーの瞳と言う異形の顔には若干緊張と、それを上回る期待が込められていた。
「コデール、動き出したか?」
「はい、遂に私どもの死霊魔術の技術的結晶である『贄の焔』の力が解放されたようです。」
コデールと呼ばれた男の枯れ枝のような手に掲げられた黒い水晶にはあの要塞都市リジュンの様子が映し出されていた。
「ではリジュンの兵たちの手並みを拝見するとしようじゃないか。」
キャリバーは自らがこうあるべきだと信じている指揮官として余裕に満ちた表情を浮かべながらそのコデールの手にある水晶を共に見つめた。
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