暗愚王の幻夢(後編)
チェンドラへの最後の関所の前でグエンの率いた親征軍の隊列は立ち往生していた。
いや、正確に表現するならば、関所を前にして、グエンの軍勢は完全武装のチャス兵たちに周囲を半包囲されているように見える。
対するグエンの兵は自国内を帰国の途に就く途中であり、武器は帯びているものの、騎士などは鎧甲冑の類は従者に預けた軽装で行軍していた。
数はほぼ同数のようだが、臨戦態勢の騎士たちと武装を解いた行軍途中の兵士たちとでは勝負にならないのは明らかだ。
微かに恐怖を覚えつつも、グエンはそれに勝る怒りと憤激を込める。
「なんのつもりだ貴様ら!このわたし、グエン国王親征の軍であると知っての無礼か!」
グエンは権力者にふさわしいと自分が思っている高圧的でな口調で包囲の輪を形成する軍勢を激情のまま一喝する。
だがその声は周囲にいた自陣の兵士たちの肩をびくりと震わせ、畏怖させたが、ただそれだけだった。
前面に重装歩兵を押し出し、包囲網を形成する騎士たちは微動だにせず。大楯の後ろに剣を構えた姿勢のまま沈黙を貫いている。
くまなく覆われた兜の下の表情は窺い知れないが、重装歩兵の鉄仮面はいささかも動揺したようには見えなかった。
絶対的な権力者である自分を前にあくまでも泰然とした態度を崩さない彼らに、グエンは胃の腑がたぎるような怒りを覚える。
「貴様らぁああ! 全員処刑されたいのか!? 最後の慈悲だ、今すぐ道を開けろ!」
こめかみに青筋を浮かべ、口角に泡を飛ばしながら吠えるグエンの耳に、嘲弄するようなしわがれ声が響く。
「おうおう、よう吠えおるわ。 無様な蛙が。」
「誰だ! 余自ら首を刎ねてやるぞ! ここへ出てまいれ!」
「寝言を抜かすでないわ。首を刎ねるにもそれなりの修練が必要なのだぞ、蛙。」
そう顔を真っ赤に変色させてなおも吠えるグエンの前に、重装歩兵の包囲の輪を割る様にして、一人の騎乗した騎士が現れる。
その姿を目にしたとき、自身のたぎる憤怒が急速に冷えてゆくのをグエンは感じた。
「おっ、おぉ・・オスト・・・。何故ここに?!」
それは三国に竜殺しの勇名を知られた王国一の将にして、グエンを恥辱にまみれさせた張本人オストその人であったからだ。
「何故ですと? これは心外、チャス王国に忠誠を誓う忠臣として、陛下をお迎えに参ったのですぞ。」
「な、なに?」
「あぁ、コレは失敬。 お迎えではなく、『お見送り』でしたな。 年を取るとどうもいけませぬなぁ・・・。」
そう言って快活に笑うが、それにいちいち食って掛かる余裕はグエンから消え失せていた。
「?・・・い、一体どういうつもりだ!?」
「何も難しい事はありませぬ。 暗愚な蛙はその卑小な分に相応の池に放ち、玉座にふさわしき御方をお迎えしようと愚考した次第でございます。」
「訳が分からん!どういう意味だ!?」
「困りましたな、ここまで言ってお分かりになられないとは・・・。」
オストはやれやれというように首を振る。
そして言葉を切ると、先ほどまでの軽妙な雰囲気は一切消え失せ、面罵と言うのも生ぬるい、戦場で兵を叱咤するような大音声の塩辛声をグエンに向けて叩き付けた。
「どこまで暗愚なのだ貴様ぁ! この王国に貴様の場所など最早どこにもないと知れぃ!」
怒号を浴びてグエンはようやく悟った。
いや、悟ったのではなく、悟りながら必死に否定しようとしていた事実を無理矢理に突きつけられたのだった。
「あ、あっ・・・。」
声にならない呻きをあげてグエンはぬかるんだ地面に膝をつく。その豪奢な衣服が泥にまみれるのも構わずに。
その様子を見ながら、凍てついた声でオストは続けた。
「王座は長子たるルンスト様が御継ぎある。 先帝の大恩、並びにルンスト様の慈悲により、命までは奪わぬ。供周りのものを連れて帝国で静かに余生を過ごすが良い。 そこにおられるシーン殿が帝国までの安全は保障してくれよう。」
「『陛下』、僭越ながら私が帝国までの道中、誠心誠意勤めさせて頂きます。どうぞご安心ください。」
声に振り返るといつの間にか自分の背後にまで歩みを進めたシーンがあくまでも慇懃な表情を浮かべてそこには立っていた。
「き、貴様・・・。オストに私を売ったのか?」
「これは異なことをおっしゃる。 私が売ったのではありませんよ。 商談を持ち掛けてこられたのは貴方様の国の方なのですよ、陛下。」
「そんな・・・そんな・・・・。あぁああああーっ!」
絶叫しながらグエンは立ち上がり、ぬかるんだ地面についた手に握りこまれた泥を周囲にまき散らしながら血走った目で叫んだ。
「我が兵士達!オストを殺せ! このおいぼれの首を刎ねてしまえ!シーンとかいう不届きな帝国人もだ! 反逆だ、これは正当な王に対する反逆なのだ!」
その声に去就を迷っていたグエンの兵士たちの一部が剣を抜きかける。
だがその動きに被せるようにオストの静かな声が兵士を諭すように響く。
「よかろう・・・この期に及んで血迷う輩は儂じきじきに叩き斬ってやる。だが、このまま武器を捨てるなら諸君らの名誉と地位は守られると先帝陛下とルンスト陛下の名の元に約束しよう。」
「まどわされるなぁあ! 余が!余こそがぁ・・」
【ドサッ】
狂った音程でなおも叫ぼうとする、視線の先に一振りの剣が鞘ごと投げ出された。
それに続き、あちこちで雪崩を打つように武装を放棄する不協和音が続き、グエンの兵士たちは武器を次々に投げ出していく。
「何故だ、何故だ、なぜ余の命をっ・・・!!」
衝撃のあまり目の前の視界がゆがむ、呼吸が苦しくなり、立っていることは最早ままならず、グエンは再び泥濘に四つん這いになるようにして体を支える。
「陛下・・・。」
その時、白い絹のチーフが虚ろに目の前の歪んだ視界を見つめるグエンの前に差し出される。
純白のチーフを手にした白く細い手を辿り、ノロノロと顔を上げると、そこにはいつも通りの天使のような微笑を浮かべたガルバートがいた。
「ガルバート・・・、余は・・・。」
それ以上の言葉が出ないグエンの泥にまみれた顔を優しく拭うとガルバートは澄み切った美しい声でさえずる様に言った。
「陛下、良い夢をご覧になれましたか?」
その口角が吊り上がり、白い歯を見せてガルバートの顔に今まで決して見せた事の無かった歪な笑みが浮かぶ。
グエンに向けられた秀麗な顔に張り付いたその表情は、吐き気を催すような嗜虐的な色を湛えていた。
「・・・。」
その言葉が鼓膜を震わせ、理性が理解するまでグエンは茫然としていた。
やけに長く引き伸ばされた感覚の中で、ガルバートの言葉が幾たびも頭の中で反響する。
そしてようやく理性がその言葉を理解した瞬間、視界ぐにゃりと捩れ、グエンの意識は真っ白に塗りつぶされた。
最後は絶叫したような気もするし、嗚咽を漏らした気もしたが、それを自分が近くする前に理性はそれ以上の負荷に耐えきれず、意識を手放していた。
グエンが次に目を覚ましたのは帝国への旅程の最中であり、軟禁された馬車のなかであった。
泥にまみれたはずの衣服はいつ間にか取り替えられ、高貴な身分に恥ずかしくないものに取り換えられていた。
しかし、衣服のどこにも王家を証すような意匠はもはやない。
それはもはや権威の象徴ではなく、虚飾だけが許された彼にふさわしい、華美で贅沢だがただそれだけの衣装だった。
まるで道化の衣装を着せられたような惨めな気持ちを味わいながら、グエンは抜け殻のような身を馬車に揺られ、帝国へと身柄を送られていった。
こうして、親征の帰途、チャス王国の国王グエンは長子であり、王位継承第一位のルンスト王子を擁立するオスト率いる反グエン派の騎士団による謀反に遭い、国を追われる。
その身柄は両国の合意の元帝国へと送られ、グエンは二度と故国の土を踏む事はなかったという・・・。
お読みくださりありがとうございます。m(__)m
はい、無能はサクッと淘汰されるという、そんなお話でした。
作者も中世的世界に生まれたとしたらあっという間に淘汰されるに違いありません。
弱者も(取り敢えずは)生きていける余裕のある現代日本は素晴らしい 笑
これからも応援よろしくお願いいたします♪




