死の巨人対要塞(後編)
弓矢が防がれたことで手をこまねいているわけにはいかない。
士気が冷えていく前に矢継ぎ早に、カンプは矢継ぎ早に声をからして指示を出す。
「弓を専らとする兵はそのまま弓を射続けろ! 他の衛士は左右の投石器へと移動! 準備ができ次第攻撃を開始! 急げ!」
「「「はっ!」」」
立ち止まれば恐怖に捕らわれかねない自分を自覚しつつ、勝利を諦めないカンプの言葉を希望の拠り所に、兵士たちは弾かれたように動き出し、黙々と各自の持ち場で任務に没頭する。
ほどなく降り注ぐ矢の雨を縫うようにして、鈍い音とともに石弾が打ち出される。
【バオッ!】
低いうなりをあげながら、子供の頭ほどもある石弾が打ち出される。
幾つかが巨人の周囲を掠め、地面に落ちるが、一弾が遂に巨人の胸部に着弾する。
【バゴッ!】
鈍い音が響き、巨人の体が僅かに後ろに傾ぐ、
「やった!」
「当たったぞ! ざまぁみろ! 」
口々に言いかけた兵士はすぐに口を閉ざした。
「ばかな、直撃のハズだ・・・。」
「ありえん!」
何故なら人間の頭ほどもある石弾の直撃を受けても巨人の変化はそれだけだったからである。
倒れることも、膝を折ることもなく、僅かに崩れたバランスを微かな状態の動きで吸収すると何事もなかったかのように巨人は迫る。
既に距離は弓を射かけ始めた半分にまで縮まっている。
ならば次なる一手、もはや弓も直射の距離だ。
カンプは素早く周囲に待機していた竜炎騎士団と傭兵団へ鋭く指示を飛ばした。
「まだまだ! 狼狽えるな! クロスボウ準備!」
「「「はっ!」」」
その号令を受けて、先端の金具を足で固定すると、腕の力だけでは引き絞れないクロスボウの弦を巻きあげていく。
「構えよ!・・・放てっ!」
振り下ろされた手と共に、鋭い風切り音を残して真っすぐにクロスボウの矢は巨人へ飛翔する。
弓の曲射のような射撃方法ではないため、放たれた50ほどの矢はほぼすべてが巨人へと襲い掛かった。
だが・・・、
「くそったれめ! 各自そのまま攻撃を続行!」
カンプは地面に唾を吐きかけたい衝動を辛うじて堪えた。
直接射撃、しかもクロスボウの威力は弓よりも高かったはずだ。
なのに結果はどうだ、先ほどより屍肉に突き立った短い矢が僅かに多かっただけ、ただそれだけだった。
その間にも新たな投石器が放った油壷が命中し、その巨体を油にまみれさせる。
機転を利かせた弓兵の放った火矢が引火して、巨人の身を焦がした。
炎が燃え盛り、屍肉の焼ける悪臭があたりに漂う。
その姿は地獄の業火に焼かれる亡者そのもの、しかし歩みは止まらない。
すぐに燃やすものを失った炎は消え、僅かに煤けた巨人の体は何のダメージも負ってはいないようだった。
その巨人に向けて音程の狂った声をあげながら兵士の攻撃が続く。
「撃て、撃てっ!」
「近寄らせるな!」
防壁から守備兵たちの攻撃は続いているが、それは勝利を信じているのではない。
今や攻撃はここを抜かれれば確実に殺されるという恐怖からの必死の抵抗に変わりつつあった。
巨人はいよいよその右手に持った長大なバルディッシュの死の半径に防壁を捕らえようとしている。
その時カンプの前に歩み出た者が二人いる。
「カンプ様、わたくし共が。」
一人は白い装束に身を包んだ竜炎騎士団の随員であり、本来なら後方で治癒魔法を担当するカンプの配下で唯一の神官戦士と、今一人はリジュンの大教会の司教であった。
その決意を秘めた眼差しにカンプは素直に頭を下げた。
「・・・頼む。」
「分かりました、我らの使用する中で最も強力な神聖魔法を使います。魔力の限界まで照射を続けますが、もしこの魔法でも彼の者を討ち果たせぬ時は、残念ですが・・・。」
彼らの覚悟の瞳とその言葉の含まれた意味をカンプは正確に理解した。
「分かった、すぐに退避の合図を出す。魔力の枯渇は心配するな、気を失ってもすぐに後方に下げさせる、やってくれ。」
もう残された可能性は彼らの聖属性の魔法に賭けるほかはない。
防衛の拠点だけあって、中級以下の魔術師もリジュンにはいたが、投石器や、クロスボウ、そして先ほどの炎でも損害を与えられなかった以上、今さら他属性の低位な魔法に効果があるとはカンプは思えなかった。
実際、風や炎属性の魔法がいくつか巨人に炸裂したようだが、ひるんだ様子すらなかった。
カンプの静かな激励の言葉を受けて、神官戦士と司教の二人はカンプの目に歩み出る。
静かに息を吸い込み精神を統一すると、唱和しながら祈りのような神聖魔法の呪文を紡ぐ。
そして王国の神聖魔法の使い手が行使しうる中では最強に近い、対死霊系の攻撃魔法を発動した。
「「竜よ、汝庇護せし人の子の我ら、ここに願う。 浄化の光を、その威光を、地上に示せ!竜聖光!」
その詠唱と同時に天空から冥府の番人に向けて強力な光の輪が天空から照射される。
その光が輝きを増し、収束した浄化の光が巨人を焦がすように照らした。
【ギンゥエッゴッ! オォオ!!】
冥府の番人の縫いとめられた口から初めて形容しがたい苦悶の叫びが漏れる。
まばゆい光の照射を浴びた白骨の鎧のような外殻が小さく泡立ち始め、屍肉から血煙が上がり始める。
【ギグヴォーーーー!!】
しかし、徐々に照射の光は弱まり、やがて何事もなかったかのように光は消えた。
死霊戦士はもちろん、死霊騎士ですら一瞬に浄化し、光の飛沫と変えてしまう魔法はしかし、巨人い僅かな爪跡を刻んだだけに終わった。
冥府の番人の苦悶の叫びは人間の小癪な攻撃に耐えてみせた勝利の咆哮へと変わる。
そしてその視線の先に巨人は捕らえていた。
自らの身に、たとえ僅かとはいえ痛みを与えた小癪な二匹の虫けらを。
魔法を維持するのに魔力を使い果たした矮小な存在は、仲間の兵士たちに抱えられるようにしてやっと立ち、引きずられるように後方に退いていく。
その様子からもはや自分の脅威とはなりえないことは明白だった。
しかし、罰は与えねばならないと巨人は本能的に思う。
不遜にも矮小な人間の分際でありながら冥府の番人に一瞬でも苦痛を与えた罰を、だ。
後方にいたあの男の持つ魔道具に縛られて、服従を強制されてはいるが本来人間など自分に比べれば論ずるにも値しない非力で矮小な存在だ。
そのようなものに使役されることに正直不快さを禁じ得ないが、同時にあの男には感謝もしていた。
これだけ多くの魂がひしめいている場所へ自らを召喚してくれたのだから。
巨人は大きくバルディッシュを振りかぶる、『死』をこの世に振り撒くために。
眼前では指揮官と思しき人物が必死に腕を振りながら叫び、鐘が乱打されている。
「退避しろ! 急げ! 左右に分散しろ! 」
これ以上の抗戦は無意味と判断したのは賢明だ。
兵を叱咤し、先ほどの小癪な魔術師二人を護りながら、この混乱しきった状況の中でも統制を維持しつつ素早く後方へと下がっていく。
人間共の必死な叫びと恐怖に彩られた表情に愉悦を感じながら、冥府の番人は十分に力の乗った一撃を振り下ろした。
【ドガッ!!】
リジュンの防壁正面は一部が半ばまで脆くも崩れ去り、砕かれた防壁にもうもうと砂塵が舞う。
その周囲には吹き飛ばされ、あるいは瓦礫に傷ついて苦しげな呻き声を上げながらこちらを恐怖で見つめる兵士たち。
そして崩れた壁のそのさらに奥には、恐怖に取りつかれつつある大勢の非力な人間たちの怯えた表情がある。
もう一撃を加えれば体を城壁内部へ割り込ませるのに十分な広さになるだろう。
防壁内部を蹂躙すべく、巨人が再びバルディッシュを振りかぶろうとしたその時、
【カッ!!】
鋭く乾いた音が響き、巨人の足元の土が大きく掘り返される。
足場にしていた地面が崩れ、振りかぶろうとしていた態勢が大きく乱れる。
咄嗟にバルディッシュを地面に突き立て、冥府の番人は転倒を免れる。
その威力は先ほどまでの投石器などの攻撃とは比べ物にならない。
一体何者がこの強力な一撃を放ち、リジュンの全てを滅ぼそうという自分に無様なたたらを踏ませたというのか。
土煙の中、姿勢を崩した冥府の番人はその正体を探るべく、愉しみを邪魔した愚かな者への怒りとともに周囲へ視線を巡らせる。
そして巨人はその空虚な黒い瞳の中にある物体を発見した。
リジュン後方、稜線の向こうからもうもうと土煙を上げて疾駆する異様な物体が、その巨大な身体に比して華奢な印象すら受ける長大な何かを此方へと指向して、自分へ明らかな敵意を向けて接近しつつあることを。
巨人は防壁から離れるとバルディッシュを横担ぎに振りかぶり、愚かな闖入者を先に始末すべく動き出した。
いつもお読みくださりありがとうございます。m(__)m
漸く次のお話から戦車の登場です(^^;




