死の巨人対要塞(前編)
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「なんだよ、ありゃ・・・。」
ビゴワの口から掠れた声が漏れる、ハッとして周囲を見るが、周りのだれもが自分の口から出た呻きに戸惑うように視線を走らせ互いに、顔を見合わせていた。
ビゴワ達リジュンの防壁に陣取る守備兵たちは自分たちの勝利は揺るがないと思っていた。
そう、つい先刻までは。
精強で知られる500の騎馬軍団と死霊戦車50騎は常識で考えれば確かに脅威だろう。
正面切って戦えば、竜炎騎士団がいるとはいえ、混成部隊であり、ウブンほどの機動力を持たない彼らに勝ち目は薄い。
だが、リジュンの高い防壁の前に機動力に特化していると言っていいウブンの軍勢は余りに無力だ。
攻城兵器を持たない彼らはリジュンを攻めるなら高い防壁に取りつくか、鋼の枠で補強された分厚い堅牢な街門を破壊するしかない。
いずれも馬を捨て、徒歩で攻撃する必要がある。
しかも、防壁の上から雨と降り注ぐ矢や、大きいものは子供の頭ほどもある大小の礫、小さなや傷すら致命傷になりかねない糞尿、ぐつぐつと沸き立つ熱湯、赤熱した金属の湯などを無防備な体に浴びながらだ。
そんな無謀な事の出来る者はもはや勇者ではなく狂人の類だろう。
さりとて持久戦に持ち込もうとしてもウブンの兵はその機動力を生かすため、物資の補給を担う兵站を無視した構成で成り立っている、そして多くの市民を収容しているとは言ってもリジュンは防衛に特化した都市であり、備蓄も豊富だ。
先に飢えるのはウブンの軍勢であるのは火を見るよりも明らかなはずだ。
しかしここを無視して侵攻しようとすれば、背後から打って出たリジュンの兵に脅かされる。
常識で考えればすごすごと撤退するしかない、そんな状況のハズだ。
だからこそビゴワは死霊戦車に薄気味の悪さを感じながらも、余裕を持つことが出来ていたのである。
そして避難してきた人々も安全を信じて動揺することなく嵐が過ぎるのを待っている。
町の広場に、教会に身を寄せ合って、じっと耐えている。
だが、ビゴワたちの想像を超えた事態は突如起こった。
死霊戦車のおぞましい軍勢が防壁からの矢が届かないギリギリの位置に突出したかと思うと、不気味に停止する。
そこへウブンの騎馬兵の中から族長と思しき男が馬を進め、死霊戦車の前まで来ると馬上から降りる。
何をしているのか定かには分からない。
だが彼が儀式めいた何かを行った途端、死霊戦車の軍勢は赤黒い炎に包まれたのである。
自殺にも見える突然の事態に呆気に取られて成り行きを見守っていたリジュンの兵士達の前で呻き声をあげながらゆっくりと死霊騎士たちは燃え溶けていく。
そして完全に形を失った死霊戦車。
その燃え溶けた物体が冥府の入り口のような暗い裂け目に吸い込まれてゆく。
そしてそれは這い出てきた、死霊戦車よりも『死』の匂いを濃厚に漂わせた、冥府からの巨人が。
「なんなんだよ、あの化け物は・・・。」
【ビュオッ!】
呟いたビゴワの耳に禍々しい死の巨人が一閃させたバルディッシュの風切り音が響く。
「っ!」
その刃が頭上をかすめたような錯覚を覚えてビゴワが身を竦め、反射的に手を頭で庇った。
【ズンッ、ズンッ・・・。】
そのビゴワたちをあざ笑うかのように冥府の番人がゆっくりと歩いてくる、リジュンの兵士一人一人に恐怖を植え付けるように。
黒い無機質な目をじっとこちらへ向けて。
だが誰もが動かない、いや動けない。
自分の心臓がドクドクと異常な速さで脈打ち、乱れる息がヒューヒューとうるさいほどに聞こえる。
だが自分で動かせるのは死の巨人を追うその眼だけだ。
一歩一歩確実に近づく圧倒的な存在をただ追う事しかできない。
あと一つ何か小さなきっかけがあれば、彼らの精神は恐慌へと突き落とされるだろう、そうなれば潰走である。
歴戦の戦士であるはずのビゴワの胸中にも震える声で呼びかける何かがいる。
(怖い、怖い、逃げるか?!)
兵士たちの精神の天秤がゆっくりと恐慌へと傾きかけたその時、耳朶を揺るがす大音声が響いた。
「者ども! 矢をつがえよ!!」
その異様な静寂を打ち破る声がビゴワ達守備兵を正気に立ち戻らせた。
振り返るとそこには竜炎騎士団の隊長であるカンプがいた。
深紅の鎧に身を包み、騎士団の中央に仁王立ちになり、巨人を凝視しながら。
彼はボッフェンの家中にあってただ一人、マクスの言葉を信じていた。
いや、正確にはリジュン方面への増派要請を出してきたマクスと言う個人を。
だからやって来た、もしボッフェンの不始末が起こるとすれば、それを自らの身で贖う為に、彼はそう決めていた。
だがそのためにはリジュンの兵士たちの力が必要だ。
錆びついた歯車のようにゆっくりとこちらを見やる兵士たちに怒気をみなぎらせた表情でカンプは更に吠える。
いま焚き付けなければ、兵士たちの胸にともる『戦意』と言う名の炎はたやすく消えてしまう。
今この状況は、『士気の崩壊による潰走』だ。
カンプは人の上に立つものとして、殆ど本能的にそのことを理解していた。
そのためには外聞や、形式にとらわれている場合ではない、そう信じて続ける。
「臆病者! お前らガリアの兵士である誇りと、勇気はどこへ消え失せた! ここにいるのは女子供も守れないクズばかりか? もう一度言うぞ?! 全員矢をつがえよ!」
「「「お・・・、オオッ!」」」
【ザッ!】
効果は劇的だった、弓を手にした全員が弾かれたように矢を手に取り、弓につがえる。
先ほどまでの動揺はない。いや、動揺や恐怖をともかくも押し込め、緊張に顔を強張らせ、目を血走らせながらも、カンプを指揮官として次の指示を待つ真剣な視線を全員がカンプに送っていた。
彼は3賢に連なる者とは言え、竜炎騎士団の指揮官であって弓兵を統括する指揮官ではない。
だがそれを越権行為を咎める者は誰もない。
あの状況下で誰よりも早く平静を取り戻し、自分たちの折れかけた心を叱咤した人物、その彼の存在が自らの勇気を奮い立たせていることを全員が認めているからだ。
そして何より今はそんなつまらない事を気にしている余裕などない事を全員が本能で理解していた。
周囲の兵士たちの顔を見渡し、カンプは満足げに頷く。
「よぉし、上出来だ! 引き絞れいっ!」
【ザッ!】
防壁に一列に並んだ二百余りの弓が、空に拳を突き上げるように振り上げられる。
「いいか! あの薄らデカい的をズタズタにしてやれ!」
「「「オオッ!!」」」
一旦そこで言葉を切り周囲を見渡す。
そこには既に訓練と変わらぬ見事な姿勢で自分の最後の一言を待つ精鋭達がいた、彼らの頼もしい横顔を見ながらカンプは再び吠える、自らの内にも存在する不安や恐怖を塗りつぶすように。
「放てェー!!」
【ザアアーッ!】
その瞬間耳障りなイナゴの羽音のような音が響き、放たれた矢が斜めに空へと吸い込まれてゆく。
そしてその矢は、リジュンへと向かってくる死の巨人へ向けて黒々とした影を地上に落としながら殺到した。
兵士たちは幻視した、自分たちの矢に射抜かれ、ハリネズミのようになって地上に倒れ伏す巨人の姿を。
だがそれは願望に過ぎず、実際の兵士たちの網膜に映ったのはむしろ自らの目を疑いたくなるような光景だった。
矢羽に制御された矢の雨は見事な放物線を描き、鋭い鏃を冥府の番人に突き立てようと殺到する。
半ば以上は軌道を逸れるが、もう半ばが巨人の体に・・・突き立たない。
「嘘だ・・・。」
白骨の鎧のような外殻に阻まれ、殆ど全てが小石を壁に投げつけたような音を立てて虚しく地面へ落ちていく。
運よく外殻の境目、屍肉の部分に突き立った数本も巨人に何の痛痒も与えていないのは明らかだった。
「そんな・・・。」
兵士たちに失望の呻きが伝播するよりも早く、巨人へ敵意の炎を燃やしながらカンプは矢継ぎ早に命令を下す。
兵士はどう思っていたかは知らないが、カンプ自身は元よりあの巨体に効果的なダメージが通るとは思っていない。
あくまでも今の一射は牽制になればもうけもの、主たる狙いは守備兵達の消えかけた士気にもう一度火をつけ潰走を防ぎ、軍隊としての統制を回復することだ。
「これしきで狼狽えるな! まだあのデカブツを倒す武器は幾らでもあるぞ!」
そう兵士たちを鼓舞するようにカンプは宣言する。
(まだだ、とことん足掻いてやる! 死の巨人よ!)
こちらへ向けられた怖気の走るような空虚で黒い大きな目を真っすぐに見返し、カンプはそう胸中で宣言した。
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