幕間-魔道戦車の機密(前編)
「できたぞぉー!」
「おうー! 待ってました!」
「了解だ。」
料理当番であるユーリアの夕食の完成を告げる言葉にフルーとテルトの返事が返ってくる。
長かった旅程もリジュンまであと一日の距離に迫り、いよいよ明日は前線のただ中へ出ることになる。
そんなわけで車長兼整備士長のテルトはフルー助手と共にいつもに増して念入りな整備を行っていた。
幸いなことに、足回りやエンジンなども大きなトラブルも部品の損耗も殆どなく、明日も快調にリジュンに向かって走れそうである。
二人とも整備にかかりっきりだったため戦車服のあちこちが油や、煤のようなもので汚れていた。
「テルトちゃん、頼むわー。」
「不浄を浄めし光よ・・・。」
フルーが声をかけ、両手を大きく横に広げる仕草をすると、フルーの着衣が淡く輝き始め、フッと一瞬だけ光ると霧が晴れたようにその輝きは靄のように消えた。
「おお~っ。やっぱ何度見ても地味にスゴイなこの魔法。エフェクト過剰な気もするが。」
いつものように、光りが収まると同時に汚れは綺麗に落ちていた。
(消えた汚れはどこへ行ったんだろう?)
などと思いながらユーリアは感心したように感想を呟く。
「いやー、ジ○イより落ちるんじゃね?」
「それを言うなら○リエールだろ。 ジ○イは、食器洗い用だよ・・・。」
フルーの軽口にユーリアがツッコミを入れる間に、テルトは我関せずとばかりに自分の軍装に付着した汚れを洗浄(?)してゆく。
ことほど便利なこの生活魔法だが、実は使い手はそれほど多くない。
それは何故か?
『清潔か否か』は直接生死にかかわらないからである。
常人の魔法の習得には並行して学習できるとはいえ簡単な魔法を覚えるのにも、数か月から数年とそれなりに時間がかかる。
そして魔力量は有限、しかもちょっとした魔法を習うにもお金は必要である。
生活魔法の中でも、飲料水生成の魔法が一番需要が高く、次は魔法の明かりを灯す魔法だろう。
必要魔法量のわりに役立ち、時に安全な飲み水の確保は生死にかかわる。
攻撃魔法を扱えるほど才能や魔力量がないとしても、生活魔法を覚えるくらいの最低限の魔法の才能と、温かい懐事情のものなら、対効果費用のコスパの良いこの二つを覚えるのが世間の常識であった。
生活魔法の中でも浄化の魔法は魔力消費量が大きい。
なので一応聖属性に関する魔法に属し、効果もよく知られているこの魔法だが、覚えているのはよほどのモノ好き。若しくは王侯貴族に仕え、生活魔法を専門に修め、その魔法による奉仕を役割とする従者くらいである。
因みにテルトが暮らしたエルフの里では、『便利な生活魔法』として広く親しまれ、ほぼ全員がこの魔法を使うことが出来る。
まぁ、最大の理由は森との調和を重んじるエルフや、前世でクリーンな(清潔という意味で)世界を生きてきたユーリアたちと比べて、この中世的世界の住人にとって清潔である事はあまり優先順位は高くない。
というより、毎日風呂やシャワーに入るなど庶民には望むべくもないこの世界では、ある程度そう言う方面に対しては『鈍感』というか『寛容』でなければやっていられないという事情もある。
生まれながらに才能豊かな魔術師であることを約束されているエルフにとっての常識と、人間の世界での常識の隔たりを感じさせる挿話の一つである。
「今日は何だ―?」
「今日はカツだぞ~。」
尋ねるフルーの方は見ずに料理の盛り付けをしながら淡々と答えるユーリアの言葉を理解していきなりフルーは奇声を発し、ユーリアは危うく皿を取り落としそうになる。
「くっひょぉー! あなたが神か! まさかこの世界でトンカツが食えるなんて! 大好物なんだよぉ~~!」
その熱いまなざしは、ユーリアが取り落としかけた、レストランバイキングなどで使われそうな仕切りの着いた皿に鎮座した『カツ』に注がれていた。
「あぁ、ゴメン・・・。言い方が悪かった。カツはカツでも『トンカツ』じゃないんだ、スマン。正確に言うとミラノ風カツレツに近いな。」
「ほえ?」
フルーの脳内は
『「カツ」に関連する項目は1件です。 もしかしてトンカツ?』
という状態であるらしく、補足説明が必要なようだ。
付け合わせのマッシュポテトや、野菜も盛り付けながらユーリアは続ける。
「あ~うん。 揚げ物は油の始末とか大変だし、そもそもそんな大量の油を持ってくる余裕がないからね。 いわば揚げ焼きだな、豚の薄切り肉に、スパイスや塩を混ぜた衣をまぶしてちょっと多めの油でじっくり焼いていくわけ。」
「はーん。 要するに薄いトンカツって事だろ?」
「ま、まぁ、そう言えなくもないけどな。 熱いうちに食べたほうがいいから食べちゃおう、ほれっ。」
これ以上は説明するより、食べさせたほうが早いと判断したユーリアは二人の手元へ盛り付けの終わったプレートを差し出し、音頭を取る。
「はい、それじゃあ、いただきます。」
「「いただます!」」
期待に胸を膨らませて、カツレツを口に運んだフルーの目が大きく見開かれ、咀嚼していた口の動きが止まる。
「・・・。」
そして無言。
「あ、やっぱ想像と違ったか? ガリアに戻ったらレシアさんに厨房を借りて作るからさ。」
トンカツとカツレツは似ているようで味わいや触感はかなり違う、やはり失望させてしまったのだろうかと、無言のまま固まったフルーに言葉をかけるユーリア。
しかし、フルーはきゅっと目をつむると首を激しく横に振り、再び咀嚼を始める。
そして空を仰ぐように上を向き、しばし何かの余韻に浸るような動作のあと、くわっと目を見開いてユーリアに勢いよく向き直った。
「・・・ユーリア総料理長、中身はもしかして・・・? 」
『総』も何も一人しかいない『料理当番』は、フルーの大仰な物言いに若干戸呆れつつも答える。
「あ、あぁ・・・。 オリジナルのレシピなんだけど、薄切り肉を二枚合わせて中にトマt・・・じゃなかった、薄切りにしたリコとチーズを挟み込んで揚げ焼きにしてあるんだけど、気に入ったか?」
その言葉を聞いてフルーは今度は勢いよくブンブンと首を縦に振り、ついでに興奮のあまり人形態であるにもかかわらず具現化した尻尾がワッシャワッシャと横に振られる。
騒々しいが、これだけ素直に喜びを表現されると180ガド(180センチ)ある獣人がいっそかわいく見えてくるから不思議である。
「さいっこぉー! 最高だぜぇええ!!」
「あ、あぁ。ならよかった・・・。」
「こりゃぁ、本物のトンカツが楽しみだぜ!」
「そこはちゃんと聞いてるとか、都合のいいヤツめ・・・。うん、でもなかなかよくできてるな我ながら。」
何というか、食事ではあまりお目に掛かれないテンションでミラノ風カツレツにかぶりつく獣人フルー、そしてそれを苦笑しながら見つつユーリアも満足げに口に運ぶ。
その二人とはまた別のテンションで、テルトもまたそのカリッとした衣と、ジュワっと溢れるリコとチーズの旨味に舌鼓を打っていた、・・・悔しそうに。
「くそっ、くそっ、くそっ! 何でこんなに美味いんだ! ドゥーチェのクセに、ドゥーチェのクセにっ! はむっ、はむっ! 」
「・・・。」」
その『悔しそうに美味しそうに食べる』という器用な光景を目の当たりにしながらユーリアは理解した。
「あぁ・・・、そう言えばこれも一応長靴の国の料理だったね・・・。」
(う~ん、ドイツ料理とか知らないしなぁ。)
たまにはテルトに『敵性ジャンル』以外の料理を作ってやりたいと思う反面、ドイツ料理を考えても何もイメージに浮かばないユーリアだった。
実は『シュニッツェル』という『まんまカツレツ』の存在がドイツには存在するのだが、不幸にして(?)ユーリアの前世の記憶にはその情報はインプットされていなかった。
ワイワイと夕食を済ませたあとは恒例のお茶タイムである。
ここでしばし雑談などしながら、翌朝に備えて就寝するのがいつものスタイルだ。
テルトはいつも通りハチミツを入れて、ユーリアはストレートで、フルーは猫舌なのでテルトの魔法で氷を浮かべて、というのが定番である。
因みに味や香りは紅茶に似ているが別物らしく、ハチミツを入れても黒くはならない。
湯気の立つカップを両手のひらで転がしながら、ユーリアは前世ではまず見ることの出来なかったようなきれいな星空を眺めつつ、世間話のつもりでテルトにふと以前から気になった疑問を投げかけた。
「な~テルト。ずっと疑問に思ってたことがあるんだけどさ。」
「? なんだ?」
「この魔道戦車ってよっぽど燃費がいいのか?」
その問いが発せられた刹那、テルトは石像のように一瞬固まり、危うくカップを取り落としかける。
そしてお茶を震えている手で口に運び、ぎこちない笑みを浮かべて問い返してきた。
「・・・。ど、どどどうしたんだいきなり? 変なことを聞くな、はははっ。・・・。」
激しく動揺しているテルトの挙動に、質問の意図が伝わらなかったのかとユーリアは勘違いしていた。
「? そうか? いや、だって王都を出てから一回もガソリンとか給油してないし。 まぁ魔道戦車っていうくらいだから、ガソリンじゃないんだろうけど。 っていう事はあれ? これ何で走ってるの?」
しばしの沈黙のあと、テルトは言葉を選ぶようにたどたどしく答える。
「う、うむ。 魔力、だな・・・、うん。」
冷汗をかきながら答えるテルトに、ユーリアは今更ながら知る事実に感心した。
「へぇー!? 魔力でこんなデカい戦車が走るの? 日中ずっと? すごいなぁ、じゃあよっぽど燃費がいいんだねぇ・・・。」
これも興味本位での質問だったが、テルトは
『うっ・・・。』
と呻くような声を出すしたあと歯切れ悪く答えた。
「い、いや・・・。 燃費はすごく悪い・・・残念ながら。」
「えっ? 何で?」
「・・・。」
再びの沈黙。
テルトの視線は暫く宙をさまよっていたが、やがて何かを観念したように目を閉じて息を一つ吐くと、いつものテンションで説明を始める。
「はぁ・・・。この戦車は車体や砲、足回りのほぼすべてに魔鉱石を用いたミスリル合金を使っている。それはいつか話したろう?」
「あー、うん。 あんまり詳しくは知らないけど。」
「うむ・・・。この戦車は魔鉱石の合金で戦車全体に魔力をいきわたらせている。その魔力を魔導エンジンの馬力の伝達効率を上げたり、ギア間の摩耗を防いだり、砲塔の旋回させる部分などに用いられているベアリングの動きを滑らかにするのに利用しているんだ。」
「へぇ、万能だねぇ。」
「うむ、要するに電気代替として、もろもろの機械を動かすのが一つ。更に工作精度の稚拙さや、技術的な未熟さを補い、性能を底上げするため、戦車全体を一種の魔道具として魔力を流して動かしているんだ。 だがその『魔力回路』の技術もまだ発展途上で、ロスは大きい。 常に魔力は流しっぱなしで、その魔力消費の量は尋常じゃない。」
「へぇー。そうなんだ、知らなかった。」
「いくらマグヌス氏がこの世界で最高峰の鍛冶職人兼魔道具技師といってもいきなりティーガーのような重化学工業技術の塊みたいなものを前世と同じレベルで作れるはずがないからな。」
「なるほどなぁー。 ってことは、テルトの魔力が凄いのか―。」
初めて聞く、事実の数々に、社会見学に来た博物館で学芸員の解説に聞き入る生徒のようにユーリアはうんうんと頷く。
隣で聞いていたフルーもなんとなく『雰囲気』レベルでは理解できたらしく、うんうんとユーリアに合わせるように頷いていた。
そんな彼らの様子を見ながら、テルトは努めて冷静に言葉を続ける。
「いや、私の魔力ではない。」
「へっ、どゆこと?」
「私の魔力ではこの魔道戦車を動かすのは不可能、と言う事だ。私の魔力量もかなり多いほうだが、それでも魔道戦車を動かそうと思ったら5分ともたないだろう・・・。」
そこで言葉を切ると、テルトは真っすぐ正面からユーリアを見つめる位置に立つ、
「? どしたんだ?いきなり?」
まだ状況がつかめていないユーリアに若干のもどかしさを感じながらテルトはゆっくりとかみ砕くように口を開いた。
「・・・ユーリア、落ち着いて聞いてくれ。・・・君だ。」
「は?」
「君の魔力なんだ! この魔道戦車を動かしているのは。」
「「ふえっ?・・・えええええっ?!」」
テルトの発した言葉に、フルーとユーリアの音程の外れた叫びが被さるように響き、夜の街道に響いた。
お読みくださりありがとうございます。




