幕間-魔道戦車と、夜営の一コマ
さて、ビゴワたちがこの日直面したリジュンの危機から話は遡り・・・
その夜、テルトを車長とする遊撃隊はリジュンまであと二日の行程にまで差し掛かっていた。
初日の教訓から、やはり長時間の運転は前世での高速道路の運転ほどでは無いとは言え、長時間休みなしの運転は負担が大きいと言う事で、適宜休憩を挟みつつ、操縦手は3人で持ち回りの役目となっていた。
因みに夜は戦車に寄り添うようにツェルトバーンで天幕を張り、夜営すると言うのがルーティンとなりつつある。
テルトは文字通り愛車に寄り添って、幸せそうな顔で寝ているのだが・・・。
ティーガーの『快速』をもってすればリジュンにはウブンの軍勢が攻め寄せるよりも先に余裕をもって到着できるはずなので、ユーリア達に夜間行進の予定はない。
ティーガーに生活魔法を組み込んだ魔道式のヘッドライトは装備されてはいるが、月が無ければ本物の闇に包まれるこの世界でその程度の光量で動き回るには若干こころもとない。
リタとを結ぶ交易路とはいえ、王都周辺ほどは整備されているわけではないのだ。
なら無理をして一両しかない魔道戦車を壊すこともないだろうというわけで、日没後は適当な場所で野営するのが慣例となっていた。
天幕の近くに設置した鍋のからクツクツと食欲をそそる音とともに、鼻をくすぐるような刺激的な香りが漂う。
竈の番人は勿論これまた料理当番のポジションが慣例となったユーリアだ。
「どれどれ・・・。うん、コレはこれでなかなか。」
いつもの儀式に最後に味付けをチェックすると、ユーリアは二人を呼ぶ。
今日はこちらの世界のスパイスを用いたカレーである。
と言ってもリンゴとハチミツが隠し味の某国の地名を冠した家庭の味のカレーではなく、オサレなカフェのランチでありそうなスープカレーに近い。
リタ原産の香辛料は、前世の中世と同じくこちらでもバカ高いが、食に関しては一切妥協しない3人の料理を任されたユーリアに躊躇はなかった。
高いと言っても量や重さに比べてと言う事であり、普通に料理に使っていればそうそうなくなるものでもない。
「おーい! 晩御飯出来たよぉ!」
「ふぅ・・・、もうそんな時間か、了解した。 今向かう。・・・よっ、と!」
テルトは工具をその場に置き、宙に漂わせていた生活魔法で作りだした魔法の光を消すと、額にうっすらと浮かんだ汗を拭う。
後部のエンジンルームで魔道エンジンの整備を切りあげ、機械油で黒く汚れた手や顔を浄化魔法できれいにしながらストンと降りてくる。
魔道エンジンをはじめとする、魔道戦車の機械部分の整備と保守点検が最近のテルトの夜営での日課となっていた。
魔道エンジンも前世のものよりはるかに単純な構造とは言え、一応内燃機関らしきもの(燃料は魔力だが)を備えており、メンテナンスフリーというわけにはいかない。
マグヌスさんが前世旧軍の実験機よろしく、部品の一つ一つまで擦り合わせをし、オーダーメイドで作ったこの魔道エンジンの機械的、魔導的な工作精度。
量産しない、出来ないからこその完成度。
加えて、テルトの我が子を愛でるような愛情を込めた整備があって初めて、魔道エンジンを積んだティーガーは日中を通して前世で言うところの2-30kmの速度で軽快に進むことを可能にしている。
前世では到底不可能な芸当だ、オリジナルではこの半分ですら進めるかどうかも怪しい・・・。
この世界の白金の虎は、オリジナルが前世で足回りのトラブルや、エンジンの損耗に悩まされ続けたことに比べれば、遥かに扱いやすい戦車になっているといえた。
エルフの幼じょ・・・もとい少女は戦車の整備、人間の青年は料理の準備と、なかなかこの世界でも前世でも珍しい適材適所の構図である。
「・・・浄化魔法を使っても油の匂いが若干残るな・・・。」
何かを包み込むように軽く指の第二関節までをまげてすぼませた丸っこい手を鼻でスンスンと嗅ぎながら呟く。
やっていることは犬のようなのだが、その所作は毛づくろいをする猫のようにも見えてなかなか可愛らしいな、などとユーリアはぼんやり考える。
しかし普段ならすっ飛んでくるはずの食欲の権化、業深き『肉欲』(文字通りの意味で)に取りつかれたフルーの姿が見えない。
例によって『いつも通り』一人だけ暇を持て余している獣人は、いつもならその辺でゴロゴロしているか、テルトの整備の手伝いをしているのだが・・・。
「あれ?フルーは?」
「む・・・、そう言えば暇だからその辺を散歩してくるとか言ってたな。」
今日は転輪や履帯などの重量物は問題がなかったらしく、出番はなかったのだという。
テルトが思い出すように答えると、タイミングを見計らったかのように、向こうから呑気な獣人の声が聞こえてきた。
「うぉーい! とったどぉー!」
どこかで聞いたような前世のうっすらした記憶を思い出し、その手元をよく見ると、そこには☆になったウサギが一羽かかげられている。
肌着に、軍装のズボンという軽装で、服は埃にまみれて茶色く汚れている。
恐らく獣人して夢中になって追いかけ回したに違いない。
「・・・何やってるんすか、フルーさん。」
「いやー、目の前を横切られて、ちょっと獣人の里にいた頃の本能がね? ちょっと待っててくれ、すぐ準備するからっ!」
王都には大自然も、いきなり路地から飛び出してくるウサギもいないので気づかなかったが、フルーはやはり獣人なだけあって、こういう場にいると少なからずその獣人としての本能が刺激されるようだ。
フルーはそう言うと、煮炊きをしていた場所から少し離れ、手にした小型のナイフであっという間にウサギを前世のスーパーに並んでいても見分けがつかないような見た目へ『加工』していく。
肉食がメインな獣人の村ではごく当たり前の事なのだろう、動きにも行程にも一切の迷いがない。
環境は人を変える。
前世でコンクリートジャングルに囲まれていた現代っ子も獣人の社会ですっかり野性味あふれる技術を身に着けていた。
「アウトドアになると生活力アップする奴っているよな・・・。」
「ある局面だけ強さを発揮するとかどこのイタ公・・・。」
しかし異文化とは往々にして誤った理解のされ方をするものである。
この場合もその例に漏れず、それぞれが妙な感心の仕方をしている二人の前に、皿に綺麗に盛り付けられたお肉が差し出される。
「早速食べようぜ~♪」
「お、おう。ちょっとまってな・・・・」
サクサクッとお肉にされてしまったウサギの末路に戸惑いながらも、料理人としての本能が今度はユーリアをてきぱきと動かす。
岩塩に数種類のスパイスを混ぜたものを肉によく擦り込み、焼いていく。
すぐにこんがりと美味しそうに焼き色に仕上がったそれを、パンと共に更に盛り付けて手を合わせる。
そしてユーリアはお約束となった流れ通り、厳かに宣言する。
「手を合わせましょう。」
「「「いただきます!」」」
「ンまぁああぃ!」
「お前いっつもそれだよなー。あ、でもこれカレーと食べても上手いかも。ベースに使ったやつが似てるから相性いいのか―。」
「紅茶の国はずるい・・・植民地の食文化も、自分の手柄にするなんて・・・くそぅ。はぐっ!はぐっ!」
「悔しがりながら、おもいっきり食べてますやん・・・。」
フルーの過剰な称賛と、相変わらず本人にしかわからないテルトの悔しげな呻きにユーリアが適宜ツッコミを入れながら、今日も平和な野営の夜は更けていく・・・。
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