出発前夜、鬼教官のスパルタ特訓
そのテルトの様子を満足気に眺めながら恐らく技術者としての業の深さでは並び立つ者の無いマグヌスさんは感慨深げに目を伏せて息を吐いた。
「いやぁー正直本当に大変じゃったぞ。 本当なら納期はもう少し先のハズじゃったんじゃが。 マクスの坊主にバレてからはひっきりなしに催促が来てな。手を焼いたわい。」
その言葉を聞いてヒックスがマクスを半眼で見つめる中、マクスは言い訳するように口を開いた。
「いやいやー、でもそのおかげで今回の有事に間に合って戦力化できたわけだし、ね?」
「フンっ!偶然じゃろが!」
「うーん? 二割くらいは想定してたよ? 『竜眼』でキナ臭い情報は少し前から集まってたからね。」
これが言い訳やハッタリに聞こえないところがこの少年の怖いところである。
マグヌスの見解も同様らしく、それ以上はマクスに強くは抗議しない。
「かーっ! かわいくないガキじゃのぅ。 まぁ、わしもこれで大仕事が一つ片付いてホッとしておるよ。」
なんだかんだ言って王国一の鍛冶職人であり、魔道具職人でもあるマグヌスは充足感に満たされた表情をしていた。
「あ・・・。」
その声に我に返ったようにテルトの蕩けていた目が焦点を結び、ゆっくりと車体にもたれていた上体を起こすとマグヌスさんに向かって跪き頭を下げた。
「マグスヌさん、本当に、本当に、本当にっ!!!・・・ありがとうございます。この子の代わりにお礼を申し上げます。」
「やめいやめいっ! まぁ、気に入ってくれたなら満足じゃよ。 ふぁっふぁっふぁっ!」
照れながらも胸を張るマグヌスさんは誇らしげである。
フルーはと言えば、さすがに魔道戦車ともなると、趣味の範囲外でも、食べられなくても、はたまた『ヤキュウ』でなくとも興味がわくのか、グルグルと戦車の周りをまわったり、触ったりしていたがテルトがようやくこちらに世界に還ってきたのに気づくと、のほほんとテルトに問いかけた。
「なぁ? これでリジュンまで行くんだよなぁ?」
「? そうだが・・・?」
テルトは今さら何を言ってるの?という表情だが、続くフルーの言葉に理解の色を示した。
「運転はテルトちゃんがしてくれるの?」
「それを言うなら操縦、だな。いや、私は車長だから操縦まではこなせない。すまないな。」
フルフルと首を横に振るテルト。
「いや、別にいいんだけどさ、うんて・・・間違えた。 操縦できる人いないとダメなんじゃない?」
フルーが珍しく至極まっとうな質問を投げかけると、テルトはこともなげに告げた。
「あぁ、それについては問題ないぞ。ちゃんとアテはある。」
「え? 誰か操縦できる人がいるのか? この異世界に?」
「? いるわけないだろう?」
テルトが
『何を言ってるのこの獣人は?』
という目で見てくるがフルーは話が見えてこない。
「えっ?じゃあ誰が操縦するの?」
「決まっている。フルー、ユーリア。 諸君らが、だ。」
いつの間にか口調が変わりつつあるテルト。
男子の性というものだろうか、同じように戦車を興味深く見ていたユーリアも同時に上ずった声を上げた。
「「えっ?!」」
「正確に言うなら、操縦手はユーリアに勤めてもらう。だが、万一の場合に備えてフルーもある程度の操縦はこなせるようになっていた方がいい。」
「「えええっ?! マジっすか!?」」
「本気と書いて『マジ』だ!さぁ、特訓だ新兵ども! たっぷりとしごいてやるから覚悟しろっ!」
左手を腰にあて、右拳を顔の前で固く握りしめたテルトが力強く宣言する。
「「は、はい!」」
既にここから特訓始まっているらしい、
「声が小さい!明日の出発まで時間がないぞ! 気合を入れろ!」
そう言われて二人とも我知らず、軍隊っぽい言葉が口を突く。
「「いえっさー!」」
だが、空気を読んだはずの二人の言葉はにテルトは拳をワナワナと震わせている。
どうやら怒っている・・・というよりは悔しいようだ。
しかしその原因がわからずに怪訝そうな表情で二人が顔を見合わせていると、テルト軍曹は全身に無意識に炎の魔法を迸らせながら、震える拳で二人に心底無念な声色で告げる。
「くふぅーっ!お前らは上官をおちょくってるのか! よりによって何で英語なんだぁ~! 敵性言語だぞ! そう言うときは『ヤヴォール』だ! むぅ・・・、常識も知らないとは。 」
そのあとも
『全く・・・ヤンキー魂に毒されおって・・・。』
などとブツブツ呟いているが、正直理不尽そのものである。
ドイツ語に(軍事面の用語だけ)理解の深いテルト基準で考えてもらっては二人には『常識』のハードルが高すぎる。
((そんな常識わかんねぇよ〜っ!))
二人は対外なむちゃぶりに抗議したかったが軍曹モードのテルトの危険に輝く双眸を見て、無言のうちに頷きあう。
二人の目の前には
『大人しく従う』
『抵抗する』
という分岐ルートがあるが、取り敢えず身の安全の為に『大人しく従う』ルートを選んだ。
というか分岐を間違えると軍曹の魔法が飛んできかねない。
「ヤ、ヤヴォール!」
(はっ! はずかしぃい~!)
二人はかなりの恥ずかしさに耐えて威勢よく返事をしたがその甲斐あってテルト軍曹は何度も満足げに頷いている。
「よろしいっ! では早速訓練を開始する!」
そう宣言すると、矢継ぎばやに周りにも次々と指示を出していく。
「マグヌスさんは技術者チームの皆さんと一緒に、実際に試験運用してみての微調整を! ヒックスさん、申し訳ありませんが食糧などの物資の手配をお願いします! 恐らく明日の出発まで訓練に時を費やすと思いますので。」
「おう、まかせておけいっ!」
「承りました、テルト様。すぐに手配いたします。」
「よし!行動開始っ!」
『誇り高き第三帝国軍人』のロールプレイを自主的に開始したテルトは、てきぱきと指示を出すと、新米の戦車兵に最低限の操縦のイロハを叩きこむべく、特訓を開始した。
*************
脳内でさんざんシュミレーションしたという言葉通り、テルトは戦車に搭乗するなり、鮮やかにティーガーを操縦すると、倉庫を豪快に破壊するというようなハプニングもなく、戦車を馬場まで引き出すと、そこで 停車させる。
そして軽やかな身のこなしで開いたハッチから地面に降り立つと、戦車の前に立ち、テルトの操る戦車に誇乗してきたテルトとユーリアを整列させ、不敵な笑みで告げる。
「各員傾聴! 喜べ! 基本的にはティーガーの操縦は自動車とそう大きく変わらん!」
「いやいや、僕もフルーも普通に前世高校生までだから・・・。」
ユーリアが冷静にツッコミを入れるが、軍曹はそのような答えは求めていない。
「つべこべ言うなっ!」
「「ヤ、ヤヴォール!」」
こうして双眸に使命感の炎を燃やした鬼軍曹の特訓が始まった。
・・・。
「よしっ!だいぶ慣れてきたな! 次は信地旋回っ!」
「ヤヴォール!」
・・・。
「いいぞぉ! 次は超信地旋回だ!」
「ヤヴォール!」
・・・。
「ぬっ! 履帯が切れたそ嬢ちゃん! ここは儂らが・・・。」
「いやっ! 折角だ! ただいまより履帯復旧の訓練を開始するっ! 状況開始っ!」
「「げっ!こんな重たそうなものを・・・。」」
「返事がないぞ! 状況開始!!」
「「ひぃ~~!ヤヴォール!」」
・・・、・・・。
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こうして日暮れの時刻から夜中を過ぎるまでの訓練の結果、付け焼刃ながらユーリアとフルーの両名はともかくもティーガーの操縦ができるまでに上達した。
「よしっ!まだせいぜい半人前のヒヨッコというところだが、さしあたりコレだけ動かせればいいだろう! ではこれにて本日の訓練を終了する、出発に備えて十分に休養するように! では解散!」
「や、やぼぉ~る・・・。つ、つかれすぎて、し、しねる・・・。 ・・・、・・・すぴー。」
「寝る前に、夜食・・は食わなくてもいい・・・、とにかく寝かせてくれぇ・・・。」
操縦技術を中心に、履帯の復旧から、砲塔の旋回、砲弾の装填までを一通り仕込まれた二人は、『解散』の言葉を聞いた瞬間に白目を剥いて戦車にもたれるように意識を手放す。
テルトも普段の省エネ運転とは対照的なロールプレイで消耗したのか、電池の切れた玩具のように動きが徐々に緩慢になる。
「私の可愛いティーガー・・・。漸く、会えた・・・。 おやすみ・・・。」
何とか戦車の前まで危なげな足どりで近寄ると、そこで電源が落ちたようにコテッと頭が下がり、糸の切れた人形のようにユーリアたちの隣にへたり込むとすぐに小さな寝息を立て始める。
それから暫くして、
『ずっと訓練見てる!』
と、ゴネるマクスの襟首を掴み、駄々をこねる彼を引きずるように家へ帰し、食料をはじめとする物資の手配を終えて戻って来たヒックスは埃や、油で汚れた姿にも構わず仲良く寄り添って泥のように眠る3人を発見した。
恐らくマグヌスたちが拵えたのであろう、戦車のすぐそばに藁と戦車を覆っていた帆布の一部で出来た即席のベッドが作られている。
彼らの手で3人はそこへ眠ったまま移されたのだろう。
その上には労うようにふわりと毛布が掛けられ、傍ではシュタルフが万一に備えて戦車と三人を警護すべく、不寝番を買って出ていた。
「ユーリアさ・・・ま?」
シュタルフはヒックスと目が合うと無駄だというように小さく肩をすくめて苦笑してみせた。
そのリアクションと3人の爆睡ぶりを見て、ヒックスも思わず苦笑してしまう。
「フフ、そうですか・・・、それはお疲れ様でした。ゆっくりお休みくださいませ。」
そ三人の背後では戦車にマグヌスさん達工房のスタッフが揃って真剣な表情でそれぞれの受け持ち個所に取りついている。
出発まで時間はない、丹精込めた『作品』の完成度を高めるべく、そして発注主のテルトや、ナスネル家の期待に応えるため、彼らが夜通し作業する音は明け方まで周囲に響いたのだった。
こうして、マクスがユーリア達にリジュン救援を要請してからわずか一日でユーリアたちは王都を発つ。
土煙を蹴立てて進む、白銀の虎を駆って。
肩書はナスネル家所属の、
『竜眼臨時遊撃隊』
たった一両、三人の『遊撃隊』は要塞都市リジュンを目指し出撃した。
お読みくださりありがとうございます。




