白銀の虎
一行を乗せた馬車は郊外へと向かう。
馬車はナスネル家の家紋入りの豪華なもの、そして御者台にはヒックスさんが外套を羽織り、手綱を握っていた。
それには少しばかり事情がある・・・。
あのあと、ニコニコ顔で中庭から出る扉を開いたマクスだったが、スタートから躓いた。
思わぬ障壁がドアの向こうに立ちはだかっていたのである。
・・・マクスにとってだが。
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「さぁいこーいこー♪」
【ガチャ】
「?!」
マクスがユーリア達と共に魔道戦車を見に行こうと意気揚々と扉を開けた先に通路は見えなかった。
そこにはいつも通りの柔和な笑みに、指先をきれいにそろえて組まれた手。完璧な姿勢で行く手を遮る様に待機するヒックスさんの姿が視界一杯を塞ぐ形で静かに佇んでいた。
マクスの挙動が明らかに怪しくなる。
「や、やぁ、爺や。」
「おや? マクス様、このような時間にどちらへお出かけですか?」
「や、やぁ・・・。ははは、ちょっと散歩にねー。」
ヒックスはあくまで笑顔を崩さず、従者としての丁重な物腰でマクスに問いかける。
「すみません坊ちゃま、最近耳が若干聞こえ辛くなってしまったようでして。・・・、で? どちらへ行かれるのですか?」
僅かに耳をそばだたせるようにマクスの方へ傾けると、ヒックスはいつもと変わらぬ笑顔で優しく問いかける。
「いや、だから散歩に・・・ね? うっ!」
ヒックスはマクスに最後まで言わせずに一歩前に踏み出ると、そのまま体を礼を施すように折った。
振る舞いだけ見れば紳士的だが、まだこれから成長期を迎えるマクスに対して180ガドもあるヒックスのはかなり身長差がある。
そのためヒックスさんが至近距離からマクスを見下ろすような構図だ。
その威圧的な姿勢のまま、もはや凄みすら感じさせる笑みを浮かべてヒックスは再び問うた。
マクスに猶予を与えるように、ゆっくり、はっきり、あくまで笑顔で。
「大変申し訳ございません。 最後に、もう一度だけ、お尋ねします。 ・・・マクス様、これから、どこへ、行かれるのですか?」
(((ヒックスさん怖い・・・。)))
背後のユーリア達はいつぞやの真夜中、初めてヒッススさんと会った時の事を鮮明に思い出していた。
いつもその柔和な笑みについつい忘れそうになるが、ヒックスさんはこの自由すぎるナスネル家の三男坊の襟首をつかんで引きずっていける人物なのだ。
頭上から満面の笑みで凄まれ、流石にマクスもこれ以上の抵抗をあきらめたようである。
年齢相応の少年らしい拗ねた表情と声でぼそぼそと呟く。
「だって・・・魔道戦車見たいんだもん・・・。」
(あぁ・・・、いつもこうならかわいいのに・・・。)
そう万感の思いを込めてユーリアが心の愚痴日記に書きつけていると、マクスさんは表情を崩して頭を上げる。
その顔は保護者としての愛情の眼差しと、いつも繰り返されているであろう困りものの主人とのやり取りに対する諦めの表情があった。
「はぁ・・・。仕方がありません、私も一緒にご一緒いたします。」
「やたっ! 爺や大好きっ!」
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そんなやり取りの結果今、ヒックスさんが手綱を取り、マクスとユーリア達一行は馬車で街門を抜け郊外へ向かう。
日も暮れかけた中、ヒックスさんの操るナスネル家の豪華な馬車で向かった先は、いつものマグヌスさんのアトリエではなく、王都の街門を潜ってすぐにある騎士団の馬糧を保管するための倉庫であった。
倉庫と言っても時期が時期である。
各方面の緊張の高まりによって各地へ派遣された騎士団に追従する輜重隊によって大量の馬量が前線へと運ばれており、いくつかの倉庫は空になっている。
魔道戦車はそんながらんどうの空間になった倉庫の一室を借りて組み立てられているらしい。
「どうしてわざわざ郊外で組み立てを?」
とユーリアが問うと、
「そのほうがいろいろと都合がいい・・・。」
というテルトの返事だった。
何が都合がいいかは現地で見てもらったほうが早いという。
テルトも製造過程はしばしば工房に足を運んでみていたが実際に組み上げられたものを見るのは初めてらしく、あとはユーリアが何を言っても上の空であった。
時間外の街門をあっさり顔パスで潜り、暫く馬車を走らせると、三角屋根の大きな木造の倉庫のような建物がいくつも見えてきた。 日の翳り始めた薄暗い風景の中、そのうちの倉庫の一つ、戸口のあたりにぼんやりとした明かりがともっているのが見える。
「どうやらあそこのようですな・・・。」
ヒックスがそういいながら馬車を向けると、戸口には人影が立っている。
どうやらシュタルフさんのようだ。
ゆっくりとこちらへ近づくいてくると、少しだけ意外そうな表情を見せたあと、何事もなかったかのように恭しく頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました。 まさかマクス殿下もいらしてくださるとは。主のマグヌスも喜びましょう。どうぞ、中へお入りください。」
そういって倉庫の扉を引き開けると、馬車から降りたユーリア達を中へと招き入れた。。
魔法のぼんやりした明かりがいくつもともされた室内は本来の役目を主張するように、飼葉の枯草のようなにおいが鼻をくすぐる。
中央には帆布で覆われた巨大な物体、上空に向かって突き出た突起部がその隠しきれない中身を雄弁に語っていた。
そしてマグヌスさんと工房の関係者らしい、いかにも職人然とした風貌や、学者然とした数人がその周りを囲んでいた。
彼らは例外なく疲労の現れた顔に充実感を滲ませている、何事かをやり遂げた男の顔である。
前世の某「プロジェクト的な物体X」という番組のテーマソングでもかかりそうな空気だ。
そして中央には腕組みをしたマグヌスさんが煤や、油に汚れたツナギのような作業着姿のまま、床几のような椅子に腰かけていた。
「遅いぞお主たち! もう待ちくたびれたわい。 ん?何じゃ? なぜナスネルのとこの倅も居るんじゃ?」
「いやー、話を聞いてたらいてもたってもいられなくなっちゃって。なにせコレはマグヌスさんの最高傑作ですから!」
ニコニコとした表情と笑顔声でさらりとマグヌスを持ち上げてみせるマクスの言葉に、不審な表情を浮かべ顔を引き締めていたマグヌスの表情筋が文字通り崩壊し、緩み切って吊り上がった頬からは不思議な声が漏れた。
「くふぅーっ! こっ、これこれ!おだてずともいいわいっ! ま、まぁ、せっかく来てくれたんじゃ。お主も見ていくとよい! ふはははっ!」
一応、取り繕いはしたがマグヌス、露骨に上機嫌である。
それにしても、おっさんドワーフが嬉しさで身もだえした声を上げるなど誰得であろうか・・・。
「さぁ! 括目するがよいぞっ!! これが嬢ちゃんの発注した魔道ティガー戦車じゃ!」
立ち上がった反動で床几が倒れる勢いのままに、マグヌスさんのたくましい腕がサッと挙げられる。
すると後ろに控えていた工房のスタッフたちが
【バサアッ!】
一気に帆布を取りさらった。
「・・・」
すぐには声を発する者はいない。
そこにあったのは正に威容、『白銀の虎』がそこにはいた。
己の堅固さを誇示するように直線で構成された重厚な車体はミスリルと魔鉱石の合金という秀麗な顔を隠すが如く、暗灰色の塗装で戦化粧を施されている。
重量感のある巨大な車体下にはそれを支え、大地を踏みしめ、縦横に駆けるための履帯。
その内には無数に連なる転輪が犇めいている。
そしてその巨体に比べてスマートな砲塔からは長大な砲塔が突き出し、振り上げた拳のように、その精悍な姿を主張していた。
「・・・あぁ、これぞまさに・・・まさにっ!・・・。」
テルトはその威容にフラフラと魅せられたように近づくと、周囲の目も構わず体を折り曲げ、車体に恍惚とした表情で頬ずりを始めた。
車体はそれなりにひんやりとしていいるはずだがなぜか頬には赤みが射している。
見た目は実年齢に似合わず完全に『ようじょ』寄りの少女であるために、武骨の塊である戦車とのギャップが凄い。
脳が『戦車』と『幼女』のゲシュタルト崩壊を恐れて情報処理を拒みそうな光景である。
「げっ?! テルトちゃん!?」
「・・・。(うーん、大惨事・・・。)」
フルーがさすがにドン引きした声を上げる、ユーリアも態度に出さないだけでテルトの狂態を心のノートの一ページが真っ黒になるほどの情報量で書き留めていたが、対照的にマグヌスさんたち開発陣は明らかに空気が違う。
まるで、
『わかる! 分かるぞ同志よ! さぁ好きなだけ頬ずりするがいいさっ!』
とでもいうような温かい眼差しで微笑すら浮かべてテルトを見つめていた。
(こいつら全員一度は似たようなことしたことあるんじゃなかろうな・・・。)
ユーリアは心の中で呟いたが、その呟きは冗談でも何でもなく完全に事実であった。
仮に口に出したとしても、
『?それが何か?』
という程度のものであろう。
・・・技術屋という人種は往々にして業の深い職業であるようだ。
(うーん、自分は技術者には向いてないな・・・)
ユーリアがそう確信した瞬間だった。
お読みくださりありがとうございます。
やっと、テルトの悲願を成就させることが出来ました(><;
これからも応援よろしくお願いします。m(__)m




