ユーリア、あっさり合格する
そう戸惑いつつもとりあえずオウム返しに答えたユーリアだが、村長はその反応も予想していたらしく笑顔で続けた。
「そうだ。君は読み書きだけじゃなく、ローグさんのおかげでかなり学問も出来ると聞いている、ジュトスの息子なら剣の腕も確かだろう? その君を見込んでの話なんだよ。」
そう言ってアゴをさすりながら続ける、そうしたからと言って減るモノでもあるまいが・・・。
「君さえ望むなら、面接官に推薦状を書いてあげても良いし、王都への旅費もワシが出してあげよう。君にはずいぶん助けられたし、村から宮仕えの者が出るとなれば私も鼻が高い。どうだい?興味はあるかね?」
言い終えて、反応を待つ村長にユーリアは素直に答える事にした。
余り家計に余裕があるとは言えないユーリアの家にとってずいぶんと有り難い申し出だ。
だが、ユーリアには取り敢えず確認したいことがあった。
「ありがとうございます、村長さん。えーと、ありがたいお話ということはなんとなくわかるのですが。・・・・、そもそも審査官って何なのでしょうか?」
聞きなれない名称に疑問を覚えながら失礼のないように言葉を選びながら尋ねると、村長の代わりにジュトスが答えた。
「確かに、この辺の田舎じゃあんまりなじみのない職業だからな。審査官っていうのは主に王都や重要な関所で人の行き来を審査する職業のことだ。色々な事務仕事なんかもあるし、商人なんかとも接する機会が多いから、お前みたいにちゃんとした学のある奴じゃなきゃあ駄目だしな。」
割り込んできたジュトスに嫌な顔をするわけでもなく、その説明を聞きながら村長は我が意を得たりとうんうんと律儀にうなずいている。
「俺ら平民は、まぁまず騎士になることはできねぇ。だがな、審査官の役職の門戸はわけ隔てなく開かれているんだ。王国審査官といえば宮仕えの役人だ。それもローグのじいさんの徴税官と同じような中級官吏のな。相続する領地のない貧乏貴族や、店の暖簾を継げなかった商人の次男、三男坊なんかがなることが多いが、それだけに給料も悪くない。何より王都は楽しいしな!まぁ志願者が多いから試験は大変かもしれんが、どうだ?興味が沸いてきたか?」
面白そうに息子の反応を伺う父親、変わらず微笑みながら返事を待つ村長。
考え込むように口元に手をあてて聞いていた息子が顔を上げると、「5年前のあの時」のような表情で目を輝かせていた。
「はい、村長さん!父さん!僕審査官の試験を受けてみることにします!」
「おぉ!そうかね!いやぁ~、良かった良かった。父さん母さんも寂しくはなるかもしれんが、同じ家から二人も王都行きが出るとなれば父さんも鼻が高かろう。なぁ、ジュトスさん。」
「え、ええ。そうですね・・・。」
デジャヴに若干の不安をジュトスは覚えたが、父は自分に言い聞かせていた。
(大丈夫だ、今回はちゃんと地に足の着いた話じゃないか。息子が将来の道を決める、良い事だ、何も問題はない、うん。)
そしてそれから暫くの時間、今後の試験までの話や費用についての話をした後村長は帰って行った。
「ユーリアちゃんが村からいなくなっちゃうなんて~。おかあさんが嫌いなのぉ~?」
「いや、そんなわけじゃ! っぷ、くるしいっ!」
あまりの急な展開に子煩悩な母のユナはショックだったようで、半べそを書きながら息子に抱きついてから早々と休んでしまった。
落ち着いて気持ちの整理がつけば、心から息子の事を応援してくれるはずだ。基本的には喜ばしい事なのだから。
「ほれ、飲めよ。いやーしかし盲点だったな。俺もすっかり忘れてたわ、村長さんには感謝しないとなぁ。」
「とうさん・・・ありがとうございます・・・。」
突然のとんとん拍子の話にさすがに気疲れしたのかぼーっとした息子に、あの時鍛冶場でしたように二つ用意した木のカップの一つを差し出す。
違っているのは中身が芳醇な香りのする、紫色の液体だということだ。
カップの中身に気付いてユーリアはは少し驚いた。
「これって・・・いいんですか?」
「あぁ、だが母さんには内緒だぞ?ヘヘッ、とっておきだからな。まぁ、今のお前はもう子供じゃねぇ。一人前にはまだまだだが、いわば半人前だな、それも来年には一人前になるかもしれねぇし、な?」
そう目くばせしていいながら、人好きのする笑みを浮かべてカップをコツンとぶつけ乾杯すると中身を呷った。
「父さん。」
「ん?」
ぽつりと呟くユーリア。
「感謝してるんです。あの時バーレナさんのところへ連れて行ってくれて・・・。あんなだったから、バーレナさんにはっきり言われて僕やっと気づくことができました・・・。」
「いや、まぁ、いいんじゃねぇの、そういうこともあるわな、カカカ。」
むず痒そうに、笑いながらまた酒を呷る父。
「えぇ、僕やっと気づくことができたんです。身の程を知るということの大切さに、そして勇者とか、騎士とかラノb、ゲフン。え~と、あっ、おとぎ話の主人公のような非現実的な夢を見るのをやめようと!」
「あ、あぁ、でも夢を持つのも・・・」
フォローを入れようとするジュトスを遮るように、ところどころ耳慣れない単語に詰まりながらも、じっとカップを見つめたまま、息子は一気にまくしたてる。
「いいえ、父さん!いいですかっ!夢でパンは買えないんですよ?!お金はというのは、大事な、大事なものなのです!安定した収入、親方日のm、ゲフン。王都の管理官という強力な後ろ盾のある公務い-え~こう~、そう!公務に携わる中級官吏になることの意味がお父さんにも分かるでしょう!約束された未来、安定した老後!細く、長く、堅実に!これが大切なんです!父さんっ!わかりますかこの僕の思いがっ!」
口調には熱がこもっているのに、全然夢とか、希望とか、若者成分が感じられない。
徹頭徹尾リアルな息子の言葉に父親は引きつった笑顔をうかべるしかなかった。
「う、うん。そうだな。なんか・・・、やっぱお前、変わったな…。」
「?そうですか?あーあ、なんかいろいろなことがありすぎて疲れちゃいましたね。じゃ、遠慮なくいただきまーす。」
ひとしきり喋ったあと、ちびちびと父秘蔵の葡萄酒を飲み始めたユーリアは普段と変わらない。
どちらかというと腕白で豪快なな兄ジェイガンとは少し違う、お行儀のよい妻に似て少しおっとりした優し気な息子の表情だ。
その姿を見ながら再びあの時の思いが蘇る。
うちの息子はどうなってしまったのだろうか?一体、何がどうなって、こんなことに?
(マトモなんだ、マトモだけど、そうじゃないだろ!!あぁーなんだこののモヤモヤはっ!)
振れ幅の大きすぎる息子に、再びリアルに頭を抱えたくなる衝動を、父はなんとか酒と一緒に飲み込んだのだった・・・。
それから夏が来て、ユーリアは受験のため王都へ向かった。
結果から言えば、あっさりと合格した。
所詮、倍率が高いとはいえ、前世の教育レベルと、ローグ老人が余生の暇つぶしに(失礼)、手塩にかけた生徒の前には楽勝のレベルであった。
面接では、ユーリアは何を勘違いしたのか、
「王国の建国理念に共感し、管理官を志望いたしました!」
やら、
「私は王国にとって潤滑油のような人間です!」
などとぶち上げ、面接官をひたすら困惑させた。
「そ、そうかね・・・。うん、わかった、ユーリア君。その・・・なんというか・・・ちょっと、落ち着こうか?」
・・・前世で仕入れていた怪しいテンプレワードをちょいちょいぶっこんでしまったせいで、面接官は無駄に困惑したが、アーダン村長の推薦状もある。
そして学科ではトップ集団に入る成績。剣技でもかなりの腕前を見せたので、大したマイナス要素にはならず、二度目の黒歴史は未発に終わったのはみんなにとって幸運だった。
そして秋、いよいよ養成期間を経て、正式に管理官に任官する為に、ユーリアは村から旅立とうとしていた。
その前の夜、村ではささやかな心づくしの送別会が開かれ、彼との別れを惜しんでくれた。
嬉しそうに酒盃を掲げる村長、
「ユーリア君、ばんざーい!」
「ありがとうございます、村長さん。いろいろとお世話になりました。」
静かに歩み寄り、手を差し伸べると握手を交わし、やさしく肩を叩いてくるローグ老人。
「フォッ、フォッ、ユーリア君がいなくなるとワシも人生に張り合いがなくなるのう。このままあっさりばぁさんのところへ行っちまうかのう。」
「いやー、そんなサクッととんでもないこと言われても。それはさすがに寝覚めがよくないんで、もうちょっと頑張ってくださいね?ローグさん。」
目を潤ませながらわが子に抱きついてくる母、
「うぅ~っ、ママ寂しいわぁ。王都までついて行っちゃおうかしらぁ~」
「駄目ですよ。ちゃんとお母さんは父さんを助けてあげてくださいね。」
それがひと段落すると、意を決したようにエスタが近寄ってきた。
ユーリアは首をかしげる。
顔を伏せているし、耳が真っ赤だ。
「ユーリアお兄ちゃん、絶対帰ってきてね。これ、私の大切にしてたヒスイのお守りよ。いつもそばにおいてあげてね。」
「え、いいのかい? そんな大切なものを・・・。ありがとうエスタちゃん。大事にするよ、元気でね。」
「うん、ユーリアお兄ちゃんも・・・グスッ! 元気でねっ・・・。」
それぞれがそれぞれの思いを込めて、次々に言葉をかける村長、ローグ老人、母のユナ、そして近所のエスタちゃん。
頬に赤みが差したエスタちゃんの表情は、完全にフラグが立っていた。
一つ年上の、学問だけでなく、剣にも秀でた審査官の卵。
田舎ではいささか過剰スペックなのだからまぁ無理もない。
((くっそぉおおおおおおお!!ユーリアのやつぅー!!エスタちゃんは「オレ」、「ボク」、「オラ」のもんだぞっ!!))
(いやぁ、わが息子ながら罪なやつだねぇ。まぁ、そんなつもりはねぇようだが、な。クククッ。)
そんな光景を歯噛みしながら見ているお年頃の男子達、そしてそれを面白そうに眺める父ジュトスのニヤニヤした笑み。
けれど鈍感な、というよりもあの一件以来自己評価が低すぎるという悲しい性のせいで息子は気付いておらず、フラグは完全スルーのまま、宴はお開きとなった。
そして夜、今のテーブルに肘をつき、一人ユーリアは佇んでいた。
さすがに目が冴えて眠れなかったのだ。
「いよいよ明日かぁ・・・。」
そう呟いていると、狭い我が家の台所から目の前の寝室の木戸が静かに開き、ジュトスが顔をのぞかせる。
「よっ、眠れねぇのか?」
ニヤリと笑う手には葡萄酒の酒瓶と、木のカップが掲げられていた。
その様子を見て少し緊張がほぐれたきがする。
「父さん・・・。そうですね、さすがになんだか、明日出発と思うと・・・。」
「やるか?」
「えぇ、頂きます。」
親子二人、酒を満たすと軽くカップを軽く合わせ、口をつける。
しばらく無言のまま時が流れたが、不意にジュトスが決意したように口を開いた。
「・・・ユーリア、実はな、お前に言っておかなきゃならんことがある。」
常ならぬまじめな表情を浮かべた父の言葉を息子はじっと待つ。
少し間があって、ジュトスは決心したように告げた。
「驚かないで聞いてくれ、なんていうのは無理だわな。・・・、お前にはとんでもない量の魔力が宿っている。」
「!?!?」
一瞬でユーリアはあの日以来の混乱に突き落とされた。
今明かされる驚愕の事実!ここからテンプレ主人公の活躍が・・・、始まりません。
では、引き続き後編をどうぞ