嵐の前の日常
店休日の看板が扉に下げられているはずのマクダ―ナルの店内にはなぜか明かりがともっている。
卓上には深刻な面持ちのユーリア、フルー、テルト、そして立ったままのレシアさん。
彼女にしては珍しく緊張した面持ちだ。
「今回こそは自信があるわ。」
その言葉に促されるように、3人は目の前の皿に手を伸ばす。
「「「いただきます!」」」
前世でおなじみの挨拶を交わすと、ゆっくりと口に運ぶ。
フワッ、モチッとした歯ごたえに続いて、バジルに似たパッセという香草と、トマトに似たリコという酸味のある野菜の旨みが広がる。そしてそこにかぶせるように主張してくる濃厚な濃厚なチーズの風味が食欲を更に引き立てる。
リコはポリネー原産の野菜で、まだ出回っている量は少ないようなので少々割高。
パッセに至っては、露地などにも自生していて比較的入手は容易なのだが薬の調合などに使う薬草の一種と言う事だった。
「アンタたち、これを使うなんて正気なの?」
などとレシアさんにこれを使いたいと言った時は心底不審がられたものだ。
しかし結果は見事に前世のピザの味を表現している。
「「「・・・」」」
「なんなのよ何とか言いなさいよっ!」
「「「うまいっ!」」」
声を揃えてそういうと、口々に感想を言う三人。
「いやぁー生地のモチモチ感がすんごくいいっ! 端っこの部分がカリカリなのがまた堪らないですよ!」
「それとリコの酸味と、チーズの濃厚さがサイコーだな! まぁ、俺は肉が乗ってた方が好きだけどな!ぐふおぉお!」
余計なことを言ってフルーはレシアさんにチョークスリーパーをかけられていたが、自業自得なので二人は見えなかったことにする。
そしてテルトがいつかのように悔しそうに言った。
「またしてもイタリアが私の前に立ちはだかるのか・・・。 無条件降伏だ、完敗だ。イタリアとレシアさんの腕の前に私は潔く兜をぬぐっ!」
どうやらテルトにとってイタリアは鬼門のようである。
(次また無理難題を押し付けられたら、パスタ料理の店にしようと思ってるんだけどなぁ・・・。)
などどユーリアは思っていたのだが、テルトは普段は自分の中でダメな子扱いであるイタリアに打ちのめされているし、不用意な発言でフラグが立っても困るので言わないでおくことにする。
「まぁ、3人とも満足してくれたみたいで良かったわ。ちょっとテルトちゃんだけは何言ってるかわかんなかったけど。」
コメントはともかくすでに二切れめを成敗しようとしている3人の反応をみてレシアも手ごたえを感じていた。
「じゃあひとまず合格ってことでいいのかしら?」
「「「もちろん!」」」
三人は口々に叫ぶと親指をグッと突き出した。
「なんなのよ、そのポーズは?」
もちろんこの世界では伝わらず、レシアさんは不審げな表情を浮かべただけ、3人は転生してから何度目かの失敗に気づき、しょんぼりしたように腕を下げる。
そんな三人のなぜかとても寂しげな空気を察知して、レシアが場を仕切りなおそうと話題を変える。
「で? この料理の名前は何だったっけ? マネージャー?」
「ピザです!」
「あぁ、『ピザ』ね。なんだか変な名前ねぇ。」
イマイチまだその名称に馴染めない様子のレシアさんが口を尖らせて言う。
しかしユーリアにはなんとなくの作り方以上の知識はなかったので、それ以上補足も説明もしようがない。
(そんなこといわれても、ピザはピザ・・・いや待てよ!大事なことを忘れてたじゃないか!)
ハッとしたユーリアはテーブルに手を付き、立ち上がる。
なぜか沸き起こる謎の恥ずかしさをこらえつつ、なるべく『ネイティヴ』っぽい発音で、なぜか陽気な調子でレシアさんに告げる。
「レシアさん正確には『ピッツア!』というんですっ!!」
「・・・なによそれ。余計ややこしいわよそんなの、却下、却下。」
「あぅ・・・。ですよねー。」
『コイツは一体何をいきなり言い出したんだ?』という冷たいまなざしで切り捨てられ、ユーリアは勇気を出してまで行った自らの行いを一人後悔していた。
仕方がない、なぜか中世的な異世界ではなるべく本場っぽく言わなければならない気がする!という謎の使命感に駆られての、ユーリア久々の自爆であった。
((ユーリア、気持ちはわかるぞ!))
テルトとフルーの二人は心の中で心の首を縦に大きく振って共感していたが。
ともあれ、ここ一月あまり、トマトやバジルの代替品探しにみんなで市場をうろついたり、生地の配合具合の相談に王都の有名なパン職人をパン屋に尋ね歩いたりした努力の末、ようやくこの異世界にピザマルゲリータが産声を上げた。
いや、正確に言うなら、石窯で焼かれたそれは前世でユーリアたちが普段口にしていたようなファーストフードのピザではなく、こじゃれたイタ飯屋でしか口に出来ないようなまさに『ピッツア』であった。
・・・ちなみになぜユーリアたちが顔を突き合わせてピザの試食会をしているかというと、マクス殿下の気まぐれな『お願い』によってである。
幸い一号店であるマクダーナルは一年が過ぎ、中流層を中心に口コミが広がり、今では上流階級もお忍びで訪れる人気店へと成長していた。
そのおかげで原材料の廃棄などのロスが少なくなり、出入りの商人や市場から一括購入ができるようになったので原価コストも圧縮され、店は急速に黒字化を達成。
最近では王都の珍しい風物として『ウキヨエ』で描かれたりしているから、今後も人気が出るのは間違いないと思われた。
そんなわけでようやく持ち出しの投資資金も半分ほど回収し、ユーリアがホッと一息ついたのも束の間、またまたナスネル家から、というかマクス殿下から
「ねーねーユーリアさん!『はんばーが』のお店好評みたいだし、また資金を出すから新しい店を立ち上げてよー! 」
「えっ?! 冗談・・・ですよね?」
「んーん、ほんきー♪」
「でも審査官の仕事もあるし、一応騎士の端くれなんで、いろいろ行事もあるんですが?」
「夜の警邏は二人に任せてもかまわないし、騎士の儀典関係はこっちで根回ししておくからサボっちゃっていいよー♪」
とさらっと言われてしまい、いつものように外堀を埋められてユーリアが凡人なりの知恵を絞って考えたのがピザだったのである。
最初は、
(ハンバーガー二号店でもいいんじゃないか? いや別にいいよな?! ハンバーガーといえばチェーン化でしょ! )
などというかすかな希望を抱いていたが、これまたマクス殿下じきじきに、
「あっ、ちなみに違う料理を出すお店にしてよねー♪」
とサクッとFCルートを絶たれてしまい、3人で相談しながらようやっとアイデアをまとめた。
まぁ、実際問題マクダーナルは王都にある飲食店の中では実はそこそこ高級な部類になるので、そんな高級店のFC化などできるわけがないこと少し考えればわかる事であった。
(まぁ、でも何とかここまでこぎつけたなぁ・・・。)
接客マニュアルや、店の運営ノウハウをしっかりと確立しているため、ここからの道のりは楽ではないが、最初に比べればかなり楽だと言えた。
試作品の目途が立ち感慨にふけるユーリア・・・の前では醜い争いが始まっていた。
「ああっ!何すんだよ!」
「これは私のピザだ。フルー君、今回は手を引きたまえ、徴発する代わりに君には軍票を渡そう!」
「いらないいらない! なんだこの紙切れは! ちょっとまて、落ち着こう。 3切れずつ食べたんだからここは公平にじゃんけんだろ?テルトちゃん。」
「私の一切れは小さかった。 だから最後の一切れは私に優先権があるのは当然。」
「え~っそんなぁ・・・からのぉスキありっ! 甘いなテルト君! 勝負の最中に油断するとあうっ!、って痛いよ!フォークで人の手を強めに突くのはやめてよ! マナー違反だよ!」
醜い争いにしびれを切らしたように低い貫禄のある声が割って入る。
「も~何なのかしらねぇー、この子たちは。 いま新しいの焼いたげるからちょっと待ちなさいな!ホントにもうっ!」
「す、すいませんレシアさん。」
あきれ顔でそう言いながら恐縮するユーリアに片手を上げて苦笑しつつ厨房へと消えていくレシアさん。
2人はその後姿を見ながらガッツポーズを作り、
【パン!】
と無言でハイタッチを決め、やおら握手を交わすと一切れを仲良く半分に分け始めた。
「おまえらなぁ・・・。」
ユーリアが食い意地の権化であるエルフと獣人にお説教を始めようとしたその時、静かに店の扉が開かれ、いつものように来客を知らせる鈴が鳴る。
店の扉には店休日を告げる旨の下げ札を掲示しておいたはずなのだが・・・。
「ごめんなさい、今日は店休日なんですけ、ど・・・。?ヒックッスさん?」
そう、断りの声をかけようと戸口へ振り返ったユーリアの視線の先にいたのは折り目正しい礼を施すナスネル家の執事ヒックスさんであった。
「ご無沙汰しております。ユーリア様、テルト様。」
その顔はいつもと同じ、優しげな柔和な笑みが浮かんでいるが、どことなく表情は硬く見えた。
お読みくださりありがとうございます。
久々にいつものノリで書ける舞台へ帰ってきました(^^;
これからも応援よろしくお願いします m(__)m




