小国家の暗愚王
「おい、本当に大丈夫なのだろうな?」
不安そうな顔で、もう何度目かの問いをグエンは帝国からの使者、シーンとか言う頬に大きな傷のある騎士に問いかけていた。
シーンはウンザリした胸中を晒さないように若干の精神的な苦痛を感じながらも大げさな身振りでグエンを擁護する。
「何をおっしゃるのですかグエン陛下。 ここは紛れもなく陛下の御領地ですぞ? そこで何をなさろうがこの国を治める陛下の自由ではありませんか。 陛下が毅然となされてこそ他の二国の王も盟主たる陛下の偉大さを理解しようというものです。」
傍から聞けば明らかな追従だが、普段から砂糖漬けの美辞麗句に染まっているグエンは何の違和感もなく、それを受け入れていた。
グエンはシーンの言葉を信じた、いや信じなければ不安だから信じていたかった。
少しだけ緊張が解け、一国の主としての自信とプライドが再び頭をもたげてくるのを自覚する。
そうだ、確かに自分の視線の先にはネージ、チャス、ダーノというガリア王国とドワーフのアスフラタ王国の間に挟まれた小国家群三ヶ国の軍勢が整然と並んでいる。
数はおよそ3,000。
帝国や、王国の兵と比べれば見劣りするかもしれないが、これだけの数が揃えばなかなかに壮観であり。自分の号令一下に暴力装置としての力をいかんなく発揮する様を想像するだけでもグエンは彼らを統率する絶対者としての愉悦を感じる。
遠征軍の目的は表向きは三国挙げての『演習』、そして実質的には帝国の王国侵攻のための支作戦として、王国の軍勢を国境に貼り付けておくためである。
過去にガリア王国との争いもあったこと、ドワーフの王国とを隔てる峻険な山岳地帯は魔物が多く生息するため、王国などと違い人里へのモンスターの襲撃が度々あることなどから、三国は互いの危機には連帯して事にあたることを約していた。
権力者として王国に比類ない自分を再確認すると同時に、またむかむかと怒りがこみ上げてくる。
「そうだな、その通りだ。・・・それにしても主君たるワシに恥をかかせおって! オストの奴め!」
怒りが不安を塗りつぶしたのか、弱気な表情はそこにはない。
更にシーンは怒りを煽る、間違ってもここで出兵の是非などを今更迷ってもらいたくないものだ。
「オスト将軍は今回の『演習』には反対なのでしたな。 国随一の名将との呼び声高いお方ゆえ私も騎士の端くれ、是非お会いしたかったのですが・・・。」
そう、国王が総大将なのはグエンのチャス王国のみ、あとのネージとダーノはいずれも遠征軍の大将として将軍を充てているのみで自らは戦場に赴いてはいない。
しかしグエンも自ら喜んでわざわざこんな僻地の国境沿いに兵を率いてきているわけではなかった。
本当は父の代からの信頼厚い宿将のオストを総大将に任じて自分は王宮で悠々と構えているつもりだった・・・、が、なんと断られてしまったのである。
表向きは
『老齢のため軍務に耐えられない』
という理由だが、オストに相談することなく帝国との交渉に入り、派兵を決めたことに対する抗議であるのは明らかだった。
あくまでも軍事においても政治においても決定権は王にある。
だがオスト将軍は特別だ。
ヤグン先帝の時代にアスフラタ王国との国境の山脈から襲来したレッサードラゴンを三国共同の討伐軍を率い、見事に討ち果たしている。
それ以来彼は、三国一の名将としての名声と将兵から絶対の信頼と忠誠を得ている。
そのような事情があって父の代から軍事に関する決定はオストを交えて行うというのが暗黙の了解であり、長年静謐を保ってきたガリアとの関係を乱しかねない三国による遠征軍派遣を勝手に決めたグエンにオストは怒り心頭だという話はグエンの耳にも伝わってきた。
「『小さき事に誇りを持て。侵さず、侮られず、平穏をこそ尊ぶべし。』というヤグン先帝のお言葉を忘れおって! 腹を膨らませて大きくなったつもりでおる蛙め! 先帝があの世でなんとお嘆きあるか!」
と、居並ぶ諸将の前ではき捨てた、などとまことしやかに伝わっている始末だ。
焦ったグエンは他の将軍にも勅命を送ったが、オストを尊敬する有力な将軍たちはなんのかんのと理由をつけて派遣軍の大将を引き受けようとしない。
それどころか騎士団の半数近くも将軍と共に遠征軍の参加をあからさまに拒絶し、急遽軍の編成も本来は王都を守護するべき近衛騎士団を中核に、民兵と傭兵を掻き集めてようやく体裁を整えた始末だ。
苦労して兵をそろえ、指揮官を割り振りはしたがグエンの命を引き受けた連中といえば、近衛騎士団の連中の一部を除きグエンの目からみても能力不足か、信頼するに足りない者ばかりだ。
しかし今更帝国との密約を反故にすることもできず、盟主としてのプライドもあってグエンは渋々親征という体裁を繕って遠征軍を率いていた。
普段から
『グエン国王に過ぎたるものが二つあり、オスト将軍とチェンドラの城』
と囃されるグエンは、今や嫌悪を通り越してオストを憎悪してすらいた。
オスト将軍のせいで無理やりに
『信頼するオストに王都の守りを任せ、国王自らが遠征軍を率いる』
という名分を仕立てねばならなかったのだから。
しかもそれを無理筋にでも通すならばいくら憎くともオストの粛清などできるはずがない。
己の国王としてのプライドを傷つけられた怒りのままにオストを処断したい衝動をグエンは何とか抑えつけているのであった。
「遠征の目的はあくまで演習だというに・・・。あの頭の固い老将めが・・・。」
「まったくです、慎重を通り越して臆病ととられかねません。 その点陛下は陣頭に立ち勇敢な姿を見せていらっしゃる。 ご立派です。」
まだ毒を吐き足りないグエンの耳元に素早く偽りの虚像を垂れ流すことをシーンは忘れない。
こういう手合いは耳に心地よく響くものだけを信じるものだと言う事をシーンはよく理解していた。
「うむ、シーン殿のように物わかりのよい相手が取引相手で良かった。この上ない贈り物も頂戴した事であるしな。」
「それはそれは・・・光栄の極み。さぁ、陛下に冷たい飲み物でも差し上げなさい。」
シーンは恭しく首を垂れると、背後に控える少年い声をかける。
「・・・はい。」
軍装に身を包んでいるが、少年の顔はまだあどけない。 声変わりをしていない高い声が僅かに上ずっている。
「おぉ、ガルバ―ト、此方へおいで、さぁ。」
グエンはぬるりとした粘つく笑みでガルバ―とと呼ばれた少年に声をかけると差し出されたグラスごとその腕をとり自分のもとへ引き寄せる。
ぬけるような白い肌に、長い黒髪、やや肉付きの薄い中性的な魅力を湛えた少年は緊張に身を固くしながらもそれに抗うことなくされるがままに耐えている。
これがグエンを帝国への作戦へと引き込んだ決定的な決め手であった。
理屈だけで言えば何の危険も冒すことなく、財貨などの形で帝国からの利益がもたらされる提案。
だが、グエンも最初はシーンの提案に難色を示した。
オストが弾劾したように王国との関係悪化を、彼もまた理屈では理解していたのである。
幸か不幸か、グエンは暗愚ではあったが知的にそこまで貧困ではなかったので。
だが、渋るグエンにシーンは、
「残るはチャス王国のみなのです。ぜひこの提案にご賛成頂きたい。」
という言葉と共に他二国の賛同を取り付けた誓約書恭しく掲げ、自らの傍らに控えさせていた少年を差し出した。 グエンはその時始めてまともに顔を上げたその少年に欲望を大いに刺激された。
「一晩お考えいただいて、もしお考えが変わらぬようでしたら、残念ですが私はこの子と共に帝国へ帰ることにいたします。」
とガルバートをあてがわれ、一夜を過ごして虜になってしまったのである。
グエンとしては体裁を繕って、渋々協力するような態度を見せたつもりだったが、シーンしてみればその露骨な下心が透けて見える。
グエンが少年と戯れる様子を見ながらシーンは思う、
(ほかの二国も同じように弱みに付け込まれ篭絡されたと知ったとしたら、この暗愚な国王はどう思うだろうか? そして二国から取り付けたと見せた公文書が偽造されたものだと知ったなら・・・。)
目の前の醜い光景を紛らわすようにシーンは束の間そんな空想をして気を紛らわすのだった。
だがそろそろ現実に戻ってきてもらわねば困る。
お飾りと言えど、遠征軍の総指揮官であり一国の王である以上はそれなりの役回りを演じてもらわねば困るのだから。
この世の中、智者には智者の、愚者には愚者なりの振る舞いというものが求められるのだ。
しかもそれが対価を受け取っているというなら尚更に、だ。
「陛下、そろそろ進軍の時間でございます。 『陛下の』軍勢にお言葉を賜りますよう。」
そう言うと目で合図してガルバートをさり気なく引きはがす。
「おぉ、そうであったな。では余の兵たちに姿を見せ、士気を鼓舞することにしよう。」
名残惜しそうに視線で追いながらも、グエンはシーンのさり気ない言葉にまた酔わされていた。
「ははっ。」
やや太り気味な運動不足の体を周囲の兵に鞍上に押し上げられながら、意気揚々と整列した軍勢のただ中へ進んでゆくグエン国王をシーンは平伏して見送る。
この姿は相手への敬意を示すのみならず自分の顔が形容しがたい表情に歪んでいるのを隠すのにも役に立つのだとシーンは今さらながら発見したのだった。
お読みくださりありがとうございます。 次回からまた王都へ話が戻るはず・・・です。
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