平原の族長(後編)
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『帝国の侵攻作戦に協力することの見返りに食料を提供したい、戦力も提供しよう。』
そんな渡りに船の申し出だったが、ニーグは反応を窺う使者にさらなる条件を付けた。
「その条件では不足だ。」
「ニーグ陛下。と、もうしますと?」
「乾燥地帯でも栽培できる作物の種子とその栽培法を指導できる人材を寄越せ。帝国にそのような作物があると聞き及んでいる。」
「なるほど、なかなかに陛下は卓見でいらっしゃる。」
「フン、つまらん追従はよせ。 今糊口をしのいでも、この先に民を飢えさせることになってはただの暗君だ。それに、同じ手で今後も帝国の手駒に使われることは避けたいのでな。」
意地の悪い笑みを浮かべて答えるニーグに使者はあくまでも笑顔で返す。
「なるほど、私どもの見立て通り陛下は聡明な主君でいらっしゃるようです。実は我が主から既に乾燥に強い作物の種子と栽培方法を教授する許可を頂いております。」
そう言うと懐から小さな布袋を取り出し、口を開けると自らの手のひらに小さな植物の種子を広げて見せた。全てこちらの反応は織り込み済みという事か。
「チッ! それすらも見透かされているとは気に入らん。 お前の主人は小賢しい奴のようだな。だが・・・残念ながらその申し出を拒否する理由もないようだ。」
「は、懸命なご判断かと思います。 御許可を頂けるのでしたら技術者も派遣し、陛下の御領地の中でも耕作に適した土地を見定めて栽培を始める手はずを整えます。」
「そうしてもらおう。 しかし良いのか? そう簡単にこちらの要求を呑んでしまって。 もう同じ手を使って我らにあれこれ指図することは出来なくなるぞ? それともまだ恐喝の種を隠しているのか、あるいはここで我々を罠にでも嵌めて使い潰すつもりかな?」
「これは陛下、心外でございます。ウブンは我が帝国の友邦、しばしば『玄関先』にいらっしゃっているるのに『もてなす』ことが叶わず、心苦しく思っておりました。 ですから今回はともに富栄えるための一助となれば・・・ただそれのみでございます。」
ニーグの言葉にあくまで使者は笑みを崩さない。
おまけに暗に国境付近での略奪を皮肉ってくる度胸にニーグは異民族ながら帝国民のこの使者と、彼を遣わした群狼の『キャリーバー』とかいう男を見直していた。
「では今度は食堂まで案内してもらうとしよう。技術者派遣の件、よしなにと伝えてくれ。」
「確かに、承りました。」
前半部分は敢えて答えず、使者は恭しく頭を下げ、会見は終わった。
ニーグが帝国に協力する決断をした瞬間だった。
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会見の自分の言葉と決意を思いだし、自分に言い聞かせるようにニーグは力強くいう。
「ウブンはさらに変わらねばならない。」
「だから帝国と組んだと?」
「そうだ。族長を世襲制にしたとして今のままでは安定した統治など望めるものか。 民が飢えないようにする新たな手段が必要だ。王国は長い繁栄を享受し、帝国は強大になりつつある。 今のままではウブンは生き残れぬ・・・。」
祖父であるソウンの代以前まで、族長は世襲ではなくウブンという部族国家は族長が亡くなる度に内紛による抗争と分裂を繰り返してきた。
その度に疲弊と停滞を繰り返すことを憂えた祖父は圧倒的な武名と収奪した富を背景に、各小部族の長達に族長の世襲を認めさせたのだ。
さらに同じく勇猛な戦士であった父ウージと壮健なうちに代替わりを果たし、最初の世襲は無事に行われた。
しかしウージは落馬の事故の怪我がもとで不具となってしまい、誰しも予想しない早さでまだ若いニーグが担ぎ出されることになってしまった。
やれる自信などなかった。 だが自分が引き受けなければ祖父からの意思はここで途切れてしまう。
「祖父と父の残した偉大な遺産が自分が原因で砕けてしまう。」
ニーグは何よりもそれを恐れた。
族長になりはしたものの、若輩の自分に不満を持ち、あからさまに反抗的な態度をとるものも少なくない。
ニーグは彼らに目に見える形でわかりやすく、族長の力と権威を見せてやる必要があった。
つまらぬ小理屈ではなく、武力や、食料や、女や財貨という誰にでも変わりやすい形で。
(人馬一体と言える馬術の持ち主である父上に限ってそのようなことがあるだろうか・・・。)
同時にニーグは今でもそう考える、しかし父にその話をしたときは烈火のごとく叱責されたものだ。
「愚か者が! 誰かの謀だというならば、それも含めて自らの内に甘さのあった己自身の責任よ! 二度とそのような下らんことをぬかすな!」
父らしい言い草だとニーグは思った。
(俺も父のように何を呪う事もなく、ウブンの民の長にふさわしい力を示すだけだ・・・。)
ニーグの手勢軽装騎兵ばかり500の軍勢が散り散りの状態から、急速に集団としての運動をはじめ徐々にこちらへ近づいてくる。
その後ろからやや遅れて帝国から提供された『援軍』もこちらへ向かってくる。
「しかし・・・何度見ても薄気味の悪い奴らだ。」
ニーグが呟く先に見えるのは炎の照り返しを受けながら不気味な姿を晒している『死霊戦車』の軍勢だ。
数は五十と自ニーグらの軍勢五百に比べると多いとは言えないが、見た目だけではなく戦力としてもかなり凶悪なものだとニーグは評価していた。
それに死の影は人々を怯えさせる、事実開拓村はデスチャリオット達の先制の一撃で殆ど恐慌状態に陥ってしまい、ニーグたちの本隊が到着する頃には村は大混乱に陥っていた。
抵抗は皆無に等しく、ただ蹂躙すればよかったのだ。
「古代文明の迷宮から発見された魔道具で召喚したと言っておりましたが。 古代人の趣味には感心しませんな。」
コムドが真面目腐った顔で言う。死霊だからと言って恐れる彼らではないが、喜んで使役しているかと言えば無論違う。
ニーグたちには絶対服従であるし、「無抵抗なものは殺すな、逃げる者は捕らえろ。」という簡単な指令を理解することもできる。『女』を殺すなという命令は区別がつかないのか無理だったが。
しかし、デスチャリオットの軍勢が味方だとわかっていても、自分たちも冥界の先兵となったような気がしてあまり気分の良いものではない。
骨ばかりの軍馬が引く二頭立ての馬車に死霊戦士が二体。
冥府の存在に御者は必要ないのか、一体は槍と楕円形の盾を持ち、もう一体は弓を手にしている。
更に馬車についた大きめの車輪には刃が突き出ており、戦力としてその凶悪さを増していた。
そんな薄気味悪い『援軍』の姿を見ながらニーグは考えていた。
「コムド、次の標的だが・・・。」
「リジュン、王国の軍事都市でウブン国境沿いの守りの要でしたな。しかし帝国のいうようにうまくいきますかな? 防備を強化されて以来、ここ数十年は手を出した事の無い街ですが。」
リジュンはウブンと王国の国境沿いに築かれた軍事都市だ。
確定した国境のない平原地帯でウブンを刺激することに配慮してやや後方に置かれているが、ウブンの軍勢には甚だ相性の悪い相手だ。
平原の防御の不利を補うために、町の周囲は人の背丈の倍ほどの土壁で覆われ、馬防柵などの障害物が設けられ、街門には騎馬では一息に迫れない構えになっている。
駐留する兵士は200ほどと、それほど多くはないが、攻城兵器を持たないウブンの軍勢には分の悪すぎる相手であるがゆえに今まで手を出さずに来た。
「普段ならそんな馬鹿なことはせん。 だがこちらからの要求を通した以上、帝国からの要請にもある程度はしたがってやらねばな。そのための手札も用意してくれたのだからな。」
そう言いながら懐に潜ませた魔道具の感触を確かめる。
帝国の援軍は死霊戦車だけではない。
しかしその手札はリジュンの攻略まで切らずに置こうとニーグは考えていた。
おしなべて攻城兵器は重く、巨大で、鈍重であるがゆえに、ニーグの軍勢のように機動力を生かした戦いと連携することは非常に難しい。
デスチャリオットはその辺りの事情を汲んで帝国も寄越した援軍であろうことをニーグも理解していた。
もう一つの魔道具の方はと言えば一度使用してしまえば、正直ニーグたちにとっては足手まといにしかならない。
だからこそ本来であれば魔道具の種類や存在を秘匿したいところを敢えて魔道具の本体ごと帝国はニーグに差し出したのである。
戦局によっては最悪切り捨てねばならない恐れがあるため、使いどころは見極めねばならない。
「うまくいかせねばなるまい。俺の族長としての力量を示すためにもな。」
そう改めて覚悟を決め、ニーグは自分のもとへ近づいてくる馬蹄の響きを聞きながら燃えさかる村を見つめ続けていた。
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