平原の族長(前編)
暗闇に浮かび上がる炎は幻想的だ。
だが当事者たち、自分たちの住まいが燃えている炎の中を恐慌の表情で逃げまどう村人たち、それを狂気の表情で追うウブンの騎兵たちにそんな感傷に浸る余裕はない。
村落よりも一段高い丘の上、村全体を俯瞰できる位置に騎影がある。
「茅葺の屋根は燃えると美しいな。」
しかし往々にして、そんな中にも例外と言える者もいる。
村を襲撃した騎馬軍団の属する部族国家ウブンの部族長ニーグはそんな例外の一人。
ウブンは帝国と王国にまたがる平原にあり、背後をエルフの大森林に覆われた国だ。
その国の族長、ニーグ・ヴァルクの眼下には炎に包まれる村が一望できる。
勿論ここは彼の領地ではない、燃えているのは王国東端の辺境にある開拓村だった。
ニーグは切れ長の目に太い眉、細い輪郭に波打つ赤毛の長髪は一見すると女性にも見える顔立ちだが、騎乗の邪魔にならぬよう軽量な革鎧を身に着けた体は周辺諸国に比して比較的大きな馬体を自慢とするウブンの良馬に跨ってなお逞しさが目立つ。
隣に並び立つ立派な馬体の上の人物からも声が上がる。
「そうですな、祭りの儀式のようで私も嫌いではありません。」
彼、コムドは小さいころから守役として、今はまだまだ経験の浅い未熟なニーグの相談相手として常に傍にいる。
既にそれほど平均寿命の長くないウブンの社会で言えば老齢の域だが、背中はぴしりと伸び、戦傷の目立つ顔の上の白髪は老いてもなお豊かなコムドの生命力を象徴するように豊かに流れる。
その口調はニーグの言葉を非難するのではなく、純粋な共感と賛意であるようだった。
別に彼らが特別残酷な訳ではない。
彼らにとって略奪は国を富ませるための有効な手段であり、『善行』と言ってよい。
他民族に対する親近感もない以上、称賛こそあれ、略奪に対する非難など、身内のどこからも出ようがなかった。
金銀財宝・・・などは望むべくもない質素な村だが土地が肥えているせいか、食料の蓄えは豊富だ。
それになかなか家畜も肥え太っている、まず今回最初の略奪の成果としては十分だろう。
「まぁ、この程度の蓄えが無ければ、奴らの依頼どおり戦うこともままならん。」
「確かに左様ですが、まともにあの帝国の『犬』どもとの約束を守る、などと考えておいでではないでしょうな?」
キャリバーが『犬』と呼んでけしかけたソーンの方でも帝国の連中を『犬』呼ばわりしているのは皮肉としか言いようがない。
幸いというべきか、両陣営を横断し、本音を耳にする者はこの世界には存在しなかったが。
「それはない、案ずるな。勘定が合わないと思えばすぐに退く。 だが帝国の謀略に手を貸すと決めた以上、今ここで手綱を緩めても何も得るものは無い。 違うか、コムド?」
「ですな。 しかし、引き際だけは見誤らぬよう。」
「分かっている、いつまでも子ども扱いするな、爺。」
「これは失礼を・・・癖、ですな。」
「フン、分かっている。」
族長に対する言葉として不愉快ではない、と言えば嘘になる。
だが、それよりも小さいころから変わらず親のように自分を心配してくれるコムドの言葉に親しみと嬉しさのほうが勝ってしまい、ニーグは嬉しさが滲み出るのを口をとがらせて誤魔化すしか無かった。
(確かにコムド爺のいう通り今回はいつものただ富を刈り取るだけが目的の襲撃ではない。)
ウブンの部族単位での他国への略奪は、普段は南東のリタとガリア王国の国境を往還する商人や、その通商ルートに点在する村落を急襲することが殆どだ。
蹂躙は速さが命だ。 追手が差し向けられる前に疾風のように去る、そうでなければウブンの軽騎馬主体の軍勢では王国の正規兵相手には分が悪い。
そのため、彼らは毎年のように王国領内に出稼ぎを繰り返しているが、未だに王国領の村一つもその支配下に置いてはいない。
『略奪者』が気まぐれに『統治者』になると宣言しても歓迎されるはずがないのだから。
軍の編成もユーリアたちの前世で言うところの兵站を維持し、兵站線を接続する輜重兵がほぼ存在しないため、彼らは敵地に侵攻する間は動き続けなければならない。
財貨や宝石などの値打ちもの以外はパンだろうが、肉だろうが、酒だろうがあらゆるものを手にした先から口に運び、飢えと渇きを癒しながら文字通り「旋風」のように移動しながら行動する必要がある。
自分たちが通った後に飢えと渇きを生み出しながら、ウブンの軍勢は周辺国の富をかき集め、痩せた土地を放浪しながら厳しい環境の中で生きる部族を潤わせているのである。
だがその鮮やかと言ってよい自分たちの手腕をニーグもコムドも誇りこそすれ、罪の意識など微塵も持ち合わせていなかった。
ウブンにおける罪とは即ち同胞の女子供や年寄りなどの足萎えを飢えさせることなのだから。
今も、逃げ惑う村人を掃討して回っているが、さりとてニーグは別段彼らが憎いがゆえに部下に殺戮を命じているわけではない。
彼らはウブンの民ではなく、同情も共感もまるで湧き起らないわりに憎悪や嫌悪感もない。
根切りにする理由は単純だ。
まず、周辺の村に駆けこまれでもしては今後の自分たちの動きに支障が出る。
財貨や、食料が人と共に逃散してしまっては進軍にも影響が出てしまう。
女はすぐには殺さない、部下の戦闘で高ぶった獣性のはけ口として束の間発散の機会を与え、その働きを労ってやるのが族長の役目であり、度量というものだ。
残念ながらこの東端の開拓村にはまだまだ家族ごと移住してきた既婚の女性しかいないようで、村の規模からみても年若い女性は少ないためそう言う意味では今回十分に部下に報いてやることは出来ない。
しかし、帝国との打ち合わせ通り、王都を脅かす進路で侵攻していけば彼らの働きに見合うだけの欲望に十分応える慰みもあるはずだとニーグは考えていた。
ニーグは人差し指を立て、わずかに腕を上げると進み出てくる護衛の騎馬に指示を出した。
「そろそろ兵どもを集めさせろ、もう十分に楽しんだろう。」
「了解した、族長。」
ニーグの言葉を受けた騎馬はなだらかな丘を駆け下っていく。
「しかし、族長なぜ此度は帝国の提案を受け入れたのですか?」
その光景を見るともなしに眺めつつコムドは成長した主人に問いかける。
不興を買うと知りながら。
案の定ニーグは苦い顔でコムドに向き直った。
「分かっているはずだ、私は若い。そして族長が世襲されるようになってからまだ私で三代だ。昔のしきたりを蒸し返そうとする輩も出てくるだろう・・・。」
「お気持ちはわかりますが、そのような・・・。」
「そのような事は絶対にない。・・・そう言いきれるほど私の族長の地位は安泰ではない、そのくらいは爺もわかっているはずだ。」
「お力が及ばず・・・。」
「別に責めてなどいないし、心配もしていない。 ただ煩いだけだ、だから黙らせたい。 」
ニーグはそう言いながらコムドの顔に浮かんでいる表情を伺うと自分が弱くなる気がして再び村に吹きあがる炎を眺めていた。
現に不満はくすぶり始めていた。
家畜たちの間に流行り病が蔓延したことが原因で、今年は常に無くウブンの食糧事情は厳しい。
それは別にニーグの失政ではないが、突き上げの圧力は日増しに高まっていた。
民を飢えさせないため、周辺諸国から富を刈り取らねばならない。
それはニーグにとっては確定事項となりつつあった。
弓の鏃の先をどこへ向けるべきか? 王国か、帝国か、それともリタか・・・。
そうニーグが考えていたおり、帝国から見計らったように使者が訪れたのだ。
幸福と不幸を同時に携える、ウブンに伝わる太陽神の使徒のように・・・。
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