『武』の呪縛
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「・・・しかし王国はやはり懐の深い国だな。」
「はい、帝国は常に係争の種を抱えているような状態ですからな。 衛士にしろ、騎士にしろとてもそのような遊戯にかまけている暇などありません。」
「嘲るべきではないぞ? そのような余裕のある礎の上に立つ王国を私は高く評価している。」
「承知しております。」
シーンは、自らの副官だけあってそのような愚は犯さないだろう。
帝国に多い武断派の連中の中にはこうした王国の風物を惰弱と切り捨て、軽蔑する向きがあるがキャリバー自身はそれは大きな間違いだとみていた。
帝国や周辺の部族で構成される小国家群がちょっかいを出す国境付近はいざ知らず、内政は常に安定し、民心もそれこそ娯楽に興じる余裕があるほど安らかだ。
(だが決して惰眠をむさぼっているわけではない・・・。)
そう、かといって王国の『武』の側面がおろそかになっているわけではないのは明らかだ。
国境周辺には三賢の『剣のオーリア』が束ねる精鋭の騎士団が配置されており、特に帝国との国境を接する位置には剣のオーリア家『蒼』にちなみ、具足を目の覚めるような青色に統一された、王国騎士団の中でも最精鋭の『蒼鱗騎士団』が配置されている。
魔道具の技術レベルも帝国に一歩先んじている以上、装備も質が高いものをそろえていると思ったほうが良いだろう。
だが・・・。
「優秀な部下を持った『私は』幸運だ。しかし、私やシーンが承知していても、帝国のお偉方はそうではないらしい。・・・どうだ一杯?」
そう言いながら、執務室の隅に据え付けられた戸棚から蒸留酒の小瓶を取り出すと、小さなグラスに琥珀色の液体を注いでいく。
強い酒をキャリバーが嗜むのは決まって込み入った話がある時だと相場が決まっている。
優秀な副官であるシーンは多くは言わず、主君の気持ちを汲み取っていた。
「はっ、ではお言葉に甘えて。・・・と言う事は事実なのですか?王国への遠征の話が取りざたされているというのは?」
シーンは勧められるままに対面に腰かけるとグラスを軽く掲げるように示してから口をつける、自制しなくともこういう時の酒は酔えない。
「あぁ、陛下は焦っておられる。 最近ご自身の健康に自信がなくなり、自らの世継ぎであるラッツェン王子への継承を盤石のものにしたいと考えているようだ。今日呼び出したのはほかでもない、そちらが本題だったのだが、気の進まない話というのはどうにもな・・・。」
自分でも子供じみたいいわけだと思いながらキャリバーは言う。
確かに今年65歳となる予定の現国王、オデオン・グラデオスはこのところしばしば病臥に臥せることが多くなり、貴族や臣民の間でもその衰えを心配する声は多い。
自然と後継者問題へと話題は移るわけだが、次期王位継承者第一位のラッツェンはグラデオスが老いてから若い愛妾の一人が生んだ待望の男児である。
だが齢は今年やっと10歳になろうかというところだ。
聡明で利発であるという話は聞こえるが、帝国の政の一端を担った経験があるわけでもなければ、一軍の将として指揮を執った経験があるわけでもない。
その器は未知数であると言ってよいだろう。
今、オデオンが亡くなれば間違いなく、後継争いは紛糾する。
武断派貴族の中でも最右翼のシマッグ家に嫁いでいる第一王女のリューシャ。
養子として迎えていたがラッツエンが生まれたために体よく有力貴族であるディテム家の養子として厄介払いされたハーノルト。
恐らく三つ巴の後継者争いが起こるだろうことは帝国の中枢にいるものなら、誰しもが予想するところだった。
グラデオスが何らかの軍事的な勝利を収めても、後継者争いの火種は完全には消えないであろう。
権力闘争とはそう言うものだ、はたから見れば甚だ馬鹿らしいが。
だが、従来の帝国貴族の価値観から言って、武名の高まりは即ち権力の強化であり、後継者問題に対して有利に働くことは間違いないだろう。
だからと言って、盲目的な親心を動機として対外侵攻を決めるなどという感覚はキャリバーやシーンには、理解はできても共感しようとは思えなかったが。
「確かに、陛下の御代になってから帝国に目立った軍事的な業績はありませんが・・・。ことさらに『武』によって覇を唱えずとも、中興の祖としてこの帝国の地盤の足固めをされれば・・・それでよろしくはありませんか?」
シーンは元々は平民の出だ。 自分が、というよりも主君たるキャリバーが侮られない程度に階級相応の振る舞いや礼儀作法も身につけるよう努力はしていたが、皮膚感覚や価値観まで特権階級に自分を染めることなどできるはずもなかった。
少なくとも、権力を得た途端変貌する者達を見ながら、シーンは自分はそうありたくないと思っていた。
であるからこそ、キャリバーの話を聞いても、同情よりも反発の感情のほうがどうしても波立ってしまう。
「お前の気持ちは私も理解している。皆がシーンのように道理を心得た者ばかりであれば、若しくはその身にまだ十分の猶予が残されているならば、あるいは陛下もそうなされるのだろうがな。
帝国は『武』によって小国家群の一つであったドールアから勃興し、他国を平らげながら膨張してきた。代々の皇帝陛下は『武』によって威を示すことで自らの正当性を証してきたわけだ。皮肉なことに、今は逆にその『武』の歴史そのものが、重い呪縛となって陛下を縛っているというわけだ。」
グラスの縁を指先で弄びながらキャリバーはそうシーンを宥めるように、諭すように言葉を紡ぐ。
「しかし、危険ではありませんか? 王国と正面から事を構えるとなると流石に・・・。」
シーンは事の是非を、これ以上争うつもりは無論なかった。
すぐに思考を切り替え、実施レベルでの困難に対する不安を口にする。
「ああ、本来なら内政問題を外征で糊塗するなどあってはならないことだ。だから陛下より、私にこういった話がいち早く回ってきたというわけだ。」
「・・・『群狼』に盤面を掻き回せと?」
「そう言う事だ。乞食どものあさましい強欲に付け込み、さらに『犬』をけしかける。 逆にそうでもしなければ勝ちを拾うのは難しいな・・・。」
「それにしても、なかなかに綱渡りですな・・・。うまくいくでしょうか?」
「シーンも意地が悪いな。もちろんうまくいく・・・と望むべき立場なのだろうが。現実にはだ、仮に一連の我々『群狼』の作戦がうまくいき、王国とのいくつかの戦闘で勝利を収めたとする。
だが、それでもなお帝国は王国の喉元に刃を突きつける前に息切れを起こすだろう。我々帝国の手足はそれほど長くはない、残念ながらな。私としてはなるべく傷の浅いうちに無謀な遠征が頓挫することを願っているよ。そうだな、例えば・・・・。」
そう言ったきりグラスを傾けたまま、突然思考に没入して動かなくなるキャリバー、余人には見せない姿だがシーンと二人きりの時は安心しているためかしばしばこのような姿を見せることがあった。
「・・・閣下?・・・如何なされましたか?」
それが親愛を証しているようで若干の優越感に浸りながらも、適当なタイミングを計らってシーンは声をかける。
キャリバーは、シーンを置き去りにして思考の海を漂っていた自分に苦笑する。
「いやすまない、シーン。 お前といるとつい気が緩んでしまうようだ。 考えていたのだ、たとえば例の審査官達三人が今回も何やら奇手を繰り出して、帝国の企みを『穏便に』潰してはくれないだろうかと考えていたのだ。笑ってくれても構わん、はなはだ虫のよいことだと自分でも思うのだから。」
そう言って自嘲気味な笑みを浮かべる主君をシーンは敢えて笑って見せることにした。
「ハハハッ。 しかしあの三人であればそのようなこともあり得るかもしれませぬな。」
「まぁ、かといって我々としても仕掛けに手を抜くわけにもいかん。 せいぜい準備に精を出すとしよう。 シーン、頼りにしているぞ?」
そう言って一転鋭い視線を向けるキャリバーにシーンは頭を垂れ恭しく答える。
「はっ、お任せください。」
その手元のグラスに、再び琥珀色の液体がなみなみと主君の手によって満たされる。
キャリバーは自らのグラスにも蒸留酒を満たすと、一転悪戯っぽい顔をする。
「乾杯しようじゃないか。」
「はっ?」
「我々『群狼』の仕掛けが滞りなく運ぶよう、そしてあの奇妙な3人が帝国の『野望』を『適度なところで』粉砕してくれる事を祈ってな。」
「なるほど、そう言う事でしたら喜んで。」
そう聞いてシーンもグラスを掲げる。
「「乾杯!」」
シーンはようやく自らの体に回ってきた酔いを感じていた。
そして次に酔えるのは当分先であろうことを確信していたのである。
こうして帝国で動き出した歯車は、周辺諸国と噛み合いながら、王国の王都にいるユーリアたちをも動かしていくことになる。




