『絵師』 テルト
「うーん、何度見ても素晴らしい出来だよー。 コレは売れるんじゃないかなぁ? テルトさんはそういうこと考えたことないの?」
「ない・・・です。そんな大したものでは・・・。」
「いやー! コレは十分凄いよ! 大したものだって!」
「は、はい・・・。」
ナスネル家の館の一室で、感心するマクス殿下の目線の先には小さめのキャンバスがある。
題材は先日行われた、ユーリアの叙任式を今目の前で恥ずかしそうに恐縮しているテルトが描いたものだ。
ユーリアが描かれている。
描かれているのだが・・・、中身は『ナポレオンのロバが白馬に変わる』どころの騒ぎではない。
いわゆる、
『どう見ても別人です、本当にありがとうございました。』
状態である。
本人要素は20%ほどだろうか、体格とか、輪郭とか、目の色、髪の色とか・・・。
こう挙げてみると多い錯覚に陥るが、ゲームのキャラメイキングの要領で考えるとその範疇なら如何に『弄れる』要素が多いかご想像頂けるはずだ。
「テルトさん。 これさ、本格的にやってみる気はない?」
「えっ?」
テルトはただ、自分予想だにしていなかった意外な事の成り行きに戸惑っていた。
話は数日前の叙任式にさかのぼる。
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ユーリアの騎士叙任式の中で衆目の話題になったのはマグヌス工房謹製の見事な装具だったが、もう一つ、内輪の人々の注目を集めたものがあった。
それがテルトの絵だ。
叙任を祝う本人やピグリルさん、ヒックスさん公認でお忍びで参加したマクスさんらの挨拶が終わり、場は食事や酒も進んで、和やかな談笑に入る。
その時おもむろにジュトスとユナのもとに歩み寄るテルト。
「ジュトス様、ユナ様。 この度はユーリア殿の騎士叙任おめでとうございます。 お気に召すかわかりませんが、思い出になればと思い・・・。」
「?」
確信が持てないのか、自信なさげにそう言って、差し出された包みを開いてみるジュトス。
「・・・」
しばしの沈黙。 ジュトスの目が点になり、続いて滂沱のごとく涙が流れ、最後には絶叫に近い声が上がる。
「なんじゃこりゃあぁ!!」
「っ!? ジュトス様?」
(やはりお気に召さなかったのか、うかつな事をした。)
「テルトちゃん、ありがとう。 本当に素敵だわ。」
そう一瞬思ったが、どうやら違うようだ、隣にいたユナも口元に手をやって涙を滲ませている。
「おれは・・・俺は今猛烈に感動しているっ!」
そう言って、慎重にテーブルの上に『作品』を大事そうにと置くと、その反応に戸惑うテルトに
「ありがとうっ! テルトちゃん!」
そう言うなり、抱きついてしまった。
「えっ?! ええっ?!」
戸惑い身動きの取れないテルト。
「きゃーっ! なになに! テルトちゃんと渋いオジさまがっ!」
「「「(なにやっとんじゃ、クソオヤジ!!!!!)」」」」
突然の出来事で、事情の呑み込めない年若い女性店員たちの黄色い声と、男性陣の殺気を帯びた視線が集まる。
「アナタぁ♪ うれしいは分かるけどそれはちょっとオイタが過ぎるんじゃないかしらぁ?」
「あっ・・・ごめんなさ・・・!! 痛いよ! 絶対青アザになったよ?! 悪かった!悪かったって?!」
ユナが笑顔ながらこめかみに青筋を浮かべて引きはがし、ジュトスの尻を思い切りねじりあげたところでようやくテーブルに置かれたテルトの『作品』に注目が集まり始めた。
「ほぅ、コレは・・・。」
「へぇー、面白いねぇ。 ちょっと変わった技法だけど。」
「嬢ちゃんにこんな才能があったとはのう。」
それぞれ、多少なりとも芸術に造詣のある、ピグリルさん、マクス殿下、マグヌスさんが口々にそう言いながら作品をしげしげと眺める。
「いや、あの、それは余技のようなもので・・・。」
慌てて、しどろもどろに言うテルトもどこか嬉しげだ。
彼女の描いた絵は正確にはそれはいわゆる油絵などの『絵画』という堅苦しいイメージのものではなく、いわゆる前世のネット上で言われる『絵師』の書く『イラスト』だ。
因みにこの世界、画家に絵を発注できる者などほんの一握りで、パンピーには縁遠い世界である。
王侯貴族か、宗教団体、もしくは大商人。 ほぼこの三グループに限られるだろう。
王侯貴族は、代々の君主や女王の肖像画のほか、戴冠式など象徴的な場面を絵画として残すため主に発注する。
絵は大型から中型のサイズのものが多い。
宗教団体は主に布教のためのツールとして発注するのでサイズは主に大型のものや、壁画、天井画が多いが、モチーフは限られる。
布教のためのツールなので、聖人や、竜信仰の宗教ならそれにちなんだエピソードが題材とされることが多い。
そして最後に大商人だが、彼らは肖像画や、自らの財力を誇示するために発注するケースが多い。
題材は幅があるがサイズはこの3者の中では一番小さい場合が多い。
しかしいずれにせよ、その目的は主に権力や、権威、財力の誇示という『公的』なものであって『プライベート』なものではない。
その点、テルトの発想はスマホもインターネットは愚かカメラすらないこの中世的世界で、
『村に帰るジュトスさんが号泣して前が見えないほど感激していた叙任式を思い出に残してあげよう』
というごく私的なところがスタート地点だ。
前世で趣味程度に自分の書いた絵をネット上に投稿してそこそこ好評を得ていたので、その時の事を思い出しながら書いたのである。
その『思い出を残すためのツール』という発想も、漫画的なデフォルメや、描写の技法も内輪で参加したピグリル男爵や、マクス殿下をはじめ、人々を驚かせるのに十分だった。
「 これはすごい! 面白いよ! ねぇ? もう一枚同じものを書いてくれないかい? 画布や画材は勿論こちらで提供させてもらうからさー。 」
「え? えぇ・・・。 それは勿論可能ですが・・・。」
笑顔で問いかけるマクス殿下に勿論テルトもNOとは言えなかった。
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そう言われて持参したテルトの絵を見ながらマクスは『本格的にやってみないか』という。
「それは・・・どのような意味でしょうか?」
「えっと、例えばさ、まず王侯貴族向けにさ神話や、建国の逸話なんかの作品を献上してテルトちゃんの絵を売り込む。
そして名が知られて注文が入る様になったら、アトリエを構えてお弟子さんを雇って分業で仕事をすればいいよ。
もちろん資金はナスネル家が提供するけど?」
説明して反応を待つマクスに、テルトはフルフルと首を横に振った。
「ありがたいお申し出ですが、僭越ながら従来の権力者の片やお金持ちの方向けの画家たちと大して違いはありませんね。」
そう、確かに芸術家としては、大貴族がパトロンになるという、破格の好条件であるがある意味他のお抱え画家集団と変わらない。
「と、言うからには何か思うところがあるのかい?」
「えぇ、私は絵をもっと市井の方々にも親しみやすいものであってほしいと思っています。」
「けどコストがなぁー」
頬杖をついて言うマクスにテルトは微笑を浮かべる。
「それも、私に考えがあります。」
「へぇ?どういう事かな?」
「彩色した絵を一度に大量に生産する事ができるのです。 そういうことに挑戦できるのでしたらやってみたいと思いますが如何でしょう?」
テルトの提案に、マクスは即座に実を乗り出して食いついた。
「本当かい!? いいねぇ! 是非やろう!」
「では木彫り彫刻の職人を手配していただきたい。」
「?・・・分かった!すぐ集めるよ。」
集められた木彫り職人たちは、最初は戸惑っていたが、テルトの発想を聞くと面白がり、テルトの書いた版下絵に従って墨版と色版を仕上げることに熱中した。
「なるほど!版画を幾重にも重ねて彩色された絵を量産しようというわけですな! コイツは面白そうだ! 是非やらせてください!」
若手の木彫り職人たちは、厳格な徒弟制度の工房ではまず出来ない面白そうな仕事に乗る気満々であった。
「ええ、宜しくお願いします。」
そう言ってリーダー格の男に頭を下げるテルト。
こうしてテルトの中世版『浮世絵』計画がスタートした。
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アトリエ兼店舗が、テルトの作品を売り出すようになって、一週間ほど。
ユーリアは警邏に出るたびに人々の好奇の目にさらされることとなった。
大して本人をはばかる様子もない王都の人々の素直な声があちこちから聞こえてくる。
「あっ!『絵でウットリ、見てガッカリ』の巷で話題の名誉騎士ユーリアさんだ!」
「ほんとだ! やっぱり絵と全然違うなっ! おーい! ユーリアさーん!」
そう好きなだけ言っておいて笑顔で手を振る住人達。
「ハ、ハハハ・・・。 どうも・・・。」
ユーリアはぎこちない笑みを浮かべて、力なく手を振り返すのみである。
「どうしてだ、どうしてこうなった・・・。」
「す、すまない。まさかこのようなことになるとは・・・。」
頭を抱えそうなユーリアに、意外な事の成り行きに恐縮するテルト。
「えー、俺は親しみがあっていいと思うけどなぁー。」
「うっさい!獣人しねっ!」
ニヤニヤしながら言うフルーに被せるように喚くユーリア。
そう、結果としてテルトの工房の発表した作品達は大盛況だった。
スタートしたばかりと言う事もあり、作品は王都でも話題になったユーリアの叙任式をはじめ、神話や、英雄譚、王都の風景などを描いた10作品程度だったが、瞬く間に品切れとなった。
和紙の無いこの世界では、カンバスや、羊皮紙、薄い木板などが代替物となる。
絵の具も普及してはいないので前世の江戸時代で作られたという浮世絵よりはかなり値の張るモノになった。
それでも従来の絵画に比べればごく安価で、刷られた土台にもよるが、銀貨数枚〜金貨数枚程度で手に入る。
中流層以上の王都の住人達や、王都を訪れた異国や地方の住人たちがそれこそ『旅の思い出に』と先を争うように買っていった。
木版という性質上、200枚程度しか刷れない(無理をすればできるが、品質は下がるのでテルトは良しとしなかった。)ので買えない人々も出て、余計に世間を騒がせることになった。
テルトは最初は唯一の『版下絵』を提供する画家だったが、その成功を目の当たりにして、特権階級向けの工房も、次々とオリジナルの作品を発表しはじめた。
そうなると題材も、歓楽街で人気の銀柳亭のジゼルちゃんから、歌姫、人気役者、風景画、精霊、モンスターなど前世の浮世絵さながらに派生してゆき、人気作家も続々と生まれることなる。
タッチも様々で、西洋画的な写実表現をするものがあれば、テルトのようなイラスト的表現を模倣し、人気を博す絵師も現れ始める。
「もう、これだけ認知されたことだし私の役目はおわったかな。」
そう思い、テルトは事業の成功を目にしつつ、徐々に下絵師としての仕事は減らしていった。
余技で始めたものだとテルト自身は思っていたので本当は引退したかったのだが、
「 何をおっしゃいます!引退などとんでもない!! お師匠様が描く作品がないとダメなんです!!」
「う、う・・・。そ、そうか・・・。」
とアトリエの職人たちに必死の形相で説得され、月に数枚程度の下絵を提供することを約束させられた。
半年ほどの間で、既に王都ではコレクター市場というものが成立しつつあり、パイオニアたる人気絵師のテルトの作品を持つすることは一種のステータスとなりつつあったのである。
こうしてテルトはこの王国で新しく生まれた『ウキヨエ』という大衆芸術として一般に広く受け入れられるようになり、役者や歌姫が広く認知されるに伴って、周辺の文化も大きく大衆化が進んだ。
テルトはその土台を築いた第一人者の『エシ』としてのちの世に名を留めることになる。
また、絵師としてだけではなく、王都名物のエルフとしてテルト自身も、これまた王都では珍しい獣人フルーと共に他の絵師の手により、絵の題材にされ人気を博すようになる。
のちに3人とも魔導戦車の活躍を取り上げられ、歴史上のハイライトとして複数のアトリエから大人気作品として売り出されることになるのだが、それはまた別の話である・・・。
お読みくださりありがとうございます。
こういうifならあってもいいかなと思いまして。
次話ではフルーのif話になります。
皆さんの応援、感想よろしくお願いします m(__)m




