帝国の『群狼』
たまには違うお国の視点から書いてみようというわけで。
ドールア帝国の王宮は武によって建てられた国にふさわしいその武断的な風土を建築にも色濃く反映していた。
王宮の庭に目を楽しませる花々と共に植えられた木は矢とするのに適した植物であり、その庭に巡らせた柵は鋳溶かせば鏃の原料になり、先端部はそのまま簡易的な鏃にできる。
床に敷き詰められた石畳も礫弾として投石器から打ち出す大きさのものと、礫として手ずから投擲する者の大小で整然と構成されている。
明かり取りの窓すらも敵を迎撃するための効果的な位置に配置されており、『武によって立つ』という帝国の意思を如実に表現していた。
その王宮の中、キャリバーは自らの執務室である王宮の一室で、部下のシーンから報告を受けていた。
それは自らが『群狼』機関の主導者として仕掛けたゲラント領への工作が3か月に満たず、失敗したことを知らせる協力者からの報告書であった。
羊皮紙の束に素晴らしい速度で目を通し終わると、自嘲気味な笑みを浮かべていった。
「ご苦労、しかしもう少し引き伸ばせるかと思ったが、案外早く収束させられてしまったな。」
「はっ・・・。」
その苦さの混じった笑みでさえ、女性は虜になるだろう。
鼻筋の通った顔立ち、切れ長な目、少し癖のある金髪をわざと遊ばせて優雅なしぐさで振る舞う彼は帝国の貴婦人のサロンでは有名な存在であり、それなりに浮名も流していた。
一方で武断派の多い帝国の重臣たちには、軟弱とも映る容姿に反感を持つ者も多い。
彼の束ねる『群狼』が、特殊工作や情報収集と言った組織であることも武断派に嫌われる一因であった。
しかし、そんな言ってみれば日陰仕事であるがゆえに彼は名ばかりの貧乏貴族から、この帝国の王宮内にあって独自『武』の勢力の一角を築くまでになっていた。
「しかし、なかなかどうして、敵にも奇手を使う策士がいるようだ。」
端正な顔立ちに好奇心からの微笑を浮かべていうキャリバー。
「はい、協力者の情報によれば、二箇所同時に陽動の閃光と爆音があり、二ヶ所へ兵力を分散させたのち、一時的に単騎の行動となったダール本人に奇襲攻撃が行われたようです。」
そう手元の資料を見ながらシーンが補足する。
彼もまた平民から『群狼』に身を置いたがゆえに異数の『騎士』身分にまで出世していた。
若く、大きくはないが鋼のように引き締まった肉体と、短く刈り込んだ頭髪に精悍な顔立ちに真っすぐ頬を流れる刀傷が無骨な彩を添えている。
「そのようだな。 陽動からの各個撃破か、寡兵の方が有利な戦術ではある。そして簡単なようで連携が取れていなければ難しい戦術だが・・・見事な手際だ。 フッ、あのダール君にはいささか荷の勝ちすぎる相手だったようだな。」
『赤い鎧の隊長』として行動を共にした時の、ダールの人となりを思い出したのか、それとも作戦を鮮やかに実行して見せた相手の力量に対してか、その声色は楽しそうにも聞こえる。
「はい、そのようです・・・。 しかしダールのみならず、元犯罪奴隷どもにも一人の死者も出ていないこと、最初の陽動攻撃の現場にも一切の痕跡がないことなどから非致死性の攻撃が行われた可能性を報告してきております。」
今度はその声が驚きの色を含む。
「ほう死者が一人も・・・? で、非致死性の攻撃とはどういう意味だろうか?」
「物証がないため、状況からの推測の範囲を出ませんが、恐らく強烈な閃光と爆音を発する魔法、あるいは魔道具の類ではないかと・・・。」
「で? それは我が帝国でも実現可能かな?」
「すでに研究に着手させております。帝国の魔道具開発責任者によると、似たような効果を持つ魔道具は製作可能、とのことでございました。ただ・・・。」
言い淀むシーンの答えは質問の前から分かっていた。
「フフッ。 『ただ魔道具の技術では王国に遅れをとっている帝国では、実用に耐えるものになるか、性能に引き合うだけの価値があるかは疑問』、か?」
「はい、ご賢察のとおりです。協力者が寄越した本家ほどの効果は現時点では期待できないと考えてよいでしょう。」
そう、これが残念ながら新興国家の実情だ。
周辺に覇を唱えてはいるが、伴わぬものがまだまだ多い。
いつも通りの感想と同時にもう一つキャリバーには気になった点があった。
「ふむ、戦争屋からすれば、別に無理に非致死性のものなど作らずとも戦であれば命を奪ってしまえばよい。命を奪わずとも手なり足なり欠けてしまえば殺さずとも戦闘力を奪うことができる。 必要があるのは寧ろ『我々』のほうだろうな。 シーン、君は王国の調査官とやらはなぜわざわざこのような魔道具を持ち込んだのだと思う?」
「・・・考えにくい事ですが最初から我々の策謀を探知、ないしは予見していたのでしょうか?」
「ふむ・・・そうであるとすればその慧眼には敬意を表すべきだな。 そうまで言わずとも、キナ臭さを感じ、火種が燃え広がることを恐れて極力穏当な手段を用いたということなのかも知れん。だが・・・」
「はっ?」
「いや、自分でも馬鹿げた考えだとは思うが、どうもそうではないような気がしてな・・・。」
「と、いいますと?」
そう促されてかれは自分で自分を可笑しがるように笑いの色を滲ませる。
「いや、この調査官は案外本気で人死を厭うためにこのような回りくどい手段を用いたのではないかとおもえてな。 自分でもおかしな発想だとは思うが。」
それを冗談と受け取ったのだろう、シーンも声に道化じみた色がまじる。
「・・・それなれば確かに犯罪奴隷すらも死者が出ていないことは説明がつきます。あるいは敬虔な宗教者の類、なのでしょうか?」
「フフ、君も私に負けず面白い発想をする。・・・因みに、その調査官の素性はわかっているのか?」
「現時点でわかっていることですが、調査官の名はユーリア。 彼は正規の調査官ではなく、普段は王国の一等審査官として働いているようです。」
「なに? それは本当か?」
「はい、ですが今回三賢ナスネル家の権能よって臨時に調査官に任命されたようです。そもそもの依頼主は王国最大の魔道具工房マグヌス氏の要請であるとか。」
「ふむ・・・興味深いな。 そうなると彼らが披露した人を傷つけぬ奇妙な魔道具もマグヌス氏と何らかの関係がありそうだ。」
「そしてさらに興味深いことなのですが・・・。」
「ほぅ? まだあるのか?」
「はい、今回調査官付として2名の補佐官が随行しているのですが彼ら二人もまた普段から審査官職を補佐する、補佐官として働いています。王都ではそこそこ名の知れた3人であるようで、一人はテルト、エルフであるといわれております。いま一人はフルー、こちらは獣人であるとか。」
「なに? エルフや獣人が王都で、しかもそのような身分に甘んじて働いているというのか?・・・にわかには信じがたいなそれは。」
その戸惑いの混じった主の声に賛意を示すように頷きながら、言うべきか若干の躊躇ののち、シーンは続けた。
「はい、不可解なことながら。・・・これはあくまで噂に過ぎませんが、最近王都で死霊騎士が召喚された騒乱があった際、テルトというエルフは上位精霊であるエフリートを召喚し、鎮圧したらしいとの話すらあります。」
真面目な顔で考え込んでいたキャリバーがシーンの話を聞いて相好を崩す。
上位精霊など伝説級の存在だ。
例えそのテルトとかいう補佐官がエルフであるのが本当だとしても。上位精霊を使役する魔術師がそのような身分に甘んじているとは到底考えにくい。
どのような意図があるかは不明だが、王国側の欺瞞情報と考えたほうがよほど自然だ。
「ハハハッ! そこまで来ると流石に話半分と聞いておくべきだろうな。 しかし尾ひれを付けるだけの中身はある者達だと理解しておくべきだろう。 そうではないかな?」
「はっ、わたくしもそのように思います。」
「では引き続きその3人に関する情報を収集してくれ。注目に値する人物たちのようだ。」
「はっ、ではこれにて。」
「あぁ、ご苦労だった。」
そういうとシーンは身を翻し音も無く退出していった。
振り返らずに窓の方を眺めたまま、キャリバーは一人思案にふける。
(この事件そのものは想定したよりも迅速に、かつ完璧に事態を収拾してしまったために、魔鉱石の試料を一定量確保した以外は大した成果は残らなかった。だが・・・)
「だが、むしろ事件の背景に注目すべき手がかりを多く見つけたようだな・・・。」
そういいつつ、見るでもなしに繰っていた報告書机に押しやるとそのまま手をつく。
「ユーリア審査官か、注目に値する人物のようだ。 その肩書を隠れ蓑に、一体どのような手腕を振るう人物なのだろうか彼は。」
秀麗な顔で窓の外、遠きガリアへ思いを向けるキャリバー。
『群狼』の長にとってそれは久々の平穏な夜であった。
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一方その頃、色々と過大評価と誤解を受けた3人は、ゲラント自治領からの帰路で不意にくしゃみを連発したとか、しなかったとか・・・。
・・・それはまた別の話。
お読みくださりありがとうございます。
帝国に限らずあまり歓迎される類のポジションではないですよね。 実はとても重要なのに。
この人のキャラ設定の元ネタは一体誰でしょう?
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