魔法(元)少女。バーレナ(80)
第3話です。
なだらかな起伏の続く街道を一両の馬車がのんびりと進む。
乗っているのはジュトスと長男のジェイガン、そしてユーリアだ。
母のユナは村で留守番である。
畑の面倒を見なければならないし、村で分担する仕事も色々とある。
巡礼の旅でもない限り、一般市民ががのんびり家族旅行ができるような世界ではないのだ。
3人のうち兄は御者台の父の隣に陣取り、父の手ほどきを受けながら交代で馬車を操っている。
ユーリアは幌のついた荷台の後ろに座り、足を投げ出してブラブラと遊ばせていた。
「いやー、懐かしいなぁ。昔はこうやってよく旅をしたもんだ。まぁ、こんな駄馬じゃなく立派な駿馬に乗って、だけどな。」
「ブルルルッ!」
ジェイガンの隣に座るジュトスが軽口を叩いた途端、まるでそれに抗議するかのように唐突に馬が大きく身じろぎして暴れるそぶりを見せる馬。
「どうっ!どうっ!」
手綱を取っていたジェイガンは慌てるが、馬は蛇行して脇道へ逸れそうになる。
「わははは!ジェイガン、お前遊ばれてるぞ!ちょっと俺に貸してみろ。ほれ!」
「なっ!父さんが遊んでるんでしょう!」
ジュトスが一当てし、軽く手綱を引き絞ると、さっきまでの様子が嘘のように馬はおとなしく街道をまた進み始める。そんな光景もどこか牧歌的である。
ジュトスたち3人は隣村まで数日間鍛冶仕事の出張に行く道すがらであった。
隣村にも鍛冶師はいるが、高齢で最近思うように槌が振るえなくなってきている。
「俺が村で鍛冶屋を始めたときはまだまだ元気だったんだけどなぁ。まぁそんだけ俺も年を取ったってぇことだな。」
しみじみと言うジュトス。
「爺さんの息子も俺が少し鍛えてやらにゃいかんか・・・。」」
息子が後を継ぐ予定だが、ようやくできた一粒種という訳でまだ13才になったばかり。
一人前になるまでにはもう一、二年はかかるだろうというのが周囲の一致した見立てだ。
そんなわけで農繁期の前に農機具の手入れを頼みたいと隣村の村長から乞われて、昨年からジュトスはジェイガンを連れてこの時期に隣村を訪れていた。
ジェイガンを連れてゆくのはジュトスも同じくジェイガンを自分の後継ぎとして育てたいという考えもある。
田舎ではなかなか得難い同じ年頃の職人仲間を作ってやろう、という親心でもあった。
「お前もいい勉強になるだろ。いろいろ教えてやれな?」
「わかってるよ、父さん! 俺だって頑張るさ!」
ジェイガンは年下の跡取りと比べられているようで、少し突っ張って答えた。
むくれて見せているが、父に頼りにされているようでもあり、まんざらでもない様子だ。
隣村の鍛冶職人よりはジェイガンはまだ随分若いが、職人を育てるのに早すぎると言う事もないだろう。
もう数年たてばジェイガンも成人を迎える。
出来れば王都へ行くのがいい。そう考えれば、自分の手元にいる時間はそう長くはない。
・・・そして後ろの荷台にいるもう一人の息子。
ユーリアを連れてきているのはもちろん鍛冶の手伝いのためではない。
隣村にはジェイガンたちの村にいない魔法使いがいる、魔術師であり、呪術師もあるバーレナである。
因みに、魔術師というのは基本的に火、水、風、土の4元素を自分の魔力を媒介として発現させる魔法の事をいう。
一般の人々が言う「魔法使い」とは、この魔術師だけでなく、精霊を使役する精霊術師、祈祷や呪いなどを専門とする呪術師など魔力を介して何らかの現象を起こす者すべてが含まれる。
何故ならば、フツーに生きる人々にとって、この線引きは正直あまり意味が無いし、実際複数の系統の魔法に才能のある魔法使いも少なくなかったので浸透していない。
実際、「バーレナ老」と畏敬の念を込めて呼ばれる老婆は怪我の治療から、雨乞いや、豊作祈願などの祈祷までやってのける、そんな「魔法使い」の典型だ。
そんな彼女にジュトスはユーリアの魔法の才能を見定めてもらおうと今回出張ついでに連れてきていたのである。
そんなユーリアと言えば、
「うふ、うふふふふ♪もうすぐ僕にも魔法が、くくくくくっ!くううううっ!たまりませんなぁ。あー、必殺技とかどういう名前にしよう。今から考えとかないとな~。バーニングファイヤー!いや、メテオストライク!あ~、これじゃパクリになっちゃうなー、困ったな~。もしかして魔法使いの弟子に美少女がいたりしちゃったりなんかしちゃって、ぐふふふふっ!」
荷台の後ろで脚をプラプラさせてる子供らしいしぐさとは裏腹に、口に手を当てて、こらえきれない笑みを必死に隠そうとしながら厨二病全開の妄想を膨らませていた。
もちろん魔法が使えること前提である。
そして誰もいないのどかで静かな田舎道の事、いくら声を殺してもユーリアの独り言は御者台に座る二人にまで漏れ聞こえていた。
「と―さん。なんかユーリア一人で笑ってない?」
「んん?・・・あーなんだ、そのぉ~。あっ!・・・バーレナと会うのが楽しみなんじゃねぇか? ハハ、ハハハ・・・。」
「ふ~ん・・・。」
ジュトスはジェイガンの問いにも、ユーリアの忍び笑いの中に時々混じる、居心地の悪さも大いに心当たりがあったが、敢えてスルーする事にした・・・。
こうして、二人の親子である子弟と、一人の気持ち悪いテンションの少年を乗せた馬車は、朝早く村を出て、日暮れ前にようやく隣村へたどり着いた。
村に着くとジュトスはまず村長に挨拶を済ませる。
ジュトスは今日はどうせ火入れは出来ないからと、ジェイガンを世話になる鍛冶公房の跡継ぎに引き合わせると、ユーリアと共に早速バーレナのもとへ向かうことにした。
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「ここですか!すごい!魔法使いっぽい!」
ジュトスに連れられてユーリアが立っている目の前には如何にも
『本家!魔法使いの家です!』
というテンプレ通りの分かりやすい雰囲気の、古びた家屋が建っていた。
周囲の家よりも若干大きめの、レンガ造りの家は壁をくまなく蔦で覆われている。
薪を積んでいる隣には動物の骨がゴロゴロと無造作に転がり、軒下には怪しげな植物が乾燥させるためにだろうか吊るされている。
屋根にはお約束のようにカラスが羽を休め、低い鳴き声を響かせながら黒い目を光らせ、こちらを伺っている。
「そーだろ。まぁ、魔法使いはちょっと変わった人種が多いからな。おーい、バーレナの婆さん!」
「・・・・」
畏敬を込めて呼ばれているはずだが、ジュトスは面識があるらしく、気安く大声で呼ぶが返事はない。
「あれー?いねぇのか?この時間にばーさんが出歩くとも思えねぇが。ユーリア、ついて来いよ。」
ジュトスは、ノックもそこそこにずかずかと家の中へ入っていく。
「おーい!バーレナばぁさーん?生きてんのかー?うへー、相変わらずだな、この部屋は。」
二人が足を踏み入れたそこは、外よりも更にいかにもな光景が広がっていた。
積み上げられた羊皮紙の束。
大きな木の棚に所狭しと並べられた何かの植物や、明らかにモンスターの一部と思われるものの入った液体に満たされた瓶。
そして一見何に使うのかよく分からない魔道具とおぼしき道具の数々。
「おー、いるいる。おーい!こりゃ、だいぶ耳が遠くなったかな?」
近づくジュトスの視線の先に彼女は佇んでいた。
印象だけでいえばゴミ屋敷のような雑然とした部屋の奥、こちらに背を向けて机の前に置かれた椅子に座って微動だにしないローブ姿が見える。
細身の体をだぶだぶの黒いローブに包んで、銀灰色の髪を腰のあたりまで伸ばしたその後ろ姿はまさに魔女のイメージにぴったりくる。
「生きてんのかー!? って、うおっぷ!」
ジュトスがローブ姿にをかけようとした次の瞬間、グリンと捻れるように180度殆ど首だけで振り返ったしわくちゃの顔を振り向けられ、思わずジュトスは後ずさる。
それに追い打ちをかけるように家を震わせるような大音量が響いた。
「聞こえとるわああああい!このヒヨッコが!!だぁああーれが婆さんじゃ!あぁん?」
大げさに耳を押さえながらジュトスが切り返す、
「ちけーし、でけぇよ! 顔も声も! バァさん相変わらず元気そうだな?! 元気すぎて心臓に悪いわ~。」
そう笑顔でジュトスが返すとバーレナは貫禄たっぷりの笑顔を浮かべて面白そうに言う、
「ハンッ!刺しても死なない位の、毛が生えた心臓の持ち主が何言ってんだかねぇ。一度本当に毛が生えているか見てみたいもんだよ。ヒャッヒャッヒャッ!」
「い、いやいや、それ冗談に聞こえねーよ、バーレナ婆さん。」
若干ジュトスの顔が引きつっているのは過去の何かを思い出したのだろうか。
そんな彼を見てもバーレナはマイペースで話を続ける。
ギロリとジュトスからその背後に立っていたユーリアの方へ視線を移しながら言った。
「それで?ものぐさなアンタがまさか鍛冶仕事の手伝いついでにたご挨拶に参りました。ってわけでもないんだろう? ハハァ、見えたよ・・・。 そっちの坊やの事だろう?違うかい?」
その目は、テンプレ魔女の登場を目を輝かせながら見つめていたユーリアを値踏みするようにじっとりとした視線を向けていた。
さて、ユーリアは魔法使いに(以下略