奇跡も、魔法も・・・あるんでしょうか?
第二話です。
5/5大幅に加筆修正しました。
父ジュトスを呆れさせたユーリアの頭には昨日から絶え間なく覚醒した様々な記憶が怒涛の如く流れ込んでいた。
昨日突然蘇ってきた18歳の高校生だった時の記憶は、彼に異世界における「お約束」=テンプレを思い出させていた。
そしてそのテンプレのソースは残念なことに剣と魔法の世界を舞台にしたラノベやアニメだったのである・・・。
更に残念なことに、彼は転生した自分の主人公ポジションをミジンコほどもミトコンドリアほども、染色体の一本分ほども、疑っていなかった。
18歳だったあの世界での精神年齢は、この世界の10歳という年齢に影響され、多少の精神的退行を起こしていた。
その結果、今の精神年齢が12、3歳程度になってしまっていたことも不運だったかもしれない。
ユーリアは信じて疑わなかった、「自分には剣と魔法に天才的な才能があり、寄せ来る敵をバッタバッタとなぎ倒す」いわゆる、
『俺TUEEEEE!!』
な自分を。
どうやら前世のユーリアの読書の幅は残念ながら、かなり狭かったようだ。
さらに戦い以外の場面での前世のユーリアお気に入りの主人公の属性はご都合主義の極み、
『ハーレム』
であった。
美男子だろうと、大してカッコよくない冴えない見た目であろうと、あら不思議、勝手にその魅力に引き寄せられて、常に女性たちにモテモテ。
にゃんにゃん、ウハウハが止まらない、そんなテンプレ主人公のハーレムポジションのピンク色の夢を見ていた。
ジュトスはもちろん父として、誇大妄想の塊のような鼻息の荒い息子をやや呆れ顔で諭し始めた、
「魔法って、お前・・・。いーか、よくきけよ。 あれはなぁ、一部の才能の奴しか使えねぇ特別な力なんだ、それくらい分からんオマエじゃないだろ? そしてオレの家系にも、ユナの家系にも魔術師なんかいやしない。」
「でもあります! 僕の中には神すらも打ち砕く魔法の力がっ、ががっ!!」
「はぁ? ちょっと何言ってるかわからねぇ・・・。おまえな、どうしていきなりそういう話になるのかさっぱりわからんぞ、ユーリア。」
「だって、僕には神から与えられた才能がありますからっ!(キリッ」
「才能ってお前・・・。しかも神から与えられた力でお前は神さえ打ち砕くつもりか? もうお前の発想に若干引くわ・・・。」
父のリアクションは当たり前である、そんじょそこらのパンピーが興味半分で魔法がホイホイ使えたらこの中世的世界で苦労はしない。
そんなシビアな世の中一体、誰がユーリアのクレイジーな世迷言など信じるというのか。
『子を信じるのが親の務め』などというが、『務め』にも限度があるというものだ。
フツーはせいぜい村に一人、簡単な魔法が使えるものがいれば良い方なのだ。
ジュトスたちの住んでいる小さな村のように、魔法の使い手が一人もいないことも珍しくない。
そういう訳で、魔術師の家系は小さいころから我が子を英才教育するのは当たり前。
市井の人々も、もし身内の子供に魔法の才能があることが分かったなら、それは宝くじに当たったようなものだ。
周りの大人たちは援助をし、ツテを頼ってその子を大きな町の魔術師に弟子入りさせる。
さらに有望である事が分かれば、親類縁者全員で子供を援助してやり、王都の魔術学院へ入学させようとする。
そうやってその子が一人前の魔術師に育てば、親類縁者達にも十分リターンが期待できるほどに魔法の才能の持ち主は稀なのである。
弟子をとって魔法を教えてもいいし、魔道具製作をしても良いし、呪術で人々の願いや、悩みを解決しても良いし、腕が良ければ宮廷魔術師として宮仕えという花形の職業に就くこともできる。
まさに職業はよりどりみどり、それだけ成功が約束されたオイシイ職業なのだ、魔術師という職業は。
そんなわけで、当然ジュトスは息子の言葉を全く信じていなかったので、ごくごく常識的なところから尋ねた。
「じゃあなんだ、俺は魔術の才能がないからよくわからんのだが、何かのはずみで偶然魔法が使えた!とか、魔力の流れを感じる!とか、精霊が見える!とかそういう事でもあったのか?」
「いいえ!ないですっ!!!」
目をキラキラさせながら力強く即答する息子、ジュトスは頭を抱えたくなる衝動を我慢して続けた。
「・・・、すまん、父さんの理解力に問題があるのかもしれねぇが、まだ話が全然見えねぇ。えーと、つまりお前には魔術が使えそうな兆候が全くない。でも僕は魔術が使える自信がある。お前が言いたいのはつまり、そういう事なのか?」
そうまとめるとユーリアは平然とガッツポーズで応じる。
「はい!僕にはきっと誰にも負けない剣と魔法の才能があります! そして・・・そしてっ!僕はきっと勇者になって伝説の剣を手に入れ、魔王を倒し、王国の姫君だけではなく、国中の女の子にもモテモテのハーレム状態にっ! ぐふぐふっ! いやぁ僕も~罪な男ですよねぇ、全く・・・。」
「お、オマエ・・・、なんかいろいろ酷いな・・・。」
ジュトスはこの一瞬でどんどん精神的な疲労が滓のように心にたまっていくのを感じていた。
「僕はなりますっ!この世界で最強の勇者にっ!」
【ダンッ!】
「えっ!? とうさん?! だいじょうぶですか?!」
「だ、だいじょうぶ・・・じゃねぇ・・・。」
腕を振り上げて叫んだ息子と対照的に、机に打ち付けるように肘を置き、頭を掻きむしりながら、頭をかかえる父。
(一体どうしちまったんだ?! 年相応に素直で、明るく、可愛らしかったおれの息子は・・・。一晩で、何が一体どうなった??草か?やっぱ食べたり吸ったりするとアレになるとかいう怪しい草のせいなのか?)
・・・確かに腕利き揃いと評判だった傭兵隊の副隊長をしていた自分が、小さい頃から稽古をつけていた事もあって、幼いながらユーリアの剣や槍は形になってきている。
15になる兄のジェイガンは腕っぷしは年相応に強いが、才能だけでいえばユーリアのほうが上だとジュトスは見ていた。
だがユーリアは常々言っていた、
「剣で人を傷つけるなんてよくないよ・・・。 それに僕は父さんみたいに傭兵にはならなくていいんでしょ?」
と。ジュトス自身それで構わないと思っていたからもったいないとは思いつつも、そこまでうるさくは言ってこなかった。
おっとりした性格のユナに育てられたせいか、剣士としてやや優しすぎる部分のある子『だった』のだ、少なくとも今までは・・・。
だが本人にその気さえあれば傭兵隊でも1.2位を争った自分より強くなる可能性もあるかも知れない。
周りに同世代の子はおらず、比較する対象が父と年上の兄だけなので本人は気づいてはいないだろうが。
(けどなぁ、それとこれとは話が違う、ってヤツだろ…。)
そう、戦いの強さ的な要素以外の息子の言葉はまるでデタラメだ。
・・・なんだそのいろんな英雄譚と男のロマンと子供らしからぬ生々しい欲望のごった煮みたいな話は・・・。
剣もかなり強くはなるだろうが、息子の話す、「魔王も倒せるレベル」の「才能」とやらとは随分距離があるような気がする。
そもそも魔王などどこにいるというのだろう・・・、今まで生きてきて魔王などという存在はおとぎ話の中でしか聞いたことがない。
そもそもそんな絶対悪がいたらこの世などとっくに滅んでいるに決まっているのだ。
(うーむ、どうするべきか・・・。「あのな、お前は知らないみたいだけど魔王なんていないんだぞ~♪」、みたいなとこから説明してやるべきか・・・?あぁ~もうどうしたらいいんだよぉ~!)
しばらく頭を抱えたまま悩んだジュトスはようやく決断した。
息子はニコニコしながら彼の言葉を待っている。仕方がないあまり気が進まないがこう答えるしかないだろう・・・。
「・・・そうだな、お前には才能があるかも知れん。近々調べてもらうか。」
心持ち前半部分が棒読みで、後半部分に諦めともやけくそとも取れない感情がこもっていたが、ハイなユーリアはもちろん気づかない。
満面の笑みを浮かべて、父に抱きつく。
「本当に?!ありがとうございます!お父様、ありがとうございます!」
ユーリアはキラキラした瞳のまま興奮を隠せない、正直最初は反対されるだろうとも思っていたからだ。
ジュトスはそんな息子の嬉しそうな様子に少しだけ後ろめたさを感じるが、自分を叱咤して続ける。
「ま、まぁ・・・、そんな感謝されることでもねぇよ。どうせ近々用事があるついでだからな。」
大げさなリアクションの息子に苦笑しながら告げるジュトス。
彼はアバウトであるが、基本的にはよい父親であった。
(きっとこりゃ、俺の若い時と同じだ。 はしかみたいなもんで熱が収まればすぐ治るさ・・・。)
たしかに年頃になると騎士物語や、大魔法使いの話に憧れた少年が大した腕も才能もないのに、王都行きに憧れたり、魔術学院へ行くことを言い出したりすることはままある。
いわゆる若気の至りというやつだ。
ジュトスは過去の自分を思い出していた。
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かつては自分も、普通の農村に普通の農民の両親のもとに生まれ、平凡な農民として平凡な毎日を生きるのにうんざりして、騎士物語に憧れて15の夜に盗んだ駄馬で家を飛び出したクチである。
今思い出しても冷や汗が出るやりすぎてしまった若気の至り。
もちろん結果は無惨だった。
夢や冒険やロマンなどそこには微塵もなかった。
農民の子が騎士などになれる筈も無いことは王都に行ってすぐにわかった。
自分に取り合ってくれる貴族や騎士など居らず、門前払いされた。
「農民のガキが騎士だと?ハン!夢は寝床で見るものだ!失せろ!」
そう言われ、近衛騎士の詰所からは呆気なく蹴り出された。
「剣の腕には自信があるんです!試していただければ分かります!どうか!どうかっ!」
サーコートに立派な髭の騎士の足にしがみつき、そう必死に訴えるジュトスに騎士は叱りつけるように吐き棄てた。
「くどいっ!騎士は腕でなるものではないっ!伝統と家柄を背負うからこそ騎士なのだ!平民が思い上がるな!」
【バシャッ!】
「あっ…。そん、な・・・。」
槍の抉りで突き返され、路上の泥水に突っ伏しながら漸くジュトスは悟った・・・悟らざるを得なかった、苦すぎる現実に。
・・・貴族は代々貴族であり、同時に騎士身分である者が多い。
平民から騎士身分に取り立てられる等ということはよほどの武勲を挙げるような戦働きでも無ければあり得ない。
それも殆どが領地を持たない一代限りの名誉騎士の身分で一生を終わる。
領地を与えられ、永代の騎士身分として貴族の端に列せられるのは、さらにその中のほんの一握りなのだから。
そんな現実に遅まきながら気づいた時には手遅れだった。
いまさら家に戻れる筈もなく、仕方なくこれまた黙って持ち出した家のなけなしのヘソクリで買い求めたショートソード一本と、剣の腕を頼りに、傭兵で身を立てたのだから。
***********************
そんな過去が呼び起こされジュトスは思わず身震いする。
(あの頃はオレも田舎モン丸出しだったよなぁ…。今思い出しても冷や汗が出るぜ)
きっとユーリアもそういう麻疹のような病にかかってしまったのだろう。
いささか早く、しかも11歳の少年のあこがれ、というには飛躍しすぎているところが気になるが・・・。
ならば父親として、息子を自分のようにならないよう、ほどほどに導いてやらねばなるまい。
そう心に決めてジュトス椅子から立ち上がるとくしゃくしゃと息子の髪を乱暴に撫でながら言う、
「まぁ、なんだ、もし才能が無くてもがっかりすんなよ?それが普通なんだからな?」
そう予め慰めたつもりだったが、
「分かりました!任せてください! 僕の秘められし『マナ』の力を見せてやりますよっ!!」
「お、おぅ、気張りすぎるなよ・・・。ハハハ・・・。」
残念ながら、その父親の気遣いは息子には全く響いていなかった。
こうしてジュトスは気乗りしないながらも、ユーリアを知己である魔法使いと引き合わせることを決意した。
さて次回、ユーリアは無事(?)剣と魔法の主人公になれるんでしょうか?(すっとぼけ。
話が思ったより長引きそうなので、結末は次話に持ち越します。
4/27加筆修正しました