その6 テルト魔人の心を折る(前編)
今回は長くなりましたので、前後編で二話投稿させていただきます。
前編を今までどおり8時に、後編を新規様が少しでも増えますように、との願いを込めて18時に。
この外伝終了の節目にブクマいただいている方は、評価、感想などいただければ幸いです♪
19階層のミノタウロスがこんがり焼け、メンバーが改めてテルトの人外っぷりに戦慄したのち、4人はいよいよ最下層への扉へと手をかけた。
最下層へと繋がる扉は何の仕掛けも施されていないようだ。
「じゃあ、いくぜ?」
カンテラをかざすラーティルを先頭に4人は暗く長い階段を下っていく。
ビルの非常階段のようなやや急な細い、螺旋状のそれを4人はひたすら下ってく。
「いよいよ精霊の待つ部屋かぁ、緊張するぜ。」
ラーティルにシュバツも賛意を示すように頷く。
「しかし一体どのような姿なのだろうな、伝説の精霊というものは。」
「フォッ、探知魔法によると少なくとも害意のある存在ではないようじゃよ。ま、油断はせんで欲しいがのぅ。」
ラカンの表情にも余り緊張は感じられなかった。
テルトも自分が感じる精霊たちの動きにや、魔力の流れに不穏な空気がないため大きな危険は無いと見ていた。
やがて、長かった螺旋階段は唐突に終わり、目の前には劇場の入り口にあるような重厚な扉があった。
「・・・私が開けよう。」
シュバツが扉を押すと、重そうなそれは音も無くゆっくりと開いた。
そして踏み込んだ4人はその光景にしばし呆然とする。
「「「「・・・」」」」
中の風景は異様としか言いようが無かった。
さまざまな不協和音と、光の明滅、ガラスの鏡面が光っているものもあれば、何かの生き物や、明らかに動物を象ったと思えるような物もある。
それらが無数に、そして無造作に置かれ、個々は規則的に、全体としては無秩序に、光と音の騒音を生み出していた。
「な、なんだこりゃ?新手の幻術か?」
「それにしては特に体に何の影響も出ておらんぞ?」
「ふむぅ・・・魔力が流れているわけでないところを見ると魔道具でもないようじゃが・・・」
そう3人が困惑を口にする中、エルフの少女ただ一人だけが、その存在を理解していた。
「・・・ゲームセンター?」
そう小さな声で呟く。ただ、この場所をそう呼んで良いかどうかはわからなかったが・・・。
4人はその筐体の群れを縫うようにして進む、3人は物珍しさに視線をあちこちへ動かしながら、テルトは懐かしさと若干の困惑を抱きながら・・・。
新旧さまざまなアーケードゲームの筐体、各種形式のプライズゲーム、コインゲーム、果ては幼児用のキャラクターや動物の乗り物から最新式の別人になれるプリクラまで。
さまざまな遊具が無秩序に置かれた空間を5分ほど彷徨うとそれは唐突に途切れた。
「?あれは・・・?」
その狂騒が途切れた先、ぼんやりと光っている空間。
そこには台の上に載った、大画面のディスプレイ、合皮のような安っぽい光沢のソファーがあった。
そしてそのソファーに座り、前のめりで、近づいてくるこちらに全く構う様子も無く格闘ゲームに興じる後姿がある。
そのハードはテルトが前世で現役の女子高生だったときにはもう既に時代遅れとなっていた代物で、最新のゲーム機を見慣れていた彼女にとっては古めかしく映った。
・・・カチッ!、カチカチカチチチチチチッ!・・・
「む!むむぅ、ふんっ!お、んー、はっ。」
喧騒から離れ、静かな空間にその後姿が操作するコントローラーと、時折漏れる小さな声。
ディスプレイ内臓のスピーカーから流れるゲームの音だけが響く。
「失礼だが・・・」
その様子に焦れたのか、全く気づいていない様子の後姿に思い切ってそう声をかけようとしたシュバツ。
だがテルトは手を上げてシュバツを制し、ただ一言静かに告げる。
「待ってあげましょう・・・。勝負がつくまで。」
「?あ、あぁ・・・。」
言われて改めて目観察すると・・・なるほど、あの巨大な鏡に映し出された人物はどうやら徒手でお互いに戦っているらしい。
そしてどういう仕組みかはわからないが、この後姿は手元にある小さな道具を使って鏡の向こうへ指示を出しているようだ。
そこまで理解すると彼も黙って勝負の行方を見届けることにした。
そして程なくして、
・・・カチカチカチカチ、ッターン!
「むう、勝ったか。これで3333万1550勝5306万8450敗か・・・。」
操作の手が止まり、ディスプレイの中のプレイヤーキャラクターが勝ち名乗りを上げるのを見ながら、ソファの人物はそう呟いた。
無造作にコントローラーをソファの上に放り投げると腰を上げ、ようやくテルト達の方へ向き直る。
それが見る間に、人間ほどの背丈だったものから炎を噴き上げながら膨張し、天井へと伸びてゆく。
「・・・なんだこりゃあ。さっきのミノタウロスよりデケェ・・・。」
「な、なんと、魔人か・・・?」
「然り、正に、正に伝説の精霊じゃ。あの姿はおそらく・・・。」
3人が驚愕で言葉を失う中、先ほどまで何が起こっていたかを正確に理解していたテルトだけがその光景を冷めた目で見ていた。
(レトロゲームフリークの魔人とは恐れ入ったわ・・・。しかもnoobとはね・・・。)
心の中で呟きながら3人と同じように目の前の魔人を観察する。
顔は太い眉にアーモンド形の大きな黄金の目、鷲鼻に大きな口、額には体色と同じ色の角が生えている。上半身裸体でアラビアンパンツを纏った魔人。
3人が驚愕と畏怖の目で、そして一人が冷めた視線で見つめる中、魔人は重々しく口を開いた。
「我の『げぇむ』を邪魔せずに待っておるとは、人間風情にしては少しは話の分かる者共の様だな。
我は炎の魔人エフリートだ。邪魔をするようならば貴様ら全員容赦はせぬつもりであったが、我は今半年振りに勝利して機嫌が良い。
お主らの話を聞いてやろう、用件を言うがよい。」
「初めてお目にかかり光栄です、伝説の精霊エフリートよ。
私はこの迷宮の近郊にありますノーヴィスの町で傭兵ギルドのマスターの職にあるシュバツと申します。以後お見知りおきを。」
そう言って王侯貴族に対するように礼を尽くす。
それを満足げに見ながらも魔人は鷹揚に告げた、
「よい、人界の理に縛られぬ我ゆえ、そのような形式は無用だ。用件を言うが良い。」
そう促され、シュバツは恭しく一礼すると続けた。
「はっ、されば・・・、伝承の言い伝えは本当でありましょうか?
その・・・全ての願いを叶えると言う、伝説の精霊とはあなたの事でしょうか?」
暫し訪れた沈黙・・・。
魔人は内心困惑していた、願いを叶える精霊だと?・・・全く身に覚えがない。
(『なんだそれは・・・?いつからそのような人間共に都合のよい話になったのだ?』)
それもそのはず、テルトの見立ては殆ど当たっていた。
1000年ほど前、魔人はたまたまこの遺跡を発見し、ここに住まう異形の賢者に出会った。
たずねると彼は遠い異世界よりこの迷宮と共に漂いここへたどり着いたという。
魔人はその賢者に興味を惹かれ行動を共にするうちに、ここに残された異世界の遺物の魅力に取りつかれてしまったというわけだ。
明けても暮れてもゲームにハマり続ける彼にあきれ顔の賢者がこの迷宮を去り、外の世界へ旅立って行ってしまっても、魔人はこの迷宮にとどまり続け、1000年近くの間ゲーム三昧の日々を送っていたのである。
まさに下手の横好き、ゲーム脳の極み、一千年の引きニートである。
なのでいつの間にかそんなうわさが広まっていることを知るはずもなく、ここ最近の地滑りで一度は長い年月の中で地中に没した迷宮の入り口が露出していようとは夢にも思わなかった。
(しかし、面白いことを言い出す奴だ。そろそろこのゲェムとやらに飽きてきたころであるし、少し人間の相手をしてやっても良かろう。
どうせ世俗の人間の言い出す願いなど、金、権力、力、永遠の命と相場が決まっておる。
そのくらいのこと、我が力をもってすればたやすい願いであるからな。)
そう思うと、目の前の真剣なまなざしの男も面白い玩具のように思えてきた。
魔人はあたらしい「げぇむ」を見つけた喜びを表には出さず、出来るだけ重々しく答えてやる。
「・・・いかにも我が全知全能の精霊エフリートである。ふむ、よかろう、わずか4人でこの迷宮を踏破せし褒美にお前たち4人の願いをひとつずつ叶えてやろうではないか?まずお主から願いを聞こう。」
(『さぁ、どのような願いをするかな、人間よ。せいぜい我を楽しませてみせよ。』)
そう問いかけられたシュバツは再び平伏していった、
「はっ、ありがたきお言葉!されど我は国王の主名にて、この地を訪れたる身。
なればその願いも一旦持ち帰り王とともに決めたく思います。お許しいただけますでしょうか?」
そう答えるシュバツに、苦笑をにじませながら魔人は言う、
「ふん、つまらぬやつだ。まぁよい、その忠誠心に免じて次におぬしが来るまで覚えておいてやろう。では次の若者、主は何を望む?」
(フン、本当につまらぬ。まぁ、意外ではあったが面白くはないのう。次の男はどうだ?もう少しましな答えをしてみせろ。)
そう内心で思いつつ、ラーティルへ問いかけた、ラーティルは一瞬迷った様子を見せたが覚悟を決めたように言った。
「じゃあ俺はこの世で最強の戦士に!」
(ハッ!俗物め!貴様のような輩は今までもごまんと居ったわ。だがまぁ、人間共の欲望など所詮はこのようなものだな・・・。先の読める「げぇむ」は面白くない…。)
拳を握り、興奮した表情で言うラーティルに、魔人はつまらなそうに告げた。
「フン、無理だな。」
「えっ・・・、そんなぁ・・・。」
ガックリとうな垂れるラーティルに魔人は淡々と告げる。
「お主の魂と肉体の器が耐えられまい。己を失っても良い、狂戦士と化してでも、ということなら話は別だがな。代わりにこれを遣わそう。」
魔人がそう言うと、ラーティルの前に突然金色の鞘に包まれた双剣が姿を現した。中空に静かに漂うそれをラーティルが抜き放つと、鞘走りと共に青白い火花が散り、淡く輝いている。
「うわっ!なんだこれ、すげえl!」
興奮して刀身をしげしげと眺めるマルクに魔人は言う、
「アダマンタイトを鍛えし双剣だ。我の傍にあった物であるから長い年月で魔力を帯び、マジックアイテム化しておろう。最強とはいかぬだろうが、お主の力を限界にまで高めるだろうよ。これに匹敵するものは人界にそうはあるまい。」
「げっ!あ、アダマンタイト!あっ、ありがとうございますっ!」
(まぁこのような俗物には適当な餌でも与えておけばよい。ほれ見ろ、感激しておるわ。さて、次は老人か・・・)
「よい。・・・で、次は何を願う老人よ?」
興奮気味に礼を述べる剣士を煩げにあしらうと、次は老人へと向き直って魔人は問う、そして老人は恐る恐る答えた
「ははっ!・・・出来ますなら、失われし古代文明の魔法の秘術を。」
(ふむ、こういう求道者もよく居る手合いだ。ある意味こやつも先ほどの剣士と同じだな。まぁ己一人に強さを求めておらぬところは褒めてやっても良いかもしれぬが。』)
「よかろう、お主にはこれを遣わす。残り少なき命が尽きるまで、お主の道を究めるが良い。」
小馬鹿にしたように言うと、ラカンの前に数冊の古びた書物が現れる。
双剣と同じように中空に漂うそれを手に取り、開いた瞬間。ラカンの目の色が変わった。
「こっ!コレは!たしかに!たしかに失われし古代文明の魔法書!なんと、なんとっ・・・。」
食い入るように見つめる
(『フム、これだけ素直に喜ばれると戯れで始めたこととはいえ、悪い気はせぬな。』)
「良かったではないか。秘術かどうかはしらぬが、その所が記されて一千年は超えておる。失われし業も多かろう。」
こともなげに言う魔人にラカンは古文書を掻き抱くようにしながら言った、
「あ、ありがたき幸せ!魔道を探求する身としてこれほどの褒美はありません!」
(しかし、げぇむの面白さとしてはイマイチであるな。残るは・・・、この少女か。)
しかし、その様子も魔人は大して面白くもなさそうに一瞥すると最後の一人に向き直った。
「うむ、さて最後はお主か、年若い少女にもかかわらず、見事・・・。いや、エルフだったのだな?お主。いささか面白い魂の色をしておるようだが・・・。さておぬしの願いは何か?」
言いながら魔人は最後の少女を観察する。
(『エルフであるようだが年若いな。これでこのゲェムも仕舞いか。どんな願いをするかは知らんが、いずれ大したことではあるまい。我に服属せよ、などという願いであればいっそあっぱれと褒めてやるがな。ハハハ。』)
魔人が余裕の表情で構え、ほかの3人が興味深々で人外エルフの願いに注目する中、静かな少女の声で、爆弾が投下された。
「では、お言葉に甘えて。ティーガー重戦車を一両。」
「?・・・ティー?・・・なぬ?」
威厳を保っていたはずの魔人の声に僅かに困惑の色が混じっていた。
エフリートは何とも言えず嫌な予感を感じつつも、不敵な笑みを浮かべるエルフの少女を前にして、その予感の正体が皆目見えなかった・・・。
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